生きるか死ぬかを問われれば、やがて光は雪へと還る。

藤寝子

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“白い部屋”

白い部屋と、光る魔女

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 ユキの涙の残響は白い部屋に影響を及ぼしていた。
 
 シルフィアの身体は光の粒で包み込まれた。その光は、悲しみや切望に溢れている。
 
 光の粒は部屋全体に漂った。

 かつやっちょとガイアもまた記憶の光を通してユキを観測した。

「なぁ、ガイア……。あれはシルフィアの記憶なのか?」
 光の粒を掌で包む。

「……やっちょ氏もそう思うか?ユキの眼はシルフィアと同じ。同じ人物か、眼が繋がっているのか。パラレルワールドで説明できるか?量子力学はパラレルワールドに到達していない。いや、脳か。やっちょ氏……。」

「シルフィアは15歳以前の記憶を失っている……。要は異世界転生だと思うんだ。シルフィアは異世界で何千回も死に戻りしてるんだよ。途方もなく彼女は死を経験した。悪い魔女サマとなんかいろいろあったっぽい。てか……。」
 かつやっちょは頭を描いた。 
 尚もシルフィアの身体は白いような黄色いような光に包まれている。音もなく、匂いもない。眩しい。
「俺バカだからわからん!!でも悲しい事だけはわかる。」

「やっちょ氏……。」
「何だ?……てかやっちょ氏ってなんだよ。」 
「この世界には知らない事が沢山あると学んだ。」
「で?」

 ガイアは両手を広げる。
「で?……じゃない!!生と死の狭間があった!誰も観測した事のない世界じゃないか!白い部屋、魔女、霊体となったやっちょ氏、漂う記憶の粒!存在した異世界!これはVRではない!真実!
 この部屋の存在する意味を知りたい!まだ、私は死んではならない!」

「はぁ。」
 シルフィアっぽい溜め息には微量の怒りが混ざった。
「わかるけどな。生前に戻っても多分その論文を読む奴はいない。炎上案件だって。
 ……ガイア。あんな記憶見せられても自分の事ばかりかよ。シルフィアが苦しいんだ。少しはシルフィアの心配してくれよ。」

 ハッとした表情の後、俯いた。
「…………やっちょ氏。済まない。俺には障害がある。ADHD、アスペルガー症候群。
 ……やっちょ氏の言う通りだ。……今思い出した。済まない。」

「発達障害で京天大!?天才やん!?ガイアさん俺とYouTueやらん!?」
 
「やっちょ氏~!?バズが待ってるでござる~!」

 かつやっちょは光に包まれるシルフィアの前に立つ。
「なら、シルフィア姉さんに元に戻って貰わないとな。さぁ、どうする……。」

 光るシルフィアに手を伸ばす。
 指先に感じる悲しみと恐怖。冷たく、氷のよう。
 光に触れ、白い部屋が揺れる。

「これはシルフィアの悲しみだ。正味、怖いけど笑わせるって誓ったし。やるしかねぇな。」
 かつやっちょは意を決してシルフィアの頬に手を伸ばし、触れた。

「くっ!!シルフィア!!」

 
 ――――光が弾ける。
 
 弾けて、消えた。

「あぁあああああああああ!!!」
 シルフィアは叫んだ。
 静寂の白に、ひび割れる赤い亀裂。
 緑の眼は深い森のように、全てを飲み込むように、ゆっくり開いた。
「ハァ、ハァ。
 …………ユキ。なんで……こんな……。
 あ、あ……。ユキ。お前は……。」

 涙が溢れた。

「お前は……。私……なのか……?」
 シルフィアは手を伸ばした。白い部屋の、白い空虚の、空を掴む。
「なんで。なんでだ。……ユキ。……………………。う、うぅ。」

 言葉がなかった。
 無くした記憶の欠片には、愛された記憶が確かにあった。だが実際はこうだ。緑の眼をした気味の悪い少女。誰にも愛される事はなかった少女。
 ふと、あの魔女の言葉が蘇った。ベルドナ。
 
 “僕はずっと観ていたよ”

 あいつが、ユキの、私の眼を通して観ていた。

 ――――全てを。
 
「ベルドナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 シルフィアは叫んだ。どこかに向かって。
「今も貴様は私の眼で観ているのか!!気色悪い魔女!!出てこい!!ユキを生んだのは貴様か!!ユキの空虚を創り出したのは貴様かぁぁぁ!!」

 ――違う。ユキを産んだのは冬花と将嗣。

「なぜこんな場所を生み出した!!この静寂は何だ!!私への罰か!!」

 ――そうじゃない。意味を求めたのは私だ。

「貴様が言った“最後の扉”は!!私の記憶か!!見せられても見せつけられても何も変わらない!貴様の目的は何なんだ!!」

 ――扉を開いたのはユキ。そして、閉じたのもユキ。

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 白い部屋の隅から、光が溶けだす。
 部屋が少しづつ、消えていく。

 ユキはシルフィアの記憶“だった”のだろう。だが、シルフィアの中にその記憶は蘇らない。
 それはシルフィアが自分の過去である事を拒んだからか。救いのない結末が予想されたからか。

 ユキはシルフィアだ。
 だが……シルフィアはユキではない。

 消えゆく白い部屋の壁の跡は、真っ黒な恐怖に塗りつぶされていく。

「はぁ……。」
 かつやっちょの溜め息。 
「お前、俺の事散々バカにしたよな。魔法で散々痛めつけたよな。何度愚か者!って言われたか。……なぁシルフィア。でもよ、ユキって子がお前だったーて言ってもな?千里ちゃんも藤沢も俺もガイアも。見てたのはお前だぜ?冷血の魔女様だったぜ?俺ら感謝してんだぜ?そっちの世界でベルドナと何あったか知らんし、何度も死んで辛い事あったかもわからんけど、少なくとも俺はな。」
 かつやっちょが呼吸を整える。
「シルフィア、お前が好きだ。」

「やっちょ氏…………やはり!シルフィアの事!?怪しいと思ってたんだ!部屋に男女が2人きり!それはもうそうでしょうと!」
 ガイアが赤面する。

「ちょ!?ガイアさん!?違います違いますって!そういうラブ注入的なやつじゃねーよ!LIKEだよ!………………て、あれ?」
 消えかけた部屋の光が再び白い壁に集約されていく。
「さ、再構築……か?」

 光の粒が発していた悲しみの記憶が、温かみに変わり始める。

「シルフィア……。ごめんな。」
 かつやっちょはシルフィアの前に手を出した。

「かつやっちょ……。みっともない姿を晒してしまったようだ。」
 シルフィアは涙を拭った。
 緑色の端が、擦った痕で赤くなっていた。
「……愚か者。何がごめんな、だ。」

「へっへー。魔女の目にも涙ってか?……あんたを笑わしてやるって勝手に誓ってんだよ。だから涙なんて流させたら男の恥だ。な?大丈夫か?」
 かつやっちょは手を伸ばした。

「もう大丈夫だ。済まない。あ、あ……。ありがとう……。」
 シルフィアは顔を赤らめながら手を握った。

 そして白い部屋は再び静寂と無を取り戻した。

「かつやっちょ、ガイア。お前達にもユキの記憶が見えたんだろ?」

「申し訳ないが見えた。申し訳ないが、俺には悲しみよりもこの世界への興味の方が上回った。よって、俺はここまでだ。その先は行けまい。境界精神世界の定理を見出す概念としてそちらに留まる方法はないか?魔女。」
 ガイアは手を広げた。

「そうか。出来るかは分からない。だがとある座標への転移呪文なら知っている。ガイア、貴様を飛ばすよう“試みる”事なら出来るかもしれない。失敗すれば居なくなる。無だ。どうする。」
 
「はっはっは!試さない理由などない!」
 ガイアの目が煌めく。
 どこまでも意味が分からない奴だ。

「そうか。……ならば問う。
 東海林大地ガイア、生きるか死ぬか。」
 シルフィアの手が光る。

「私は、異世界へ転生する。やれ!」

「おいガイア!お前マジかよ!俺も行きてーよ!だけどここに閉じ込められてっから一緒に異世界配信出来ねーよ!……元気でな、ガイア!」
 かつやっちょはガイアを抱きしめた。

「扉を開ける。
 ガイア。ごきげんよう。」

「さらば!白の世界!そしてようこそ、異世界!」
 ガイアは扉の中に消えていった。

「なぁ、座標って……どこ?」
 かつやっちょが少し心配そうに伺う。

「試しでセーブポイントを自力で開発した場所があるんだが、少し危ない。」
 
「どこ?」
 
「サキュバスの巣穴だ。……奴らは男をみると……その、なんだ、アレだ。……見境がない。」
 
「天国やんけ。」

 
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