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35話 歪んだ嫉妬【リアン視点】
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須く、この世は不公平にできている。
僕は常日頃からその不公平さに反吐が出そうだった。
栄誉あるグレアンドル家に生まれ、ほぼ何不自由なく過ごしてきたが、いつも僕は劣等感の塊を抱えていた。
僕ことリアン・グレアンドルには何事においても才能、才覚がないからだ。
「プリセラお嬢様! まだ午後のダンス訓練が終わっておりませんわ!」
「いーよー。だって面倒なんだもん」
「あなたはグレアンドル家の長女なのですよ! 将来は立派な方のところへ嫁ぐのですから、淑女としてのマナーは完璧に身につけさせよ、と奥様からきつく言われておりますので!」
自分より二つ下の妹、プリセラはもう5歳になる頃には厳しく勉学やお妃教育の一環、多種多様なダンスを覚えさせられていた。
プリセラはやる気のない妹だったが、グレアンドル家唯一の令嬢として厳しくもそれは大切に、過保護に、将来を期待されて育てられた。
だが、プリセラはやる気はなかったが天才肌だった。
ダンスにしろ剣術や魔法学にしろ、一度見て体験すればほぼ自分のものにしてしまえるほど優秀で頭が良い。それゆえに本人は面倒くさがりになってしまったようだが。
「ほら、見てあの庭のところ」
「ヴァン様ね。魔法学院が休日の時もああやってひとりで鍛錬されてるの。夜は自室でずっと様々な教養を身につけようと本を漁っているらしいし、凄いおかたよね」
グレアンドル家の侍女たちのこんな会話を幾度となく聞いた。
ヴァン兄様は努力の天才だった。
兄様は寡黙すぎてよくわからないことだらけだったが、いつも何かと真剣に向き合い、常に本気でそれに取り組み、そしてずっと鍛錬をやめない。
365日、兄様が適当に屋敷で休んでいるような日を見たことがない。
対して僕は――。
「おはようございますリアン様。本日も学院の後は帰りが遅くなるのでしょうか?」
「うん、ちょっと約束があるからね」
「……かしこまりました」
僕が7歳の時。
その頃は学院に行くのが楽しかった。特に学院の令嬢たちとお話しするのが楽しかった。僕はこの頃から女の子のことばかりに興味があった。
僕は名家というだけあって、僕が優しく接すればだいたいの女の子たちは喜んで食いついてくる。学院が終わった後は日替わりで様々な女の子たちと遊んでいた。
そのことに屋敷の者たちが良い顔をしていなかったのはとっくに気づいていた。侍女たちのひそひそ声を何度も聞き耳を立てて聞いていた。
ヴァン兄様とプリセラはどちらも凄い才能や才覚があるのに、僕だけ何もない癖して遊んでばかりだ、と。
そう、僕にはなんの才能も才覚もない。
勉学は何をやってもうまく覚えられないし、運動能力も人並み以下。魔力もグレアンドル家特有で非常に弱々しい。筆頭公爵家の次男という肩書きがなければ僕は何もない人間だった。
それでも年数を重ねていけば自分の武器くらいは理解できるようになった。
僕の武器はこのコミュニケーション能力だ。
相手の喜怒哀楽をどう察知してどう対応するのが正しいのかを瞬時に読み取る術、つまりは空気感を読む能力に長けたのである。
もちろんその為に自分の身なりにも死ぬほど気を使って、お金も使った。
おかげで付き合う女の子に困ることはなかったが、それでも僕は満たされなかった。
そんなある日、ついに僕にも大きな転機が訪れる。
「リアン! 喜びなさい! あなたのことを第二王女のエルフィーナ殿下がお気に召したそうよ!」
目をらんらんと輝かせて声高らかにミゼリアお母様がそう告げてきた。
これまで僕にはなんの期待も寄せていなかったはずの母が、初めて僕に大きな期待をしてくれている。
僕も初めて舞踏会で第二王女殿下を見て、更には彼女から熱烈な求愛を受けた時、エルフィーナ王女殿下と結ばれるのが一番だと考えた。
これで僕は名実共にグレアンドル家として立派な功績を残したことになる。
ヴァン兄様やプリセラには真似できないコミュニケーション能力の高さと容姿。それだけで僕は兄様や妹よりも優れていることを証明してやったんだと、内心歓喜に打ち震えていた。
しかしその翌日、偶然街中で出会ったひとりの可憐な女性と目が合い、思わず僕がナンパしてしまった。名までは聞けなかったが、とてもなんというか、僕の心を掴むのが上手い女性で僕はその人のことが忘れられなくなっていた。
そんな夢心地のままひと月近くの間、僕はなんとなく王女殿下ともそれなりに良い関係を続けていると、突然ヴァン兄様に婚約者が決まったという話が持ち上がった。
その婚約者が初めてグレアンドル家に顔見せにやってきた時、僕は目を見開いて運命を悟った。
そこにいたのはあの日の可憐な女性。ルフェルミアだったからだ。
「リアンも王女様に気に入られ、ヴァンには魔力タイプの合致した令嬢が見つかって、これでグレアンドル家は安泰ね」
ミゼリアお母様は笑っていたが僕は内心、はらわたが煮えくり返りそうだった。
ルフェルミアは僕が先に目をつけていた。
僕のモノになるはずだった。
王女になんて気を取られていなければ僕は本気で彼女をもっと追いかけて先に婚約者になれていたはずだった。
それがどうしてこうなった!?
ふざけるな、許さない。ふざけるな、許さない。
嫉妬と憎悪が僕の中で大きく膨れ上がっていくのを感じた。
ヴァン兄様が憎くて仕方がなかった。
だがしかしその後、何故かヴァン兄様はルフェルミアとちっとも仲良くしないし、なんならミゼリアお母様はルフェルミアをオモチャにして遊んでいる。
僕の大切なルフェルミアにそんなことをしていることにも殺意を覚えるほどに腹が立ったが、せっかくのこの機会を逃す手はないと思い、僕はルフェルミアに寄り添った。
結果は大成功と言えた。
ルフェルミアはしっかり僕のことを覚えていてくれたのだ。
そして僕の愛に応えてくれたのだ。
こうして僕は僕の望む女性を手に入れることができた。
ヴァン兄様を出し抜き、ミゼリアお母様の虐めについてもお父様の前で断罪させた。
だが、まだ、まだ満たされない。
僕の乾きは底がないのかもしれない。
ルフェルミアを手に入れると、今度は自ら手放した王家との繋がりが欲しくなってしまった。
今のままでは僕のグレアンドル家での地位が低いからである。
だから次にする行動をもう決めた。
初めはルフェルミアへの誠意を強く印象づける為に、王女殿下からの求愛は断っているふりをしていたが、それも地味に曖昧に濁しているおかげで王女殿下はまだ僕に惚れ込んでいる。
だから決めたのだ。
僕はルフェルミアを近々、完全に、完璧に僕だけのモノにしてしまおう、と。
僕だけのモノ。
そう、ルフェルミアが僕のことを好きなうちに、彼女が不幸にも死んでしまうこと。
そうすれば僕は結婚前に妻を亡くした可哀想な夫を演じつつ、その状態ならエルフィーナ王女殿下と結婚することもなんの問題もない。僕に結婚歴が付く前なら。
ただしこれをやるにはいくつかの難題をクリアしなければならないが僕ならやれる。僕の人脈と人伝を使えば完全犯罪など造作もないはずだ。
僕ならできる。
王女殿下は馬鹿だ。
あの馬鹿女ならいくらでも誤魔化しが通用する。
だから結婚など余裕だろう。
ルフェルミアを永遠に僕のモノにするのもさほど難しくはない。彼女は僕に惚れ込んでいるのだから。
二人とも僕を愛してやまないのだから。
僕は常日頃からその不公平さに反吐が出そうだった。
栄誉あるグレアンドル家に生まれ、ほぼ何不自由なく過ごしてきたが、いつも僕は劣等感の塊を抱えていた。
僕ことリアン・グレアンドルには何事においても才能、才覚がないからだ。
「プリセラお嬢様! まだ午後のダンス訓練が終わっておりませんわ!」
「いーよー。だって面倒なんだもん」
「あなたはグレアンドル家の長女なのですよ! 将来は立派な方のところへ嫁ぐのですから、淑女としてのマナーは完璧に身につけさせよ、と奥様からきつく言われておりますので!」
自分より二つ下の妹、プリセラはもう5歳になる頃には厳しく勉学やお妃教育の一環、多種多様なダンスを覚えさせられていた。
プリセラはやる気のない妹だったが、グレアンドル家唯一の令嬢として厳しくもそれは大切に、過保護に、将来を期待されて育てられた。
だが、プリセラはやる気はなかったが天才肌だった。
ダンスにしろ剣術や魔法学にしろ、一度見て体験すればほぼ自分のものにしてしまえるほど優秀で頭が良い。それゆえに本人は面倒くさがりになってしまったようだが。
「ほら、見てあの庭のところ」
「ヴァン様ね。魔法学院が休日の時もああやってひとりで鍛錬されてるの。夜は自室でずっと様々な教養を身につけようと本を漁っているらしいし、凄いおかたよね」
グレアンドル家の侍女たちのこんな会話を幾度となく聞いた。
ヴァン兄様は努力の天才だった。
兄様は寡黙すぎてよくわからないことだらけだったが、いつも何かと真剣に向き合い、常に本気でそれに取り組み、そしてずっと鍛錬をやめない。
365日、兄様が適当に屋敷で休んでいるような日を見たことがない。
対して僕は――。
「おはようございますリアン様。本日も学院の後は帰りが遅くなるのでしょうか?」
「うん、ちょっと約束があるからね」
「……かしこまりました」
僕が7歳の時。
その頃は学院に行くのが楽しかった。特に学院の令嬢たちとお話しするのが楽しかった。僕はこの頃から女の子のことばかりに興味があった。
僕は名家というだけあって、僕が優しく接すればだいたいの女の子たちは喜んで食いついてくる。学院が終わった後は日替わりで様々な女の子たちと遊んでいた。
そのことに屋敷の者たちが良い顔をしていなかったのはとっくに気づいていた。侍女たちのひそひそ声を何度も聞き耳を立てて聞いていた。
ヴァン兄様とプリセラはどちらも凄い才能や才覚があるのに、僕だけ何もない癖して遊んでばかりだ、と。
そう、僕にはなんの才能も才覚もない。
勉学は何をやってもうまく覚えられないし、運動能力も人並み以下。魔力もグレアンドル家特有で非常に弱々しい。筆頭公爵家の次男という肩書きがなければ僕は何もない人間だった。
それでも年数を重ねていけば自分の武器くらいは理解できるようになった。
僕の武器はこのコミュニケーション能力だ。
相手の喜怒哀楽をどう察知してどう対応するのが正しいのかを瞬時に読み取る術、つまりは空気感を読む能力に長けたのである。
もちろんその為に自分の身なりにも死ぬほど気を使って、お金も使った。
おかげで付き合う女の子に困ることはなかったが、それでも僕は満たされなかった。
そんなある日、ついに僕にも大きな転機が訪れる。
「リアン! 喜びなさい! あなたのことを第二王女のエルフィーナ殿下がお気に召したそうよ!」
目をらんらんと輝かせて声高らかにミゼリアお母様がそう告げてきた。
これまで僕にはなんの期待も寄せていなかったはずの母が、初めて僕に大きな期待をしてくれている。
僕も初めて舞踏会で第二王女殿下を見て、更には彼女から熱烈な求愛を受けた時、エルフィーナ王女殿下と結ばれるのが一番だと考えた。
これで僕は名実共にグレアンドル家として立派な功績を残したことになる。
ヴァン兄様やプリセラには真似できないコミュニケーション能力の高さと容姿。それだけで僕は兄様や妹よりも優れていることを証明してやったんだと、内心歓喜に打ち震えていた。
しかしその翌日、偶然街中で出会ったひとりの可憐な女性と目が合い、思わず僕がナンパしてしまった。名までは聞けなかったが、とてもなんというか、僕の心を掴むのが上手い女性で僕はその人のことが忘れられなくなっていた。
そんな夢心地のままひと月近くの間、僕はなんとなく王女殿下ともそれなりに良い関係を続けていると、突然ヴァン兄様に婚約者が決まったという話が持ち上がった。
その婚約者が初めてグレアンドル家に顔見せにやってきた時、僕は目を見開いて運命を悟った。
そこにいたのはあの日の可憐な女性。ルフェルミアだったからだ。
「リアンも王女様に気に入られ、ヴァンには魔力タイプの合致した令嬢が見つかって、これでグレアンドル家は安泰ね」
ミゼリアお母様は笑っていたが僕は内心、はらわたが煮えくり返りそうだった。
ルフェルミアは僕が先に目をつけていた。
僕のモノになるはずだった。
王女になんて気を取られていなければ僕は本気で彼女をもっと追いかけて先に婚約者になれていたはずだった。
それがどうしてこうなった!?
ふざけるな、許さない。ふざけるな、許さない。
嫉妬と憎悪が僕の中で大きく膨れ上がっていくのを感じた。
ヴァン兄様が憎くて仕方がなかった。
だがしかしその後、何故かヴァン兄様はルフェルミアとちっとも仲良くしないし、なんならミゼリアお母様はルフェルミアをオモチャにして遊んでいる。
僕の大切なルフェルミアにそんなことをしていることにも殺意を覚えるほどに腹が立ったが、せっかくのこの機会を逃す手はないと思い、僕はルフェルミアに寄り添った。
結果は大成功と言えた。
ルフェルミアはしっかり僕のことを覚えていてくれたのだ。
そして僕の愛に応えてくれたのだ。
こうして僕は僕の望む女性を手に入れることができた。
ヴァン兄様を出し抜き、ミゼリアお母様の虐めについてもお父様の前で断罪させた。
だが、まだ、まだ満たされない。
僕の乾きは底がないのかもしれない。
ルフェルミアを手に入れると、今度は自ら手放した王家との繋がりが欲しくなってしまった。
今のままでは僕のグレアンドル家での地位が低いからである。
だから次にする行動をもう決めた。
初めはルフェルミアへの誠意を強く印象づける為に、王女殿下からの求愛は断っているふりをしていたが、それも地味に曖昧に濁しているおかげで王女殿下はまだ僕に惚れ込んでいる。
だから決めたのだ。
僕はルフェルミアを近々、完全に、完璧に僕だけのモノにしてしまおう、と。
僕だけのモノ。
そう、ルフェルミアが僕のことを好きなうちに、彼女が不幸にも死んでしまうこと。
そうすれば僕は結婚前に妻を亡くした可哀想な夫を演じつつ、その状態ならエルフィーナ王女殿下と結婚することもなんの問題もない。僕に結婚歴が付く前なら。
ただしこれをやるにはいくつかの難題をクリアしなければならないが僕ならやれる。僕の人脈と人伝を使えば完全犯罪など造作もないはずだ。
僕ならできる。
王女殿下は馬鹿だ。
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