短編集①

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大好きな人の為に婚約破棄されたいのに、何故か公爵令息様に溺愛されてしまって困っています

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「……エリザ、遅かったね」

 お気に入りのドレープがたっぷりと付けられたドレスと、安物だけど可愛らしいアクセサリーの数々を身につけ、目一杯のオシャレ着で帰宅してきた私に、そう声を掛けてきた貴族令息。

「ラ、ラインハルト様!? い、いったいどうされたのですか? こんな夜更けに私のお屋敷の前で……」

 そんな彼に対し、私はそうわざとらしくとぼける。

「キミの事が気になってね。今日、私の屋敷で約束していた昼の茶会に来れないと言っていたのに、そんなオシャレをしていったいどこへ? 何故こんなに帰りが遅かったんだい?」

 ラインハルト様は怪訝な表情をして私へと尋ねた。

 それも当然。何故なら今日、私の婚約者である公爵令息の彼から誘われていたその茶会へは体調が優れないから行けない、と私の家に従事する若い使用人のルバスへそう言伝を頼んでおいたのだから。

「私に嘘をついた、のかな……」

 そうよ、嘘をついたの。

 あなたのお誘いをわざと断って、私はのもとにいたのだから。

 どう? ショックよね、ラインハルト様。

「う、嘘ではありませんわ!」

「その割にはやけに目が泳いでるね?」

「そ、それ、は……」

 そういう演技だから。

「まさかとは思うけど、エリザ、キミは……」

 そうよ、そのまさかよラインハルト様。

「……ええ、そうです。私は今日ラインハルト様ではない方とずっと過ごしておりました」

 私はやや儚げに答える。

 浮気をしている女が婚約者だなんて耐えられないでしょう?

「な……!? それは本当か、エリザ……?」

 ラインハルト様は怒りとも悲しみともわからない、なんとも言い表し難い顔で私を見つめる。

「本当です。もう隠していても仕方ありませんものね。私はラインハルト様ではない方に想いを寄せております」

 さあ、ハッキリ言ったわ。

 私、エリザ・ルーエンハイムは権力も領地も少ない、しがない子爵令嬢。対して公爵令息であらせられるラインハルト・ディリング様は家柄も身分もとても格上。

 こんな格下の令嬢に浮気されていたなんて知れれば、恥をかかされたと憤怒するのは当たり前。

 そうなれば当然、私との婚約を破棄するはず。

 私はそれを望んでいる。

「エリザ、キミがそんな人だとは思わなかったよ」

 冷めたような眼差しを向けられ少しだけズキン、と胸が痛んだけれど。

 いいの。それでいいわラインハルト様。

 ただ、普通にこのまま私との婚約を破棄された場合、私のお父様はきっと憤慨するだろう。何故なら貧乏子爵家であるルーエンハイム家の娘が上流貴族のもとへと嫁げる、と喜んでいたから。

 我がルーエンハイム家は代々、宝石に魔力を込めて特殊な魔導具の基礎となる魔法石、通称魔石ませきを作る魔石師ませきしの一族だが、大した魔力を持たない下流子爵の我が家は、その収入だけでは領地運営を賄えはしない。

 そして私も魔石師としては能力は高くない。

 そんな私を見初めてくれたのが大資産家でもある公爵家令息のラインハルト様だったのだ。

 しかしそれに関しては問題ない。

 何故なら私の代わりにラインハルト様の婚約者になる者が、ルーエンハイム家にいればよいのだから。

 そう、私の妹が彼の婚約者に――。

 きっと上手くいく。

 血の繋がらない私の継母ままははの妹、サリーはラインハルト様に好意を抱いている。そしてラインハルト様もサリーの事を実は好きなのも知っている。

 だから私が嫌われても、ルーエンハイム家の事を貶めるような真似はしないだろう。私の代わりにサリーと愛を深め、婚約してくれるだろうから。

 継母のスフレお義母かあ様も、私より実の娘であるサリーがラインハルト様と結婚した方が嬉しいに決まってる。

 そう踏んで、私はわざと嫌われ役を演じる事に決めた。

 私は別にラインハルト様が嫌いなわけではない。

 けれど彼が私と会う時、上の空でいる事も理解している。彼は私ではなくサリーの事を想っているのだから。

 しかし実直を売りにしている彼としても一度決めてしまった私との婚約を、身勝手な理由で破談になどできはしないのだろうな、と思っていた。

 だからこそ、私がこうするしかなかったのだ。

「エリザ、この際だからハッキリと言わせてもらう」

 眉根を寄せてラインハルト様が私の目を見た。

 きっと私はこれから断罪されるんだわ。

 そう覚悟を決める――。



        ●○●○●



「それは本当かしらルバス?」

 それは数日前。

 私がルーエンハイム家の敷地内、本邸ではなく離れにある書物蔵の中で、本を探していた時の事。

 蔵の外から聞こえてきたその声を聞き、思わず聞き耳を立てる。

「はい、サリーお嬢様。ラインハルト様は明朝、エリザお嬢様には見つからぬよう、サリーお嬢様へといくつかの宝石を持ってきてくださるとの事です」

「まあ、本当に。やっぱりラインハルト様は素敵なお方ね。彼ほどの男性、そうはいないわよね。お顔も良くて性格も素晴らしくて」

「ええ、その通りです」

「……私のこの想い、必ずラインハルト様にお伝えしなくちゃ」

「そうでございますね。……サリー様は本当にお好きなのですね」

「もう、揶揄わないでよルバス。……でも、うん。私はあの人が大好き」

 使用人のルバスと義理妹のサリーの会話をそこまで聞いた時。

 衝撃的な会話を聞いてしまったと思った私は思わずよろけてガタッと、物音を立ててしまう。

「誰!?」

 サリーがそれに気づいたので、私は慌てて蔵の裏手口から抜け出してその場を離れた。

 息を切らして自分の部屋に戻り、私は会話を思い返す。

 きっと、サリーはラインハルト様の事を慕っている。

 そうだったんだ。

 サリーも彼の事を……。

 私はしばらく何も考える事ができず、部屋の中で塞ぎ込んでしまった。

 その二日後。

 私は複雑な心境のまま過ごしている中で、ディリング邸にて開かれた夜会に招待された日の事。 

 私はラインハルト様といつものようにダンスを楽しんだ、つもりだったが、なんだか彼のステップのテンポがいつもより悪い事に気づいていた。

 それだけじゃなく、ワルツの最中も意図的に私からの視線から目を逸らすような素振りも見受けられた。

 なんだか落ち着かない感じのままダンスが終わると、ラインハルト様は「失礼エリザ、私は少し席を外す」と言ってすぐに私から離れてどこかに行ってしまった。

 妙な胸騒ぎを感じたのでこっそりと彼の後を追いかけると、彼は屋敷の裏口側でひとりの侍女と会っているところを見つけ、私は聞き耳を立てる。

「何故今日、サリーは来ていない? もうまであまり時間はないというのに」

「それが聞いたところ、サリー様は今日、ご自宅のお屋敷で釣書を確認しなければならないらしく……」

「な、なんだと!? それでは彼女は見合いをするのか!?」

「ええ、おそらく」

「そんな……そんなのは駄目だッ!」

「ラインハルト様、何故そこまでサリー様に拘られるのですか?」

「私はサリーの事を……い、いや、なんでもない。だが、見合いは駄目だ」

「駄目だ、と仰られましても、それはルーエンハイム卿がお決めになられた事ですし……」

「……私が父に掛け合って、サリーにお見合いはさせないよう根回ししてもらう。公爵である我が父の言葉なら彼女の父、ルーエンハイム興もきっとわかってもらえるはずだ」

「そこまで……もしやラインハルト様、貴方はサリー様の事を……」

 と、私がそこまで聞いた時、こちらに向かって数人の男女が近付いてきたので私は慌ててその場を逃げ出した。

 そして思った。

 ああ、そうか。

 もうラインハルト様とサリーは……。

 けれど、彼らは私にはそんな素振りは全く見せてこない。

 もしかするとこの先、二人の関係を隠されたまま、私はラインハルト様と結婚し、仮面夫婦のように過ごして、そしてきっと彼はこっそりサリーと逢瀬を繰り返すのだろう。

 そんなの……耐えられない……。

 私はラインハルト様が好き。

 ラインハルト様もきっと、最初は私の事が好きだった、と思う。

 でも彼は私と婚約したいとは言ってくれたものの、私に向かって愛しているとか好きとか、そういう言葉をはっきりぶつけてきてくれた事はあまりない。出会った当時くらいのものだ。

 彼との出会いを、そしてこれまでの事を思い返して、私はラインハルト様のお屋敷の陰でひとり密かに止まらない涙を拭った。
 
 その日、私はひとりで誰にも見つからないようにラインハルト様のお屋敷を後にした。

 それからその晩、考えて考えて、考え抜いた。

 そして決めたの。

 私は身を引く、と。

 私はサリーの事も本当の妹のように可愛がっている。サリーも連れられて来た当初から、私の事を本当の姉のように慕ってくれていた。

 きっとサリーもラインハルト様も、私の事を気遣って本当の事を言えずに苦しんでいるんだわ。

 二人は本当に愛し合っているのに。

 だったら私という障害がいなくなれば、サリーもラインハルト様も幸せになれる。

 そして私はラインハルト様とは結ばれなくてもサリーとは良好な関係のまま、仲睦まじい姉妹でいられる。

 うん、それが一番よね。

 その為には私がラインハルト様に婚約破棄されよう。

 そうすれば円満解決だ。私が勇気を出して、未練を振り切ればいいだけ。

 私はそう覚悟を決め、彼に嫌われるべく、ありもしない浮気を演じる事にする――。



        ●○●○●



 ――そして、今日の今に至る。

 ついに私は浮気をしてきたフリをした。

 でもこれは全くの嘘ではないの。今日は本当に大好きな、妹のサリーのところにいたのだから。

 これできっと彼は私を見限る理由が作れるはずだ。

 ラインハルト様の鋭い眼光が、私を射抜くように向けられる。

「エリザ、この際だからハッキリと言わせてもらう」

 うう……どんな口汚い言葉で断罪されるのかしら。

 確かに嫌われ役を自ら買って出たけれど、あんまり酷い事は言わないで欲しいわ、と内心ビクビクしていると、

「私と今夜、共に寝て欲しい」

 彼は真剣な表情をしつつ、若干頬を赤く染めてそう言った。

 ……ん?

 なんかおかしいわ。

 私は罵られる言葉に畏怖しすぎていたせいで、幻聴でも聞こえたのかしら?

「え、……と、すみませんラインハルト様。私の聞き違えでしょうか? 共に寝て欲しいと聞こえたのですが」

「聞き違えではない。私と今夜は過ごせと言った」

 んーーー?

 何を言っているのかしらこの人は?

 と、しばし困惑する私だったが、すぐにピーンときた。

 ははあ、なるほど。さては私の身体目当てね?

 私は確かにこれで弱みを彼に握られた。つまり彼にとったらこんな都合の良い女はいない。私は自分で言うのもなんだが、それなりに可愛いつもりではあるし、スタイルだって悪くないつもりだ。

 彼の本当の愛はサリーにあるのかもしれなくとも、私を都合の良い性欲の捌け口として利用する、という事ね。

 婚約は破棄するが、浮気の件は黙っててやるから、都合の良い日は妾として彼に抱かれろ、という事か。

 ……なんて恐ろしい人なのッ!?

 金髪に碧眼がよく似合う端正で優しい目元をし、虫すら殺さぬような優男を演じているのに、その内心はまるで野生の肉食獣だわッ!

 ま、待つのよエリザ、クールになりなさい。まだそうとは決まっていないわ。うん、そう。もしかしたら別の意図があるのかも……。

「そ、その……ラインハルト様。共に寝る、というのはどういう意味、でしょうか……?」

 私がおずおずと尋ねると、

「……成人した男女が、夜が明けるまで共にいる、というのは子供のようにただ寂しいから隣で寝て欲しい、という意味ではない、という事だ」

 ややや、やっぱりですかぁああーッ!?

 うう……でも仕方ないわよね。彼に嫌われる為に私が望んだ事だし、多少は彼の言う事を聞くふりをしないと。

「わ、わかりましたわ。私の不貞行為について黙っててやる代わりに、という事ですわよね。心して承ります……そして婚約破棄の件も私はつつがなく承りますわ。だって、悪いのは私なんですもの……うぅ」

 覚悟を決めるのよエリザ。

 大丈夫、破瓜の痛みは最初だけと聞いているもの。その代わりに皆が本当に好きな人と結ばれて幸せになるのなら、この身体くらい安いもの……。

 ……うう。

 やっぱり愛のない交わりなんて、嫌。

 でも、でも。

 もう引き返せないわ。

 ああ、どうしてこんな事に。

 ラインハルト様が本当に私の事を愛してくれていて、心から私を欲してくれていたのならどんなに良かったか。

 でも、それじゃあ結局サリーが可哀想だし……。

 ぐるぐると、様々な考えが頭をよぎる。

「何を言っているんだキミは?」

 ラインハルト様が目を丸くして尋ねてきた。

「何を、って……」

 それはむしろ私のセリフだわ。突然都合よく身体を求めてきたのはむしろあなたよ、ラインハルト様。

「婚約破棄などしないぞ?」

「……はい?」

「なんだか今日のキミは妙に耳が悪いね? だから婚約破棄なんてしない。私はエリザ、キミと結婚するに決まっているだろう?」

 んー。

 んー?

 ……なんで?

 私が頭の上に大量のハテナを浮かべていると、

「結婚する前にそういった行為をするのは確かに不純だ。しかし、もう私にはそれしか打つ手がないのだ……」

 んんんー?

 んー……よくわからないゾ?

 ラインハルト様、それはどういう意味?

「キミには私ではない想い人がいるのかもしれない。だが、それでもキミの婚約者は私だ。多少強引かもしれないが今夜、私はキミを抱かせてもらう。例えキミが他の男へすでに身体を預けていたとしても私は厭わない」

「えっと、その前にですね……あの、ラインハルト様。私が浮気していた事にお怒りではないのですか?」

「怒り、というより酷く悲しい。私より好きな男が別にいた事にね……。私がキミに嫌われる理由が何かあっただろうか」

「いえ、ラインハルト様をお嫌いなわけではなく……で、でも私はただの子爵令嬢。そんな女が生意気にも浮気をするだなんて公爵家であるラインハルト様の面目を潰したようなものですわ。こんな女が婚約者だなんて、お嫌ではなくて? だから私なんかとは婚約を破棄した方が……」

「何を言う。そんな家柄だの身分だのはどうでもいい。私は……私はッ、キ、キミの愛が私の方に向けられていなかった事が……ッう」

 感極まったのか、ラインハルト様がその瞳に涙を浮かべた。

 見られたくなかったのだろう、私から目を逸らし、一度後ろを向いて手で顔を覆う。

「キミも私の事を……本当に愛してくれていると思っていたのに……ッ」

 私に背を向けて彼は呟くように言った。

 んー。

 おかしくない反応?

 これだとラインハルト様、すっごい私の事を好きで、すっごい焼き餅を焼いているわよね?

 あれ?

 なんか凄い嬉しいけど。

 自然と頬が緩みそうになるけど。

 いやいや、そんなはずはないわ。

 だって、

「ラ、ラインハルト様は……サ、サリーの事がお好きなのではないのですか……?」

「何を馬鹿な事を。私はキミに出会ったあの日のまま、そして婚約をしたその時以上に今もなお……その……キ、キミを一番にあ、あ、愛してやまない……」

「えっ? えっ? じゃあサリーの事は?」

「キミが何を言っているのかよくわからないが、サリーも可愛いと思う。キミとは似ていないがね。だが、私が本当にその……す、好き、なのはエリザ、キミひとりだけだよ」

 うーん。

 何がどうなってるの?

 だってそもそもラインハルト様がサリーの事を想っている事を私が陰で聞いて、更にはサリーもラインハルト様の事を大好きだって聞いたから、私は嫌われ役になろうとしたのに。

 これじゃあまるで、私が馬鹿みたい。

 それとももしかして、ラインハルト様はあくまで私の事を好きなフリを続けているのかしら?

 でも、これはどちらにしろ困ったわ。

 このままじゃサリーが普通に幸せになれない。ラインハルト様がいつまでも私を好きなフリをしていては、彼らをしっかりと祝福できないもの。いったいどうすればいいの?

 と、私が返答に困りあぐねていると。

「あ、いたいたエリザお姉様ぁー」

 こちらに向かって小走りで寄ってくる可愛らしい声がする。

 薄い青のフレアスカートをふわふわと揺らしながら淡いピンク色の髪をなびかせて走るあの子の姿はやはり可愛い。

「サ、サリー? ど、どどど、どうしたの!?」

 しかしそんな事よりも、何故サリーがここへ!?

 今日サリーは友人の家で宿泊してくる予定だったはずなのに。

 この作戦は私ひとりで秘密裏に完璧に仕上げて、そして私はサリーへと「婚約破棄されたから貴女がルーエンハイム家の為にラインハルト様と結婚しなさい」と伝える予定の私のシナリオが崩れてしまう!

「だって、エリザお姉様ったら、今日のサロンが終わった後、これをお忘れになって帰ってしまったんですもの。確かに今日はお喋りが弾みすぎてしまいましたけれど、その指輪は大切なものでしょう。忘れては駄目ですわ」

 そう言いながらサリーは笑顔で私に銀の指輪を手渡す。

 駄目、サリー。

 それ以上喋っちゃ……。

「やあサリー」

「こんばんはラインハルト様。こんなところでどうされたのですか?」

「うん、まあそれはいいとして、サリー、少し確認したい。今日、エリザはどこにいたんだい?」

「え? ラインハルト様知らないんですか? 今日は私主催のサロンを私の友人邸で開いていて、私のお友達とエリザお姉様も集まってのお茶会の日だったんですよ。あれ? エリザお姉様、その事はラインハルト様に伝えてあるって言ってませんでしたっけ?」

 終わったわ。

 私の華麗なる作戦が全て水の泡と化した。

「えーと……サリー。それじゃあ今日エリザはずっとキミといたんだ?」

「私と、と言いますより、私たちと、ですわね。今日はお姉様から次のデビュタントを迎える私と私の同級生たちにアドバイスを頂いていたんですの! お姉様のデビュタントはそれはそれは美しくて格好良くって、皆惚れ惚れしていましたから」

 ラインハルト様はジッと私の方を見る。

 私は思わず目を背けた。

「……エリザ?」

 どうしよう、どうしよう、なんて言えばいいのコレもうわけわかんないわ、あー、駄目駄目駄目、思考がまともに働かないわ。

「だ、だって」

 私は色んな思惑が頭をよぎったまま無理やり言葉を絞り出す。

「だって、ラインハルト様とサリーはお似合いですものッ!」

「「ッ!?」」

 ラインハルト様とサリーが目を丸くしている。

「だからお似合いの二人が結婚すべきだと思いますの! 私は別に大丈夫なので! それではさようならッ!」

 これが限界だった。

 私はそれだけを言い残して、踵を返し、その場から走り去ろうとした。

「「待って!」」

 しかし私の腕をガシっと掴む二つの手と声。

「お姉様何を言ってるの!?」

「そうだエリザ! キミは何か勘違いをしているぞ!?」

 私は彼らの顔を見ないようにし、溢れ出そうな涙をぐっと堪える。

 もうやめて。こんな顔、恥ずかしくて見せられない。

「勘違いなんかじゃないわ。お二人はお似合いのカップルですもの! 私なんて浮気するし嘘をつくし食いしん坊だし魔石の才能はないし、単なるゴミクズなんです! ゴミはゴミ箱へ! 私はゴミ箱へ帰ります、さようなら!」

「お、落ち着けエリザ。言っている事が意味不明だ」

「お姉様……何か変だと思いましたわ。もしかして私とラインハルト様がお姉様に隠れて浮気をしているなどと思っていませんか?」

「そ、そうじゃなくて私はサリーもラインハルト様も、本当に好きな人と結ばれるべきだと思って……」

 私のその言葉に、サリーははあ、っと小さな溜め息を吐き、

「やっぱり。恐ろしく勘違いされてますわ……私とラインハルト様はそういうのではありませんわよ……」
 
「え……?」

「この前、蔵の中にいらしたのはエリザお姉様だったんですのね。私とルバスの会話を盗み聞きしていたのでしょう?」

「う、うん……。サリー、貴女言ったわよね。ラインハルト様は顔も良いし性格も良いし凄く大好きだって」

「……そんな感じに受け取っていたんですのね。ではまず誤解から解きますけれど、私が好きなお方はラインハルト様ではありません」

「いいのよサリー。私に気をつかわないで。私は別にもうラインハルト様の事は……」

 私がそう言うとラインハルト様とサリーは互いに顔を見合わせて、

「違うんだ、エリザ。聞いてくれ。サリーと私は確かにキミに隠れて何度か会っていた。それはな……」

 ラインハルト様が目配せをするとサリーが頷き、

「お姉様、これを」

 彼女はポケットから淡い紫色の小さな宝石をひとつ、取り出し見せつけて来た。

「これ、は……?」

「これは私からの、お姉様へのウェディングプレゼントですわ」

「え?」

「これはね、魔運石まうんせき、という名の魔石ですの。持ち主に小さな幸せを与え続けると言われていますわ」

「魔運……石?」

「はい。効力は目には見えないものですが、魔運石はいつも肌身離さず持ち歩く事で、持ち主にとって喜ばしい事が訪れる魔石として有名なんですの。ただ、魔運石を作るには少々高価な宝石と難易度の高い魔力付与が必要で、ようやく最近形にできたばかりなのです」

 サリーの説明の後、今度はラインハルト様がこくんと頷いて、

「それと以前、私がキミに渡したその銀の指輪。エンゲージリングのつもりで渡したそれだが、真ん中に窪みがあるだろう? そこにその魔運石をはめ込んで完成なんだ。その指輪を完成させるにはサリーの協力が不可欠だったから彼女に魔石の作成を依頼していたんだよ」

「そ、そうだったの……?」

「ええ、お姉様。ただ、それまでにいくつもの宝石を壊して駄目にしちゃいましたけどね。魔運石を作る為にたくさんの宝石が必要だったからラインハルト様に宝石を用意してもらったんですの。でもこれでやっと大好きなお姉様に素敵なプレゼントができましたわ。本当はもっと驚かせたかったのですけれどね」

「こんな形になってしまったのは残念だが、私としてもエリザにその完成された指輪を身につけて欲しかったからね。だって、エリザ、キミは私の……その、一番好きな……人なのだから」

 そんな……嘘……二人とも私の為に……?

 でも待って。それならこの前の会話の意味は?

 サリーはあの人が大好きと言っていたし、ラインハルト様はサリーのお見合いをもの凄く否定していた。あれは?

「サリーお嬢様、置いていかないでくださいよ」

 私がまだ困惑していると、サリーが来た道の方から小走りでこちらに寄ってくる人影がひとつ。

 この声はルーエンハイム家の若き使用人であるルバスだ。

「……お姉様の誤解を解くついでに、ちょうどいいから話しておきますわ。私はこのルバスとお付き合いしているんです」

「「えッ!?」」

 サリーの告白に驚きを見せたのは私とルバスだった。

「ちょ……お、お嬢様。それは秘密にしておくのでは……」

 ルバスは見てわかるくらいに狼狽している。

「いいんだなサリー?」

「ええ、ラインハルト様。かんっぺきに誤解しまくってらっしゃるお姉様には全てをお話ししましょう」

 ラインハルト様とサリーは互いに頷き、それからルバスも交えてその場でゆっくりと私に全てを語ってくれた。

 サリーとラインハルト様はさっきも言った通り、私へのウェディングプレゼントとして魔運石の作製をしてくれていた。

 私が盗み聞きしたルバスとサリーの「大好き」な人とはつまり私の事であった。

 そしてラインハルト様がサリーの見合いを中止させようとしていたのは、実はラインハルト様だけはサリーとルバスの関係性を知っていたからであった。

 しかしルバスは平民出の使用人であり、いくら貧乏子爵家とはいえサリーはそれでも貴族。身分違いの交際の為、秘密裏に二人は付き合いを続けていたのだという。

 ラインハルト様は彼らの仲を上手く取り持つ為に、色々と暗躍してくれていた為、ここ最近は妙に上の空だった、というだけの話であった。

「……というわけですわお姉様。納得してくださいましたか?」

「うう……そ、それじゃあ私がひとりで道化だった、というわけなのね……?」

「いえ、そうは言いませんけれど……でもお姉様はたまに妄想癖が強すぎますわ! 今度からは何かあったら遠慮なく言ってほしいです。それとも私はお姉様とは腹違いの妹だから信用してはくださらないのですか?」

「そんな事は絶対にないわ! 私は……」

 そう、私は妹のサリーの事が大好き。

 私の本当の母は私が四歳になる頃、病に伏して亡くなってしまった。

 継母のスフレお義母かあ様はそれからおよそ一年後、ルーエンハイム家にサリーを連れてやって来た。

 スフレお義母かあ様もサリーもすぐに私と打ち解けてくれたし、お母様を亡くした寂しさから私も優しいスフレお義母様と可愛いサリーの事を本当に愛していた。

 しかしサリーはいつもどこかで私に遠慮しているのを知っていた。

 私のお家は貴族という割には裕福という程ではないけれど、家族愛だけは深かった。だからこそ、サリーにはもっと甘えて欲しくて、そして幸せになって欲しかった。

 そんな風にいつも思っていたせいで、今回の事もきっとサリーが我慢してくれているのだと勝手に思い込んでしまっていたのだ。

「私はサリーが一番大切で大事。世界でたったひとりの愛する妹だもん。だから、うん。ごめんなさい。今度からは遠慮なく聞かせてもらうわ」

「はいッ」

 ニコッと満面の笑顔を浮かべたサリーはまるで天使のように可愛かった。

「で、早速教えて。ラインハルト様の言っていた約束の日、って言うのは何の事?」

 その私の問いにはサリーがラインハルト様へと視線を流す。

「……ん。そ、その、だな……エリザ。私は……キ、キミとの結婚式を挙げる日を本格的に決めようと思っていたのだ。私もキミも先日、ようやく成人を迎えたから、な」

 恥ずかしそうにラインハルト様はそう教えてくれた。

 続けてサリーが、「ラインハルト様はエリザお姉様の事が好き過ぎて、本音を直接言うのが恥ずかしいのですよ」と笑いながら言うと、ラインハルト様はサリーに余計な事を言うなと少し怒っていた。

 こうして、私ひとりの大きな誤解が生んだ珍事は、誰一人不幸になる事なく、無事解決した。

 私はラインハルト様の事を愛し続けても良いとわかると、ついに我慢していた涙が溢れ出てしまった。

 すると、彼は私を抱きしめ何度も私を愛していると言ってくれた。

 サリーもそんな私たちを心から祝福してくれて。

 私はこんなにも彼に、彼らに溺愛されているんだと再認識され、幸せに満ち足りたのだった。



        ●○●○●



 ――それから数ヶ月。

 私とラインハルト様は盛大な披露宴と共に結婚式を挙げた。

 ラインハルト様は神官様の前で誓いのキスをする時、少し震えていたが、その後彼が本当に嬉しそうな笑顔で私に「愛しているエリザ。私は幸せだ」と言ってくれた事が、とてもとても嬉しかった。

 会場にはサリーとルバスを含め、多くの人々が集まり私たちを祝福してくれた。

 それからの私たちは幸せな日々が続くどころか、新たな幸せばかりがたくさん起こった。

 サリーは私の為に作ってくれた魔運石の知識をもとに少しずつ魔石師としての才能を開花させ、今やルーエンハイム家いちの魔石師とまで言われるようになり、そのサリーとルバスも様々な困難を超えて幸せに結ばれ、ラインハルト様の協力もあってルーエンハイム家の領地運営問題も良い方向に解決し、そして気づけば私とラインハルト様は毎晩笑って過ごし、そして愛し合う中で、無事、子を身籠る事もできた。

 彼と結ばれて、本当に幸せな事ばかりが続いている。
 
 きっとそれはこの左手の薬指に光る宝石、サリーの私への愛の結晶、魔運石の力のおかげなのかもしれない。

 後にサリーが少しだけ不思議な事を呟いていた。

「私の魔力はたかが知れていますし、本当なら魔運石なんて代物を作れるかどうかすらわからなかったんです。でも、ラインハルト様が持って来てくださった宝石たちはどれも一級品で、魔力付与がしやすかったんですの」

 ラインハルト様にこの事を尋ねると、

「アレは露天商の若い女性の魔石師から宝石を買ったんだが、占い師みたいな格好をしていてね。その魔石師が見透かすように言ったんだ。この宝石ならお前たちが望むものが作れるわよ、ってね」

 ラインハルト様は宝石を探す為、露天商に「魔石にするに最適な石を探している」と尋ねたところ、その露天商は逆に「それは何故?」とラインハルト様に問いただしてきた。

 奇妙な彼女の魅力に取り憑かれ、ラインハルト様はその魔石師と少しだけ話し込んだ。

 その不可思議な魔石師は過去に自分にも姉が居て、そんな姉を思う気持ちが今の私たちの状況に似ているから、とたくさんの宝石を格安でラインハルト様に売ってくれたのだという。

 そんな彼女はここからは遥か遠方の地。王都ニルヴィアからやって来て、母と二人で放浪していると言い、彼女たちはあてのない旅を続けているのだそうだ。

 ラインハルト様の去り際に露天商の彼女はこう言い残した。

「その婚約者さんの妹さんにくれぐれも、馬鹿な真似をして大好きなお姉様に変な誤解をされないようによく言ってね」


 と。


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