売り言葉に買い言葉

菅井群青

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27.忘年会の夜 風香side

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 とうとう我が社の忘年会当日だ。皆どこか機嫌がいいような気がするのか気のせいじゃ無いだろう。いつもしかめ面の部長でさえ朝から得体の知れない粒を飲み肝臓の調子を最大限に高めている。風香はいつもの社内の雰囲気とは違うのを感じて胸が高鳴った。酒が飲めないとはいえ年内最大の催し物だ。

「おはよう……」

「おはようございます……あれ? 春子先輩……風邪ですか?」

 数日前から鼻を啜っていた春子はどうやら風邪を拗らせてしまったようだ。マスクをつけてどんよりとした濁った瞳をしている。風香は背後に回り春子の背中を摩った。

「春子先輩、今日は帰った方がいいんじゃないですか? 私幹事二年目ですし、大丈夫ですよ」

「いえ、ゴホ──だめよ、風香と……ゴホゴホッ! 酒はダメ──」

「飲みませんから。さ……ほら、熱が上がっちゃいます」

 春子は申し訳なさそうに会社を後にした。インフルエンザが流行りだしているので大事を取って休んだ方がいいだろう。年末にかけてまだ忙しさは続く……師走はいまや全ての働く人間が忙しさで目が回る時代になった。

 春子が早退し風香は昼ご飯を森くんと一緒に食べる事にした。森くんは風香の食べているパンの甘い香りにしきりに濡れた茶色い鼻を動かしている。お座りしたまま涎をポタポタと地面に落としている……まるでアイスが溶けているようだ。風香の信じて待つその健気な姿に思わず笑ってしまう。だが、健康のことを考えると食べさせるのは良くない。心を鬼にして最後の一口を口の中に放り込んだ。

「渡辺さん、お疲れ様です」

「あ……澤くん。お疲れ様。今日も幹事よろしく。あ、聞いた? 春子先輩が病欠なんだけど」

「連絡きましたよ。こちらこそよろしくお願いします。あ……開始までの空き時間ちょっと付き合ってもらえません? 森くんのおもちゃ一緒に買いに行きませんか?」

 澤は森くんのそばに置かれていた。元おもちゃをつまみ上げた。たしか一週間前までは犬のぬいぐるみの形をしていたはずだが今はただの汚いボロボロの雑巾のようだ。風香は森くんを撫でると「丈夫なやつ欲しいよね、クリスマスだしね」と話し掛けた。風香は先日の告白の件もあり気まずさを覚えて澤と目を合わせることが出来ない。そんな風香に澤は突然吹き出した。拳を口元に当てて笑いを堪えている。

「え? あ、あの……」

「そっか……ようやく俺のこと異性として意識してくれたんですね」

 澤は風香が慌てるのを見て「嬉しいです。それだけでも言ってよかった」と頭を掻いた。風香は澤に頭を下げることしかできない。緊張で手汗を掻く……今、告白の返事をしよう──大きく息を吸い澤に声を掛けた。

「澤くん、あのね──」

「ストップ! それは、まだ……言わないでください。今日はデートや忘年会やら行事が満載ですから」

 澤の笑顔は優しげだった。まるで風香の返事が分かっているようだった……。澤はそっと森くんの背中を撫でた。

  


 仕事が終わると風香と澤は大手ショッピングモールが併設されている駅へとやって来た。この店は品揃えが良いと同僚に聞いた。確かに日本製のものだけではなく海外製の犬のおもちゃも多く陳列されていた。海外製は大型犬が多くクラッシャーな犬が多いので丈夫な作りを売りにしているものが多かった。まさしく森くん向きだ。森くんが喜びそうなおもちゃを購入し二人は忘年会会場へと向かった。風香は袋の中身を見て大満足だった。

「良い買い物ができましたね……すこし奮発してしまいましたけど」

「ふふ、そうね。でも安物買いの銭失いって言うしね」

 風香は森くんの喜ぶ姿を想像しほくほく顔だった。澤はそんな風香を愛おしそうにみつめていた。
 貸し切りにした居酒屋に到着すると風香は出席を取り、人数を確認し店員に酒の量を確認する。我が社の猛者たちの飲み方を知らない店員は風香が予め用意して欲しいビール瓶の数に首を傾げていたが、次々と店へやってくる体格のいい男たちに慌てて準備に取り掛かっていた。恒例の社長の挨拶が始まり忘年会は始まった。風香はあっという間に空になる空き瓶を掻き集めて廊下へと出していく。掘りごたつの座敷いっぱいに酒の匂いと熱気が充満している。女子校育ちの風香も初年は圧倒され酒を飲んでないのに酔った感覚になったが二年目になるとすこし余裕が出て来て手際良く店員を捕まえ酒が切れないように手配する。店員の如く盆を持ちビールを運んでいると横から澤が現れて盆を掬い上げた。

「ありがとう……ごめんね」

「大丈夫です。運転手だけが仕事じゃ無いですから」

 澤は貴重な人材だ。酒が飲めないということで毎年運転手に抜擢されている。二時間の飲み放題の時間があっという間に終了しお開きの時間がやって来た。十二月と言うのに風香はじんわりと汗を掻いていた。座敷内を這いずり回り、酔った男たちを満足されるため持てる力を振り絞った。テーブルの端によけていた自分のオレンジジュースを飲み干すと風香は溜息をついた。喉が乾いていたのでオレンジジュースが甘く感じた。

「ふぅ! あー生き返った……」

 恒例の一本締めが終わった。皆がぞろぞろと店を後にする。風香は机の下を覗き皆の忘れ物がないかチェックすると荷物を手に持ち立ち上がった。

 あ……れ? 立ちくらみ?

 なぜか温泉に入った後のように頭がぼうっとした。さっきまで走り回っていたにしては足元に力が入らない。まるで畳が溶けて足に絡み付いているみたいだ。風香はそのまま動けなくなった。



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