もの狂ほしや色と情(改稿版)

松丹子

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第参章 想定外のプロポーズ

22 親戚づきあい

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 ジョーとわたしが2人の家を訪問したのはその翌月のことだ。自宅はアーヤの実家近くにある。子育てするには母方の実家に近い方がいいだろう、と選んだそうで、マーシーらしい配慮が垣間見える。
 駅に迎えに行くと言われたが、道は分かるからと断った。秋晴れの道を、ジョーと一緒に歩いていく。
「楽しみやなぁ」
 わたしが言うと、ジョーがふぅんとまばたきした。
「俺、会ったことないんですよね。男の子でしたっけ?」
「せや。悠人くんていいはる」
 名付けるときには、「英語でも口にしやすい音を」と決めたらしい。「英語のときは、ユウって呼んでもらえばいいかなって」とはにかんでいたアーヤを思い出す。マーシーと二人であれこれ名前を考える姿を想像して、微笑ましく思ったものだ。
「そっか。ヨーコさんは会ったことあるんでしたっけ」
「せや。半年くらいのときにな。もう歩いてはるやなんて、子どもの成長は早いなぁ」
 わたしは言ってから、ふと首を傾げた。
「マーシーの家、行ったことないんやね」
「え? ええ、ないですけど」
 ジョーとマーシーの距離感を思うと意外な気がしたのだが、男同士との付き合いだとそういうものなのかもしれない。
「どんな子すかね。一緒に遊べるといいな」
 ジョーは丸い目をきらきらさせている。
 嬉しそうな横顔を見て、わたしは笑った。
「あんた、子ども好きなん?」
「んー、好きっていうか、なんていうか」
 ジョーは首を傾げた。
「ほら、俺きょうだいと歳離れてるじゃないですか。実家に帰る度に誰かしら甥っ子か姪っ子がいる感じで、しょっちゅう一緒に遊んでて。年齢差的には、きょうだいも甥姪もあんまり変わんないんで……いや、むしろ甥姪の方が近いってくらいかも」
 わたしはほぅと頷いた。考えてみれば、たしかにそうかもしれない。
「だから甥も姪も、丈兄ちゃんて呼ぶんですよね。もう成人してるのもいますよ」
「……何人いるんやったっけ」
「10人すね」
(覚えられるやろか)
 改めて聞き、思わず考え込む。
 わたしの頭の中では、若い子というのは得てして「若い子」というカテゴリーに分類され、個体として見分けられない。「ああ若いなぁ」という感想以上の関心を持てないからだが、身内になるとなると話は別だ。
 ジョーの親族には、今まで温めてきた交遊関係があるだろう。新参者のわたしが一人で入って行って、好意的に迎え入れてもらうためには、名前を覚えるのは重要なファクターのはずだ。
(そもそも、あれやな。まずはジョーのきょうだいから……)
 会ったのは次兄の良次さんだけだ。他のきょうだいたちも、せめて写真を見て予習しておいた方がいいかもしれない。
 一気に交流人数を増やす必要が生じたわけで、今まで人づきあいを避けていたツケが回ってきたような気がする。
 真剣にそんなことを考えているわたしの横顔を見て、ジョーが噴き出した。
「なに、笑てんの」
「え、いや、だって」
 ジョーは口元を手で覆ったが、完全に笑い顔なので隠しても無意味だ。
「ヨーコさんの考えてること、見てて分かっちゃったから。珍しいなと思って」
 わたしはまばたきをした。
「結構キラキラしてる名前も多いから、全員覚えるの大変ですよ。母だってしょっちゅう間違って馬鹿にされてますし」
 まさに言い当てられて、少しばつが悪い。唇を尖らせる。
「せやかて、うち、あんまり人づきあいするたちやないし……あんたの身内はみんな、人なつっこいやろ。名前くらい覚えんと……」
「真面目だなぁ」
 ジョーはからりと笑った。
「そんなに真面目だと、疲れちゃいますよ。……そういうとこも可愛いけど」
 ジョーからすらあまり聞かない賛辞だ。単純に喜ぶには抵抗があって、つい奇妙な顔になる。ジョーはわたしのそんな顔を見てまた笑う。
「少しずつでいいですよ。無理しないで。ヨーコさんばっかり、うちのメンバーと仲良くなったって困ります。俺だってヨーコさんのご両親にもうちょっとお近づきになりたいし」
 頑張りますねという笑顔には屈託がない。
 先日の葬式でのやりとりは、初対面にしてはなかなか峻烈だったように思うのだが、彼にとってはさして問題ではないらしい。
 思えば、好かれたいと思う人から嫌われた経験のない男なのだ。「そんな経験があるとしたら、ヨーコさんだけです」と笑っていたのを思い出す。「俺なりに相当必死でしたから」と言われれば、まあそう感じたような気もしなくもない。が、結局落ちてしまえば詮もないことだ。
 いずれ離れていくのだろうと、覚悟をしていた。
 それが不要だったと気づいたときの安堵感。安堵してようやく、自分の覚悟が相当に悲痛なものだったと気づいた。
 半ば無意識に、隣を歩くジョーに手を伸ばす。
 ジョーは微笑んでわたしの手を握り返した。
 これからもずっと、二人でいるのだ。
 ようやくそれが実感として胸に落ちてくる。
 照れ臭さに、すまして前を向いた。
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