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五章
七
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夢一は身動きの取れない黒犬の傍らにしゃがむと、灼眼の瞳で睨み付けてくる闇の化身を見下ろした。夢一の口元は得意げに緩んではいるが、その瞳には憐憫がにじむ。
「俺が修繕してやるからよ、ただの扇子として生きな」
夢一はそう呟くと、断末魔の唸りを上げる黒犬の頭上に右手をかざす。
「終わりし涯へ」
その瞳がすうっと細められた。
「――魔思還消」
不意に黒犬の周囲に黒煙が立ち込めた。それは黒犬の体を覆い、その巨体を煙の渦に溺れさせていく。瞬く間に黒犬の全身は黒煙によって隠されてしまった。
その最期に、黒犬の短く千切れた声。だがそれすらも断ち切るように、魔思を弔う黒煙は中空に吸い込まれ、余韻も残さず消失した。
そしてそれが合図だったかのように、周囲の様相に変化が生じた。
「結界が解けるな」
すずめたちを包囲していた闇の壁は、薄皮を剥がすようにして徐々に消えていった。
空には夕焼けの茜が戻り、すずめと夢一、そして一頭の黄金の虎を、柔い光で照らしだす。
助かったんだ、わたしたち。
安堵すると同時に、すずめは心身に急激な疲労を覚えた。魔思に襲われた恐怖が、体の内側に沁みて、それに感情が揺さぶられてしまう。今日一日で自身が擦り減った気がして、体も心も重い。しかしここでまた倒れるわけにはいかないと、すずめは気丈に背筋を伸ばした。
「おめえはなんにも悪くねえのによ」
夢一はそう言って地面からひょいっとなにかを拾い上げた。
「それ……」
すずめが覗き込むと、夢一の手には扇子が一本。扇の礎――親骨が完全に折れているせいで地紙も破れ、歪んでしまっている。だがそこにはたしかに、粗いが力強くもある筆使いで、丸々とした黒い犬が描かれてあった。
「こいつを降ろした奴は、よっぽど性根がひん曲がってやがる。魔思にこれほどの憎悪を込められるんだからよ」
夢一は独り言のように呟き、黒犬の扇子を袂にしまった。
「でも、なんでわたしたちが襲われたんですか? たまたま……じゃないですよね?」
その問いに、夢一はわずかに視線を逸らした。その様子がなにかを言い迷っているように、すずめには思えた。が、夢一はすぐに皮肉めいた笑みを浮かべ「おめえの日頃の行いが悪いからだろ?」と、言い放った。
「その台詞、そっくりそのまま熨斗付けて旦那様にお返しします」
「あ? てめえ、どの口がほざいてやがる? 俺がいなかったら、おめえ今頃、犬っころに食われてたんだぞ」
「それは置いといて」
「置いとくなよ」
「だって店の主人が女中の身を守るのは当然でしょ?」
「当然じゃねえよ。女中が主人を守れよ」
「がう」
「なによ、がうって?」
「なんだよ、がうって?」
ふたりが振り返った先には、夕暮れの裏通りにひっそりと……とはいかず、その黄金の巨体を持て余した大虎が所在なげに佇んでいた。
「やべえ、忘れてた」
「がうう」
そりゃないよ、と”虎獣天牙”が嘆いたように見えた。
「俺が修繕してやるからよ、ただの扇子として生きな」
夢一はそう呟くと、断末魔の唸りを上げる黒犬の頭上に右手をかざす。
「終わりし涯へ」
その瞳がすうっと細められた。
「――魔思還消」
不意に黒犬の周囲に黒煙が立ち込めた。それは黒犬の体を覆い、その巨体を煙の渦に溺れさせていく。瞬く間に黒犬の全身は黒煙によって隠されてしまった。
その最期に、黒犬の短く千切れた声。だがそれすらも断ち切るように、魔思を弔う黒煙は中空に吸い込まれ、余韻も残さず消失した。
そしてそれが合図だったかのように、周囲の様相に変化が生じた。
「結界が解けるな」
すずめたちを包囲していた闇の壁は、薄皮を剥がすようにして徐々に消えていった。
空には夕焼けの茜が戻り、すずめと夢一、そして一頭の黄金の虎を、柔い光で照らしだす。
助かったんだ、わたしたち。
安堵すると同時に、すずめは心身に急激な疲労を覚えた。魔思に襲われた恐怖が、体の内側に沁みて、それに感情が揺さぶられてしまう。今日一日で自身が擦り減った気がして、体も心も重い。しかしここでまた倒れるわけにはいかないと、すずめは気丈に背筋を伸ばした。
「おめえはなんにも悪くねえのによ」
夢一はそう言って地面からひょいっとなにかを拾い上げた。
「それ……」
すずめが覗き込むと、夢一の手には扇子が一本。扇の礎――親骨が完全に折れているせいで地紙も破れ、歪んでしまっている。だがそこにはたしかに、粗いが力強くもある筆使いで、丸々とした黒い犬が描かれてあった。
「こいつを降ろした奴は、よっぽど性根がひん曲がってやがる。魔思にこれほどの憎悪を込められるんだからよ」
夢一は独り言のように呟き、黒犬の扇子を袂にしまった。
「でも、なんでわたしたちが襲われたんですか? たまたま……じゃないですよね?」
その問いに、夢一はわずかに視線を逸らした。その様子がなにかを言い迷っているように、すずめには思えた。が、夢一はすぐに皮肉めいた笑みを浮かべ「おめえの日頃の行いが悪いからだろ?」と、言い放った。
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「あ? てめえ、どの口がほざいてやがる? 俺がいなかったら、おめえ今頃、犬っころに食われてたんだぞ」
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「がう」
「なによ、がうって?」
「なんだよ、がうって?」
ふたりが振り返った先には、夕暮れの裏通りにひっそりと……とはいかず、その黄金の巨体を持て余した大虎が所在なげに佇んでいた。
「やべえ、忘れてた」
「がうう」
そりゃないよ、と”虎獣天牙”が嘆いたように見えた。
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