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.第7章 大学1年、後期
174 バレンタインデーの予定
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栄太兄のことは、新年会以後、話題に上がることもないまま、1月が過ぎ、バレンタインデーの日が近づいてきた。いつも通り父の誕生日会をするものだと思っていたけれど、両親から「健人もいないし、礼奈も彼氏ができたなら」と、家族での食事は週末にすることを言い渡された。
そんなわけで、キャンパスで慶次郎と会った私は、おずおずと問うてみた。
「慶次郎、どうする?」
「何が?」
「いや、その……バレンタイン」
私が言うと、慶次郎はあっさりと「俺バイト」と答える。私はうっと呻いた。
「何変な顔してんの」
「いや、だって……」
てっきり父の誕生日会をするものと思い込んでいたから、バイトを入れずにいたのだ。本当は、忙しいかもしれないから、入ってもらえると助かる、と言われたのだけど。
そう思って唇を尖らせる。「私もバイト入れようかな」と言うと、慶次郎が不思議そうな顔をした。
「いつものあれは? パパの誕生日会」
「週末にすることになって、当日はフリーになっちゃったの」
「……それ、俺のことがあるから?」
若干複雑そうな顔で聞かれて、私は慌てた。
「いや、まあそれもあるけど、それだけじゃなくて」
言いながら、思い出す。「当日はそれぞれ自由に過ごしましょ」と宣言した母のウキウキした表情を。
「……どっちかっていうと、自分たちがデートしたいだけだと思う」
「……両親が?」
自分の親のノロケを口にする気まずさに目を逸らしながら言ったら、慶次郎がそう訊いてきた。私は目を逸らしたまま、こくりと頷く。
途端に、慶次郎が噴き出した。
「マジ、お前のとこ仲いいよな。デートとか行くの? バレンタインデーに?」
「え、い、行かないの?」
「いやー、うちの親は行かねぇな」
そ、そういうもん? だって、昼休みだって一緒にランチしてるらしいし、時間見つけちゃ二人で出かけてるし、夫婦ってそういうもんなんだろうと思ってたんだけど……。
私は気恥ずかしさにうつむく。慶次郎がくつくつ笑った。
「そんな平和な橘家だから、お前みたいなやつが産まれるわけだな。毎回、話聞く度納得するわ」
「しなくていいよ……そんなの……」
若干馬鹿にされてる気がしてそう言ったけど、慶次郎は笑うだけだ。
「ま、でもせっかくだから、バイトの前に少し会うか? その日の講義、4コマ目までだし。お前は?」
「ん、私もそう」
「じゃあ、終わってから一時間くらいあんな。カラオケでも行く?」
「あ、いいかも」
私が目を輝かせると、「じゃ、決まりな」と慶次郎が私の頭をぽんぽんする。
最近、その手つきは定番みたいになっていて、昔は馬鹿にされてるみたいに感じていたのに、最近はあんまり嫌じゃなくなった。
私は慶次郎の顔を見上げて、そういえばと首を傾げる。
「慶次郎、どういうのがいい? お菓子」
「お菓子? バレンタインデーの?」
「うん」
頷くと、慶次郎はちょっと照れたように目を泳がせた。
「もしかして、作ってくれんの?」
「うん。ついでにお父さんのも作るけど」
「どっちがついでだか」
「あ、あとお兄ちゃんの分も」
「従兄さんの分も?」
慶次郎の悪ノリに唇を尖らせると、慶次郎は肩を竦めて笑った。
「冗談だよ。しばらく会ってないんだろ」
「うん……」
私は頷いて、机の上に置いた手元に目を落とした。慶次郎が不思議そうに私を見つめる。
「……どうかした?」
「ううん、別に……」
笑って顔を上げたら、じっと見据える慶次郎の目があって戸惑った。
「お前、無理してない?」
「無理って……」
むしろそれは、慶次郎がしてるんじゃないか。ずっとそう思っていたのに、私を見つめる慶次郎の目は本当に私のことだけを気にしているらしいと分かってうろたえる。
「別に、無理に俺のこと考えようとしなくてもいいし、従兄さんのこと忘れようとしなくていいんだぞ」
「そ……そういう、つもりは……」
見透かされていると気づいて、居心地の悪さにうつむく。慶次郎は苦笑した。
「ま、いいけど。――お前、そういうとこマジメだからさ。俺と一緒に過ごさなきゃ、とか、義務感みたいのなくてもいいからな。一緒にいたけりゃいてもいいし、めんどくさくなったらとっとと――」
「そんなことない」
思わずぱっと顔を上げたら、勢いが良すぎたらしい。慶次郎の驚いた顔があって、私自身も戸惑った。
「めんどくさくなるとか……ないから」
言いながら、自分でも混乱した。
変なの。高校の頃までは、あれだけ面倒臭い奴だと思ってたのに。それなのに、今は――
慶次郎が破顔する。
「そ? ま、ならいいけど」
言うと、手にしていたペットボトルをあおった。ごくり、と動く喉仏、筋の浮いた筋肉質な首、ペットボトルを包み込む大きな手、手首につけたごつい腕時計――
モテるだろうな、と不意に思う。
慶次郎は、モテるだろう。私なんかよりもっと、大切にしてくれる女子がいるはずだ。
「はぁあ~……」
ぐしゃりと机に突っ伏したら「何だぁ?」と慶次郎が苦笑していた。私は腕で顔を隠しながら、「何でもない」と小さく答える。
慶次郎のことは、好き、だと思う。他の男子とは違う、とも思う。
――けど。
私の頭を、また慶次郎がぽんぽんする。その手の大きさに安心する。頭を撫でられても、嫌じゃない。
――それでも。
分からない。私が慶次郎に抱く気持ちと、栄太兄に抱く気持ちは違いすぎて。
自分自身の気持ちが、分からない。
そんなわけで、キャンパスで慶次郎と会った私は、おずおずと問うてみた。
「慶次郎、どうする?」
「何が?」
「いや、その……バレンタイン」
私が言うと、慶次郎はあっさりと「俺バイト」と答える。私はうっと呻いた。
「何変な顔してんの」
「いや、だって……」
てっきり父の誕生日会をするものと思い込んでいたから、バイトを入れずにいたのだ。本当は、忙しいかもしれないから、入ってもらえると助かる、と言われたのだけど。
そう思って唇を尖らせる。「私もバイト入れようかな」と言うと、慶次郎が不思議そうな顔をした。
「いつものあれは? パパの誕生日会」
「週末にすることになって、当日はフリーになっちゃったの」
「……それ、俺のことがあるから?」
若干複雑そうな顔で聞かれて、私は慌てた。
「いや、まあそれもあるけど、それだけじゃなくて」
言いながら、思い出す。「当日はそれぞれ自由に過ごしましょ」と宣言した母のウキウキした表情を。
「……どっちかっていうと、自分たちがデートしたいだけだと思う」
「……両親が?」
自分の親のノロケを口にする気まずさに目を逸らしながら言ったら、慶次郎がそう訊いてきた。私は目を逸らしたまま、こくりと頷く。
途端に、慶次郎が噴き出した。
「マジ、お前のとこ仲いいよな。デートとか行くの? バレンタインデーに?」
「え、い、行かないの?」
「いやー、うちの親は行かねぇな」
そ、そういうもん? だって、昼休みだって一緒にランチしてるらしいし、時間見つけちゃ二人で出かけてるし、夫婦ってそういうもんなんだろうと思ってたんだけど……。
私は気恥ずかしさにうつむく。慶次郎がくつくつ笑った。
「そんな平和な橘家だから、お前みたいなやつが産まれるわけだな。毎回、話聞く度納得するわ」
「しなくていいよ……そんなの……」
若干馬鹿にされてる気がしてそう言ったけど、慶次郎は笑うだけだ。
「ま、でもせっかくだから、バイトの前に少し会うか? その日の講義、4コマ目までだし。お前は?」
「ん、私もそう」
「じゃあ、終わってから一時間くらいあんな。カラオケでも行く?」
「あ、いいかも」
私が目を輝かせると、「じゃ、決まりな」と慶次郎が私の頭をぽんぽんする。
最近、その手つきは定番みたいになっていて、昔は馬鹿にされてるみたいに感じていたのに、最近はあんまり嫌じゃなくなった。
私は慶次郎の顔を見上げて、そういえばと首を傾げる。
「慶次郎、どういうのがいい? お菓子」
「お菓子? バレンタインデーの?」
「うん」
頷くと、慶次郎はちょっと照れたように目を泳がせた。
「もしかして、作ってくれんの?」
「うん。ついでにお父さんのも作るけど」
「どっちがついでだか」
「あ、あとお兄ちゃんの分も」
「従兄さんの分も?」
慶次郎の悪ノリに唇を尖らせると、慶次郎は肩を竦めて笑った。
「冗談だよ。しばらく会ってないんだろ」
「うん……」
私は頷いて、机の上に置いた手元に目を落とした。慶次郎が不思議そうに私を見つめる。
「……どうかした?」
「ううん、別に……」
笑って顔を上げたら、じっと見据える慶次郎の目があって戸惑った。
「お前、無理してない?」
「無理って……」
むしろそれは、慶次郎がしてるんじゃないか。ずっとそう思っていたのに、私を見つめる慶次郎の目は本当に私のことだけを気にしているらしいと分かってうろたえる。
「別に、無理に俺のこと考えようとしなくてもいいし、従兄さんのこと忘れようとしなくていいんだぞ」
「そ……そういう、つもりは……」
見透かされていると気づいて、居心地の悪さにうつむく。慶次郎は苦笑した。
「ま、いいけど。――お前、そういうとこマジメだからさ。俺と一緒に過ごさなきゃ、とか、義務感みたいのなくてもいいからな。一緒にいたけりゃいてもいいし、めんどくさくなったらとっとと――」
「そんなことない」
思わずぱっと顔を上げたら、勢いが良すぎたらしい。慶次郎の驚いた顔があって、私自身も戸惑った。
「めんどくさくなるとか……ないから」
言いながら、自分でも混乱した。
変なの。高校の頃までは、あれだけ面倒臭い奴だと思ってたのに。それなのに、今は――
慶次郎が破顔する。
「そ? ま、ならいいけど」
言うと、手にしていたペットボトルをあおった。ごくり、と動く喉仏、筋の浮いた筋肉質な首、ペットボトルを包み込む大きな手、手首につけたごつい腕時計――
モテるだろうな、と不意に思う。
慶次郎は、モテるだろう。私なんかよりもっと、大切にしてくれる女子がいるはずだ。
「はぁあ~……」
ぐしゃりと机に突っ伏したら「何だぁ?」と慶次郎が苦笑していた。私は腕で顔を隠しながら、「何でもない」と小さく答える。
慶次郎のことは、好き、だと思う。他の男子とは違う、とも思う。
――けど。
私の頭を、また慶次郎がぽんぽんする。その手の大きさに安心する。頭を撫でられても、嫌じゃない。
――それでも。
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