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第参章 想定外のプロポーズ
25 ことばと誠意
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落ち着くと、二人で何も言わず歩き始めた。時々、握ったジョーの手指が優しくわたしの手を撫でる。気遣うように。愛を伝えるように。
そのくすぐったさに、少しずつ心が落ち着いてくる。
わたしが自分の気持ちに鈍感になったのは、ある意味必要に迫られた結果だった。いちいち傷ついていては身動きが取れなくなるほど振り回されていたのだと、今ならわかる。
男の視線と支配欲に。母の保身のための振る舞いに。
そしてジョーは、失った感性の一つ一つを解き放ってくれる。気付かせてくれる。思い出させてくれる。
当人にはそのつもりはないだろうが。
「この前、母に会うて、今日はアーヤの話聞いて、気づいたことが一つ、あってな」
しばらく歩いたとき、わたしから沈黙を破った。ジョーは続きを促すような目でわたしを見る。
「母親は子どもを……お母さんは、うちを愛してくれて当然と思うてた。でも、そうやなかったのかも知れんな。娘の勝手な期待に、お母さんは疲れたのかも知れへん。お母さん自身も、葛藤してたんかも知れへん。うちにうまく向き合えへんくて」
「当然と思って、当然ですよ」
ジョーはあっさり答えた。
「だって、親の愛があって、守ってくれる人がいなければ、人間の子どもは生き延びられない。そういう風に産まれるんですもん、庇護を求めて当然じゃないですか」
わたしはその横顔を見上げてから、自分の足先に目を落とす。ジョーは気にした様子もなく、さも当然のように続ける。
「確かに……大人になって考えれば、親にも向き不向きはあるだろうし、相性だってあるだろうし……親には親の都合があるかもしれませんけど。でも、親に愛を求める子どもを、自分勝手だとは言えませんよ」
言葉はすとんと胸に落ちた。
それにしても、ずいぶんすらすらと言葉が出て来るものだ。自分の気持ちや考えを閉じ込めていたわたしには出来ない芸当だと、素直に感心する。
「少なくても俺はそう思います」
締め括るように言って、ジョーは黙ったままのわたしの顔を覗き込んだ。
「……イマイチですか?俺の見解」
「ううん」
首を振って笑みを返す。
「感心するわ」
「は?」
「よう次々言葉が浮かぶな、て」
途端にジョーが苦笑する。
「おしゃべりですみません」
「いや、違うで。まあ確かにおしゃべりやし、時々うるさいけど」
嘘をつけない彼へは、嘘偽りのない言葉を。
わずかないたずら心に、微笑と共に言う。
「でも、だから、何度も言うてくれるやろ。うちが欲しいと思う言葉を、欲しいと思うときに」
わたしは、愛情というものに疑心的な一方、飢えている。ジョーと過ごすようになって、ようやくそう自覚した。
だからこそ求めるのだ。嘘偽りのない言葉を。何度でも。欲しいときに、欲しいだけ。
それを、ジョーは与えてくれる。いつでも。出し惜しむことなく。彼の中にある言葉を尽くして。
わたしはその言葉を、言葉としてではなく、彼の誠意として受け取っているのかもしれない。懸命に伝えようとしてくれる想いが嬉しい。時々うるさく思っても、面倒な気がしても、どこかで居心地のよさを感じるのは、それ故なのだろうーー
と思ったが、うまく伝えられる気はしない。わたしは黙った。
「俺なんかの言葉を、貴女が欲しいと思うなら」
わたしの沈黙を気にもせず、ジョーが微笑んだ。
「いくらでもあげます。貴女がうんざりするくらいーーもうお腹いっぱいだと思うくらいに」
わたしは思わず笑う。彼の想いの丈をすべて聞けば、本当に窒息しかねない。そんな気がする。
わたしの笑顔に、ジョーはほっとしたようだった。
わたしは握った手に力をこめながら言う。
「いつまでも、飢えてるかも知れへんで」
ジョーの顔を覗き込むと、
「むしろその方が都合がいいです」
軽やかにジョーか答えた。彼は晴々と言い放つ。
「ヨーコさんへの愛を語るななんて、俺に息するなと言ってるようなもんですから」
そのくすぐったさに、少しずつ心が落ち着いてくる。
わたしが自分の気持ちに鈍感になったのは、ある意味必要に迫られた結果だった。いちいち傷ついていては身動きが取れなくなるほど振り回されていたのだと、今ならわかる。
男の視線と支配欲に。母の保身のための振る舞いに。
そしてジョーは、失った感性の一つ一つを解き放ってくれる。気付かせてくれる。思い出させてくれる。
当人にはそのつもりはないだろうが。
「この前、母に会うて、今日はアーヤの話聞いて、気づいたことが一つ、あってな」
しばらく歩いたとき、わたしから沈黙を破った。ジョーは続きを促すような目でわたしを見る。
「母親は子どもを……お母さんは、うちを愛してくれて当然と思うてた。でも、そうやなかったのかも知れんな。娘の勝手な期待に、お母さんは疲れたのかも知れへん。お母さん自身も、葛藤してたんかも知れへん。うちにうまく向き合えへんくて」
「当然と思って、当然ですよ」
ジョーはあっさり答えた。
「だって、親の愛があって、守ってくれる人がいなければ、人間の子どもは生き延びられない。そういう風に産まれるんですもん、庇護を求めて当然じゃないですか」
わたしはその横顔を見上げてから、自分の足先に目を落とす。ジョーは気にした様子もなく、さも当然のように続ける。
「確かに……大人になって考えれば、親にも向き不向きはあるだろうし、相性だってあるだろうし……親には親の都合があるかもしれませんけど。でも、親に愛を求める子どもを、自分勝手だとは言えませんよ」
言葉はすとんと胸に落ちた。
それにしても、ずいぶんすらすらと言葉が出て来るものだ。自分の気持ちや考えを閉じ込めていたわたしには出来ない芸当だと、素直に感心する。
「少なくても俺はそう思います」
締め括るように言って、ジョーは黙ったままのわたしの顔を覗き込んだ。
「……イマイチですか?俺の見解」
「ううん」
首を振って笑みを返す。
「感心するわ」
「は?」
「よう次々言葉が浮かぶな、て」
途端にジョーが苦笑する。
「おしゃべりですみません」
「いや、違うで。まあ確かにおしゃべりやし、時々うるさいけど」
嘘をつけない彼へは、嘘偽りのない言葉を。
わずかないたずら心に、微笑と共に言う。
「でも、だから、何度も言うてくれるやろ。うちが欲しいと思う言葉を、欲しいと思うときに」
わたしは、愛情というものに疑心的な一方、飢えている。ジョーと過ごすようになって、ようやくそう自覚した。
だからこそ求めるのだ。嘘偽りのない言葉を。何度でも。欲しいときに、欲しいだけ。
それを、ジョーは与えてくれる。いつでも。出し惜しむことなく。彼の中にある言葉を尽くして。
わたしはその言葉を、言葉としてではなく、彼の誠意として受け取っているのかもしれない。懸命に伝えようとしてくれる想いが嬉しい。時々うるさく思っても、面倒な気がしても、どこかで居心地のよさを感じるのは、それ故なのだろうーー
と思ったが、うまく伝えられる気はしない。わたしは黙った。
「俺なんかの言葉を、貴女が欲しいと思うなら」
わたしの沈黙を気にもせず、ジョーが微笑んだ。
「いくらでもあげます。貴女がうんざりするくらいーーもうお腹いっぱいだと思うくらいに」
わたしは思わず笑う。彼の想いの丈をすべて聞けば、本当に窒息しかねない。そんな気がする。
わたしの笑顔に、ジョーはほっとしたようだった。
わたしは握った手に力をこめながら言う。
「いつまでも、飢えてるかも知れへんで」
ジョーの顔を覗き込むと、
「むしろその方が都合がいいです」
軽やかにジョーか答えた。彼は晴々と言い放つ。
「ヨーコさんへの愛を語るななんて、俺に息するなと言ってるようなもんですから」
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