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.第9章 穏やかな日々
239 外泊許可(2)
小夏の言う通りにするかどうかは迷ったけれど、誕生日を祝わせてね、とは、電話で栄太兄に言った。
『言うても俺その日仕事やで』
「そ、そうなんだけど……」
泊まるとはっきり言い切ることもできず、言葉を濁す私に、栄太兄はふっと笑った。
『せやったら、どっかで夕飯一緒するか?』
「えっ、えと、あの……」
『ああ、お代は気にせんと。さすがに学生に払わせたりせぇへんよ』
いや、それじゃ意味がない! 意味がないって!!
「だって、栄太兄の誕生日なのに!」
『そうやけど――』
栄太兄は言葉を切って、照れ臭そうな声で続けた。
『一人で過ごさんでええだけで、もう充分ありがたいて。いや、何なら、祝ってくれるて言われるだけでも』
そう言ってから、『こういうこと言っとるから、母さんに寂しがり屋やって馬鹿にされるねんな』と笑いに変えた。私は思わず胸を押さえて、妙な吐息をかみ殺す。
――そういう、ちょっと弱いところを見せられると、ときめいちゃって仕方ないのだ。
「そ、そうだ! じゃ、じゃあさ――えっと、もしよければ、なんだけど」
『なんや?』
「ゆ、夕飯……私が作って行って、栄太兄の家で食べるっていうのは?」
電話の向こうで、栄太兄が言葉を失くした。私はうろたえる。
も、もしかして、そういうのってキモいかな? あざとい?
反応がないことにドキドキしていたら、栄太兄が笑った。
『ほんまに? ――そりゃ嬉しいわ。いや、そんなこと考えてへんかったからびっくりした』
「そ、そう、かな?」
緊張した分、嬉しそうな声にほっと安堵する。栄太兄は「ああ」と笑った。
『前作ってくれはった肉じゃがも美味かったもんなぁ。楽しみや』
「肉じゃが……?」
私が眉を寄せたら、栄太兄は不思議そうに言った。
『ん? いつやったか、健人が夕飯の余りや言うて持ってきはったで。嘘やったのかな』
夕飯の残り……?
考えて、思い当たったのはだいぶ前。健人兄が留学する前のことだ。
「もらっていい?」とタッパーに詰めて行ったので、てっきり健人兄がお弁当にしたものだとばっかり……
「あれ、栄太兄に持って行ってたの!?」
『許可取ったんやなかったんか』
栄太兄が笑う、その声が耳に優しくてそわそわする。
なんだか、栄太兄の笑い声はそのまま、私の幸福中枢に直結しているみたいだ。
『勝手に食ってすまんかったなぁ』
「いや、健人兄のせいだから……」
栄太兄は悪くない。そう言って、お節介な次兄を思う。
『でも、嬉しかったで。手料理自体、飢えてたしな』
「……今は、飢えてない?」
胸を張れるほど料理が得意というわけでもないし、何なら健人兄の方が、ジョーさん仕込みの本格的な料理を作れるくらいだ。おずおずと訊けば、栄太兄は私の不安を笑い飛ばすように言った。
『飢えてる飢えてないやないて、自分のため思て作ってくれはる料理なんて、それだけで充分ご馳走やろ。嬉しいわ。……それが』
そこまで言って、一度言葉を止める。数度ためらった気配がして、小さな声が聞こえた。
『……それが、好きな人からのものなんやったら、なおさらやろ。――毒入ってても食うわ』
照れているのだと分かり、私の口元はにやける。
「毒なんか入れないよ」
『言葉のアヤっちゅうやつや』
「そうだけど」
くすくす笑っていると、栄太兄は気恥ずかしくなったのか『ほなな』と声をかける。
「うん、じゃあ。……24日に」
『ああ』
「料理、リクエストあったら教えてね」
『分かった。メッセージ送る』
「うん」
そうして、栄太兄は『おやすみ』と言う。私は同じように挨拶を返しながら、その声に包まれて、眠りにつく。
電話だけでも、充分幸せだ。けど、やっぱり、会えるならその方が嬉しい。そして会えたら、もっと近くに行きたくなる。手を繋いで。抱きしめて。――そして、その先も――?
まどろみに飲まれながら、私は記憶の中に、栄太兄のぬくもりを探していた。
『言うても俺その日仕事やで』
「そ、そうなんだけど……」
泊まるとはっきり言い切ることもできず、言葉を濁す私に、栄太兄はふっと笑った。
『せやったら、どっかで夕飯一緒するか?』
「えっ、えと、あの……」
『ああ、お代は気にせんと。さすがに学生に払わせたりせぇへんよ』
いや、それじゃ意味がない! 意味がないって!!
「だって、栄太兄の誕生日なのに!」
『そうやけど――』
栄太兄は言葉を切って、照れ臭そうな声で続けた。
『一人で過ごさんでええだけで、もう充分ありがたいて。いや、何なら、祝ってくれるて言われるだけでも』
そう言ってから、『こういうこと言っとるから、母さんに寂しがり屋やって馬鹿にされるねんな』と笑いに変えた。私は思わず胸を押さえて、妙な吐息をかみ殺す。
――そういう、ちょっと弱いところを見せられると、ときめいちゃって仕方ないのだ。
「そ、そうだ! じゃ、じゃあさ――えっと、もしよければ、なんだけど」
『なんや?』
「ゆ、夕飯……私が作って行って、栄太兄の家で食べるっていうのは?」
電話の向こうで、栄太兄が言葉を失くした。私はうろたえる。
も、もしかして、そういうのってキモいかな? あざとい?
反応がないことにドキドキしていたら、栄太兄が笑った。
『ほんまに? ――そりゃ嬉しいわ。いや、そんなこと考えてへんかったからびっくりした』
「そ、そう、かな?」
緊張した分、嬉しそうな声にほっと安堵する。栄太兄は「ああ」と笑った。
『前作ってくれはった肉じゃがも美味かったもんなぁ。楽しみや』
「肉じゃが……?」
私が眉を寄せたら、栄太兄は不思議そうに言った。
『ん? いつやったか、健人が夕飯の余りや言うて持ってきはったで。嘘やったのかな』
夕飯の残り……?
考えて、思い当たったのはだいぶ前。健人兄が留学する前のことだ。
「もらっていい?」とタッパーに詰めて行ったので、てっきり健人兄がお弁当にしたものだとばっかり……
「あれ、栄太兄に持って行ってたの!?」
『許可取ったんやなかったんか』
栄太兄が笑う、その声が耳に優しくてそわそわする。
なんだか、栄太兄の笑い声はそのまま、私の幸福中枢に直結しているみたいだ。
『勝手に食ってすまんかったなぁ』
「いや、健人兄のせいだから……」
栄太兄は悪くない。そう言って、お節介な次兄を思う。
『でも、嬉しかったで。手料理自体、飢えてたしな』
「……今は、飢えてない?」
胸を張れるほど料理が得意というわけでもないし、何なら健人兄の方が、ジョーさん仕込みの本格的な料理を作れるくらいだ。おずおずと訊けば、栄太兄は私の不安を笑い飛ばすように言った。
『飢えてる飢えてないやないて、自分のため思て作ってくれはる料理なんて、それだけで充分ご馳走やろ。嬉しいわ。……それが』
そこまで言って、一度言葉を止める。数度ためらった気配がして、小さな声が聞こえた。
『……それが、好きな人からのものなんやったら、なおさらやろ。――毒入ってても食うわ』
照れているのだと分かり、私の口元はにやける。
「毒なんか入れないよ」
『言葉のアヤっちゅうやつや』
「そうだけど」
くすくす笑っていると、栄太兄は気恥ずかしくなったのか『ほなな』と声をかける。
「うん、じゃあ。……24日に」
『ああ』
「料理、リクエストあったら教えてね」
『分かった。メッセージ送る』
「うん」
そうして、栄太兄は『おやすみ』と言う。私は同じように挨拶を返しながら、その声に包まれて、眠りにつく。
電話だけでも、充分幸せだ。けど、やっぱり、会えるならその方が嬉しい。そして会えたら、もっと近くに行きたくなる。手を繋いで。抱きしめて。――そして、その先も――?
まどろみに飲まれながら、私は記憶の中に、栄太兄のぬくもりを探していた。
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