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36.おまけ やっぱ食事だよ

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 久し振りに我が家へ帰ってきた。
 一週間半ぶりのわが家だ。

「おかえり、透……待ってたわ……ふふふ」

「……おう」

 なんだ??そんな悪役みたいなセリフで迎えられたのは初めてで警戒してしまう。

「さ、こっち来てちょうだい、ささ……」

 部屋に入るなりダイニングテーブルに案内され、そのまま椅子に座らされる。いつもなら風呂に行き、溜まった洗濯物を回すのに……これは何かある。

「ちょっと待て、その……ちょっと先に風呂に──」

「いいからいいから、ね?」

 透の肩に触れるその指は鷲かと思うぐらいに掴まれ真下に圧迫されている。笑顔だが、動くなと言われているようだ。

 諦めて座っていると目の前に一皿出てきた。

 ん?これは……。

「グラタン……か?」

 帰宅するときに漂っていた美味しそうな香りはこれだったのか……。ってか、わが家からだったか。このメニューは意外だ。

「どうぞ、召し上がれ」

「いただきます……」

 サクッとチーズを割ると意外に具たくさんだ。

 真ん中に卵が落とされそれを取り囲むようにアスパラガスやブロッコリーが配置されている。
 味の決め手は牡蠣だ。いい潮の香りがする。どうやら考えすぎだったようだ。かなり豪勢な晩御飯だ。

「最高だな。美味しかった」

「……で?」

「……いやコクがあって──」

「おかしいわね……どうなってるのかしら」

 白髪マダムは印刷した一枚の紙を持ち確認している。メガネをかけ真剣に書かれた文字を凝視している。

 透はちらっと後ろから覗いてみた。

 精がつくものレシピ


「効果ありってあったんだけどな……うーん……」

「……おい、俺を実験用モルモットにしたのか?」

 白髪マダムはすぐさま紙を折りたたみ、ハートが散りばめられたエプロンのポケットへと隠す。

「あらやだ、そんなことないわよ?ほほほ」

「……おかしいな……なんか無性に体が熱くなったな」

「え?」

 白髪マダムの顔色が変わる。その顔は期待に満ちている。

「ちょっとまて、なんか、お前今日特別キレイじゃないか?熱い、燃えるようだ……」

「んま、これは……これは!!」

 白髪マダムは嬉しそうだ。
 透は白髪マダムの様子に吹き出しそうになるがそのまま真顔でやり通す。全く体も熱くもなんともない。

「風呂にも入らないといけないしな……食器片付けておいてくれないか?その間に風呂に入るから……な?」

 ◯◯、待ってろ……な?

 透は白髪マダムの耳元で名前を囁くと白髪マダムは頰をピンク色に染めている。透は白髪マダムにバレぬようにそのまま顔を隠し風呂へと向かった。その後透は声が漏れぬように一人で笑った。

「ジーザス……ちょっと待って、これは予想外だわ……すぐにDMにこのレシピを載せなきゃ……」

 白髪マダムがあわててパソコンの電源ボタンを押した。



 次の日、透がパチンコから帰ってくるとアパート前で異変を感じる。

 ん? なんだ?

 この一帯からホワイトクリームらしき匂いがする。

 歩道の通行人たちも一様にアパートを見上げている。尋常じゃないほどのグラタン臭だ。アパートの前には井戸端会議をしている女性たちがいた。

「駅前のスーパーは置いてなかったわ……隣の奥さんは隣町に行ってみたそうよ?」

「やっぱり……このあたりから牡蠣がなくなったって話よ……あぁ、どうしましょうね……エビじゃダメなのよね?」

「絶対に牡蠣って言うのよ……困ったわ」

「まだ、諦められないわ……私たちも向かいましょう!」

 女性たちは自転車にまたがりペダルを漕ぎだした。

 エレベーターを待っている間も絶えずグラタン臭がする。
 透がエレベーターに乗り込むと次々と住人が乗り込んで来た。閉めようとしたときに、一人の高齢の男性が買い物袋を手に乗り込んできた。

 その手には牡蠣の真空パックと黄緑の細長い野菜が見えた。それが見えて透は昨日の悪ふざけを後悔した。

「……やっちまったな──」

 今晩はアパート住人のほとんどが例の特製グラタンだったようだ。

 精がつくと、いいな、うん。







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