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第一章 最低な男
01 刹那的な関係
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彼女は、いつ見ても無表情だった。
無表情、と言っても、一見、口元には穏やかな笑みが浮かんでて。
それはただ口の端が上がっているように見えるだけだと、気づいたのはいつだったかな。
多分、俺が彼女に興味を持ったのと同時だったと思う。
その儚げな表情は、どこかで見たことのあるものだった。
そう直感的に思ったけど、どこで見たのかはわからない。
あまり気に留めないでいるうちに、結局その既視感すら忘れてしまった。
まあ、思い出したときには、二人して笑っちゃったけどね。
* * *
27になる年の春。俺は二年間のロンドン勤務を終えて東京本社の事業部に配属になった。
「おっはよーございます!」
人好きのする童顔、と言われる顔に満面の笑みを浮かべて、俺はその人に呼びかける。
いつでもその人は、微笑んだような無表情のまま、俺をちらりと見るだけだ。返事が聞こえたことなど数えるほどしかないし、返ってきたとしても小さな声で答えるだけ。
でも、彼女の少しハスキィなアルトの声を聞けたときには、なんとなく得をしたような気分になる。
「おはようさん」
彼女の声はセクシーだ。
落ち着いていて、柔らかな言い回し。
英語でも日本語でも、彼女の口から出た音色は、つい聞き惚れてしまうほど色っぽい。
それは彼女の使う日本語が、西方の訛りを含んでいるからということもあるだろう。どちらかというとゆっくりしたテンポが、ますます欲情を誘う。
黒く長いまつげ、切れ長の目、黒目がちの瞳、ぽったりとした唇。
耳の形も綺麗で、鼻筋も通っている。
日本人形みたいだ、と誰かが評しているのを聞いて、ああ確かに、と納得した。
でも彼女のセクシーさは、その大人しそうな顔に似合わぬ身体つきにもあった。
華奢な首筋。骨が浮き出た鎖骨。豊かな胸。肉感的な臀部から腿のライン。
あの腿に脚を絡められて、耳元で囁かれたら、それだけで達してしまうような気がした。
そんな妄想だけでもいいオカズになる。実際に何度か彼女を抱く妄想をして抜いた。
俺にとっては他の女より効果が持続するな、という程度の感覚でしかないが、それはそれでありがたい。
一度でいいから、抱きたい。
と、思っている。
多分、会ったそのときから。
+ +
詳しく聞いたことはないが、彼女は多分、俺より一回り以上年上だ。
この4月に今の部署に異動してきてから、同じ階で働いている。フロアには俺のいる事業部と彼女のいる財務部しかない。
エレベーターホールで見かける度、つい目が向いた。
名前を聞いたのは本人以外からだ。事業部の予算担当でもある彼女の名前は事業部内では知られていた。
名取葉子。公用語を英語としている我が社ではヨーコと呼ばれている。
彼女の動きは、一つ一つ洗練されていて、誰がどう見てもいいところのお嬢さんだ。
なのに、何かを諦めたような雰囲気を漂わせていた。
4月末、彼女をホテル街で見たとき、あまりの違和感の無さに逆に驚いた。
俺は例によって例のごとく、合コンで会った女と相性を確認しようとホテルに入ろうとしたところだ。
彼女は男と二人でホテルから出てきたが、その男に見覚えがあった。
誰だっけーーあれ。
頭の中を検索する。人に関心がない俺は、その名前にも無関心だ。が、その男は社内の人間だった。日中の会議で顔を見かけたばかりだ。
たしかーー大阪の事業部の。
思っている内、男の左手にシルバーリングが光って見えた。
彼女が結婚しているという話を、俺は聞いたことがない。
てことは、不倫、てやつ?
「ジョーくぅん、どうしたのぉ?」
合コンで会った女が俺の腕に胸を押し付けてくる。
名前、なんて言ったっけ。アイコ? ノゾミ?
たしか、三音だった気がする。
って、女の名前なんて基本的には二音か三音か。
「ううん、なんでもなーい。どこにしよっか?」
「あたし、よくわかんないからどこでもいいよぉ」
あ、そう。バカっぽいもんね、君。
言葉は心中に留めて笑顔を返す。ヨーコさんと男は気づけば姿を消していた。
中身のない女が、俺の腕に巻き付いてくる。
あー、一度寝たら終わりだな、こいつは。
今さらといえば今さらのことが、直感的に分かったが、それでホテルに行くのをやめるのも面倒くさい。というか、女をなだめるのが面倒くさい。
「じゃ、ここにしよっか」
にこりと笑って歩き出すと、女は易々と俺についてきた。
ふと、ヨーコさんの残り香を感じた気がした。
しくり、と下半身が疼く。
あー、そっか。そうしよう。
俺は隣を歩く女に微笑んだ。
胸もケツも代わりにしてはボリュームが足りないけど、まあこの際仕方ないよね。
女は俺の笑顔を勘違いして、にこりと微笑み返してきた。
俺にケツを突き出しながら喘ぐ女を、後ろから侵す。
目を閉じて、ヨーコさんが乱れる様を想像した。
あの青白い肌に赤みがさす様を。
生気の乏しい目が潤んで俺をとらえる様を。
身長の割に華奢な手が、あえぎ声を抑えようと自らの口を塞ぐ様を。
想像して、震える。
あー、いいわ。これ。
ちょっと、癖になりそう。
いずれヨーコさんを抱きたいと思ってはいるものの、今は挨拶すら八割方返してもらえない現状だ。
もし抱けるとしてもーーまあ、抱けないとは思ってないけどーーだいぶ先になることだろう。
早くて半年とか、一年とか。
その頃には俺が飽きてるかもしんないけど。
思いながら、高ぶるままに女に腰を打ち付ける。
女が嬌声を上げて姿勢を崩した。
ち、と舌打ちして、腰を掴み引き上げる。
腰を数度強く打ち付けて、避妊具越しに吐精した。
無表情、と言っても、一見、口元には穏やかな笑みが浮かんでて。
それはただ口の端が上がっているように見えるだけだと、気づいたのはいつだったかな。
多分、俺が彼女に興味を持ったのと同時だったと思う。
その儚げな表情は、どこかで見たことのあるものだった。
そう直感的に思ったけど、どこで見たのかはわからない。
あまり気に留めないでいるうちに、結局その既視感すら忘れてしまった。
まあ、思い出したときには、二人して笑っちゃったけどね。
* * *
27になる年の春。俺は二年間のロンドン勤務を終えて東京本社の事業部に配属になった。
「おっはよーございます!」
人好きのする童顔、と言われる顔に満面の笑みを浮かべて、俺はその人に呼びかける。
いつでもその人は、微笑んだような無表情のまま、俺をちらりと見るだけだ。返事が聞こえたことなど数えるほどしかないし、返ってきたとしても小さな声で答えるだけ。
でも、彼女の少しハスキィなアルトの声を聞けたときには、なんとなく得をしたような気分になる。
「おはようさん」
彼女の声はセクシーだ。
落ち着いていて、柔らかな言い回し。
英語でも日本語でも、彼女の口から出た音色は、つい聞き惚れてしまうほど色っぽい。
それは彼女の使う日本語が、西方の訛りを含んでいるからということもあるだろう。どちらかというとゆっくりしたテンポが、ますます欲情を誘う。
黒く長いまつげ、切れ長の目、黒目がちの瞳、ぽったりとした唇。
耳の形も綺麗で、鼻筋も通っている。
日本人形みたいだ、と誰かが評しているのを聞いて、ああ確かに、と納得した。
でも彼女のセクシーさは、その大人しそうな顔に似合わぬ身体つきにもあった。
華奢な首筋。骨が浮き出た鎖骨。豊かな胸。肉感的な臀部から腿のライン。
あの腿に脚を絡められて、耳元で囁かれたら、それだけで達してしまうような気がした。
そんな妄想だけでもいいオカズになる。実際に何度か彼女を抱く妄想をして抜いた。
俺にとっては他の女より効果が持続するな、という程度の感覚でしかないが、それはそれでありがたい。
一度でいいから、抱きたい。
と、思っている。
多分、会ったそのときから。
+ +
詳しく聞いたことはないが、彼女は多分、俺より一回り以上年上だ。
この4月に今の部署に異動してきてから、同じ階で働いている。フロアには俺のいる事業部と彼女のいる財務部しかない。
エレベーターホールで見かける度、つい目が向いた。
名前を聞いたのは本人以外からだ。事業部の予算担当でもある彼女の名前は事業部内では知られていた。
名取葉子。公用語を英語としている我が社ではヨーコと呼ばれている。
彼女の動きは、一つ一つ洗練されていて、誰がどう見てもいいところのお嬢さんだ。
なのに、何かを諦めたような雰囲気を漂わせていた。
4月末、彼女をホテル街で見たとき、あまりの違和感の無さに逆に驚いた。
俺は例によって例のごとく、合コンで会った女と相性を確認しようとホテルに入ろうとしたところだ。
彼女は男と二人でホテルから出てきたが、その男に見覚えがあった。
誰だっけーーあれ。
頭の中を検索する。人に関心がない俺は、その名前にも無関心だ。が、その男は社内の人間だった。日中の会議で顔を見かけたばかりだ。
たしかーー大阪の事業部の。
思っている内、男の左手にシルバーリングが光って見えた。
彼女が結婚しているという話を、俺は聞いたことがない。
てことは、不倫、てやつ?
「ジョーくぅん、どうしたのぉ?」
合コンで会った女が俺の腕に胸を押し付けてくる。
名前、なんて言ったっけ。アイコ? ノゾミ?
たしか、三音だった気がする。
って、女の名前なんて基本的には二音か三音か。
「ううん、なんでもなーい。どこにしよっか?」
「あたし、よくわかんないからどこでもいいよぉ」
あ、そう。バカっぽいもんね、君。
言葉は心中に留めて笑顔を返す。ヨーコさんと男は気づけば姿を消していた。
中身のない女が、俺の腕に巻き付いてくる。
あー、一度寝たら終わりだな、こいつは。
今さらといえば今さらのことが、直感的に分かったが、それでホテルに行くのをやめるのも面倒くさい。というか、女をなだめるのが面倒くさい。
「じゃ、ここにしよっか」
にこりと笑って歩き出すと、女は易々と俺についてきた。
ふと、ヨーコさんの残り香を感じた気がした。
しくり、と下半身が疼く。
あー、そっか。そうしよう。
俺は隣を歩く女に微笑んだ。
胸もケツも代わりにしてはボリュームが足りないけど、まあこの際仕方ないよね。
女は俺の笑顔を勘違いして、にこりと微笑み返してきた。
俺にケツを突き出しながら喘ぐ女を、後ろから侵す。
目を閉じて、ヨーコさんが乱れる様を想像した。
あの青白い肌に赤みがさす様を。
生気の乏しい目が潤んで俺をとらえる様を。
身長の割に華奢な手が、あえぎ声を抑えようと自らの口を塞ぐ様を。
想像して、震える。
あー、いいわ。これ。
ちょっと、癖になりそう。
いずれヨーコさんを抱きたいと思ってはいるものの、今は挨拶すら八割方返してもらえない現状だ。
もし抱けるとしてもーーまあ、抱けないとは思ってないけどーーだいぶ先になることだろう。
早くて半年とか、一年とか。
その頃には俺が飽きてるかもしんないけど。
思いながら、高ぶるままに女に腰を打ち付ける。
女が嬌声を上げて姿勢を崩した。
ち、と舌打ちして、腰を掴み引き上げる。
腰を数度強く打ち付けて、避妊具越しに吐精した。
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