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35.ほっかほかのほっかほか

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「困ったわね……忙しすぎるわ……人手が欲しい……健太、あんた正社員にならない?」

「いや、勤め先欄書く時困るんで嫌です」

 さすがに健太の若さで、【世界の果て~絶倫に捧ぐ~】はきついだろう。

 今、健太は白髪マダムのヘルプでパソコンのキーボードを叩いている。
 やはり機械音痴の白髪マダム一人では難しいので、こうして定期的に呼び出される。

「全く、透さんに留守を頼まれてるからやってるんですからね!早く慣れてくださいよ……」

 健太と透、そして葵は飲み仲間だ。
 透が東北の仕事を終えて帰ってくると飲みに行くことが多い。

「健太、ここの文章変かしら?」

「どれどれ……あなたのイチモツをダイレクトキャッチ……意味わかんないですね。イチモツが空を飛ぶんですか?」

 どんなシュチュエーションなんだ、それ。
 めちゃくちゃ痛そうだ。

「……健太ならなんて付ける?」

 白髪マダムが華麗にペン回しをしながら尋ねる。その笑みは何を企んでいるのか怪しげだ。

「んー、あなたの自慢の息子に晴れ舞台を……ですかね?」

「イタダキね……」

 白髪マダムの瞳が光った。実は健太が考えた売り文句の商品は記録的大ヒットになる。化粧品メーカーに勤めているからではないだろう……天性のものだろう。

 白髪マダムはいつかこの会社に健太を引き込もうと狙っているようだ。白髪マダムの瞳はジャングルで獲物を狙うチーターのように光り続けている。 

 健太……健闘を祈る。





 突然の雷雨で多くの家庭で干されていた洗濯物が濡れてしまったのだろう。

 アパートの住人たちが洗濯カゴを持ち一階にあるコインランドリーに持って行く。


 コインランドリー内でテレビを見ている人

 ソファーに座って携帯電話を操作する人

 乾燥機に洗濯物を放り込みそのまま立ち去る人


 多くの人たちでコインランドリーは賑わっている。休むことなく乾燥機が全機回り続けているので店の中は陽だまりの中にいるようで心地良い。

 その店の一角にふわふわの髪をお団子にした女性が本を読んでいる。時折ふっと微笑みながらページをめくる。
 その横でスーツ姿の男性がその女性にもたれかかるようにして眠っている。その寝顔は穏やかだ。

 コインランドリーの自動ドアが開き客がやってくるとその光景を見るなり優しく微笑んでいる。

 店内にいる人々は皆、そのカップルを見る度に理由もなく微笑む。男性の寝顔が幸せそうだ。

自動ドアが開くと数人のマダムたちがおしゃべりをしながら入ってきた。中にいる人たちがすぐさま口元に人差し指を立てる。

「あら、ごめんなさいね……あ、例のカップルがお楽しみだったみたいね……ふふ」

「きっとヤり過ぎね……ドリンクちゃんと飲んでるのかしら」

「静かに……とりあえず近くの喫茶店にいきましょ……起こしちゃ可哀想よ」

 華子は眠くなってきたようで本を閉じ葵へと頭を傾ける。もう微睡んで何も聞こえていないようだ。手から落としかけた本を近くにいた住人がそっと抜き取りソファーへと置く。

 二人は温かい人達に見守られている。

 ほっかほかの乾燥したての洗濯物のように二人を優しさが包んだ。


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