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お人好しの男
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差し出したペットボトルを思わず引っ込める。
営業みたいな仕事でもしているのだろうか――。あまりに契約が取れなくて破れかぶれにでもなっているのなら、本名を教えたのはまずかった。
ネットで知り合った人にだって今時自分の個人情報なんてすぐ教えないじゃないか。うっかり出た人の良さが仇となる。
「クーリングオフは残念ながらできません。それに私が見える人が全然いなくて……、この際、鷹浜さんにお願いするしかないんです」
すっくと立ち上がると自分より少し低いその女は、真剣な面持ちでこう言った。
「私のことを好きになってもらえませんか? そしたら私も仕事が終わりますので……。何卒!」
深々とお辞儀をして片手を差し出してきた。
「いやいやいやいや、全然知らん人好きになるとかむりでしょ……。だいたいそれって色恋営業ってやつ? そういう仕事の取り方は双方にとってよろしくないし、まだ若いんだから自分を安売りしちゃダメだよ」
「でも、こうでもしないと私帰れなくて……」
家に帰れないほど切迫詰まっているのか、その女は自分の言葉と共に泣き出してしまった。――おかげで近くを通る人たちが振り返る。なんだか自分が泣かせてしまっているような光景に、――実際彼女の話を断っているから泣かせているのは順当な評価かもしれないが、行き交う人々の目が痛い。
気まずさに負けず腕時計を見ると、もう走っても電車に乗るのは難しい時間だった。
「……あ~わかったわかった。わかったから泣かないでくれ……。もう乗りかかった船だ。始発まででよければ話聞くから、場所変えようか」
ため息と共に、オールになることを覚悟する。確かすぐ近くにファミレスがあったはず。
まだここにいると分かったからか、女は泣くのをやめ、両手で涙を拭った。
「あ、ありがとうございます。お優しい方で本当に良かったです――」
泣き腫らしてほんのり赤くなった顔に笑顔が灯る。よく見れば可愛らしい、大人になりたてといったまだあどけなさの残った年頃のように思えた。
明日のことを考えると帰りたい気持ちはあるものの、家にはまだ嫌な思い出が残っていたので、少しだけ彼女に付き合うのは悪くないものに思えた。
弱っている人を利用するのは少しだけ気が引けたが、こちらも巻き込まれたようなものだ。
名前を教えた手前、何か自分を利用されても困るからとちょうどいい理由を見つけ、彼女を近くのファミレスまで連れていくことにした。
「あんた、名前は? 俺も教えたんだから、そっちも教えてくれていいだろ? じゃなきゃ呼びずらいし」
「私の名前は≪ ≫と言います」
「……悪い、よく聞き取れなかった。その、――なんて呼べばいいんだ?」
名前を教えてくれていたはずなのに、音が聞き取れず彼女の名前が分からなかった。そんなに酔ってはいないはずだが、どういうことだろう。
「はい、名前は≪ ≫です。――この度天界から派遣されてこの世界にやってきました」
はぁ~~なるほどなるほど……。彼女は電波ちゃんだったようだ。余計なお節介でかなり面倒なことになってしまったかもしれない。
すでに話が通じないことに嫌な予感が一気に襲ってくる。――こういう場合は逃げるが勝ちだ。
「すまない、さっきの場所に大事なものを落としてきたみたいだ……。ファミレスはこの先にあるから、先に行って待っててくれないか?」
「大事なものなら、私もご一緒に探させてください! ――実は私も大事なものを落としてしまって……」
着いてきそうな雰囲気に次の言い訳を考えようとしたが、
「落とし物をしたのか……? それで泣いてたの?」
「それもあります……。先輩から先に使えって言われてたのに、落としちゃってそのまま見つからなくて……」
「何を落としたか知らないが、その場所を確かめてみなかったのか?」
「矢を落としてしまって……。誰かに刺さっちゃったのかな……」
物騒な話に本能が逃げろと訴え始めた。
「あれしかなかったのに、しかも2本とも落としてしまって……。どっちも見つからないなんて本当に私って……」
やらかしたことに凹んでいるのかまた泣き出しそうな空気が漂う。
――放って逃げていいのか?
お節介な自分が引き留めるが、理性は逃げろと言い、足が動かなくて行き場をなくす。
「だから鷹浜さん、あなたの助けが必要なんです。――あなたが私を見つけてくれたのは間違いなく神の思し召しです」
今度は神まで出てきた。新興宗教にでも入って洗脳されているのか?
助ける義理はどこにもないはずなのに、声を掛けてしまったが最後なのかもしれない。
「……一体どこで、その矢とやらを無くしたんだ?」
「高いところにいたので、風に煽られてしまったのかもしれません……。一応その辺を見てみたんですけど、探すのはもう諦めてます……。あれがなくても、鷹浜さんが私のことを好きになってくれれば大丈夫なので!」
「……悪いがそういうのは無理だ。最近彼女と別れたばかりだから、まだ一人でいたいというか……」
つい最近、5年も付き合っていた彼女にフラれた。どうやら別に好きになった人が居たとかで、捨てられてしまったのだ。
自分なりに彼女のことを大事にしていたつもりでいたが、本当に『つもり』でいただけだったことを知り、だいぶメンタルが落ち込んだ。――それは今もだ。
今日も友人が自分を心配して飲みに誘ってくれたところで、酒の勢いでぶちまけろと言われたが、まだ未練がましく彼女のことを忘れられず悪口のひとつも出なかった。
営業みたいな仕事でもしているのだろうか――。あまりに契約が取れなくて破れかぶれにでもなっているのなら、本名を教えたのはまずかった。
ネットで知り合った人にだって今時自分の個人情報なんてすぐ教えないじゃないか。うっかり出た人の良さが仇となる。
「クーリングオフは残念ながらできません。それに私が見える人が全然いなくて……、この際、鷹浜さんにお願いするしかないんです」
すっくと立ち上がると自分より少し低いその女は、真剣な面持ちでこう言った。
「私のことを好きになってもらえませんか? そしたら私も仕事が終わりますので……。何卒!」
深々とお辞儀をして片手を差し出してきた。
「いやいやいやいや、全然知らん人好きになるとかむりでしょ……。だいたいそれって色恋営業ってやつ? そういう仕事の取り方は双方にとってよろしくないし、まだ若いんだから自分を安売りしちゃダメだよ」
「でも、こうでもしないと私帰れなくて……」
家に帰れないほど切迫詰まっているのか、その女は自分の言葉と共に泣き出してしまった。――おかげで近くを通る人たちが振り返る。なんだか自分が泣かせてしまっているような光景に、――実際彼女の話を断っているから泣かせているのは順当な評価かもしれないが、行き交う人々の目が痛い。
気まずさに負けず腕時計を見ると、もう走っても電車に乗るのは難しい時間だった。
「……あ~わかったわかった。わかったから泣かないでくれ……。もう乗りかかった船だ。始発まででよければ話聞くから、場所変えようか」
ため息と共に、オールになることを覚悟する。確かすぐ近くにファミレスがあったはず。
まだここにいると分かったからか、女は泣くのをやめ、両手で涙を拭った。
「あ、ありがとうございます。お優しい方で本当に良かったです――」
泣き腫らしてほんのり赤くなった顔に笑顔が灯る。よく見れば可愛らしい、大人になりたてといったまだあどけなさの残った年頃のように思えた。
明日のことを考えると帰りたい気持ちはあるものの、家にはまだ嫌な思い出が残っていたので、少しだけ彼女に付き合うのは悪くないものに思えた。
弱っている人を利用するのは少しだけ気が引けたが、こちらも巻き込まれたようなものだ。
名前を教えた手前、何か自分を利用されても困るからとちょうどいい理由を見つけ、彼女を近くのファミレスまで連れていくことにした。
「あんた、名前は? 俺も教えたんだから、そっちも教えてくれていいだろ? じゃなきゃ呼びずらいし」
「私の名前は≪ ≫と言います」
「……悪い、よく聞き取れなかった。その、――なんて呼べばいいんだ?」
名前を教えてくれていたはずなのに、音が聞き取れず彼女の名前が分からなかった。そんなに酔ってはいないはずだが、どういうことだろう。
「はい、名前は≪ ≫です。――この度天界から派遣されてこの世界にやってきました」
はぁ~~なるほどなるほど……。彼女は電波ちゃんだったようだ。余計なお節介でかなり面倒なことになってしまったかもしれない。
すでに話が通じないことに嫌な予感が一気に襲ってくる。――こういう場合は逃げるが勝ちだ。
「すまない、さっきの場所に大事なものを落としてきたみたいだ……。ファミレスはこの先にあるから、先に行って待っててくれないか?」
「大事なものなら、私もご一緒に探させてください! ――実は私も大事なものを落としてしまって……」
着いてきそうな雰囲気に次の言い訳を考えようとしたが、
「落とし物をしたのか……? それで泣いてたの?」
「それもあります……。先輩から先に使えって言われてたのに、落としちゃってそのまま見つからなくて……」
「何を落としたか知らないが、その場所を確かめてみなかったのか?」
「矢を落としてしまって……。誰かに刺さっちゃったのかな……」
物騒な話に本能が逃げろと訴え始めた。
「あれしかなかったのに、しかも2本とも落としてしまって……。どっちも見つからないなんて本当に私って……」
やらかしたことに凹んでいるのかまた泣き出しそうな空気が漂う。
――放って逃げていいのか?
お節介な自分が引き留めるが、理性は逃げろと言い、足が動かなくて行き場をなくす。
「だから鷹浜さん、あなたの助けが必要なんです。――あなたが私を見つけてくれたのは間違いなく神の思し召しです」
今度は神まで出てきた。新興宗教にでも入って洗脳されているのか?
助ける義理はどこにもないはずなのに、声を掛けてしまったが最後なのかもしれない。
「……一体どこで、その矢とやらを無くしたんだ?」
「高いところにいたので、風に煽られてしまったのかもしれません……。一応その辺を見てみたんですけど、探すのはもう諦めてます……。あれがなくても、鷹浜さんが私のことを好きになってくれれば大丈夫なので!」
「……悪いがそういうのは無理だ。最近彼女と別れたばかりだから、まだ一人でいたいというか……」
つい最近、5年も付き合っていた彼女にフラれた。どうやら別に好きになった人が居たとかで、捨てられてしまったのだ。
自分なりに彼女のことを大事にしていたつもりでいたが、本当に『つもり』でいただけだったことを知り、だいぶメンタルが落ち込んだ。――それは今もだ。
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