雨音と恋

菅井群青

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雨止んだ

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 雨が止んだ。
 
 窓から垂れ続けていた雨の雫たちが消えて、通り道だけが窓に残る。

 ぼんやりとした明かりの中狭いベッドで矢田と菜月は身を寄せ合っていた。
 菜月が目を覚ますと気持ちよく眠る矢田の姿があった。夢のような、幻のような……そっと顔に触れるとやはりそれは本物で菜月は胸が苦しくなる。

 身体中に感じる怠さも、纏わりつく汗も、芯に燻る熱の残りも全て本物だったんだと知り、微笑む。

 矢田の額にそっと触れてみる、まだ触れることにも躊躇する……そんな関係なのにさっきまでは熱く求め合い触れ合った。矢田の熱はもう随分と引いたようだ。
 逆に汗をかいたことが良かったようだ。

 私たちは、どんな関係なんだろう。

 同期? 寝た同期? それとも……恋人?
 情事中の好きという言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。

「矢田くん……」

 菜月が名前を呼んでみる。さっきまで呼んでいた名で呼んで良いのかわからない。

 菜月の声に反応し瞳が開いた。ぼんやりとした表情だが、私の顔を見てふわりと笑った。

「……菜月?」

 一気に顔が赤くなる。

 矢田くん、今でも私のこと菜月と呼んでくれるの?

「菜月、どうしたの? 体、つらい?」

 矢田の方が心配される方だと思うのだが、こうして案じてくれるのが嬉しい。

「かい、と……」
「うん……」

「あのね、私ずっと海都のことが、好き、だったの」

「ずっとって……」

「入社してしばらくしてから……」

 目の前の矢田は目を大きく開きひどく驚いているようだ。

「いや、だって、遠藤がお前は彼氏がいて社内恋愛は嫌だって言ってた──違ったのか?」

 矢田の言葉に今度は菜月が大きく目を開く番だ。瞬きが早くなる。

「遠藤さん、って……だいぶ前に寿退社した?」

 その言葉に矢田は何かを察したようで何度も頷く。
 遠藤は嘘をついた。おそらく当時想いを寄せていた男の想い人が菜月のことが好きで嫉妬したんだろう。
 遠藤は結局取引先の男と早々に結婚して会社を去った。

 遠藤があたかも菜月と親しいようなふりをして矢田に嘘を言ったのだと思った。

「遠藤さん、紀田くんの事が好きだったから──」

 菜月もどうやら合点がいったようだ。
紀田は入社して菜月のことを気に入っていた。紀田も飲み会の時、菜月は同僚は恋愛対象外だと遠藤に聞き、残念そうな顔をしていたことを思い出す。

 菜月が自分の恋愛についてあまり話したがらないこともあり皆それが真実だと勘違いしていた。
 遠藤の言い方があまりにもそれらしくて疑うこともしなかった。その後諦めた俺は告白してきた女性と付き合うことになったのだが……。

「……くそ、遠回りだ」

「私もその間に彼氏もできたし、好きな人もできたけど……やっぱりいつも海都を忘れられなくて……片思いしてた」

 菜月の言葉に矢田は思わず抱きしめる。頭を撫でるとため息をついたのがわかった。
 矢田は菜月を抱き起しベッドの上で向かい合って座った。菜月の体に毛布を包み体を覆ってやる。

「俺もずっと好きだった。他の人と付き合ってもやっぱり菜月を目で追ってた──今も、変わらない……好きだ──」

「私も、海都が好き。いいのよね? これで」

 菜月は矢田の頰に優しく手を伸ばして触れる。矢田はその触れられた手を取ると自分の手を重ねて瞳を閉じる。

「一緒にいてくれ」

 ゆっくりと眼を開けるとその目の奥には菜月を欲している色が見える。
 菜月は息を飲む。

「私も一緒にいたい……」

海都が私にキスをした──。

 気持ちをつなげた後に体を再び一つにした二人を、雨音はもう包まない。

──雨は、もう止んだ


 翌朝、出社した菜月はマスクをしていた。
矢田の風邪が移ったのか、雨に濡れたからか、裸でずっと一緒にいたからなのかは分からない。

「おはようございます」

 会社に出勤してきた矢田の姿を見て菜月は苦々しい表情を浮かべる。清々しい表情を浮かべる矢田は一瞬菜月の方を向くと悪そうな顔で笑っていた。

 悪いな──菜月……。

 そう聞こえた気がした。
 昼休憩の時に席の後ろを通り過ぎる時に耳元で囁いた言葉に思わずむせてしまい、隣の同僚に心配された。

 今晩看病してやるから、な?

 風邪を熨斗つけて返すと決めた菜月は一人マスクの下で微笑んだ。
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