羽子板星

まみはらまさゆき

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第1章

(4)星ぼしの奏で

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天頂近くで、小さな6つの星たちの凛とした青白い光は微かに揺らぎ、星たちのさざめく声も聞こえてくるようだった。

「ね、牧雄くん、知ってた? 昴は江戸時代には羽子板星、とも呼ばれていたんだって」
「羽子板星」
「そう、羽子板星。ほら、星の並んでいる形が、ちょうど羽子板みたいでしょ」

なるほど、青白い星たちは羽子板の形のように並んでいた。
牧雄が感心しながら眺めていると、彰子は幼い頃の記憶を口にした。

「小さい頃、もう小学校に上がっていた頃かな、お正月に羽子板をしたね」
「そうだったね。たしか小1年の頃だった」

牧雄も思い出し、語尾には微笑が混じった。

・・・

その年はよく晴れた新年となり、ふたりは他の3、4人のともだちと団地の広場で羽子板で遊んだ。
そして、どの子供も羽子板など慣れておらず、上手に羽根を打ち返すことはできなかったが、特に牧雄が下手だった。

牧雄は子供の頃から、そのような時にむきになりやすい性格だった。
他の子供たちがそれぞれの家に帰ってしまってからも、彰子を相手に羽子板を打ち続けた。

暗くなって水銀灯の明かりが二人を照らし始めても、まだ牧雄は羽根を上手く打ち返そうと必死になっていた。
彰子は、無邪気に笑いながら、いつまでもその相手をしていた。

ほぼ同じくらいに牧雄の両親と彰子の祖父が心配して出てくるまで、ふたりは羽根を突いていた。
彰子は嬉々として、牧雄に勝ち続けたことを祖父に語り聞かせていた。

牧雄はなんだか悔しくて、「また明日も羽根突きしよう」と彰子に言った。
彰子も「明日もしようね、またね」と笑いながら手を振った。

けれども、ふたりは羽根突きをする事はなかった。

彰子は生まれつき病弱だった。
それこそ一年じゅう、体調を崩していたような印象だ。

当時彼女の顔は青白く、胴も手足も細かった。
医師からは「成人まで生きられないかもしれない」と言われたこともあったらしい。

急な気温の変化とかで簡単に風邪をひき、一旦風邪をひくとすぐに悪化させた。
風邪をひいて保育園に預けられなくなっても、祖父は仕事を休めない。

時には弁当工場で働く牧雄の母親が休んで家で預かることもあったが、だいたいは祖父が勤め先の鉄工所まで子連れで出勤した。
そのような時は、彼女は事務所の隅で衝立に囲まれて過ごしたようだ。

事務所には常時、社長の奥さんがいて経理や事務にあたっていた。
幸いなことに子供好きで手が空くと面倒を見てくれたようだが、大部分の時間は彰子は独りで取り残されていた。

まれに牧雄の家で看病した時は、牧雄は一目散に家に帰った。
そして彰子の祖父が帰ってくるまでの間、牧雄はずっと彼女の相手をしていたのだった。

学校での出来事を話してあげたり、彰子が家から持ってきた本を二人して読んだり。
なぞなそ、しりとり、あやとり、そうして二人で楽しく遊んでいる間だけは、彰子の具合も良いようだった。

しかしその正月、夜が近づいて冷たい風が吹き始めたのに、いつまでも羽根突きをしていたのが体に障ったのだろう。
彰子はその夜から高熱を出した。

後で聞いた事だが、その時の彰子はそれまでにない程に危険な状態になっていたらしい。
熱はいつまで経っても下がらず、食べては吐き、日に日に衰弱し、とうとう入院してしまった。

熱にうかされながら、彰子は祖父と牧雄の事を呼び続けたという。
結局、退院したのは3学期の始業式のあった日だった。

・・・

そんな事を牧雄が思い出している間、彰子も同じ事を思い出していたらしい。

「私、あのあと大病をしたけど、それからはすっかり元気になっちゃったね」
「うん・・・いま考えてもあれは不思議だよ」
「きっと、羽子板が厄を祓ってくれたからだと思うよ」
「そうか・・・いつだったかな、アキコから教えてもらったね。羽子板遊びは子供の厄除けの意味が古来からあるんだって」
「そうそう。羽根突きの羽根は、子供に疫病をもたらす蚊を食べるトンボを意味するって」
「それにしても、よくそんなこと知ってたね」
「何かで読んだの。何の本だったかは忘れたけど・・・でも牧雄くん、どうしてあんなに羽根突きが下手だったんだろ」

彰子は子供の頃の続きのように、笑った。

「知らんよ、そんな事。だけど、いまでは上手にできると思う。今の僕はあの頃とは違う」
「うふふ・・・どうだか」

彰子はさらに笑った。牧雄も、つられて苦笑した。
彰子はそれから再び星空を見上げ、しみじみと言った。

「昴って、きれいね」
「うん」

空の星はどれも小さな宝石のように空にちりばめられていたが、そのなかでも昴は小さい粒ながら稀少な宝玉のように並んで瞬いていた。

「枕草子にも『星は、すばる』ってあるくらいだから」

牧雄は思わず、微かに苦笑した。
ちょうどそのころ高校の古文の授業に関連して、枕草子の対訳付きの文庫本が配布されたばかりだったからだ。

それを牧雄は読んでいないが、彰子はもう読んでしまった後なのかもしれない。
彰子は深い息を静かに吐き出すような口調で、続けた。

「私、星の中では昴がいちばん好き」

彼女のことばを耳にして、牧雄の胸の内にまたもうひとつの思い出が蘇ってきた。

・・・

ふたりが小さい頃、彰子は祖父が仕事から帰ってくるまでの時間を牧雄の家で過ごすのが常のことだった。
夕食後にテレビを観ていた時に、たこ焼きの移動販売が団地の中に入ってきた。

「あら、こんな時間に、こんなところに」

牧雄の母親は意外な顔をしたが、牧雄と彰子は「たこ焼きを食べたい」と言い出した。
移動販売の物珍しさも、ふたりの心を掴んでいた。

母親は「今日だけよ」と厚着をさせたふたりを連れて、外に出た。
車載スピーカーから流れる童謡調の軽快な音楽を頼りに車を追うと、団地の出口でようやく追いついた。

軽ワゴンの荷室にたこ焼きを焼くガス台があって美味しそうな匂いはしていたが、もう新たに焼くことはなく作り置きのパックを売っていた。
明るく温かい白熱灯の下に3パック残ったのからひとパックだけ買い求め、車のおじちゃんと互いにお礼を言ってそこを離れた。

もう営業終了なのか、車は音楽を消して雑木林の向こうの街道へ向けて走り去った。
牧雄は温かいパックを抱え、母親と彰子と並んで暗い団地の歩道を歩いた。

灯りの落された小さい食料品雑貨店の前まで来て彰子が「小さいお星様たち」と、星が散りばめられた空を指差した。
三つ星の上、牧雄から見ると店の看板のすぐ上に小さい星の群れがあった。

当時の彰子のように、か弱く、消えてしまいそうな星たちの群れだった。
それ以来、牧雄はその星たちのなかに彰子のことを重ねて見るようになっていたのだ。

しばらく彰子が病気で学校も休んで会えないでいた間などは、牧雄はベランダに出ては星たちを祈るような気持ちで眺めた。
あの星たちのどれが彰子なのだろう・・・その星の光が消えるとき、彰子も死んじゃうんじゃないだろうか・・・。

それらの星こそ昴だったが、牧雄がその名を知るようになるのは、もう少し後のことだった。
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