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.第8章 終わりと始まり

191 カウントダウン

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 10月には学校が始まった。
 夏休み中に無事に免許を取った私に、慶次郎は「何かおごってやるよ」と食事に連れて行ってくれた。私は言われるまま歩きながら首を傾げた。

「慶次郎が取ったときには、何もしなかったよ、私」
「だって、見るからにお前の方が運転苦手そうだし。成績だって、高校んときから俺の方がよかったし」

 確かに、それは、そうなのだけど。
 はっきりそう言われると悔しくて、唇を尖らせる私に、慶次郎は笑った。

「いちいち理由聞くからだろ。人の好意は黙って受け取っとけ」

 そう頭を小突く手が気恥ずかしくて、唇を尖らせると、慶次郎はまた笑った。そのまま頭を撫でようとする手を絡め取って、手を繋ぐと、笑って握り返してくれた。

「どこ行く? ファミレス?」
「せっかくおごってくれるなら、もっといいとこ」
「そういうこと言うとファストフード店にするぞ」
「あー、そんなのひどい」
「ひどくねぇよ。ひどいのはどっちだよ」

 言い合いながら歩いて行く。大学生ばかりの街を歩く私たちは、特段、目立つようなカップルじゃないだろう。
 私の軽口に、慶次郎も軽口を返す。慶次郎が軽口を叩けば、私がツッコミを入れる。そして笑う。笑い合う。
 慶次郎といるときは、肩の力を抜いていられる。
 なのに、同時に、胸のどこかが苦しいままだ。
 最近、得に、その苦しさが痛い。
 何でだろう。どうしてだろう。握った手のあたたかさも、隣を歩く喜びも、きっと、どこのカップルとも変わらない。そう思うのに、どうしてだか、拭いきれない感情がある。
 嘘をついている。繕っている。
 ――罪悪感。
 慶次郎の目が、ときどき戸惑うように揺れる。まるで私の本心を探るように。
 そして私は、最近気づいている。慶次郎が何かで日付を見る度に、唇を小さく、舌で舐めること。
 覚悟するように、噛み締めるように、唇を引き結ぶこと。
 それでも、気づかないふりをしている。
 今年のカレンダーは、残りあと三枚。
 私たちの間に残された時間は、あと――
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