君の恋人

risashy

文字の大きさ
7 / 22

しおりを挟む

 部活が終わっても、まだ日は高い。俺は水筒に残る最後のお茶を飲み干した。ジャリ、と真横でグラウンドを踏む足音が鳴って、目線を向ける。茅野が立っていた。
 茅野はすでに荷物を整え、帰れる状態のようだ。俺を待っていたらしい。

「帰ろう」
「あぁ」

 俺も立ち上がり、二人で歩き始めると、後ろから声がかかる。朝賀ぁ待ってくれよ、俺も。と。家の方向が同じなので一緒に帰る日もある奴だ。

「悪い、今日はちょっとこいつと約束がある」

 本当はそんなのはないけど。そう答える俺を見ながら、肝心の茅野は目を見張っている。じゃあな、また明日、と他の奴らと言い合って、俺たちは二人で学校を出た。


「何か約束してたっけ。ごめん、覚えてなくて」
「いや、してないけど。……お前と二人きりで、帰りたかったから」

 少し勇気を出して、恋人らしいことを口にしてみる。
 茅野は何も言わずに歩き続ける。嬉しいとか、俺もとか、そんな言葉が貰えるとまでは思ってなかったけど、無視かよ。俺の勇気は宙に浮いて消えていったような気がした。

 無言のまま、並んで道を歩いていく。朝、待ち合わせた信号が見えてきた。ここが俺と茅野の家の中間地点だ。ここで今日はサヨナラだな、と思って、茅野に目をやると、俺をじっと見つめていた。

「朝賀。俺の家にこいよ」

 茅野の家は昨日も行ったところだ。部活帰りで汗だらけなんだけど、とか、腹減ってるんだよな、とか、色々と不都合なことが思い浮かぶ。でもそれを口にすることはなく、俺と茅野は同じ方向に足を進めた。


 茅野の家は共働きで、親が帰ってくるのは夜だ。俺の家は母親がいるが、高校生の息子が多少遅くなったところで特に心配もされない。
 茅野の部屋に入り、荷物を置く。すぐに茅野がトレイに麦茶を乗せて入ってきて、机に置いた。ありがとな、と言って俺はそれに手をのばした。

「朝賀、これから昼は二人で食べないか」
「なんで」
「恋人だから」

 昼は大体同じようなメンバーで適当に食べている。他の奴らがいなくて二人の日もなくはないが、殆ど4,5人でしょうもない話をして過ごすのが常だ。

「……まぁ、いいけど。毎日だと怪しまれるだろ。曜日決めるか」
「分かった。朝賀がそう言うなら」

 週に数回、教室を抜け出して二人で過ごすことになった。非常階段とか、どっかの空き教室でも探せばいいだろう。
 そこまで決めると、どこか茅野はホッとしたような表情になる。

「それで、次の休み、どこかに行こう」
「休みっていっても、土日も部活だろ……あぁ、でも今度日曜オフの日があるな」
「うん。だからその日にどこかへ行こう。二人で」

 こいつ、やけに前のめりだな、と思う。

 茅野と行くなら、俺はどこでも楽しいだろう。近くの遊べるようなスポットを思い浮かべる。ボーリングとか、カラオケとかかな。普通にショッピングモールをうろうろするだけでもいいけど。茅野に聞くと、じゃあショッピングモールに行って何か揃いで買おうと言う。
 まぁそれぐらいはいいか、と俺は「そだな」と返すと、茅野が嬉しそうに微笑んだ。
 じっと、グレーの瞳が俺を見ている。

「キスしよう、朝賀」
「おまえ……」
「だめか?」

 そんなもん一々聞くな、と言いたい。でも急にされても、それはそれで心臓に悪い。
 俺は何とか、駄目なわけがないだろ、と答えた。

 また茅野の顔が近付いてきて、そっと唇同士が触れ合う。ふに、ふにと、何度もくっつけられる。長くて濃いまつ毛がすぐそこにあって、動くたびにふわりと茅野のにおいがする。俺は今すぐ茅野の頬に触って、その形のいい唇の隙間から舌をいれてやりたいと思った。でもそんなことをすれば、きっと茅野は驚いて、引いてしまうに違いない。

 だってこいつはキスしたら安心すると言っていたから。茅野と俺は同じじゃない。こいつにとってのキスは、人肌に触れて、心が安らぐものなのだ。

 俺はぐっと拳を握って、自分の衝動を抑えた。そんな俺の気も知らずに茅野は唇を俺に押し付けてくる。そのたびに、さらさらと茅野の髪があたる。しびれるような甘い感情に酔いそうになる。これは俺にとって天国であり、地獄だ。こいつは俺を殺しにかかっているのだ。
 ある程度満足したのか、茅野はやっとキスをやめた。

「なんか、すごいな。キスって」

 嬉しそうに微笑む茅野を見れなかった。今の俺の顔を見られてはいけないと思った。

「……そうだな」
「めちゃくちゃ気持ちよくて、ホッとする」
「……」

 それには同意できず、俺は熱を散らすように茅野が持ってきた麦茶をのんだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

素直になれなくて、ごめんね

舞々
BL
――こんなのただの罰ゲームだ。だから、好きになったほうが負け。 友人との、くだらない賭けに負けた俺が受けた罰ゲームは……大嫌いな転校生、武内章人に告白すること。 上手くいくはずなんてないと思っていたのに、「付き合うからには大切にする」とOKをもらってしまった。 罰ゲームと知らない章人は、俺をとても大切にしてくれる。 ……でも、本当のことなんて言えない。 俺は優しい章人にどんどん惹かれていった。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

偽物の運命〜αの幼馴染はβの俺を愛しすぎている〜

一寸光陰
BL
楠涼夜はカッコよくて、優しくて、明るくて、みんなの人気者だ。 しかし、1つだけ欠点がある。 彼は何故か俺、中町幹斗のことを運命の番だと思い込んでいる。 俺は平々凡々なベータであり、決して運命なんて言葉は似合わない存在であるのに。 彼に何度言い聞かせても全く信じてもらえず、ずっと俺を運命の番のように扱ってくる。 どうしたら誤解は解けるんだ…? シリアス回も終盤はありそうですが、基本的にいちゃついてるだけのハッピーな作品になりそうです。 書き慣れてはいませんが、ヤンデレ要素を頑張って取り入れたいと思っているので、温かい目で見守ってくださると嬉しいです。

処理中です...