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21.口説き口説かれ 貴弘side
しおりを挟む言い出したはずの風香は視線を泳がせた。どうせ俺がそんなことをするはずがないと思っていたのだろう……。確かに馬鹿らしい。口説いた経験などない。だけど……このチャンスを逃すほど俺も愚かじゃない。
俺は風香との距離を詰めると腕に触れた……ゆっくりと肌の感触を確かめるようにして撫で下ろして、風香の手を握った。風香の柔らかい肌の感触に身震いがする──ずっと我慢していた。前回の一件以来で数日しか経っていないが、余程風香を欲していたのだろう……ただ触れているだけなのに目の前に細かな閃光が見えた。風香の手は柔らかくて力加減を間違えば壊れてしまいそうだ。手の甲を撫でると風香の顔が赤く染まった。セフレがいるくせにどうしてこんなにも純な反応をするのだろう……そこまで考えて自分が風香の恋愛対象に入っていないから恥ずかしいのだと、むず痒いだけなのだと落ち込む。当然だ……物心がついた頃から知っている人間に口説かれたらこんな反応だろう。
元彼やセフレにどんな風に口説かれたんだろう。俺だから、幼馴染みだから恥ずかしそうにしているのか? 他の男と一緒にしないでほしい。
「風香……」
風香の視界に映りたくて名前を呼んだ……おずおずと顔を上げた風香の頬に手を添えると風香の瞳が細かく動く。小動物のような動きに愛おしさがこみ上げる。風香のその表情や、瞳の美しさに引かれるように顔を寄せていく……。鼻先が触れ合うほどの距離まで近づくと風香が突然目を瞑る。規則正しく並んだ長い睫毛や少し震えた瞼や唇に視線がいく。
俺は風香の寝顔が好きだったことを思い出した。幼い頃の風香は眠りが深く、触れても起きることはなかった。あの頃のように風香の顔の凹凸を確かめるように指を滑らせていく。風香は俺にされるがまま目を閉じ続けている……子供の頃の俺はなぜか風香に触れたくて仕方なかった。欲情──と呼ぶには幼すぎるが確かな本能がそこにはあって、自分の心のままに風香の寝顔に触れた。ゆっくりと風香の輪郭をなぞっていく……。風香の顔にはなだらかな丘、山や谷がある。風香の地図だ。懐かしい思い出に浸っていると風香はゆっくりと目を開けた──。
風香は俺をじっと見上げたまま何も言わなかった……。困ったような表情に思わず思ったことが口から漏れた。
「……可愛い」
風香は唇を結び困惑しているようだ。俺は風香にそんな事を言ったことはないと思う。可愛くない、素直じゃない、そんなだからモテない──思っていることの真逆を言ってしまう。幼馴染みの腐れ縁に正直な気持ちを言う男が何処にいるのだろう。
でも今は違う……今は口説いていい時間だ。普段思っていても言えないことも正々堂々と言って許される。
「風香、好きだ」
「……っ」
貴弘は息を吐き口説くという名目の告白をした。風香の肩が揺れた──。その反応が嬉しくて愛おしくて体を屈むと額にキスをした。風香は驚き再び瞳を閉じた。そのまま額から頬へとキスをする。風香と何度もキスをしてきたがこういうキスは初めてだ。愛情を伝えるように、啄むようにキスの雨を降らせる。
風香の言う【口説く】とはやり方が違っているだろう。風香に伝わるように想いを乗せて頭に浮かんだ言葉をそのまま囁く──。
「好きだ」
「本当に……」
「頼むから……俺のものになって」
風香と視線が合うとそのまま引き寄せられるように唇にキスをした。まるで初めてするキスのようにスローモーションのように感じた。風香を抱きしめて頭を撫でた。少しずつ緊張が取れて風香は俺に体を委ね始めた……気持ちに応えてくれたようで嬉しくてより一層強く抱きしめた。
風香──好きだ。ごめん……。
風香は森という男と良い仲らしい。俺の事は男として見ていないのは昔からだが同棲してより一層男として意識していないのが分かっている。一緒に住み出して風香の意外な一面を知ったが……それを知っても風香を想う気持ちにブレーキが掛からないのは何故だろう。
色気もない。セフレもいる。素直じゃない。いつもケンカ腰だ。それなのに……誰よりも可愛くて愛おしく思える。誰にも取られたくない……言ってしまおうか、このまま本気だと、口説きの練習じゃないのだと。このまま幼馴染から恋人になってほしい……セフレ全員と縁を切ってほしい。俺が風香を満足させるから。だから、俺だけを見て、俺のものになって欲しい──。
貴弘はどう話を切り出そうか考えていると触れている風香の頰が濡れていることに気がついた──風香が静かに泣いていた。辛そうに、悲しそうに……触れないで欲しいと言われたみたいで貴弘は風香を解放した。
愕然とした……。自分だけが幸福感に包まれていたのか? 偽の口説きすら風香には耐え難いものだったのか? 込み上げてくる感情に目頭が熱くなった。
「……風香……」
「え……あ──」
風香の顔を見て自分の過ちに気付いた。風香は涙を流し少し震えていた。
こんな事をすべきじゃなかった、風香には耐え難い時間だったんだ。欲情で興奮した体が一気に冷めていくのが分かった。風香が申し訳なさそうに謝っている声が聞こえたが俺はそれどころじゃなかった。今まで風香に触れた出来事を思い出した。一人になったときに風香は泣いていたのかも知れない。
最悪だ──。
「謝らなくていい。やり過ぎたな、悪い」
風香が気まずそうな顔をしたので俺は自分の部屋に戻ることにした。風香は呼び止めようと立ち上がり俺の服の裾を掴んだ。俺を呼び止めるのは涙を見せてしまった謝罪だろう。俺は風香に気を使わせないように笑った。上手く笑えていると思う……風香に情けない顔を見せるわけにはいかない。俺は風香の幼馴染みで、腐れ縁のただの同棲相手だ。顔を合わせば小言を言い合う気の置けない男だ。俺は、そんな男でいるべきなんだ。
「風香を口説くなんて間違いだったな、おかしいよな、ただの幼馴染みなのに……忘れてくれ、恥ずかしいから」
風香の頭を優しく撫でた。風香は何かを言い掛けたが俺はそのまま部屋に向かう。戸を閉めるとベッドに腰掛け、ようやく冷静になれた。暗闇が心地良かった……こんな姿を誰にも見られなくてよかった。
「……きつい」
貴弘はいつのまにかベッドで眠ってしまい気が付くと朝になっていた。
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