扇屋あやかし活劇

桜こう

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八章

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 尻尾を斬られうずくまっていた五十兵衛が、幽鬼のように立ち上がる。腕を振ると、中途で寸断された九尾きゅうびが一瞬でその腕に取りこまれていった。
「あちきの自慢の尻尾を斬ってくれるとはねえ」
 五十兵衛は「お仕置きが必要だわねえ」と、双眸に憎悪をたぎらせる。
「来ますよ」
 からたちの引き締まった背中に緊張が走ったのがすずめにも分かった。
「くくっ」
 五十兵衛は先程までのおぼつかない足取りからは想像もつかない俊敏な動きで、一気にからたちとの間合いを詰めた。その動きに合わせるようにからたちは小刀を振り上げたが、五十兵衛は素早く身をかわし、同時にからたちに当身あてみを食らわした。からたちの細身の体が木の葉のように舞う。が、空中で体を捩って体勢を立て直したからたちは、地面に降り立つと即座に足元を蹴り上げ、五十兵衛に向かって土埃を叩き付けた。
「ぐっ」
 五十兵衛が顔を覆った隙を逃さず、からたちは飛び掛るようにして小刀を突き出す。からたちの無駄のない一連の動きによって、小刀が五十兵衛の体を貫く……はずだった。
「くくくっ」
 しかし五十兵衛が愉快そうに笑った。
 からたちの小刀は五十兵衛の腹の前で止まっていた。からたちが舌打ちをする。その腕に、今度は五十兵衛の腹から飛び出た茶色の尾が幾重にも巻きついていた。
「再生するとは。まったく、行儀の悪い尻尾ですね」
「おまえ、気高きあちきの尾を斬ったんだ。当然、その償いはおまえの命でしてもらうわいな」
 からたちの腕を絡め取った尾が唸りを上げ、からたちの体は上空に放り投げられた。体勢を整える間もなく、からたちは荒々しく地面に叩き付けられる。
「からたちさん!」
 駆け寄ろうとしたすずめの前に、五十兵衛が立ちはだかった。
「みいんなまとめて、あちきの餌になってもらうわいな」
 五十兵衛はにたりと笑うと、その体のあちこちから再び九尾を出現させた。うねうねと蠢く尻尾が、すずめとはちみつに狙いを定める。
 そのときだ。
「そんなの食ったら、腹壊すぜ」
 屋敷の縁側に面した引き戸が勢いよく開き、夢一が姿を現した。
「旦那様!?」
 夢一は縁側から飛び降りるやいなや、手にしていた扇子を五十兵衛目がけて投げつけた。扇子は射られた矢のように鋭く直進すると、五十兵衛の眼前で黒煙を上げて変化へんげした。
 紙吹雪のように現れたのはおびただしい御札だ。梵字がびっしりと書き込まれた御札は、それ自体が意思を持ったかのように空中を飛び、五十兵衛の体に群がっていく。
「ぎゃあああっ!」
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