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.第10章 インターン
267 インターンの翌日(2)
シャワーを浴びたら、だいぶさっぱりした。下着は仕方ないからそのまま身に着けて、栄太兄のTシャツを上から着る。
「……これって……どうなんだろ」
そうだった。考えてみれば、いつだったか健人兄に借りたパーカーも、ほとんどワンピース状態なのだった。栄太兄も同じくらいの身長だから、当然、同じようになる。
短パンも履いてみたけど、どうやってもずるずる下がる。
これならもう、ワンピースだと思ってTシャツだけでもよくない?
全身鏡がないから分からないけど、変な動きをしなければ、下着が見えることもなさそうだ。濡れた髪をタオルでまとめて、自分が着ていた服と栄太兄の短パンを手にドアを出た。
「栄太兄、ありがとー。さっぱりしたぁ」
「ああ、そうか。そりゃよかっ――」
振り向いた栄太兄が硬直する。
え? あの?
戸惑っているうちに勢いよく顔を逸らされたかと思えば、「なななななんで」と目を泳がせている。
ど、どうしたの、栄太兄。
その場に立ち止まったままでいると、栄太兄は頭を抱えるようにしてため息をついた。
「……礼奈、短パン渡したやろ」
「え? あ……」
やっぱり目のやりどころに困るってことかな。
肉感的とはいえない脚だし、ミニスカートと同じくらいの長さはあるからいいと思ったんだけど。
「うん……ガバガバで。でも、分かった。穿くね」
私は答えて、Tシャツの下に短パンを穿いた。けど、紐を思い切りくくってもずり落ちてくるので手で押さえる。
「ご飯の準備、手伝うことある?」
そろそろと近づくと、落ち着きを取り戻したらしい栄太兄が「ああ、いや。もう終わってるから大丈夫や」と顔を上げた。
けど、私の顔を目にしてぱっと目をそらす。
私は思わずむっとした。
「ズボン穿いたよ」
「わ、分かっとるわ」
「じゃ、もう大丈夫でしょ」
座っている栄太兄の横に膝立ちになると、両手で頬を掴んでこっちを向かせる。
じっと目を見据えると、栄太兄はまた目を泳がせた。
「なんでよぅ」
「な、何でて」
困ったような声で、栄太兄が言う。
「そうか……オーバーサイズやと襟元も空くんやな……盲点やった……」
ぶつぶつ言われて、はっと首元を押さえる。
そ、そっか。ただでさえあばら骨が浮くような胸元だから、がばがばなのかも。
「ご、ご飯、食べよ。美味しそう。ありがとう」
「あ、ああ」
取り繕うように座卓を挟んで向かいに座ると、いただきますと手を合わせる。
座卓には、トーストと目玉焼き、カフェオレが置いてあった。
食べ始めると、栄太兄も少し落ち着きを取り戻してきたらしい。「インターン、大変やったか?」と聞かれて苦笑を返した。
「仕事は雑用ばっかりだったんだけど」
「ああ、言うてたな。人間関係がどうの、て」
「うん……」
私は頷いて、ため息をついた。
「栄太兄の会社も、あったのかなぁ、とか思っちゃった……」
「あった、って、何がや?」
「その……不倫、とか」
トーストをかじっていた栄太兄が、口を開けたまま動きを止めた。私の顔をじっと見つめて、「結構、ヘビーな話聞いたんやな」と乾いた声で言う。私は頷いた。
「不倫ってもっと、こう、物語の中だけの話だと思ってた……どこもそんななの? 社会人怖いよー」
「いや、どこもそう、ってわけやないで。ただ――うーん、まあ、それは会社っていうより、各人の倫理観とかそういう話になるからなぁ」
栄太兄は言葉を選びながら答えた。
「そういう意味で、その手の人種は割とどこにでもいるっちゃいるやろうな。家に帰れないような忙しい職場やと、夫婦よりも仕事の仲間の方が分かり合ってるようなこともあるから……勘違いっちゅうか、変な方向に発展することがあるんも仕方ないかも知れへん」
「……栄太兄は?」
「え?」
「栄太兄も、そういうお誘いがあったりしたり……」
言いながら、憂鬱になってきた。栄太兄が人目を引くのは、身内の欲目を除いたとしても明らかだ。小夏だって慶次郎だってイケメンだと言っていたわけだし。
私は思わずため息をついて顔を覆う。
だって、どう考えても敵うわけがないのだ。年齢が離れているだけじゃない、私は千草さんのようなスマートな美しさも、ヨーコさんみたいな妖艶さも備えていない。辛うじて幼児体型を卒業した程度で、ちんちくりんには変わらない。
「……栄太兄がとられちゃう……」
世の中には、魅力的な女性がたくさんいるのだ。私なんか、そんな女性と比べたら屁でもないだろう。
せめて父に――和歌子さんに似ていたら、すらりとしたかっこいい女性になれただろうに。
どうして母に似てしまったんだろう。ちまちまして、せかせかして、50を過ぎてもどこか小動物的に見えるんだもん。将来の自分もああなるのかと思うと、悲しすぎる。
「いや、あのな……礼奈」
絶望に打ちひしがれている私に、栄太兄が困惑顔で声をかけた。
「まあ、お誘いみたいなのが、あったかどうかっちゅえば、あったけど。それは不倫もそれ以外もな。――けど」
そこまで言って、言葉を止める。
私は顔を覆った手の隙間から、そろりと栄太兄を見た。
「……なんや、怖いねん。そういう女の人は。うまく言えへんけど……食われそうやん?」
食われそう?
ぽかん、とした私に、栄太兄が苦笑する。
「母さんに、あれこれ言われたからかも知れへん。悪い女には引っかかるな、こういう女には気を付けろ、女はこういう怖いことをする、とか――まあ一種の英才教育やな。おかげで、半分、女性恐怖症かも知れん、て、まあ気づいたのは就職してからやったけど」
女性恐怖症。
そういえば、父もそんなことを言っていたっけ。あれは、和歌子さんのパワフルさに振り回されていたからだそうだけど。
私はほぅっと息を吐き出して、顔から下ろした手を握り合わせた。
「……和歌子さんに感謝」
「なんでやねん!」
ビシッと、栄太兄が珍しく見本みたいなツッコミを入れて、どちらからともなく笑い始めた。
「……これって……どうなんだろ」
そうだった。考えてみれば、いつだったか健人兄に借りたパーカーも、ほとんどワンピース状態なのだった。栄太兄も同じくらいの身長だから、当然、同じようになる。
短パンも履いてみたけど、どうやってもずるずる下がる。
これならもう、ワンピースだと思ってTシャツだけでもよくない?
全身鏡がないから分からないけど、変な動きをしなければ、下着が見えることもなさそうだ。濡れた髪をタオルでまとめて、自分が着ていた服と栄太兄の短パンを手にドアを出た。
「栄太兄、ありがとー。さっぱりしたぁ」
「ああ、そうか。そりゃよかっ――」
振り向いた栄太兄が硬直する。
え? あの?
戸惑っているうちに勢いよく顔を逸らされたかと思えば、「なななななんで」と目を泳がせている。
ど、どうしたの、栄太兄。
その場に立ち止まったままでいると、栄太兄は頭を抱えるようにしてため息をついた。
「……礼奈、短パン渡したやろ」
「え? あ……」
やっぱり目のやりどころに困るってことかな。
肉感的とはいえない脚だし、ミニスカートと同じくらいの長さはあるからいいと思ったんだけど。
「うん……ガバガバで。でも、分かった。穿くね」
私は答えて、Tシャツの下に短パンを穿いた。けど、紐を思い切りくくってもずり落ちてくるので手で押さえる。
「ご飯の準備、手伝うことある?」
そろそろと近づくと、落ち着きを取り戻したらしい栄太兄が「ああ、いや。もう終わってるから大丈夫や」と顔を上げた。
けど、私の顔を目にしてぱっと目をそらす。
私は思わずむっとした。
「ズボン穿いたよ」
「わ、分かっとるわ」
「じゃ、もう大丈夫でしょ」
座っている栄太兄の横に膝立ちになると、両手で頬を掴んでこっちを向かせる。
じっと目を見据えると、栄太兄はまた目を泳がせた。
「なんでよぅ」
「な、何でて」
困ったような声で、栄太兄が言う。
「そうか……オーバーサイズやと襟元も空くんやな……盲点やった……」
ぶつぶつ言われて、はっと首元を押さえる。
そ、そっか。ただでさえあばら骨が浮くような胸元だから、がばがばなのかも。
「ご、ご飯、食べよ。美味しそう。ありがとう」
「あ、ああ」
取り繕うように座卓を挟んで向かいに座ると、いただきますと手を合わせる。
座卓には、トーストと目玉焼き、カフェオレが置いてあった。
食べ始めると、栄太兄も少し落ち着きを取り戻してきたらしい。「インターン、大変やったか?」と聞かれて苦笑を返した。
「仕事は雑用ばっかりだったんだけど」
「ああ、言うてたな。人間関係がどうの、て」
「うん……」
私は頷いて、ため息をついた。
「栄太兄の会社も、あったのかなぁ、とか思っちゃった……」
「あった、って、何がや?」
「その……不倫、とか」
トーストをかじっていた栄太兄が、口を開けたまま動きを止めた。私の顔をじっと見つめて、「結構、ヘビーな話聞いたんやな」と乾いた声で言う。私は頷いた。
「不倫ってもっと、こう、物語の中だけの話だと思ってた……どこもそんななの? 社会人怖いよー」
「いや、どこもそう、ってわけやないで。ただ――うーん、まあ、それは会社っていうより、各人の倫理観とかそういう話になるからなぁ」
栄太兄は言葉を選びながら答えた。
「そういう意味で、その手の人種は割とどこにでもいるっちゃいるやろうな。家に帰れないような忙しい職場やと、夫婦よりも仕事の仲間の方が分かり合ってるようなこともあるから……勘違いっちゅうか、変な方向に発展することがあるんも仕方ないかも知れへん」
「……栄太兄は?」
「え?」
「栄太兄も、そういうお誘いがあったりしたり……」
言いながら、憂鬱になってきた。栄太兄が人目を引くのは、身内の欲目を除いたとしても明らかだ。小夏だって慶次郎だってイケメンだと言っていたわけだし。
私は思わずため息をついて顔を覆う。
だって、どう考えても敵うわけがないのだ。年齢が離れているだけじゃない、私は千草さんのようなスマートな美しさも、ヨーコさんみたいな妖艶さも備えていない。辛うじて幼児体型を卒業した程度で、ちんちくりんには変わらない。
「……栄太兄がとられちゃう……」
世の中には、魅力的な女性がたくさんいるのだ。私なんか、そんな女性と比べたら屁でもないだろう。
せめて父に――和歌子さんに似ていたら、すらりとしたかっこいい女性になれただろうに。
どうして母に似てしまったんだろう。ちまちまして、せかせかして、50を過ぎてもどこか小動物的に見えるんだもん。将来の自分もああなるのかと思うと、悲しすぎる。
「いや、あのな……礼奈」
絶望に打ちひしがれている私に、栄太兄が困惑顔で声をかけた。
「まあ、お誘いみたいなのが、あったかどうかっちゅえば、あったけど。それは不倫もそれ以外もな。――けど」
そこまで言って、言葉を止める。
私は顔を覆った手の隙間から、そろりと栄太兄を見た。
「……なんや、怖いねん。そういう女の人は。うまく言えへんけど……食われそうやん?」
食われそう?
ぽかん、とした私に、栄太兄が苦笑する。
「母さんに、あれこれ言われたからかも知れへん。悪い女には引っかかるな、こういう女には気を付けろ、女はこういう怖いことをする、とか――まあ一種の英才教育やな。おかげで、半分、女性恐怖症かも知れん、て、まあ気づいたのは就職してからやったけど」
女性恐怖症。
そういえば、父もそんなことを言っていたっけ。あれは、和歌子さんのパワフルさに振り回されていたからだそうだけど。
私はほぅっと息を吐き出して、顔から下ろした手を握り合わせた。
「……和歌子さんに感謝」
「なんでやねん!」
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※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。