生きるか死ぬかを問われれば、やがて光は雪へと還る。

藤寝子

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“冷血の魔女”

白い魔女と、パパ活女子

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「あいつ、千里。パパ活してんだって。」
「うっそ、まじ?」
 
 やめて……。
 
「あの写真回ってるやつ知らん?」
「え?みして。……うわー。マジじゃん。」
「それで3組の涼介くんに振られたらしいよ!」
「まじ!?メイに楯突くからこうなんだってば。ぶりっ子キャラきんも。」
 
 全部聴こえてる……。
 
「ぎゃははは!今度圭太達に目付けられたみたい!人生終わりじゃん!16で。」
「これ投稿したのユリだよね。千里の親友じゃねーのかよ。ぎゃははは!!」
「ユリ、涼介くんの事好きだったもんね。」

 ユリ……。
 

 

「ちょっと千里!来なさい!この写真なに!?なんで!なんであんたこんな事してんの!?お父さん知ったらどうなると思ってるの!?」
「……え、ちが。待って。」
「妹がパパ活してるって校内で噂になってんだけどさ。千里。俺が受験失敗したらどうなるかわかってんだろうな。」
「お兄ちゃんの足引っ張らないで!!!」
 初めて聞く母の怒号。
 一瞬の間。
 母親の手が頬を叩いた。
「いたっ!」
「ちょっと母さん、ぶつのはダメだって。」
 
 お母さん……。
 
「あぁぁぁ、私の育て方が悪かったのよ!!!」


  
 
「ちょっと、何すんの!?」
「ケースケ君。ほんとにこの女、やっちゃって良いんスか?」
「ただのクソビッチだから。なぁ?チサトちゃん?愛するパパはいくら持ってんの?全部オレらにくれよ。なぁ!!」
「痛い!やめて!」
「ケースケ君、顔は駄目っすよ。可愛いんだから。」
「知らねえよ。ただの女だろ。」
 無数の手が伸び、制服のボタンが弾ける。
 
 声が遠のく。もう何をされているのか分からない。ただ、「もう嫌だ」という思いだけが、波のように押し寄せていた。
 


 
 ――ねぇ。

 なんで。なんでよ。

 ねぇ。苦しいよ。

 助けて。お願い。

 誰か。誰か。誰か。


 バシャーン!!


 月夜を切りさく、水飛沫。
 そしてゆらゆら揺れる波の中へ。
 

 秋山千里は崖の上から飛び降りた。



 ――そして。白い静寂。

 

 シルフィアとかつやっちょの前に、ずぶ濡れの制服を着た女の子が忽然と現れた。
 
 数秒が流れる。シルフィアは問う。
「アキヤマ、チサト?」

 誰かの声……。澄んだ、綺麗な声。
 
「は?え?
 ここは、なに?
 わたし、……死んだんじゃ。」

 秋山は辺りを見渡した。男と女が立って自分を見つめている。そして、静かな白。落ち着くような、張り詰めたような。

「JKキターーーーーーー!!!!しかも濡れ濡れスケスケ!……って空気読めてねぇな、俺。」
 かつやっちょはバツが悪そうに頭をかく。
 
 シルフィアは無言で睨みつけた。
 
「あい、すんません。……ゴホン。気を取り直して。アキヤマさん?でしたっけ。はじめまして。今をときめく破天荒YouTuberかつやっちょと――?」

「“冷血の魔女”シルフィア・ローズだ。最初に貴様に問う。“生きるか、死ぬか”。」

「……。え?れいけつ……?どういう事?私、飛び降りて。ここは何?あなた達は何?生きるか死ぬかって、何?」

「はぁー。」
 シルフィアのため息。
「あぁ、そうだな。」腕を組んだ。 
 この場に最もふさわしい反応だ。
 自ら死を選択した末に死んでいない。その上見ず知らずの者と会話している。
 有り得ない体験をしてるんだ。

「ところで千里ちゃん!君めっちゃ可愛いね!お兄さんさ、YouTuberなんだけどかつやっちょって知ってる?」
 かつやっちょが鼻の下を伸ばして千里に近寄る。
 
「痛!」
 シルフィアの魔法により、強制的に床に座らせられた。
「あい。スンマセン。」

 千里はかつやっちょの顔をまじまじと見ていた。
「私のタイプですけど知らんっす。YouTube見ないんで。Tiktok派なんで。」
 濡れて寒いのか、お腹をさすった。

「そう。……残念。」

 一瞬の間を置き、シルフィアが本題へ。
「千里。」
 
「なんですか?私をここに連れてきたのは貴方ですね。何の用ですか?私は命を絶ったんです。もう嫌なんです。誰も信用出来ないんです。お願いします。もう私を楽にしてください。お願いします。」
 千里は深く、深く、白い部屋の床に頭を打ちながら土下座まで見せた。

「済まない。千里が何故ここにいるのか説明出来ない。本当に済まない。ただお前がここに来た理由として1つ言える事がある。私は、いや、私とかつやっちょは千里の話を聞く事が出来る。」
 シルフィアの緑色が揺らめく。
 目を逸らせない燃えるような熱い眼差し。

「話……?なんの話ですか。私、話す事なんて何も。」

「千里の苦痛が聞こえた。正確には私の頭の中に流れ込んだ。」

「苦痛……。じゃあ、あなたは知ってるの?私がなんでこうなったのか。」

「簡単にだ。私は千里の思いをきちんと受け止めなければならない。話さなければ赦されない。ここから出してやる事も出来ない。
 私は、“冷血の魔女”シルフィア・ローズ。お前の罪を裁く者だ。」
 シルフィアは腕を広げた。
 一瞬、その白い部屋がぐにゃっと歪んだような気がした。

 シルフィアも何故この場所に自分がいるのか理解出来なかった。“災厄の魔女”ベルドナは私に何を見せたいのか。
 かつやっちょを試しに生き返らせてみようとした。失敗した。だが次は出来る気がする。きっとそれが私の役目なんだ。
 自ら命を絶った者を裁く事。
 その先にある扉を、私は開ける。

「俺もな!話聞くよー!ってそれしか出来ないけど。どっちかって言えば俺の方が年近いし同じ世界出身だし、話分かんだろ。な!“そっちの”シルフィア姉さん。」
 かつやっちょの下半身は消えているが、胡座を書く仕草をしている事がわかった。

「ほんと何なのよ……出られないとか最悪じゃん。ならもう繕わなくていいの?」

「あぁ。話せ。洗いざらい。」
 シルフィアはゆっくり目を閉じた。
 
「あぁぁぁ!!あのクソメス共!!さいってい!なんであんな奴らのせいで私が飛び降りしなきゃいけない!?」
 急に千里の雰囲気がガラリと変わる。
「ユリに写真撮られたんだよ!パパ活の!それ晒された!フェイクだって言い張って否定したけどダメだった!しょーがないじゃん!知らんおっさん相手にヤラしい事してやるだけで4~5万よ!?」

「パ……、なんだそれは。死後マンとはなんだ。死んだ後に何かなるのか?」
 シルフィアの異世界ギャグが炸裂する。

「は?」
 千里の目が点だ。

「いやー。これには深い訳がありまして。シルフィアは日本どころか、地球の生命体ではないので、以後気にせず。通訳承ります。」
 何も分からないシルフィアに、かつやっちょが丁寧に説明した――。

「馬鹿な!お前たちの国の若者はそんな事をするのか!?最低最悪の行為だ!恥を知れ!」
 シルフィアは顔を真っ赤にした。
 真っ白の世界にとりわけ映える。

「チッ。おばさんにはわかんないよ!」
 千里はまたお腹をさする。
「やるしかないじゃん!あの家から出るにはお金が必要なんだから!後悔してないよ。でも私を撮って晒したのが親友のユリだったって事。それは信じられなかった。それからユリは私を避けた。」

「おばさんではない。私はまだ17歳だ。精神はもう何百年も生きながらえている気がするが。訂正しろ。」
 声に少し怒りの赤が混ざる。

「はいはい。
 で、ユリは私の元カレが好きで恨んでたオチ。最低だったのはお母さん。ユリが私の家にパパ活の写真送ったのよ。……あぁも!最低!バレて問い詰められた。お父さんにも。何でだー!ってね。
 こんな家出てやる!って言った。昔からお兄ちゃんお兄ちゃんばっかり。嫌になる。」
 千里は目を細め下を向く。尚もお腹をさすった。
 服が乾いてきた。

 暫しの沈黙。

「……それからさらに悲劇が起きた……だろ。」
 何が起きたのか理解していたが、千里は全て話さなければならない。
 ここまでの話にも矛盾や白黒つけなければならない点は確かにあった。
 まずは吐き出す事からだ。

「そう!次が最低なんだから!!」
 千里は決死の覚悟で思い出す。
 顔をしかめながら。
「SNSでヤッてる動画ばら撒くって脅されて、指定した所に行ったらさ。圭介って奴の不良グループに絡まれて……。まぁそこからはお察しってやつ?人生終わったから。普通に。」

「なぁ……。千里ちゃん。辛かったよな。ほんと。泣けてくるよ。イジメ超えて犯罪じゃんそれ。」
 かつやっちょは頭を抱えて辛そうに聞いていた。

「辛いだって!?そんなもんじゃないから!あそこで殺されるって思ったから!でも何も出来ないじゃん!男5人に囲まれて!!も、ほんと。あそこでいっそ……。」
 千里の目から涙が零れる。
「貯めたお金も、全部脅されて……。」

「どこの世界にもそういう輩はいるんだな。私には魔法があった。誰も私をそういう目では見なかった。……親には伝えたか?」

「言える訳ないじゃん!!」
 お腹を触りながら叫ぶ。

「いや、言ったはずだ。妊娠したんだろう?」
 シルフィアの声は、氷のような静けさを纏っていた。

「なんでもお見通し?さすが魔女様ね。
 ……そう。言った。誰の子かも分からないから。堕ろすしかないから。堕ろすしかないのに!!あの親共は!!金持ちのパパにお金払ってもらえ!!って。堕ろすにも私じゃ払えない!どうしようもない!!どうしようもないのぉぉぉぉ!!あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"」
 千里は泣き叫んだ。
 
 叫びの尾が、白い部屋にいつまでも残った。


  

 ――ザザ…………。
 

 千里の叫びが、ノイズのようにシルフィアを歪ませる。


 脳裏にまた、“あの光景”。
 

「ユキちゃん、こっちにおいで。
 今日はママと二人きりよ。お絵描きしようか。」

 ――ママ――母さん…………なの?

 彼女の顔はやはり。黒く塗りつぶされていた。

 頼む。顔を、顔を見せて。

 ユキは誰。

 ――――あなたは、誰?

  

 

 
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