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ベンチの女
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友人と飲んだ帰り、その子が目についた。ーーベンチに項垂れて座っていた若い女の子。まるで人生に打ちのめされ、どこに向かえばいいのか分からなくなったあの時の自分に重なった。
だが終電も近く、今他人のことを気にかけてたら帰れなくなる。明日も朝が早い。見なかったことにして駅に向かった。
いや、ーーもしかしてしこたま飲まされて、置いていかれてたらどうしよう。
新卒の頃、あまり飲んだことのない酒をあれこれ試してみなよと飲まされて、気付いたら記憶もぶっ飛び駅の、ベンチで意識を取り戻した時のことを思い出す。
面白がって飲ますだけ飲まして、そのあと介抱もしてくれないクソ野郎ばかりだったなと苦々しく思い出す。
ーー彼女、鞄とか持ってなかったよな。もしかしてどこかに置いてきたのだろうか。財布とか盗まれて、帰るに帰れなくなってたら? それとも誰かと待ち合わせしてたけど、すっぽかされて落ち込んでいたとか……
過去にあった自分の辛かった記憶が蘇り、徐々に足が重くなってしまった。
酒を飲んだ帰りだからだろう。ちょうど気分よくアルコールを入れていたけれど、その酔いが余計な思い出まで引っ張って連れてくる。
「……何考えてるんだ、明日があるだろ」
人のことを気にかけてる余裕なんて自分にはない。ーーそんなに出来た人間じゃないことくらいとっくの昔に気付いてる。
ここで終電を逃せば朝までどこかで時間を潰して、始発で帰ってからまた会社に行くことになるんだぞ。
若い頃ならいざ知らず、今それをやるだけの体力なんてもうないことくらい分かってる。
だけれども、先ほど見た彼女のことがどうしてもチラつく。人の多いこの辺りで、女の子がひとりでいたら危ないんじゃないか……?
20代前半くらいだったろう。社会に出たてで、仕事が上手くいかなくて、あんな風に落ち込んでいた時の記憶がチラチラと蘇り、帰らなきゃという意思の足を引っ張ってくる。
スポーツ飲料でも買って、渡すだけなら時間はまだあるだろ。チラリと腕の時間を見る。
彼女はまだ若そうだった。どこか時間の潰せる場所を教えて、そのまま帰ろう。
その時彼女の元に行ったことをこれからずっと後悔することになるなんて、この時は思わなかった。
駅に向かう人の流れに逆らって戻ってみると、まだその子はいた。さっき見た時と変わらない様子で、周囲を観察しても、誰もその子に気付いていないようだった。
それもそうだ。わざわざめんどくさそうなことに首を突っ込みたがる他人なんて、聖人君子か碌でもないやつしかないものだ。
俺はそのどちらでもないので、飲み物を渡して立ち去るだけにするつもりだ。
「なぁ、あんた大丈夫か?」
俯く彼女に声をかけた。特に反応はない。もしかして急性アルコール中毒になってたりする……?
この辺りは飲屋街だ。道端に転がってる酔っぱらいがそこいらに居るくらいには、ここに居る奴らは酒を飲んでる。
流石に転がってる奴らをいちいち介抱するほどお人好しではない。なんとなく、この打ちのめされてる感じが気になっているだけだ。
「おーい? 聞こえてるか? 流石に意識がないってなら救急車でも呼ぼうか…?」
もしかしたらまずい状況かもと、慌ててペットボトルを小脇に抱え、空いた手でポケットに入れたスマホを取り出す。もう片方には鞄を掴んでいるから片手しか使えないのだ。
「もしかして、私のこと見えているんですか?」
危うく救急に連絡が繋がるところだった。呼びかけた彼女が気付いたようで、ゆっくりあたまが持ち上がる。
まだ初々しさが残り、スーツが似合っていない様子から新卒くらいなんじゃないかと予想した。
「見えてるも何もここにいるじゃないか。ーーあんた鞄とか荷物とかどうした? 何も持ってないように見えるけど、ちゃんと帰れるのか?」
青白い顔色から酩酊状態ではなさそうな気がする。気分でも悪くなって動けなくなったところだったのかもしれない。ーーただ、少し言動が怪しいので、酔ってはいるのかもしかしれない。
「帰れません……。だって、仕事が出来なくて……」
グスッと鼻を啜る音が聞こえる。ーー仕事が上手く行ってないパターンか。
「あー、上手くいかない仕事ってつらいよな。ーーそこで買ってきたやつだから、良かったらどうぞ。……そろそろ電車も無くなるから、早く帰ってとりあえず休んでからまた考えたらどうだ?」
スマホを仕舞い、小脇に抱えていたペットボトルを差し出す。おっさんの小脇に抱えてたペットボトルなんて貰っても嬉しくはないだろうが、多少の慰めになればと思う。
「その、ありがとう、ございます……。ーーあの、すみませんが、お名前を教えてくれないでしょうか?」
いきなり名前を尋ねられ少し警戒する。なんで聞く? ーーでも向こうも誰だか分からんやつからものを貰うのは怖いのかもと思い直し、彼女の言う通りにすることにした。
「ーー俺は鷹浜、鷹浜シンジって言うんだ。今日はこの辺でダチと飲みに来てて、もう帰るところ。だからアンタも早く帰りなよ」
鷹浜シンジ、今伝えられた自分の名を噛み締めるように彼女は何度か呟いた。
「ーー教えてくれてありがとうございます。おかげで契約できました」
「け、いやく……? え? なんか怖い話? クーリングオフします」
だが終電も近く、今他人のことを気にかけてたら帰れなくなる。明日も朝が早い。見なかったことにして駅に向かった。
いや、ーーもしかしてしこたま飲まされて、置いていかれてたらどうしよう。
新卒の頃、あまり飲んだことのない酒をあれこれ試してみなよと飲まされて、気付いたら記憶もぶっ飛び駅の、ベンチで意識を取り戻した時のことを思い出す。
面白がって飲ますだけ飲まして、そのあと介抱もしてくれないクソ野郎ばかりだったなと苦々しく思い出す。
ーー彼女、鞄とか持ってなかったよな。もしかしてどこかに置いてきたのだろうか。財布とか盗まれて、帰るに帰れなくなってたら? それとも誰かと待ち合わせしてたけど、すっぽかされて落ち込んでいたとか……
過去にあった自分の辛かった記憶が蘇り、徐々に足が重くなってしまった。
酒を飲んだ帰りだからだろう。ちょうど気分よくアルコールを入れていたけれど、その酔いが余計な思い出まで引っ張って連れてくる。
「……何考えてるんだ、明日があるだろ」
人のことを気にかけてる余裕なんて自分にはない。ーーそんなに出来た人間じゃないことくらいとっくの昔に気付いてる。
ここで終電を逃せば朝までどこかで時間を潰して、始発で帰ってからまた会社に行くことになるんだぞ。
若い頃ならいざ知らず、今それをやるだけの体力なんてもうないことくらい分かってる。
だけれども、先ほど見た彼女のことがどうしてもチラつく。人の多いこの辺りで、女の子がひとりでいたら危ないんじゃないか……?
20代前半くらいだったろう。社会に出たてで、仕事が上手くいかなくて、あんな風に落ち込んでいた時の記憶がチラチラと蘇り、帰らなきゃという意思の足を引っ張ってくる。
スポーツ飲料でも買って、渡すだけなら時間はまだあるだろ。チラリと腕の時間を見る。
彼女はまだ若そうだった。どこか時間の潰せる場所を教えて、そのまま帰ろう。
その時彼女の元に行ったことをこれからずっと後悔することになるなんて、この時は思わなかった。
駅に向かう人の流れに逆らって戻ってみると、まだその子はいた。さっき見た時と変わらない様子で、周囲を観察しても、誰もその子に気付いていないようだった。
それもそうだ。わざわざめんどくさそうなことに首を突っ込みたがる他人なんて、聖人君子か碌でもないやつしかないものだ。
俺はそのどちらでもないので、飲み物を渡して立ち去るだけにするつもりだ。
「なぁ、あんた大丈夫か?」
俯く彼女に声をかけた。特に反応はない。もしかして急性アルコール中毒になってたりする……?
この辺りは飲屋街だ。道端に転がってる酔っぱらいがそこいらに居るくらいには、ここに居る奴らは酒を飲んでる。
流石に転がってる奴らをいちいち介抱するほどお人好しではない。なんとなく、この打ちのめされてる感じが気になっているだけだ。
「おーい? 聞こえてるか? 流石に意識がないってなら救急車でも呼ぼうか…?」
もしかしたらまずい状況かもと、慌ててペットボトルを小脇に抱え、空いた手でポケットに入れたスマホを取り出す。もう片方には鞄を掴んでいるから片手しか使えないのだ。
「もしかして、私のこと見えているんですか?」
危うく救急に連絡が繋がるところだった。呼びかけた彼女が気付いたようで、ゆっくりあたまが持ち上がる。
まだ初々しさが残り、スーツが似合っていない様子から新卒くらいなんじゃないかと予想した。
「見えてるも何もここにいるじゃないか。ーーあんた鞄とか荷物とかどうした? 何も持ってないように見えるけど、ちゃんと帰れるのか?」
青白い顔色から酩酊状態ではなさそうな気がする。気分でも悪くなって動けなくなったところだったのかもしれない。ーーただ、少し言動が怪しいので、酔ってはいるのかもしかしれない。
「帰れません……。だって、仕事が出来なくて……」
グスッと鼻を啜る音が聞こえる。ーー仕事が上手く行ってないパターンか。
「あー、上手くいかない仕事ってつらいよな。ーーそこで買ってきたやつだから、良かったらどうぞ。……そろそろ電車も無くなるから、早く帰ってとりあえず休んでからまた考えたらどうだ?」
スマホを仕舞い、小脇に抱えていたペットボトルを差し出す。おっさんの小脇に抱えてたペットボトルなんて貰っても嬉しくはないだろうが、多少の慰めになればと思う。
「その、ありがとう、ございます……。ーーあの、すみませんが、お名前を教えてくれないでしょうか?」
いきなり名前を尋ねられ少し警戒する。なんで聞く? ーーでも向こうも誰だか分からんやつからものを貰うのは怖いのかもと思い直し、彼女の言う通りにすることにした。
「ーー俺は鷹浜、鷹浜シンジって言うんだ。今日はこの辺でダチと飲みに来てて、もう帰るところ。だからアンタも早く帰りなよ」
鷹浜シンジ、今伝えられた自分の名を噛み締めるように彼女は何度か呟いた。
「ーー教えてくれてありがとうございます。おかげで契約できました」
「け、いやく……? え? なんか怖い話? クーリングオフします」
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