31 / 64
第三章 凶悪な正義
18 恋人の夜
しおりを挟む
クリスマスのデートは車で出かけることにした。
植樹にイルミネーションが施された道があると聞いたので、その道を通って、山の展望台から夜景を見ようということになったのだ。
都心の騒がしさの中にあるイルミネーションには全く興味がなさそうだったヨーコさんも、俺のその提案には興味を持ったらしい。
「山の中やったら、星も綺麗に見えるかも知れんなぁ」
あいかわらずおっとりと言うその横顔をにまにましながら見つめていると、あきれた視線が帰ってきた。
「……何?」
「いえ、別に」
答えた後で、思い直した。改めて口を開く。
「今日も綺麗だなと思って」
ヨーコさんはますますあきれた顔になった。
ヨーコさんとのデートらしいデートは初めてだ。
終業後に夕飯を食べたりするくらいはあったが、他には例の物件探しとか、引っ越しの手伝いとか、その程度。
「俺、一日有給取っちゃおうかなぁ」
独り言のつもりで言ったのだが、ヨーコさんはくすりと笑った。
「ええな。うちもそうしてみよか」
「えっ?」
俺は思わず目を見張ってしまった。ヨーコさんは笑う。
「なんや、その顔」
「いや……だって」
ヨーコさんがそういうことを言うとは思っていなかったのだ。俺はじわじわと込み上げる喜びを唇に載せ、笑う。
「じ、じゃあそうしましょう。あっ、連休取ります? あれ、翌日土曜だっけ……」
ほわほわと浮き立つ気持ちのままスマホのカレンダーを表示させる俺を見て、ヨーコさんが苦笑した。
「あんた浮き立ちすぎやで。今年は株主総会も早めに終わるし、その後やったらええやろ、好きにしても」
言って、ヨーコさんは鞄から手帳を取り出した。臙脂色の革のカバーは使い込まれていい色になっている。白い指先がその上を這う様に見惚れていると、ヨーコさんがちらりと俺を見た。
「見すぎやで」
「あ、は、すみません」
俺は慌てて目を反らす。
が、やっぱりじわじわと込み上げる喜びに、顔が緩んでしまう。
「ジョー、締まりのない顔してはるで」
あきれたヨーコさんの声に、俺は黙って自分の頬を両手で包んだ。
+ + +
イルミネーションは午後5時からだ。レンタカーを借りた俺は、その1時間ほど前にヨーコさんを家まで迎えに行った。
ヨーコさんは膝まですぼんで裾が広がったスカートにブーツ、上にはニットとピーコート。寒がりな彼女は首もとに赤いショールを巻いている。
ニットのくすんだピンクがよく似合っていて、見た瞬間「抱きしめたいなぁ」と直感的に思った。
暑がりな俺はジーパンに綿ニット、上にミリタリージャケットだ。外を歩き回るならともかく、車移動ならこれで充分。
都心から1時間ほど先にある、イルミネーションがまたたく通りを走り抜け、その途中にあったレストランで夕飯を摂る。
飲んでもいいと言ったのだけど、ヨーコさんは微笑んで首を横に振った。
そんな表情を見ながら、なんだか照れる。
まるで普通の恋人みたいだ。……いや、実際そうなんだけど。
「今日は雲がないから、星も見えるやろうか」
ヨーコさんは言いながら外を見た。店内が明るいから、窓には俺とヨーコさんの二人が写って見える。
「どうでしょう。そうだといいですね」
俺は答えながら、ガラス窓に写るヨーコさんを見ている。
星空を期待してほころんだ口元が少女みたいで、つられて笑った。
「ご機嫌やな」
俺の笑顔に気づき、ヨーコさんが首を傾げる。
「だってヨーコさんが一緒だから」
答えると、ヨーコさんはまた微妙な顔をした。
ーー本当は、ちょっとだけ違うんですよ。
心の中でヨーコさんに言う。
ーー本当は……俺と一緒にいるヨーコさんがご機嫌だから、俺もご機嫌なんです。
でもきっとそんなことを口にしたら、彼女はとたんに渋面をつくり、むきになったように口を閉ざすだろう。
そんな不器用さすら愛おしくて、俺は食事を進めた。
夕飯を摂るともうすっかり夜になっていた。あと残りわずかなイルミネーションの通りを走り抜け、山道へ向かう。
「この上に公園があるらしくて。展望台もあるらしいですけど寒いかな。夜景、駐車場から見えるといいけど」
「すこし降りて散策してもええよ」
車を走らせながらそんな会話を交わして、公園の駐車場についた。
「やっぱりここからだと見えませんね」
「せやな。降りてみよ」
ヨーコさんが言いながらドアを開けた。両膝をするりと外に出し、立ち上がる。
スカートだからこその動きなのかもしれないが、ヨーコさんはこういう動きの一つ一つが綺麗だ。見る度に俺をドキドキさせる。
……もちろん、その脚のラインが綺麗なせいもあるけど。
「寒くないですか」
言いながらさりげなく肩を抱いてみる。こんな振る舞いも初めてだ。ドキドキしていることを悟られないよう平気な顔をしているつもりだったが、しばらく歩いた頃、ヨーコさんが噴き出した。
「何緊張してはるん」
「あ……バレてました?」
「バレバレや」
くつくつ笑う笑顔に、俺の心が解れていく。
こうしてご機嫌に笑うヨーコさんの顔は、とてもじゃないけど40を過ぎていると思えない。十代の少女みたいだ。
俺は照れ笑いを返した。
「だって、こういうの初めてじゃないですか」
「せやな。デートみたいやな」
「違うんですか?」
ヨーコさんはこの上まだ恋人ではないと言うのだろうか。そう思って不安になり、つい自信のない声で問い掛ける。
ヨーコさんはふっと笑って、俺の肩に額を寄せた。
「違わない」
静かな一言とその重みに、また俺の胸にじわりと喜びが広がる。
何とも言えない幸福感に、黙って肩を一層引き寄せた。
ヨーコさんは俺の腕の中で、またくすりと笑った。
植樹にイルミネーションが施された道があると聞いたので、その道を通って、山の展望台から夜景を見ようということになったのだ。
都心の騒がしさの中にあるイルミネーションには全く興味がなさそうだったヨーコさんも、俺のその提案には興味を持ったらしい。
「山の中やったら、星も綺麗に見えるかも知れんなぁ」
あいかわらずおっとりと言うその横顔をにまにましながら見つめていると、あきれた視線が帰ってきた。
「……何?」
「いえ、別に」
答えた後で、思い直した。改めて口を開く。
「今日も綺麗だなと思って」
ヨーコさんはますますあきれた顔になった。
ヨーコさんとのデートらしいデートは初めてだ。
終業後に夕飯を食べたりするくらいはあったが、他には例の物件探しとか、引っ越しの手伝いとか、その程度。
「俺、一日有給取っちゃおうかなぁ」
独り言のつもりで言ったのだが、ヨーコさんはくすりと笑った。
「ええな。うちもそうしてみよか」
「えっ?」
俺は思わず目を見張ってしまった。ヨーコさんは笑う。
「なんや、その顔」
「いや……だって」
ヨーコさんがそういうことを言うとは思っていなかったのだ。俺はじわじわと込み上げる喜びを唇に載せ、笑う。
「じ、じゃあそうしましょう。あっ、連休取ります? あれ、翌日土曜だっけ……」
ほわほわと浮き立つ気持ちのままスマホのカレンダーを表示させる俺を見て、ヨーコさんが苦笑した。
「あんた浮き立ちすぎやで。今年は株主総会も早めに終わるし、その後やったらええやろ、好きにしても」
言って、ヨーコさんは鞄から手帳を取り出した。臙脂色の革のカバーは使い込まれていい色になっている。白い指先がその上を這う様に見惚れていると、ヨーコさんがちらりと俺を見た。
「見すぎやで」
「あ、は、すみません」
俺は慌てて目を反らす。
が、やっぱりじわじわと込み上げる喜びに、顔が緩んでしまう。
「ジョー、締まりのない顔してはるで」
あきれたヨーコさんの声に、俺は黙って自分の頬を両手で包んだ。
+ + +
イルミネーションは午後5時からだ。レンタカーを借りた俺は、その1時間ほど前にヨーコさんを家まで迎えに行った。
ヨーコさんは膝まですぼんで裾が広がったスカートにブーツ、上にはニットとピーコート。寒がりな彼女は首もとに赤いショールを巻いている。
ニットのくすんだピンクがよく似合っていて、見た瞬間「抱きしめたいなぁ」と直感的に思った。
暑がりな俺はジーパンに綿ニット、上にミリタリージャケットだ。外を歩き回るならともかく、車移動ならこれで充分。
都心から1時間ほど先にある、イルミネーションがまたたく通りを走り抜け、その途中にあったレストランで夕飯を摂る。
飲んでもいいと言ったのだけど、ヨーコさんは微笑んで首を横に振った。
そんな表情を見ながら、なんだか照れる。
まるで普通の恋人みたいだ。……いや、実際そうなんだけど。
「今日は雲がないから、星も見えるやろうか」
ヨーコさんは言いながら外を見た。店内が明るいから、窓には俺とヨーコさんの二人が写って見える。
「どうでしょう。そうだといいですね」
俺は答えながら、ガラス窓に写るヨーコさんを見ている。
星空を期待してほころんだ口元が少女みたいで、つられて笑った。
「ご機嫌やな」
俺の笑顔に気づき、ヨーコさんが首を傾げる。
「だってヨーコさんが一緒だから」
答えると、ヨーコさんはまた微妙な顔をした。
ーー本当は、ちょっとだけ違うんですよ。
心の中でヨーコさんに言う。
ーー本当は……俺と一緒にいるヨーコさんがご機嫌だから、俺もご機嫌なんです。
でもきっとそんなことを口にしたら、彼女はとたんに渋面をつくり、むきになったように口を閉ざすだろう。
そんな不器用さすら愛おしくて、俺は食事を進めた。
夕飯を摂るともうすっかり夜になっていた。あと残りわずかなイルミネーションの通りを走り抜け、山道へ向かう。
「この上に公園があるらしくて。展望台もあるらしいですけど寒いかな。夜景、駐車場から見えるといいけど」
「すこし降りて散策してもええよ」
車を走らせながらそんな会話を交わして、公園の駐車場についた。
「やっぱりここからだと見えませんね」
「せやな。降りてみよ」
ヨーコさんが言いながらドアを開けた。両膝をするりと外に出し、立ち上がる。
スカートだからこその動きなのかもしれないが、ヨーコさんはこういう動きの一つ一つが綺麗だ。見る度に俺をドキドキさせる。
……もちろん、その脚のラインが綺麗なせいもあるけど。
「寒くないですか」
言いながらさりげなく肩を抱いてみる。こんな振る舞いも初めてだ。ドキドキしていることを悟られないよう平気な顔をしているつもりだったが、しばらく歩いた頃、ヨーコさんが噴き出した。
「何緊張してはるん」
「あ……バレてました?」
「バレバレや」
くつくつ笑う笑顔に、俺の心が解れていく。
こうしてご機嫌に笑うヨーコさんの顔は、とてもじゃないけど40を過ぎていると思えない。十代の少女みたいだ。
俺は照れ笑いを返した。
「だって、こういうの初めてじゃないですか」
「せやな。デートみたいやな」
「違うんですか?」
ヨーコさんはこの上まだ恋人ではないと言うのだろうか。そう思って不安になり、つい自信のない声で問い掛ける。
ヨーコさんはふっと笑って、俺の肩に額を寄せた。
「違わない」
静かな一言とその重みに、また俺の胸にじわりと喜びが広がる。
何とも言えない幸福感に、黙って肩を一層引き寄せた。
ヨーコさんは俺の腕の中で、またくすりと笑った。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる