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1 マルヤマ百貨店の王子
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「メシ、買ってくる」
「あ、うん。いってらー」
成海は私の前の座席にスマホを置いてから、ランチを買いに行った。
しれっと見えないところに行ってしまったエンドゥーが恨めしい。
成海を待つ間に、定食の焼き魚を解していく。
昔は焼き魚定食なんて選ばなかったのに、歳をとると味覚や嗜好が変わるものらしい。胃がもたれるとかではないので、老いとは別の話だと思うことにしている。
そんなことを考えながら待っていたら、成海が持って戻った御膳も、私と同じ焼き魚定食だった。
そうと見るや、なんとなく嬉しくなる。
「最近、焼き魚美味しく感じるようになった」
「あー、うん、わかる」
席についた成海は手を合わせて箸に手をかける。賛同を得られてますます嬉しくなり、魚を解しながら話を続けた。
「昔はさー、嫌いじゃなかったけど、解すのがめんどくさくって。その労力に見合わないっていうか」
「そうだね。小骨があると食感悪いし」
「そうそう、そうなんだよー」
味覚って変わるって聞いたけどほんとだね、そういえば焼き茄子も嫌いだったのに好きになった、日本酒の肴だからだろ、そういえばイカの塩辛もだ……なんて話をしているうちに、気づけば午後の始業まで15分。内勤のオフィスが離れているから、戻って歯磨きするにはそろそろ出ないといけない。
思って、私はお盆に手を添え、腰を上げる。
「成海、元気そうでよかった。連絡ないからちょっと心配してた。じゃ、またね」
「え、ああ……うん」
夜を過ごしてから一週間強、会うことはおろか連絡さえもしていなかったけれど、今まで築いてきた関係が変わる心配はしなくてもよさそうだ。
それを確認できて満足しながら、御膳を下げて出入口へ向かう。エレベーター前に、腕組みをしたエンドゥーが立っていた。
晴々とした顔の私を見て、にやりと唇の端を上げる。
「首尾は上々?」
「首尾って、なんの?」
「は?」
私はエンドゥーの横を通り、エレベーターのボタンを押す。エンドゥーは慌てたように私の横顔を覗き込んで来た。
「おい、待て。なんも話してないのか?」
「話したよ。最近魚が美味しいって話」
「はぁ!?」
「あと、焼き茄子と塩辛が食べられるようになったって話」
私が言うと、エンドゥーは大変わかりやすく頭を抱えた。
「おまえ……いや、おまえら……」
「なに?」
「くっ……そ……ふざけやがっ……ひとの気遣いを……!」
ぶつぶつ呟く声が切れ切れに聞こえてきたけど、わかることはただひとつ。私と成海のやりとりが、エンドゥーの期待に添ったものではなかったということだけだ。
説明を求めようと首を傾げてみたものの、エンドゥーは説明しようとはしない。見るからに腹立たしげに、開いたエレベーターに乗って行ったので、私も黙って従った。
***
結果として、エンドゥーへの話は流されてしまったことに気づいたのは、帰宅してからだ。
ついついオトナの通販ページを眺めて、ため息をつく。
購入してしまうのは、いたって簡単なのだ。
だが、踏み出すには、やはり勇気がいる。
「んあー」
私はベッドにばふんと倒れ込んだ。周りにあったぬいぐるみがころんと落ちていく。数年前、ストレス発散にクレーンゲームにはまって取ったものだ。今はブームが過ぎ去ったのと、このままでは部屋中ぬいぐるみだらけになると気づいたのでやめたが。
ため息をついて、スマホ画面にエンドゥーの連絡先を呼び出す。
【ねーねー】
間を開けず、【なに】と返ってきた。
もう帰宅しているのだろう。
【ほんとにポチっちゃいそうで危険】
【なにを】
返事しようと文字を打っている間に、
【やっぱりいい】
エンドゥーからの追加メッセージ。
【詳細不要】
【なんで】
【セクハラで訴えるぞ】
【人事課でセクハラってやばくね】
【なら慎め】
くっそー。
【悶々とする夜はどう過ごせば】
【知らん】
【エンドゥーなら女ひっかける?】
返答なし。
【じゃー私も夜の街に行ってみるかなー。一人くらい構ってくれる人いるかなー】
送信直後、ブルブルブルと電話が震えた。エンドゥーからの着信だ。
「へーい。もしもしー」
『お前さ、マジやめて。そういうの』
「なんでー」
語尾が伸びる。
「だってエンドゥーが迷惑そうだから、迷惑かけないように自立しようかと」
『それ自立じゃねぇだろ。方法間違ってんだろ』
エンドゥーに言われたくないなー。
『……だったら、早くカレシでも作れ』
「じゃーエンドゥー、カレシになってくれる?」
『……お前なぁ……』
エンドゥーが電話の向こうで深々とため息をつく。
「そんな簡単にカレシできるんだったら何年もフリーやってないよ」
『そうだけど……だから……』
エンドゥーはうーんと考えながら、言葉を口にした。
『ほら、あれだよ。お前テキパキしすぎてて、隙がないっていうか。だから隙作ってみればいいんじゃない?』
ぶはっ。
思わず噴き出す。
「例えばあれ? 荷物重くて持てなーい、みたいな? そういうの、私がやるとわざとらしくない?」
『いや……っていうか……』
エンドゥーはどこか、喉に何か引っ掛かっているような話し方をする。
『……わかった』
「え?」
『一晩、つき合ってやる。予定教えろ』
「えっ、えっ?」
私は笑いそうになる。
「今日でもいいけど?」
『よくねーよ寝るよもう』
「エンドゥーがおっさんみたいなこと言ってる」
『放っとけ!』
エンドゥーは腹立たしげに言って、後で予定を送るように言った。
私は頷いて電話を切り、首を傾げる。
なんだろうなあ。
途中で急に切り替わったような感じがしたけど。
エンドゥーはなにを知ってて、なにを考えてるんだろう。
思いながら、手帳を片手にエンドゥーにメッセージを送った。
エンドゥーからは、【了解。予定確認してからまた連絡する】と返事があった。
「あ、うん。いってらー」
成海は私の前の座席にスマホを置いてから、ランチを買いに行った。
しれっと見えないところに行ってしまったエンドゥーが恨めしい。
成海を待つ間に、定食の焼き魚を解していく。
昔は焼き魚定食なんて選ばなかったのに、歳をとると味覚や嗜好が変わるものらしい。胃がもたれるとかではないので、老いとは別の話だと思うことにしている。
そんなことを考えながら待っていたら、成海が持って戻った御膳も、私と同じ焼き魚定食だった。
そうと見るや、なんとなく嬉しくなる。
「最近、焼き魚美味しく感じるようになった」
「あー、うん、わかる」
席についた成海は手を合わせて箸に手をかける。賛同を得られてますます嬉しくなり、魚を解しながら話を続けた。
「昔はさー、嫌いじゃなかったけど、解すのがめんどくさくって。その労力に見合わないっていうか」
「そうだね。小骨があると食感悪いし」
「そうそう、そうなんだよー」
味覚って変わるって聞いたけどほんとだね、そういえば焼き茄子も嫌いだったのに好きになった、日本酒の肴だからだろ、そういえばイカの塩辛もだ……なんて話をしているうちに、気づけば午後の始業まで15分。内勤のオフィスが離れているから、戻って歯磨きするにはそろそろ出ないといけない。
思って、私はお盆に手を添え、腰を上げる。
「成海、元気そうでよかった。連絡ないからちょっと心配してた。じゃ、またね」
「え、ああ……うん」
夜を過ごしてから一週間強、会うことはおろか連絡さえもしていなかったけれど、今まで築いてきた関係が変わる心配はしなくてもよさそうだ。
それを確認できて満足しながら、御膳を下げて出入口へ向かう。エレベーター前に、腕組みをしたエンドゥーが立っていた。
晴々とした顔の私を見て、にやりと唇の端を上げる。
「首尾は上々?」
「首尾って、なんの?」
「は?」
私はエンドゥーの横を通り、エレベーターのボタンを押す。エンドゥーは慌てたように私の横顔を覗き込んで来た。
「おい、待て。なんも話してないのか?」
「話したよ。最近魚が美味しいって話」
「はぁ!?」
「あと、焼き茄子と塩辛が食べられるようになったって話」
私が言うと、エンドゥーは大変わかりやすく頭を抱えた。
「おまえ……いや、おまえら……」
「なに?」
「くっ……そ……ふざけやがっ……ひとの気遣いを……!」
ぶつぶつ呟く声が切れ切れに聞こえてきたけど、わかることはただひとつ。私と成海のやりとりが、エンドゥーの期待に添ったものではなかったということだけだ。
説明を求めようと首を傾げてみたものの、エンドゥーは説明しようとはしない。見るからに腹立たしげに、開いたエレベーターに乗って行ったので、私も黙って従った。
***
結果として、エンドゥーへの話は流されてしまったことに気づいたのは、帰宅してからだ。
ついついオトナの通販ページを眺めて、ため息をつく。
購入してしまうのは、いたって簡単なのだ。
だが、踏み出すには、やはり勇気がいる。
「んあー」
私はベッドにばふんと倒れ込んだ。周りにあったぬいぐるみがころんと落ちていく。数年前、ストレス発散にクレーンゲームにはまって取ったものだ。今はブームが過ぎ去ったのと、このままでは部屋中ぬいぐるみだらけになると気づいたのでやめたが。
ため息をついて、スマホ画面にエンドゥーの連絡先を呼び出す。
【ねーねー】
間を開けず、【なに】と返ってきた。
もう帰宅しているのだろう。
【ほんとにポチっちゃいそうで危険】
【なにを】
返事しようと文字を打っている間に、
【やっぱりいい】
エンドゥーからの追加メッセージ。
【詳細不要】
【なんで】
【セクハラで訴えるぞ】
【人事課でセクハラってやばくね】
【なら慎め】
くっそー。
【悶々とする夜はどう過ごせば】
【知らん】
【エンドゥーなら女ひっかける?】
返答なし。
【じゃー私も夜の街に行ってみるかなー。一人くらい構ってくれる人いるかなー】
送信直後、ブルブルブルと電話が震えた。エンドゥーからの着信だ。
「へーい。もしもしー」
『お前さ、マジやめて。そういうの』
「なんでー」
語尾が伸びる。
「だってエンドゥーが迷惑そうだから、迷惑かけないように自立しようかと」
『それ自立じゃねぇだろ。方法間違ってんだろ』
エンドゥーに言われたくないなー。
『……だったら、早くカレシでも作れ』
「じゃーエンドゥー、カレシになってくれる?」
『……お前なぁ……』
エンドゥーが電話の向こうで深々とため息をつく。
「そんな簡単にカレシできるんだったら何年もフリーやってないよ」
『そうだけど……だから……』
エンドゥーはうーんと考えながら、言葉を口にした。
『ほら、あれだよ。お前テキパキしすぎてて、隙がないっていうか。だから隙作ってみればいいんじゃない?』
ぶはっ。
思わず噴き出す。
「例えばあれ? 荷物重くて持てなーい、みたいな? そういうの、私がやるとわざとらしくない?」
『いや……っていうか……』
エンドゥーはどこか、喉に何か引っ掛かっているような話し方をする。
『……わかった』
「え?」
『一晩、つき合ってやる。予定教えろ』
「えっ、えっ?」
私は笑いそうになる。
「今日でもいいけど?」
『よくねーよ寝るよもう』
「エンドゥーがおっさんみたいなこと言ってる」
『放っとけ!』
エンドゥーは腹立たしげに言って、後で予定を送るように言った。
私は頷いて電話を切り、首を傾げる。
なんだろうなあ。
途中で急に切り替わったような感じがしたけど。
エンドゥーはなにを知ってて、なにを考えてるんだろう。
思いながら、手帳を片手にエンドゥーにメッセージを送った。
エンドゥーからは、【了解。予定確認してからまた連絡する】と返事があった。
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