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(23)新しい住処・・・鮎美の視点で
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家を立ち退くよう通告された時、彼女が真っ先に連絡を取ったのは鈴木さんのところだった。
両親や祖父母の法要にも出席を渋り、それどころかさらに資産をもぎ取ろうとする親族よりも、ずっと信頼がおけた。
鈴木さんは、電話口で即座に、鮎美を引き取ろうと申し出た。
鮎美にとっては渡りに船とはいえあまりに唐突な事ではあり、一旦は返事を保留した。
けれども、後から相談した親族は誰もが迷惑そうに冷たく鮎美を突き放した。
なかには、利一が資産を売ったのは鮎美の責任であるかのように責めたてる者さえいた。
それで、鮎美は鈴木さんのところへ行く決心をつけた。
鈴木さんから示された条件は、鮎美を家族の一員として迎えるから、民宿や農園の手伝いも家族同様に携わってもらう、そして労働の対価として見合うだけの小遣いを渡す、というものだった。
鮎美にとっては、血の繋がらない他人にそのような親切を受けるのは多少の居心地の悪さも感じた。
そこで彼女は、鈴木さんが鮎美に対して抱える借金を棒引きしようかと提案したが、「それとこれとは別だ」と一蹴された。
鮎美は期限ぎりぎりまで、生まれ育った、思い出深い家に住んだ。
その間に幼い頃からの思い出の染み付いた家具などを売ったり処分したりし、また、利一がいつ帰ってもいいように彼の物はトランクルームに預けた。
そして当日、鈴木さんが運転する軽トラ一台に彼女の荷物を積んで、阿蘇地方南郷谷の鈴木さんの家へと移った。
その時手伝いに来た紘孝が、遠ざかりゆく軽トラを棒立ちになって眺めているのがバックミラーのなかで遠ざかっていった。
それから半月が経とうとしていた。
勝手が違う他人の家での生活も日毎に慣れてきて、先の週末は農園で汗を流して働き、午後は客室の清掃とベッドメイクのしかたを奥さんから教わった。
平日の余裕のある時は、鈴木さんの小学校6年生の娘に勉強を教えたりもした。
彼女の名前は、志保といった。
まだ志保が奥さんのお腹の中にいる時に、結婚を反対されてそれぞれの家を飛び出してきた鈴木さん夫婦は、ひょんなきっかけから鮎美の両親の世話になった。
そしてそのおかげで志保も生まれて来る事ができた・・・と、当時の詳しい経緯を鮎美は鈴木さんから教えられた。
・・・
次の週末、農園で鈴木さん、志保、鮎美の3人で一日じゅう大豆を取り入れ、昼過ぎに家に戻ってみたところ、鮎美に電話があったという。
「誰からですか?」
「えっと・・・原田さんっていう子。女の子。鮎美ちゃんと同じクラスといっていたけど」
奥さんはメモを見ながら言い、電話機の子機を差し出した。
「今すぐかける?」
「いえ、部屋で自分の電話でかけ直します」
ここ数日、親友の鮎美には何の連絡も無しに病欠していたカヨからの電話に、なにか胸騒ぎを感じた。
鮎美は、1階のいちばん隅にある、彼女の部屋に入ると、すぐに携帯の電源を入れた。
携帯は、鈴木さんの好意で契約してもらったものだ。
(電話しても出なかったのに、どうしたのだろう)
調べてみると、カヨから留守電が入っていた。
けれど、何も録音されていなかった。
そこで、鮎美の方からかけ直した。
呼び出し音が聞こえてすぐに、カヨは電話に出た。
「もしもし、カヨ? 電話に出られんくてごめんね。・・・今、どこ? 家?」
「・・・」
「どうしたん? 聞こえてる?」
「あゆ・・・」
電話の向こうは、なにか騒がしい感じがした。
そして、カヨの声は元気がなかった。
カヨは、鮎美に相談したい事があって、彼女のところに向かっていると言った。
すでに、立野駅からレールバスに乗り換えようとしているところだった。
近くの駅で待ち合わせる事に決めると、電話は終わった。
なにか、ただならないものを鮎美は感じ取っていた。
両親や祖父母の法要にも出席を渋り、それどころかさらに資産をもぎ取ろうとする親族よりも、ずっと信頼がおけた。
鈴木さんは、電話口で即座に、鮎美を引き取ろうと申し出た。
鮎美にとっては渡りに船とはいえあまりに唐突な事ではあり、一旦は返事を保留した。
けれども、後から相談した親族は誰もが迷惑そうに冷たく鮎美を突き放した。
なかには、利一が資産を売ったのは鮎美の責任であるかのように責めたてる者さえいた。
それで、鮎美は鈴木さんのところへ行く決心をつけた。
鈴木さんから示された条件は、鮎美を家族の一員として迎えるから、民宿や農園の手伝いも家族同様に携わってもらう、そして労働の対価として見合うだけの小遣いを渡す、というものだった。
鮎美にとっては、血の繋がらない他人にそのような親切を受けるのは多少の居心地の悪さも感じた。
そこで彼女は、鈴木さんが鮎美に対して抱える借金を棒引きしようかと提案したが、「それとこれとは別だ」と一蹴された。
鮎美は期限ぎりぎりまで、生まれ育った、思い出深い家に住んだ。
その間に幼い頃からの思い出の染み付いた家具などを売ったり処分したりし、また、利一がいつ帰ってもいいように彼の物はトランクルームに預けた。
そして当日、鈴木さんが運転する軽トラ一台に彼女の荷物を積んで、阿蘇地方南郷谷の鈴木さんの家へと移った。
その時手伝いに来た紘孝が、遠ざかりゆく軽トラを棒立ちになって眺めているのがバックミラーのなかで遠ざかっていった。
それから半月が経とうとしていた。
勝手が違う他人の家での生活も日毎に慣れてきて、先の週末は農園で汗を流して働き、午後は客室の清掃とベッドメイクのしかたを奥さんから教わった。
平日の余裕のある時は、鈴木さんの小学校6年生の娘に勉強を教えたりもした。
彼女の名前は、志保といった。
まだ志保が奥さんのお腹の中にいる時に、結婚を反対されてそれぞれの家を飛び出してきた鈴木さん夫婦は、ひょんなきっかけから鮎美の両親の世話になった。
そしてそのおかげで志保も生まれて来る事ができた・・・と、当時の詳しい経緯を鮎美は鈴木さんから教えられた。
・・・
次の週末、農園で鈴木さん、志保、鮎美の3人で一日じゅう大豆を取り入れ、昼過ぎに家に戻ってみたところ、鮎美に電話があったという。
「誰からですか?」
「えっと・・・原田さんっていう子。女の子。鮎美ちゃんと同じクラスといっていたけど」
奥さんはメモを見ながら言い、電話機の子機を差し出した。
「今すぐかける?」
「いえ、部屋で自分の電話でかけ直します」
ここ数日、親友の鮎美には何の連絡も無しに病欠していたカヨからの電話に、なにか胸騒ぎを感じた。
鮎美は、1階のいちばん隅にある、彼女の部屋に入ると、すぐに携帯の電源を入れた。
携帯は、鈴木さんの好意で契約してもらったものだ。
(電話しても出なかったのに、どうしたのだろう)
調べてみると、カヨから留守電が入っていた。
けれど、何も録音されていなかった。
そこで、鮎美の方からかけ直した。
呼び出し音が聞こえてすぐに、カヨは電話に出た。
「もしもし、カヨ? 電話に出られんくてごめんね。・・・今、どこ? 家?」
「・・・」
「どうしたん? 聞こえてる?」
「あゆ・・・」
電話の向こうは、なにか騒がしい感じがした。
そして、カヨの声は元気がなかった。
カヨは、鮎美に相談したい事があって、彼女のところに向かっていると言った。
すでに、立野駅からレールバスに乗り換えようとしているところだった。
近くの駅で待ち合わせる事に決めると、電話は終わった。
なにか、ただならないものを鮎美は感じ取っていた。
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