異世界調査員〜世界を破滅させに来ました〜

霜條

文字の大きさ
3 / 11

お人好しの男

しおりを挟む
 差し出したペットボトルを思わず引っ込める。
 営業みたいな仕事でもしているのだろうか――。あまりに契約が取れなくて破れかぶれにでもなっているのなら、本名を教えたのはまずかった。
 ネットで知り合った人にだって今時自分の個人情報なんてすぐ教えないじゃないか。うっかり出た人の良さが仇となる。

「クーリングオフは残念ながらできません。それに私が見える人が全然いなくて……、この際、鷹浜さんにお願いするしかないんです」

 すっくと立ち上がると自分より少し低いその女は、真剣な面持ちでこう言った。

「私のことを好きになってもらえませんか? そしたら私も仕事が終わりますので……。何卒!」

 深々とお辞儀をして片手を差し出してきた。

「いやいやいやいや、全然知らん人好きになるとかむりでしょ……。だいたいそれって色恋営業ってやつ? そういう仕事の取り方は双方にとってよろしくないし、まだ若いんだから自分を安売りしちゃダメだよ」

「でも、こうでもしないと私帰れなくて……」

 家に帰れないほど切迫詰まっているのか、その女は自分の言葉と共に泣き出してしまった。――おかげで近くを通る人たちが振り返る。なんだか自分が泣かせてしまっているような光景に、――実際彼女の話を断っているから泣かせているのは順当な評価かもしれないが、行き交う人々の目が痛い。
 気まずさに負けず腕時計を見ると、もう走っても電車に乗るのは難しい時間だった。

「……あ~わかったわかった。わかったから泣かないでくれ……。もう乗りかかった船だ。始発まででよければ話聞くから、場所変えようか」

 ため息と共に、オールになることを覚悟する。確かすぐ近くにファミレスがあったはず。
 まだここにいると分かったからか、女は泣くのをやめ、両手で涙を拭った。

「あ、ありがとうございます。お優しい方で本当に良かったです――」

 泣き腫らしてほんのり赤くなった顔に笑顔が灯る。よく見れば可愛らしい、大人になりたてといったまだあどけなさの残った年頃のように思えた。
 明日のことを考えると帰りたい気持ちはあるものの、家にはまだ嫌な思い出が残っていたので、少しだけ彼女に付き合うのは悪くないものに思えた。
 弱っている人を利用するのは少しだけ気が引けたが、こちらも巻き込まれたようなものだ。
 名前を教えた手前、何か自分を利用されても困るからとちょうどいい理由を見つけ、彼女を近くのファミレスまで連れていくことにした。

「あんた、名前は? 俺も教えたんだから、そっちも教えてくれていいだろ? じゃなきゃ呼びずらいし」

「私の名前は≪                    ≫と言います」

「……悪い、よく聞き取れなかった。その、――なんて呼べばいいんだ?」

 名前を教えてくれていたはずなのに、音が聞き取れず彼女の名前が分からなかった。そんなに酔ってはいないはずだが、どういうことだろう。

「はい、名前は≪                    ≫です。――この度天界から派遣されてこの世界にやってきました」

 はぁ~~なるほどなるほど……。彼女は電波ちゃんだったようだ。余計なお節介でかなり面倒なことになってしまったかもしれない。
 すでに話が通じないことに嫌な予感が一気に襲ってくる。――こういう場合は逃げるが勝ちだ。

「すまない、さっきの場所に大事なものを落としてきたみたいだ……。ファミレスはこの先にあるから、先に行って待っててくれないか?」

「大事なものなら、私もご一緒に探させてください! ――実は私も大事なものを落としてしまって……」 

 着いてきそうな雰囲気に次の言い訳を考えようとしたが、

「落とし物をしたのか……? それで泣いてたの?」

「それもあります……。先輩から先に使えって言われてたのに、落としちゃってそのまま見つからなくて……」

「何を落としたか知らないが、その場所を確かめてみなかったのか?」

「矢を落としてしまって……。誰かに刺さっちゃったのかな……」

 物騒な話に本能が逃げろと訴え始めた。

「あれしかなかったのに、しかも2本とも落としてしまって……。どっちも見つからないなんて本当に私って……」

 やらかしたことに凹んでいるのかまた泣き出しそうな空気が漂う。
 ――放って逃げていいのか?
 お節介な自分が引き留めるが、理性は逃げろと言い、足が動かなくて行き場をなくす。

「だから鷹浜さん、あなたの助けが必要なんです。――あなたが私を見つけてくれたのは間違いなく神の思し召しです」

 今度は神まで出てきた。新興宗教にでも入って洗脳されているのか?
 助ける義理はどこにもないはずなのに、声を掛けてしまったが最後なのかもしれない。

「……一体どこで、その矢とやらを無くしたんだ?」

「高いところにいたので、風に煽られてしまったのかもしれません……。一応その辺を見てみたんですけど、探すのはもう諦めてます……。あれがなくても、鷹浜さんが私のことを好きになってくれれば大丈夫なので!」

「……悪いがそういうのは無理だ。最近彼女と別れたばかりだから、まだ一人でいたいというか……」

 つい最近、5年も付き合っていた彼女にフラれた。どうやら別に好きになった人が居たとかで、捨てられてしまったのだ。
 自分なりに彼女のことを大事にしていたつもりでいたが、本当に『つもり』でいただけだったことを知り、だいぶメンタルが落ち込んだ。――それは今もだ。
 今日も友人が自分を心配して飲みに誘ってくれたところで、酒の勢いでぶちまけろと言われたが、まだ未練がましく彼女のことを忘れられず悪口のひとつも出なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

処理中です...