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4.思い出
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「どうなの? 仲良くやっているの?」
「いやいや、晩の数時間しか会う事ないし仲良くても悪くても……」
風香は仕事帰りに実家に寄っていた。早苗は嬉しそうに風香に緑茶を手渡し労をねぎらう……二人の子供が同居を始めたので母親たちは嬉しそうに作り置きのおかずをたくさん作って風香に持たせようと呼び出した。早苗から受け取った保存容器の山には良子のお手製煮込みハンバーグもある。もちろん早苗と良子の目的はそれだけじゃない……。
「……で? どうなの? あんた……もちろんネグリジェで寝ているんでしょうね? ない胸でもさらけ出さなきゃ──」
風香は向かいに座る早苗に向かって口から茶を吹き出した。冗談じゃない……。緑茶が気管に入り咳き込む風香を睨みながら早苗はタオルで顔を拭く。
「ゴホゴホ……いやいや、そもそも人生でそんな服装した事ないでしょうが……なんでそんなものを着て寝なくちゃいけないのよ」
「貴弘くんを誘惑しなきゃダメよ、一緒に暮らしているんだもの……チャンスよチャンス」
これが一人娘を持つ母親の言葉なのかと疑いたくなる……。風香は溜息をつくと姿勢を正した。早苗はニコニコと微笑んだまま茶を啜る。
「お母さん……言っときますけど、私と貴弘の間に何かあるとか思わないでね? ただの腐れ縁よ? あり得ないから」
「あら、お母さんが知らないとでも思っているの? あんたの初恋……貴弘くんでしょ?」
う……なんで知っているんだ。誰にもバレていないと思ったのに。
早苗は時計を見て慌てておかずを包み、紫の風呂敷を手渡した。随分重い……ここから電車で帰るのが辛い。「早く帰らないと貴弘くんが心配するわよ、さぁさぁ」と言い風香の背中を押すと家から追い出した。
確かに……私の初恋は貴弘だ。朧げな記憶が残る頃には貴弘と一緒にいた。当たり前の存在だったし、一緒にいて心が落ち着く存在だった。当たり前のように隣にいるとばかり思っていた貴弘が少しづつ離れていった。
小学生の高学年の頃だったと思う……いつも一緒に登下校していた貴弘が私を避けるようになってしまった。何か悪いことをしてしまったのかと思い貴弘に聞いてみたが貴弘の反応は冷めていた。
『一緒居たり、登下校する意味ある? もういい年だしやめようぜ』
いとも簡単にそう言った。ショックだった……。友達に相談してみたが、年頃になるとそういうものだと言われた。
これが初恋だったのかは分からない……分からないが貴弘のそばにいたかった。貴弘がそばにいなくなると好きだった感情が自然と薄れていくのが分かった。あんなにも近い存在が遠く離れていく感覚……寂しいはずなのに私の感覚は鈍くなってしまったようだった。
中学校になり学校で話すこともなくなった。クラスが違ったのもあるだろう。視線が合うことがあったがそれだけだった。さすがに隣同士に住んでいるのでマンションで会えば会話を交わしたが昔と違いぎこちない空気が流れた……私と貴弘の関係は変わってしまった。
中学を卒業して通う学校が異なるとマンションの隣に住んでいるのに全く会わない日が続いた。母親から貴弘がバスケ部に入ったことやファストフード店でバイトを始めたことを知らされた。私たちはもう赤の他人も同然になった。誰よりも、近い存在だったはずなのに──。
昔のことを思い出しているとあっという間にアパートに到着した。鍵を使ってドアを開けると物音に気が付いた貴弘が慌てた様子で部屋から出てきた。その表情があまりにも真剣で風香は驚いた。帰宅するといつもスウェット姿なのになぜか普段着を着ていた。
「た、ただいま……ってか、何かあった? どこかに行くの?」
「何かあったじゃない……遅いし、返事はないし……今、駅まで行こうかと……」
携帯電話を鞄の中に入れたままだったことを思い出した。通知が何件かあり、着信履歴に表示されていたのは貴弘の番号だった。携帯電話を確認している間貴弘は仏頂面を崩さない。
申し訳ない気持ちになり体を小さくして頭を下げて謝った。
「お前な、ちゃんと連絡しろ。一人暮らしじゃねぇんだから」
「あ……うん、ごめん。マンションに寄ってたの……良子おばさんの煮込みハンバーグ貰ってきたよ」
貴弘が風香の手から風呂敷を受け取ると「うわ、重っ」といい風呂敷越しに匂いを嗅いで嬉しそうに笑った。その笑顔を見て昔一緒に食べたことを思い出した。貴弘の家のダイニングでご馳走になった事がある。保育園の頃だ……。二人ともまだ椅子に座ると足が床につかず浮いたままだった。煮込みハンバーグが一つ一つ大きく感じるほど幼かった。
『うーん、風香これ、おいしいね』
『本当だ。いいなー毎日でも食べたい』
『食べられるよ。風香が僕のお嫁さんになってくれたら──』
なぜか昔の記憶が蘇った。すっかり忘れていた……。上の空の風香の目の前で貴弘が手を振る。
「おい、大丈夫か? 晩飯にしようぜ。おかずは風香が作ったチヂミの残りと煮込みハンバーグでいいよな」
「……あ、うん。着替えてくるね」
風香がヒールを脱ぎ部屋にむかった。貴弘は風呂敷の結びを解くと懐かしい保存容器に思わず笑みが溢れた。実家を出てまだ一ヶ月も経っていないのにどこか懐かしい気持ちになる。蓋を開けてトマト色に染まったハンバーグを見る。子供の頃の記憶が蘇った──。
『僕と、結婚してくれる?』
『うん! 絶対だからね、そしたら、一緒に──』
「一緒に……食べようよ、か……」
貴弘は苦笑いを浮かべると煮込みハンバーグを皿に取り分けた。
「いやいや、晩の数時間しか会う事ないし仲良くても悪くても……」
風香は仕事帰りに実家に寄っていた。早苗は嬉しそうに風香に緑茶を手渡し労をねぎらう……二人の子供が同居を始めたので母親たちは嬉しそうに作り置きのおかずをたくさん作って風香に持たせようと呼び出した。早苗から受け取った保存容器の山には良子のお手製煮込みハンバーグもある。もちろん早苗と良子の目的はそれだけじゃない……。
「……で? どうなの? あんた……もちろんネグリジェで寝ているんでしょうね? ない胸でもさらけ出さなきゃ──」
風香は向かいに座る早苗に向かって口から茶を吹き出した。冗談じゃない……。緑茶が気管に入り咳き込む風香を睨みながら早苗はタオルで顔を拭く。
「ゴホゴホ……いやいや、そもそも人生でそんな服装した事ないでしょうが……なんでそんなものを着て寝なくちゃいけないのよ」
「貴弘くんを誘惑しなきゃダメよ、一緒に暮らしているんだもの……チャンスよチャンス」
これが一人娘を持つ母親の言葉なのかと疑いたくなる……。風香は溜息をつくと姿勢を正した。早苗はニコニコと微笑んだまま茶を啜る。
「お母さん……言っときますけど、私と貴弘の間に何かあるとか思わないでね? ただの腐れ縁よ? あり得ないから」
「あら、お母さんが知らないとでも思っているの? あんたの初恋……貴弘くんでしょ?」
う……なんで知っているんだ。誰にもバレていないと思ったのに。
早苗は時計を見て慌てておかずを包み、紫の風呂敷を手渡した。随分重い……ここから電車で帰るのが辛い。「早く帰らないと貴弘くんが心配するわよ、さぁさぁ」と言い風香の背中を押すと家から追い出した。
確かに……私の初恋は貴弘だ。朧げな記憶が残る頃には貴弘と一緒にいた。当たり前の存在だったし、一緒にいて心が落ち着く存在だった。当たり前のように隣にいるとばかり思っていた貴弘が少しづつ離れていった。
小学生の高学年の頃だったと思う……いつも一緒に登下校していた貴弘が私を避けるようになってしまった。何か悪いことをしてしまったのかと思い貴弘に聞いてみたが貴弘の反応は冷めていた。
『一緒居たり、登下校する意味ある? もういい年だしやめようぜ』
いとも簡単にそう言った。ショックだった……。友達に相談してみたが、年頃になるとそういうものだと言われた。
これが初恋だったのかは分からない……分からないが貴弘のそばにいたかった。貴弘がそばにいなくなると好きだった感情が自然と薄れていくのが分かった。あんなにも近い存在が遠く離れていく感覚……寂しいはずなのに私の感覚は鈍くなってしまったようだった。
中学校になり学校で話すこともなくなった。クラスが違ったのもあるだろう。視線が合うことがあったがそれだけだった。さすがに隣同士に住んでいるのでマンションで会えば会話を交わしたが昔と違いぎこちない空気が流れた……私と貴弘の関係は変わってしまった。
中学を卒業して通う学校が異なるとマンションの隣に住んでいるのに全く会わない日が続いた。母親から貴弘がバスケ部に入ったことやファストフード店でバイトを始めたことを知らされた。私たちはもう赤の他人も同然になった。誰よりも、近い存在だったはずなのに──。
昔のことを思い出しているとあっという間にアパートに到着した。鍵を使ってドアを開けると物音に気が付いた貴弘が慌てた様子で部屋から出てきた。その表情があまりにも真剣で風香は驚いた。帰宅するといつもスウェット姿なのになぜか普段着を着ていた。
「た、ただいま……ってか、何かあった? どこかに行くの?」
「何かあったじゃない……遅いし、返事はないし……今、駅まで行こうかと……」
携帯電話を鞄の中に入れたままだったことを思い出した。通知が何件かあり、着信履歴に表示されていたのは貴弘の番号だった。携帯電話を確認している間貴弘は仏頂面を崩さない。
申し訳ない気持ちになり体を小さくして頭を下げて謝った。
「お前な、ちゃんと連絡しろ。一人暮らしじゃねぇんだから」
「あ……うん、ごめん。マンションに寄ってたの……良子おばさんの煮込みハンバーグ貰ってきたよ」
貴弘が風香の手から風呂敷を受け取ると「うわ、重っ」といい風呂敷越しに匂いを嗅いで嬉しそうに笑った。その笑顔を見て昔一緒に食べたことを思い出した。貴弘の家のダイニングでご馳走になった事がある。保育園の頃だ……。二人ともまだ椅子に座ると足が床につかず浮いたままだった。煮込みハンバーグが一つ一つ大きく感じるほど幼かった。
『うーん、風香これ、おいしいね』
『本当だ。いいなー毎日でも食べたい』
『食べられるよ。風香が僕のお嫁さんになってくれたら──』
なぜか昔の記憶が蘇った。すっかり忘れていた……。上の空の風香の目の前で貴弘が手を振る。
「おい、大丈夫か? 晩飯にしようぜ。おかずは風香が作ったチヂミの残りと煮込みハンバーグでいいよな」
「……あ、うん。着替えてくるね」
風香がヒールを脱ぎ部屋にむかった。貴弘は風呂敷の結びを解くと懐かしい保存容器に思わず笑みが溢れた。実家を出てまだ一ヶ月も経っていないのにどこか懐かしい気持ちになる。蓋を開けてトマト色に染まったハンバーグを見る。子供の頃の記憶が蘇った──。
『僕と、結婚してくれる?』
『うん! 絶対だからね、そしたら、一緒に──』
「一緒に……食べようよ、か……」
貴弘は苦笑いを浮かべると煮込みハンバーグを皿に取り分けた。
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