友達の肩書き

菅井群青

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特別な存在

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 数ヶ月の時が流れた──。

 土曜日の晩、琢磨が珍しく意気込んでいる。目の前には将棋盤が置かれていた。最近琢磨は将棋ブーム再来中だ。

「千紘……勝負だ──」

「え? あ、うん……」

 琢磨が晩御飯の食器洗いをしている間に千紘はシャワーを浴びていた。濡れた髪をタオルで乾かしながらリビングへと戻ると片付けを終えたばかりの琢磨が正座をして千紘を待ち構えていた。

 ただ、将棋に関しては琢磨に負けた事がない気がする……。

 琢磨の背中に真っ赤な炎を見た千紘は苦笑いを浮かべながらも席に着く。互いに一礼すると静かに戦いの幕が切って落とされた──。

「お、王手……」
「……もう一回」


「ふぅ……王手でーす」
「だぁ!」


「もうやめにしない? 王手」
「…………参りました」

 いい加減飽きてきた。もう三回も戦っている。琢磨が弱いので時間はそんなに掛からないが正直こんなに続けて将棋を指すと飽きがくる。琢磨の将棋ブームは本を読み漁るほどだ。今も真剣に本を見て作戦を立てているらしい。

「もう一回頼む──」

 最後の勝負では琢磨がなかなか珍しい手を使ってくる。単純な琢磨らしくない戦法だ。その一手にペースを崩される。
 角と金の駒を取られて千紘はまさかの危機を迎える。

「王手──」

 琢磨から初めて聞いた王手の言葉に千紘は嬉しくなる。周りを見てみると逃げ道がない……油断して王の周りを自分の駒で囲み過ぎてしまった。

「……参りました」

 千紘が頭を下げると駒が動かされた音がした。

 ん?

 千紘が顔を上げると将棋盤の王将の上に銀色に光る輪があった。リングの中央にはダイヤモンドらしき輝く石が見える。

「え……」

 琢磨を見ると真剣な表情で千紘を見つめ続けている。

「俺は、弱い──千紘に勝てるものもない……それに千紘がいなきゃダメな男だ。それでも千紘を大切にしたい……千紘を、笑顔にしたい。俺と、結婚してくれ……」

 千紘はもう一度王将の駒に置かれた指輪を見る。煌めいたその光に触れることすら憚れる。
 涙が溢れ出てきてもう、何も見えない。千紘が両手で顔を覆うと琢磨がその指輪を手に取った。

「千紘が好きだ──今まで、その、言ったこと事ないんだけど……俺は、千紘を、愛している──」

──愛している

 その言葉を理解した瞬間千紘は堪えきれず号泣する。

「う──」

 琢磨は慌ててそばに寄り添い抱きしめる。
 てっきり喜んでくれると思っていたが千紘は涙腺崩壊している。

「な、なんでそんなに泣くんだ!? ちょ、ちょっと──あれ?」

 琢磨は焦っているようで、困ったように頭を掻いた。一世一代のプロポーズだったのだがまさかの号泣に慌てる。

「たく、ま」
「はい、何?」

「……私も、好き、愛してる」

 途切れながらも必死に想いを伝える千紘に琢磨はキスをした。そのキスは涙の味がした。

「俺と、結婚してくれる?」

「……うん」

 ようやく千紘が笑った。琢磨は持っていた指輪を千紘の左の薬指へはめた。その左の薬指に光る指輪を琢磨が優しく撫でる──琢磨は嬉しそうに破顔し息を吐いた。

 臆病な私には見えなかった。
 階段を駆け下りた私を琢磨が振り返り階段を下りた……手を取ると一緒に階段を駆け上がってくれた。
 私は欠けた階段に足を乗せた。そこには見えない透明な足場が用意されていた。琢磨がゆっくりと引き上げて自分の隣に引き寄せた。横に並ぶと琢磨が微笑んだ。

 ようやく、階段を上ることができた──。



──気持ちの良い快晴の日。

 朔也と彰はスーツ姿で居心地が悪そうに教会のベンチに座っている。後ろで髪を縛った朔也は目立つ。さっきから彼方此方で列席者の女性たちから熱い視線を送られている。

「だめだ、帰りたい」

 朔也が溜息をつくと隣に座る彰がネクタイをうまく結べず苦戦している。彰は高校卒業後工場勤務なのでネクタイに不慣れだ。

「……貸してみろ」

 朔也が彰のネクタイを引き抜くと自分の首に巻き結ぶ。再び自分の首からネクタイを引き抜くと彰の首に戻し、最後の微調整を行う。

「……ほら、出来たぞ」

「お、おう、サンキュ」

 朔也は面倒臭そうに前を向きその時を待つ。その横顔を彰はちらりと盗み見た。朔也の頰は少し赤かった。彰は嬉しそうに出来上がったネクタイに触れた。

 新婦側の列席者の中に一際大きいカメラを持ち、気合の入っている女性がいる。カメラの微調整に余念がないようだ。

「おい、糸口! お前責任重大だぞ」

 上司らしい男性がその女性を見て声を上げて笑っている。桃香はカメラを胸に清々しい顔をした。ドアに視線を移すとうっすらと微笑んだ。

 凛花と浩介家族は席に座っていたが、その表情は暗い……凛花と浩介は緊張でそれどころではないようだ。

「凛花、お前……ちゃんと出来るよな?」

「バ、バカ言わないで! 噛む訳ないじゃない、噛む訳……」

 浩介は貧乏揺すりが止まらない。凛花はさっきからメモを開いてはブツブツと独り言を繰り返している。

 二人は友人代表スピーチを任せられていた。浩介は琢磨の、凛花は千紘の担当だ。
 二人は初めての大役に緊張しきっている。

「二人とも、落ち着いて、ね?」

 明希はそんな二人を見て苦笑いを浮かべる。浩介は昨晩夜中まで一人練習をしていた。きっと寝不足だろう。若干既に声も掠れている。

「湊人ー、千紘ちゃんもうすぐだからね。まだかなー?」


 パイプオルガンの音が鳴ると続いてバイオリンやフルートの演奏が始まった……。

 ドアが開くと琢磨が入場した。そのはにかんだ表情に新郎側の友人たちから歓声が上がる。多くの友人たちがカメラを持ち大盛り上がりだ。その中に朔也と彰もいる。
 
 さながら新婦の入場のような拍手と笑い声が上がる。琢磨が友だちを大事にしてきたのがよく分かった。琢磨がそうであるように多くの友人たちから愛されている。

 異様な光景に新婦側の列席者は動揺している。誰もが新郎の人気ぶりに目が点になった。

 ドアが再び開かれて千紘がゆっくりとバージンロードを歩いてくる。ベールに包まれた千紘は嬉しそうに琢磨を見ると一歩一歩近づく。隣に立つ父親は早くも感無量のようだ。


 これから私達は妻と夫という新しい肩書きが増える。琢磨の横に立つと優しく千紘の手を握ってくれた。

 遠かった背中はもう近すぎて見えない──今は琢磨の横顔を見て笑い合える。私はようやく、琢磨の横に立てた。

 神様の前で愛を誓う──。

 琢磨が白のベールを上げると嬉しそうに笑う。少年のような笑みに思わずつられて笑ってしまう。

「誓いの、キスを──」

 琢磨の唇が頰に当たると歓声が上がった。
 私たちが見つめ合うと多くの友人たちが揶揄う声が聞こえた。多くの祝福を受けて私達は結ばれた。

 全ての愛情にはきっと多くの友情が混じっている。性別、年齢、環境を超えたその友情に支えられ私たちは隣に立っている。

 これから二人で笑って、手を取り合って歩んで行く──喧嘩をした時は、また勝負すればいい。琢磨となら、きっと笑いが絶えないだろう……。



END
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