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五章
十一
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「丹後……あそこに納められていたのは」
「霊扇十二支のひとつ」
「――”氷申”か」
夢一は思案顔で、足元の闇を凝視した。脳裏に矢鱈屋勘之助の殺しの現場が浮かんでくる。室内を一瞬で凍らせたと思われる氷の霊験。魔思の痕跡。あれほどの凄絶な力を発揮できる霊扇はざらにはない。
しかし、霊扇十二支なら……。
「”氷申”……」
もう一度夢一はその名を呟いた。それが使われたとすれば、お咲が耳にした猿の鳴き声についても合点がいく。
「しかしいったい誰が、なんのために……」
「ここ数年、各地で霊扇の蒐集家が殺され扇を奪われる事件が相次ぎ、いずれも下手人は捕まっておりません。”氷申”が奪われたのも、それと関連があるのかもしれません」
男は「なにやら不穏な予感がいたします」と、硬い口調で付け加えた。
男のその言葉は夢一の胸の奥に落ち、胸騒ぎへ形を変える。それを吐き出すように夢一は嘆息した。
「俺はどうにもこうにも、霊扇十二支に縁があるみてえだな」
男は闇の中で微笑で応じた。
「江戸随一の扇士、夢一殿だからでございましょう」
「けっ、おだてるんじゃねえよ」
夢一は面倒くさそうに肩をすくめた。
「まあ、心構えだけはしとくさ」
「わたしのほうでも、気をつけておきましょう」
闇の中で木の葉が舞うような微かな足音が聞こえ、それを最後に男の気配が遠退いた。が、すぐに先程よりは少し離れた暗がりから声が聞こえてきた。
「おかつで、すずめ殿の歓迎の宴が開かれていると聞きましたが」
「らしいな」
「夢一殿はこれから?」
「俺が行ったら場が白けるだろ? すずめの奴、毛虫でも見たように嫌な顔するに決まってる」
「そうでしょうね」
「おい、否定しろよ」
男は静謐な晩に相応しく、囁くように笑った。
「でも、内心は喜ばれると思います」
「んなわけあるかよ」
「霊験では夢一殿に及びませんが、女心はわたしのほうがよくわかっておりますゆえ」
「勝手に言ってろ。おかつになんか行かねえよ」
「あまり呑みすぎないほうが」
「だから行かねえって――」と、夢一が言い終える前に男の気配は今度こそ消え、月明かりに獣の尻尾が素早く過ぎった。
「相変わらず、素早い野郎だ」
感心したように呟くと、夢一はもう一度、ぽっかりと浮かんだ半分の月を見上げた。その冴え冴えとした月に必死に届けとばかりに、どこかで鈴虫が鳴いている。
夢一は扇屋を振り仰いだ。明かりの消えた家に、ひとりでいるのはつまらない気がした。そういう晩だと思った。
夢一は大げさにため息をつくと、懐手をしながら、おかつへ向かってゆっくりと歩き出した。
「霊扇十二支のひとつ」
「――”氷申”か」
夢一は思案顔で、足元の闇を凝視した。脳裏に矢鱈屋勘之助の殺しの現場が浮かんでくる。室内を一瞬で凍らせたと思われる氷の霊験。魔思の痕跡。あれほどの凄絶な力を発揮できる霊扇はざらにはない。
しかし、霊扇十二支なら……。
「”氷申”……」
もう一度夢一はその名を呟いた。それが使われたとすれば、お咲が耳にした猿の鳴き声についても合点がいく。
「しかしいったい誰が、なんのために……」
「ここ数年、各地で霊扇の蒐集家が殺され扇を奪われる事件が相次ぎ、いずれも下手人は捕まっておりません。”氷申”が奪われたのも、それと関連があるのかもしれません」
男は「なにやら不穏な予感がいたします」と、硬い口調で付け加えた。
男のその言葉は夢一の胸の奥に落ち、胸騒ぎへ形を変える。それを吐き出すように夢一は嘆息した。
「俺はどうにもこうにも、霊扇十二支に縁があるみてえだな」
男は闇の中で微笑で応じた。
「江戸随一の扇士、夢一殿だからでございましょう」
「けっ、おだてるんじゃねえよ」
夢一は面倒くさそうに肩をすくめた。
「まあ、心構えだけはしとくさ」
「わたしのほうでも、気をつけておきましょう」
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「おかつで、すずめ殿の歓迎の宴が開かれていると聞きましたが」
「らしいな」
「夢一殿はこれから?」
「俺が行ったら場が白けるだろ? すずめの奴、毛虫でも見たように嫌な顔するに決まってる」
「そうでしょうね」
「おい、否定しろよ」
男は静謐な晩に相応しく、囁くように笑った。
「でも、内心は喜ばれると思います」
「んなわけあるかよ」
「霊験では夢一殿に及びませんが、女心はわたしのほうがよくわかっておりますゆえ」
「勝手に言ってろ。おかつになんか行かねえよ」
「あまり呑みすぎないほうが」
「だから行かねえって――」と、夢一が言い終える前に男の気配は今度こそ消え、月明かりに獣の尻尾が素早く過ぎった。
「相変わらず、素早い野郎だ」
感心したように呟くと、夢一はもう一度、ぽっかりと浮かんだ半分の月を見上げた。その冴え冴えとした月に必死に届けとばかりに、どこかで鈴虫が鳴いている。
夢一は扇屋を振り仰いだ。明かりの消えた家に、ひとりでいるのはつまらない気がした。そういう晩だと思った。
夢一は大げさにため息をつくと、懐手をしながら、おかつへ向かってゆっくりと歩き出した。
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