ぽっちゃり少年と旅するご近所の神様

とっぷパン

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一章 ”カリム村での旅支度” の段

15話~旅先のお供

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「ほうほう、ほほう……ふむむん、奏の字にしては中々どうしてこぎれいに纏めたではないか! ――七十点、と言った所かのう?」

「いやあ、実際は全部お任せみたいなもんだけどね……!」

「なんじゃ、……それなら十二点じゃ」

「凄い辛口っ!?」

 お茶を頂いている間に出来上がった旅衣装に対する、九ちゃんより賜ったブータン料理の如き辛口批評に戦慄している僕。確かに無難で大部分を店員さんお任せにした感が多いのは否めないが、それにしても十二点て……十二。
 そんな失意のやけ食い――もとい、底なし沼に踏み入れた僕の手を掬う一筋の蜘蛛の糸が肩に降りた。肩に感じた暖かい手に危うく落ちかけた沼から這い出した僕が這う這うの体で見上げた先に居たのは、にっこりとした笑みを湛えた志乃さんだった。

「……主様」

「……志乃さん」

 昼時の太陽に照らされた彼女の笑みは美しく、暖かな陽気に彩られた美はより一層の華やかさを身に着けて僕を抱き締めてくれるかのよう――

「三十一点です!」

「――へあ?」

 力一杯の握り拳から親指を立てての宣言。凄い誇らしい笑顔で以って顔の前に突きつけられたサムズアップに、僕はどうしたら良いかも分からずに唯々ぽかんと口を開ける他無かった……。

「先程姉上から頂いた点数です! 主様より少し上で御座います~!」

「ああ……、そういう話ですか。正に五十歩百歩って訳だね、こりゃ」

 如何やら、志乃さんも僕と同じく九ちゃんによる採点を頂いたらしく、しかも点数は少しばかり上だったと……。満面の笑みを浮かべる彼女とは裏腹に指導教官であるジェミニさんは苦笑い一辺倒。うん、まあ。彼女が嬉しいのならば僕は別に如何でもよろしいけど、もう少し上の次元で得点争いをした方が健全である事を知って貰いたいと切実に願う。

 さて、ため息と共にグダグダな気持ちを吐き出して心を換気、若干冷めたお茶を煽って渋みを楽しむ。お茶の渋みによって酔眼に醒を得た僕は、一先ず代金を支払って店を出る事に。早急に仕立ててくれた店員さんにお礼を述べて、九ちゃん達を連れ立ってお店を後にする。その際に見送ってくれた店員さんは、僕らの姿が通りの角に消えるまで手を振り笑顔で送ってくれた。

 ふむ、こちらの世界の死生観は中世欧州程と思っていた事もあって、僕達日本人によって脈々と育まれて来た死生観に近い物を拝見できるとは思わなかったな。やはり、こちらの世界はこちらでまた違ったものを育み歩んできたと思い過ごした方が吉ってことか。

 はい、此処でちょっとの授業です。此処で言う”死生観”とは何か? 死生観とは読んで字の如く、己や周りの生きとし生けるものや自然、神様や妖怪などに対する考え方の事なんだ。これが如実に現れたのが宗教や神道で、死を意識する事で生に対する考え方を形作る一つの考え方の集合体なんだよ。
 で、日本ではそれが習慣や生活レベルにまで分割浸透し、自然には神様が宿り自分達は自然に生かされていると教えられる訳さ。誰でも知っている話としては――って言っても、最近の若い子供は教えられる機会が少ないから知らない話かも知れないけど――”米粒には七柱の神様が居られる”て話が有名だよね!

 この教えは色々説があるんだけど、大まかに言えば人様が丹精を籠めて拵えたお米を一粒でも残せば礼に失すると言う話なんだ。七柱の神様は七福の神だとか五穀豊穣を司る七貴神、果ては大国主命の”国さん”の別名を現したものであるとか……。
 その他にも米と言う字を分割した際に出来る”八・十・八”の文字に準えて八十八柱の神様が宿り、その数は栽培に掛かる手間隙を現し数に乗じて宿る神様の数によってより手間が掛かっているとした説がある。ちなみに、この神様方の名前は記されていないが、全ては御稲荷さんに総じて記される宇迦之御魂大神様こと”うかさん”を主神とした五柱の神様方が上司となるんだ。

 それで、その心中を元に様々な経験を個人が積み重ね、また次代の子供達へと受け継がれて行く。だから民間では多くは口伝が主で、欧州や大陸で発達した宗教とは違い必ずしも経典を主体として宗教を残している訳じゃない。

 勿論、”古事記ふることふみ”や大陸向けに編纂された”日本書紀”という教本や歴史書は存在するけど、それだけを以ってして日本各地の神道は構成されている訳じゃないんだ。各土地に合った教えが古事記を加えて発展させ、神社や仏閣の”教え”として現代に残っていると言う訳さね。

「う~む、これがあの店員さん個人の考え方だけじゃないと僕も気が楽なんだけどな~」

「何を考えて居るのかあえて聞かんが、人の考えは世界が違えば千差万別――いや億差兆別。妾達が善き事をしても考えが違えば即ちそれは迷惑と成りかねん。思案を重ねるのは大事じゃが、一期一会の心持で応ずれば自ずと結果は付いてこようぞ」

「あはは、仔細まで良く分かっておいでのようで……」

 丸っと僕が考えていた事情を理解している様子の九ちゃん。何処で買ったのか小麦で練ったお菓子なんか食べている彼女は、えへんと胸を張って頬に付いた食べかすをそのままにこう言い放った。

「そりゃ、全部独り言で呟いておったからのう!」

「だあ~~ぁぁ……」

「あははは……本当で御座いますよ、奏慈殿」

「まるっと全部話しておいででした、主様!」

 思わぬ失態に崩れ落ちる僕と笑みを零す女性方。対照的な反応見せる僕らに首を傾げる龍帝さんの疑問符を浮かべているお顔が愛らしいと感じつつ、ずっこけた体勢から起き上がり土ぼこりを払う。もう、買ったばかりの服は手持ちの袋に入ったままだし、折角買い揃えた服に汚れが付く所だったよ。

「ふう……奏の字いじりはここまでにして。さて、そろそろおぬしらの準備も整うたかの? 一通りの買い物は済んだ事じゃし、日が暮れる前には出立しとかんとのう」

 僕をいじるのに満足した様子の九ちゃんが、一息ついて仕切りを整えた所でフォルカさんさん達の出立準備具合をジェミニさんへと尋ねた。その言葉に笑みを咲かせていた顔を真面目な彼女のすまし顔に戻して眼鏡をくいっと上げたのである。

「はい、丁度今その連絡が付いたようです……おいで」

 九ちゃんの言葉に対して彼女は空を見上げる。視線を追って同じく見上げれば、小さな青い小鳥が一羽ジェミニさんに向かって羽根を羽ばたかせて降りてくる所が見えた。
 雀よりも少し大きな小鳥さんはジェミニさんから差し出された人差し指に止まると、淡く輝きだして魔力の粒子へと変わり、その下に掌をかざす事で光子の伝聞へと姿を変えたのである。ふわふわと浮かぶ異世界の文字面を読めば、その殆どが暗号を解してあるので意味は不明……。まあ、恐らくは軍事的な通信手段として発達した魔法なのだろうから、他人がおいそれと解読出来てしまったら元も子もないしね。

「――要約いたしますと”準備は整った、昼時の鐘が鳴る前に村長宅前に集合されたし” だ、そうです。既に本隊は全員必要最小限の荷物を調達済みで、王都までの足は引き続き奏慈殿へとお願いしたいとの事……。大変厚かましいお願いですが、王都までの道のりを私からもお願い致します」

 フォルカさん及びジェミニさんから風呂敷大送迎を再びお願いされた僕は快く引き受ける。九ちゃんは若干暇そうにあくびを漏らしているが、残りの道程はカルル・カリル村に辿り着くまでの課程に比べたら半分も無いそうだ。途中は各駅停車はせずに特急で向かうので、早ければ二日目の夕刻には王都へと足を踏み入れる事ができるだろうね。
 食料は塩漬けのお肉がしこたま、衣服は今しがた新品を買い求めたばかり。後は皆に合流する前にお着替えと洒落込みながら、僕らの荷物を巾着袋に入れる作業をしなきゃ。さて、暫しの休息は此処まで。最低でも後二日の間は走り通しの日々か……。

「道中穏やかに行きたいけど――」

「無理じゃの」

「御無理な話です、主様」

「だよね~、あははははっ」

 とほほ……。せめて何か携帯食を別途で用意しておいた方が良かったかな? 干し肉でも今から作れない事は無いけど、干し肉だけじゃ栄養の公平性に欠けるし。あ、市場で野菜でも買ってくれば……!

「皆さん、僕はもう少し買い物をして行きたいんだけど……いいかな?」

 一応皆の合意を得てから一人八百屋に直行。一般的な家族が三日以上持つ程度の野菜を買い漁って用事は完了! 後は急いで”あれ”の準備をして出立に間に合わせなきゃね。









「奏慈殿、先程からお手伝いさせて頂いて居りますが……。この様な敷物の上に肉や野菜を並べて何を為さる御積りなのです?」

「んん? ちょっと寂しい旅の食事に花を咲かせる準備ですよ……うん、これで全部」

 一通り野菜を買い揃えた僕は先に集まっていた皆さんと合流した。そこで僕は、ある方法を以って旅の食事に彩を添えるべく、見送りの挨拶に出て来てくれた村長さんとその娘さんも含めた皆さんに協力を経る事にしたのである。野菜と塩漬けの骨付きエルダームを植物で編み込んだ敷物の上に並べている所で、今更ながらに野菜を並べている僕を覗き込んでいるフォルカさんから当然の疑問が降って来た。

 皆は携帯・携行食と言えば何を思い浮かべるかな? 日本人最高の御供 ”おにぎり”大明神? 携行食界の上等句、”サンドイッチ”女王? はたまた長持ちする食べ物の代表格 ”干物”さん――と、上げ連ねれば限りが無いけど今回の主役はちょっと違う。

「――さて、これからがちょっとの手間だね……。志乃さん。これから僕がこの野菜とお肉を別々に結界で囲うから、結界の中に鎌鼬を起こして薄く切り刻んでくれるかな? 野菜の厚さは大体――……う~ん、草葉を三枚位重ねた感じで、こっちのお肉は大体この指の隙間くらいでお願い」

「任されました、主様!」

 志乃さんの有り余る霊力に耐えるくらいの強度を結印法により生み出し、一応の安全対策として三重に張り巡らし結界と成す。体内に充満する霊力を活性化させて指先に充填、印を結ぶ過程で使用する結界のイメージを固めて実体化させる。

「”空より結ぶは霊思の界、揺蕩う流れを集めて包め” 結界術式一ノ形、霊思結界……はい、出番だよ志乃さん」

「ははっ! ……風ノ霊力を魂魄より引き出して、慎重に慎重にと。風刀・相剥ぎの太刀かざがたな・あいはぎのたち……!」

 僕の示した厚さは、野菜が二ミリでお肉が五ミリである。その指標を基に志乃さんが矢鱈日本語の語感に近い文で以って結界内に術を発動させた。緑色の輝きを纏った風の霊力が結界内部を吹き荒れ、真空の刃に触れた物を肩端から鱠切りにしていく様が実に美しい。大体の目算で購入してきた野菜の数々が細切れになっていく様子に、村長さん方も含めて皆さん眼を輝かせて御覧になっておいでである。
 反機械的な技術である霊力や魔力によって生み出される機械的な芸術の姿……。そんな光景に見とれている暇も無く終焉を迎える劇に皆さんで拍手を志乃さんへと送り、僕自身はこれからが本番で頑張り所だね。

「ありがとう、志乃さん。霊力の調整も大分落ち着いてきた感じで良かった良かった」

「はい! 未だに微細な力加減が今一つですが、戦闘に差し障りが出る程では御座いません。故に今暫しの修練を必要とします次第で」

 新たなる力を初めて使った時の様な失敗はせん! とばかりに熱気の篭った瞳に、僕も同じく期待を籠めて頷き返す。この分なら彼女は大凡良い感じに自らを研鑽して行ってくれるだろう。
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