扇屋あやかし活劇

桜こう

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十二章

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 すずめの筆先はまだ動いていなかった。あまりに突拍子もなく切羽詰まった状況に、すずめの構想が像を結ばないのだ。
 あの氷山を……あの巨大な山を壊せる魔思……。
「おい、すずめ!?」
 痺れを切らした夢一が、”天空あまぞら千里眼せんりがん”を羽ばたかせた。
 そう、鳥のように空の上まで飛んでいける魔思……上空であの氷山を粉砕できる魔思……。
「まだかよ、すずめ!?」
 すずめをかすように、夢一はその頭上を飛びながら怒鳴っている。
 空を飛べる魔思……でも時間をかけずに描ける魔思……青龍よりも力の持った魔思……つまりそれは……そんな魔思は……。
「──ないよ、そんなの!!」
「すずめ! てめえ、数が数えられねえのか! もう五つなんてとっくに過ぎてらあ! おめえの足りない脳味噌じゃ、三つぐらいまでしか数えられねえって言うんじゃねえだろうな!?」
「うるさい旦那様! 集中できないじゃない!」
「いいから手を動かせ! おめえの集中なんてあってもなくても同じだ!」
「ひ、ひどい! もうあの氷山、旦那様限定で潰してくれないかな!」
「てめえ、店の主人に向かってなんてこと言いやがる?! くびだ! くびにするぞ!」
「それはこっちの台詞せりふよ! わたしとましろさんとはちみつちゃんでやってくから、旦那様をくびにする!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ! おめえがぐずぐずしてる間にも、あの氷山が――」
 夜空を仰ぎ見た夢一が一瞬固まり、ぽつりと呟いた。
「落ちてきた」
 その全貌を夜空に降臨させた氷山は、ごごご、と唸りを上げ、ゆっくりと、しかししだいにその落下速度を上げながら、地上に迫ってきていた。
「すずめ!」
 夢一が叫ぶ。
「描け! おめえの思うままに描け!」
「そんなこと言われても!」
「前にも言っただろ! あとは扇士の俺がなんとかする! 俺を信じろ!」
 その声に後押しされ、すずめは筆を握り締めた。真っ白の扇に向き合う。底知れないほどに深遠な白地が、すずめの視界に突きつけられる。
 そこにはなにもなく、けれどすべてがある──創造の浮世うきよ
「迷うなためらうな! おめえにはこの俺が付いている!!」
 筆先が走った。黒き魔思の源が、扇の面ににじんでいく。
 一筆入魂。
 侍が居合い抜きをするかのごとく、すずめは筆を止めずに、一気に描きあげた。
「まかせろ、すずめ!」
 すずめは立ち上がり、頭上の夢一を目掛け霊扇を放り投げた。
「まかせた、夢一!」
「呼び捨てかよ!」
 放たれた扇子を空中で受け取り、ちらっとその扇面を見た夢一がにやりと笑った。
「とんでもねえ、娘だぜ」
 夢一はすぐさま表情を引き締め、視線を上げる。すでに江戸の町には夜更けの暗さではなく、氷山の影が色濃く落ちている。
 轟音は先程よりも確実に鼓膜を震わせていた。江戸を滅ぼす、死の足音だ。
「空の上まで行ってる暇はねえ! ここで魔思を降ろす!」
 夢一は決然と宣言すると”天空の千里眼”の背にすっくと立った。呼吸を二度する合間に、扇子を額に当てて霊験を集中させる。
 そして――。
「生まれしえにし、今こそ出でよ! ”常闇とこやみ刃姫やいばひめ”!」
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