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26.眩しい人
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私が彼女を初めて見たのは卒業間近のコンクールだった。
その年は海外で空前の日本建築ブームだった。枯山水や床の間など、刀収集や多くの日本の漫画の影響かもしれない。新しい時代の日本を支えるデザイナーを発掘しようと都内の芸大やその他のデザイン科から多くの参加者が集まった。
もちろんこれはただのコンクールではない。小さなデザイン会社や大手企業まで関係者が詰めかける……いわゆる就職活動にも繋がる。
坂上は芸大の四年で某デザイン会社の海外の開発部に内定が決まっていたが、友人がコンクールに出るという事で最後の花道を見届けに来た。舞台の端でガチガチに固まっている友人の姿を見つけると思わず苦笑いする。
「うん? へぇ……凄い」
プレゼンをする前に倒れてしまいそうな友人の横に凛として座る女子学生に目がいった。
(随分肝が座った子ね……幼く見えるけど)
名前が呼ばれたらしくその女子学生が立ち上がり前に出る。そんなに有名ではない短大のデザイン科が画面に表示される。坂上は学校名に聞き覚えがないのですぐさま他の参加者のパンフレット欄に目を落とす。学校の名前を聞けばレベルが分かる……そういうものだ。その時まではそう思っていた──。
「家具……今は大量生産で便利な時代ですが、傷んだら捨てるを繰り返しています。それもいいと思います。それでいいんです。ですが……ある時皆家具を捨てたくない、長持ちするのがいいと思うようになる……それは、金銭的な余裕がないからではなく、家具を見て思い出に浸りたいから──ともに人生を振り返りたいからだと思います。私がデザインしたのは、そんな物です」
坂上は自然と視線を前へと向けていた。かっこ悪い言い方をするならば、感動してしまった……。売れる商品、流行の商品の傾向ばかりを調べる坂上は彼女の話を聞いているだけでカッと羞恥で顔が赤くなる。
いつからこんなにも変わってしまったのか、彼女のように愛を持って生きていた頃もあっただろうに。
彼女がデザインしたのはドアだった。
変哲も無いドアだが取っ手の部分とその周りだけにツルのような模様があるそれがドアノブにまとわりつくようなデザインだ。シンプルでドアノブに自然と目がいく。年輪が前面に出るように加工され触るたびに人の手の油分が木へ移り年々変化する。
ただいま、おかえりを繰り返す家族に使って欲しいとプレゼンしていた。残念だがコンクール入賞は果たせなかったが、風の噂であの《Design.mochi》に入社したと聞いた。
当然だ。彼女ほど木と人を結びつける人は今まで見たことがない。二歳年下だが、坂上は彼女を尊敬していた。
それから数年、海外でキャリアを積み坂上は《Design.mochi》から声がかかり舞い上がった。あれから《Design.mochi》は日本を代表するデザイン家具会社へと成長していた。
(彼女に会えるかもしれない。一緒に仕事が出来れば……)
はやる気持ちを抑えきれなかった。はやく彼女と彼女が生み出す愛に溢れたデザインをそばで見たかった。
「はじめまして、斉藤結衣です」
坂上は握手を求められ固まってしまった。坂上はどう反応すればいいのか分からなかった。確かに同姓同名だが、目の前の結衣は「マネージャーをしています」と言った。一度しか会えなかったので坂上も記憶が曖昧だ。よく見るとあの時の面影もなくはない。
(そんなバカな、彼女がデザイナーとして働かなくてどうするの……)
「坂上まりです。どうぞよろしく」
思いとは裏腹に自然に握手を交わした。仕事をしている彼女は誠実で仕事も早いし正確だ。ただ、あの舞台の上で輝いていた彼女とは別人だ。すっかり表情が押し殺されている。坂上は理由を知りたかったがどうすればいいか分からなかった。
後に牧田が入社すると少し違うが結衣が不快そうな顔をするようになったが、見たいのはその表情じゃない。
ある日取引先ですれ違った男と武田が少し世間話をしていた。すぐに別れたがそのとき一緒にいた結衣の顔がひどく青ざめていた。
「チーフ、今の方は……」
「あぁ、坂上は海外にいたからな。元同僚の白川龍樹だ。ほら、海外のコンクールで入賞したやつさ……ほらあのなんだったっけな、凄い作品の──」
「──かげばな」
武田がでかしたと結衣の背中を叩く。それだけで結衣はよろめいている。
「そうだ、【影花】それだ。それで一躍有名デザイナーになったんだ」
武田の話よりも結衣の落ち込んだ様子の方が気になる。坂上はそれから白川の事や、【影花】の事を調べた。あの男らしくない作風やタッチに不信を抱く。
(まさか……そんなことがあるだろうか。でも可能性はある。あの子がデザイナーを諦めた理由、輝きを失った理由があの男と関係あるとしたら……)
坂上は眼鏡を外して目頭を押さえる。対して目が悪いわけでもないが眼鏡を掛けているのは虫除けだ。そして、自分の風貌ではなくデザインだけを見て欲しいという願いからだ。
坂上は眼鏡を置いたまま部屋から出て行った。
その年は海外で空前の日本建築ブームだった。枯山水や床の間など、刀収集や多くの日本の漫画の影響かもしれない。新しい時代の日本を支えるデザイナーを発掘しようと都内の芸大やその他のデザイン科から多くの参加者が集まった。
もちろんこれはただのコンクールではない。小さなデザイン会社や大手企業まで関係者が詰めかける……いわゆる就職活動にも繋がる。
坂上は芸大の四年で某デザイン会社の海外の開発部に内定が決まっていたが、友人がコンクールに出るという事で最後の花道を見届けに来た。舞台の端でガチガチに固まっている友人の姿を見つけると思わず苦笑いする。
「うん? へぇ……凄い」
プレゼンをする前に倒れてしまいそうな友人の横に凛として座る女子学生に目がいった。
(随分肝が座った子ね……幼く見えるけど)
名前が呼ばれたらしくその女子学生が立ち上がり前に出る。そんなに有名ではない短大のデザイン科が画面に表示される。坂上は学校名に聞き覚えがないのですぐさま他の参加者のパンフレット欄に目を落とす。学校の名前を聞けばレベルが分かる……そういうものだ。その時まではそう思っていた──。
「家具……今は大量生産で便利な時代ですが、傷んだら捨てるを繰り返しています。それもいいと思います。それでいいんです。ですが……ある時皆家具を捨てたくない、長持ちするのがいいと思うようになる……それは、金銭的な余裕がないからではなく、家具を見て思い出に浸りたいから──ともに人生を振り返りたいからだと思います。私がデザインしたのは、そんな物です」
坂上は自然と視線を前へと向けていた。かっこ悪い言い方をするならば、感動してしまった……。売れる商品、流行の商品の傾向ばかりを調べる坂上は彼女の話を聞いているだけでカッと羞恥で顔が赤くなる。
いつからこんなにも変わってしまったのか、彼女のように愛を持って生きていた頃もあっただろうに。
彼女がデザインしたのはドアだった。
変哲も無いドアだが取っ手の部分とその周りだけにツルのような模様があるそれがドアノブにまとわりつくようなデザインだ。シンプルでドアノブに自然と目がいく。年輪が前面に出るように加工され触るたびに人の手の油分が木へ移り年々変化する。
ただいま、おかえりを繰り返す家族に使って欲しいとプレゼンしていた。残念だがコンクール入賞は果たせなかったが、風の噂であの《Design.mochi》に入社したと聞いた。
当然だ。彼女ほど木と人を結びつける人は今まで見たことがない。二歳年下だが、坂上は彼女を尊敬していた。
それから数年、海外でキャリアを積み坂上は《Design.mochi》から声がかかり舞い上がった。あれから《Design.mochi》は日本を代表するデザイン家具会社へと成長していた。
(彼女に会えるかもしれない。一緒に仕事が出来れば……)
はやる気持ちを抑えきれなかった。はやく彼女と彼女が生み出す愛に溢れたデザインをそばで見たかった。
「はじめまして、斉藤結衣です」
坂上は握手を求められ固まってしまった。坂上はどう反応すればいいのか分からなかった。確かに同姓同名だが、目の前の結衣は「マネージャーをしています」と言った。一度しか会えなかったので坂上も記憶が曖昧だ。よく見るとあの時の面影もなくはない。
(そんなバカな、彼女がデザイナーとして働かなくてどうするの……)
「坂上まりです。どうぞよろしく」
思いとは裏腹に自然に握手を交わした。仕事をしている彼女は誠実で仕事も早いし正確だ。ただ、あの舞台の上で輝いていた彼女とは別人だ。すっかり表情が押し殺されている。坂上は理由を知りたかったがどうすればいいか分からなかった。
後に牧田が入社すると少し違うが結衣が不快そうな顔をするようになったが、見たいのはその表情じゃない。
ある日取引先ですれ違った男と武田が少し世間話をしていた。すぐに別れたがそのとき一緒にいた結衣の顔がひどく青ざめていた。
「チーフ、今の方は……」
「あぁ、坂上は海外にいたからな。元同僚の白川龍樹だ。ほら、海外のコンクールで入賞したやつさ……ほらあのなんだったっけな、凄い作品の──」
「──かげばな」
武田がでかしたと結衣の背中を叩く。それだけで結衣はよろめいている。
「そうだ、【影花】それだ。それで一躍有名デザイナーになったんだ」
武田の話よりも結衣の落ち込んだ様子の方が気になる。坂上はそれから白川の事や、【影花】の事を調べた。あの男らしくない作風やタッチに不信を抱く。
(まさか……そんなことがあるだろうか。でも可能性はある。あの子がデザイナーを諦めた理由、輝きを失った理由があの男と関係あるとしたら……)
坂上は眼鏡を外して目頭を押さえる。対して目が悪いわけでもないが眼鏡を掛けているのは虫除けだ。そして、自分の風貌ではなくデザインだけを見て欲しいという願いからだ。
坂上は眼鏡を置いたまま部屋から出て行った。
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