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6章 どうみても少女にしか見えない魔法少年セオ
6 どうして女子と間違えられるんだろう? どう見たって男子なのに
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6 どうして女子と間違えられるんだろう? どう見たって男子なのに
部屋にある小さな窓から、アルマテリアの森を見下ろす。あの日の、あの森を抜け出たときを思い出す。自分という人間が嫌いで、自信が持てなくて、劣等感で苦しかった。こんなあたしを見捨てて死んだ両親も、あたしを本家に引きずり込んだ養父も、優秀な兄姉も、みんな嫌いだった。……違う。あたしの弱さや劣等感を他人のせいにしているだけ。つくづくどこまでも最低なあたしだ。あたしはベッドに腰かけながらため息をついた。品のいい服、奇麗に梳かれた髪、そして怪しく煌めく紫傷。あの時のあたしは、もうどこにもいないみたい。これじゃあただのお嬢様だ。なんだか空しくなって、涙が出てきた。
目覚めたら、あたしは布団の中にいた。懐かしい香りと慣れた使い心地、あたしが使っていたベッドであることはすぐにわかった。絶望が押し寄せる。あたしは結局、マテリアから逃げられなかったんだ。あの冒険を思い出す。服もボロボロでほつれていた。布団や毛布なんて贅沢なものはなくて、大きめのブランケットをカナデと二人で分け合っていた。食べるものも、盗んだものか釣った魚、決していい味付けではなかった。でも、気品を求めた服よりも自由に動けたし、身が沈むようなベッドよりも暖かかった。そしてなにより、ニセモノ家族と顔を突き合わせて無言で食べる食事よりも、遥かに美味しくて楽しかった。それがもう、終わってしまったなんて……。
扉を叩く音がする。あたしは間髪入れずにベッドにもぐりこみ、布団を頭からかぶった。扉を開く音とともに、あたしを呼ぶ声がする。兄だ。あの人の本当の子供。あたしにはないものを全て持っている人。
「アマテリ、昼食の時間だよ」
「…………」
「アマテリ……」
寝たふりをして兄をやり過ごそうとする。お昼なんて食べたくないし、もうあの人たちとは顔を合わせたくない。
「……残しておくから、あとでちゃんと食べるんだよ」
兄はそう言うと扉を閉めて出て行った。足音が完全に遠ざかるのを確認すると、あたしはようやく布団から顔を出す。
「……お腹すいた」
あたしは枕に顔を押し付けて、むせび泣いた。
アルマテリア領は、アルマテリアの森に囲まれている。ここは妖精伝説が根強く伝わる土地で、マテリア家はその子孫とも言われている。そんな森を目の前にして、俺とトニファはただ立ち尽くしていた。
「この深い森……深すぎる森の奥に、マテリア家が……」
トニファはそう呟くと、ちらりとこちらを見た。
「一日で抜けられるかな?」
「迷わなければ行けるだろ。嬢ちゃんだって一晩で抜けてきたみたいだし」
「うん、迷わなければね。……自信ないなぁ」
「おう、あと抜けられたとして、そこからどうやって嬢ちゃんを探すかって問題もあるよな。俺ら圧倒的に不審者だし、つまみ出されるかもしれないぜ?」
「忍び込むにしても、相手はケイプランドス一の名門魔法一族、見つからない自信ないなぁ」
ぼそぼそと話していると、後ろから控えめに呼びかける声がした。振り返ると、一人の少女がたたずんでいた。青灰色のクルクルの髪の奥には、奇麗に整った顔が見える。いわゆる美少女というやつか。俺は一瞬見とれそうになりながらも、警戒心を強めた。
「あの、マテリア家に用がある方ですか? 俺もそうなんですけど、もしよかったら一緒に行きませんか?」
そこでふと気づいた。あれ、こいつ、今自分のことを俺って言わなかったか? それに声も少女にしては低いような……。
「えーと、君、女の子……で、いいのかな?」
「失礼な! どう見たって男だ!」
訝し気なトニファの問いに、カッとなった少女……いや、少年が答える。こんなにも美少女じみた少年を見たのは、生まれて初めてだ。俺はなんだか感心してしまった。
「俺はセオ。魔法使いです。……女性じゃないです」
女性じゃないを強調しながらしてくれた自己紹介に対し、俺とトニファも名乗り返す。どうやらセオは、魔法に関してマテリア家本家に用があるようであった。
「俺の研究している魔法でどうも上手くいかない部分があって、それの解決の協力を求めるんだ」
そういうと美少女じみた少年セオはちらりと俺らの方を見る。
「僕たちは友達に会いに行くんだ」
「そして連れ出して逃げる」
「……」
俺たちの言葉を聞くと、セオは怪訝そうな表情で「誘拐犯?」と呟く。確かに、傍から見りゃ俺たちは不審者でお嬢誘拐を企てる悪そうなやつだ。俺は正直者すぎて喋るとボロを出しまくるので、学者先生にセオの誤解を解いてもらうことにした。トニファは口から適当な出まかせを言ってセオを納得させ、なんとか同行にこぎつけた。これで迷わずに済むぜ。俺は少しホッとした。
誰もいないキッチンに足を潜ませて近づく。兄の言っていた通り、あたしのお昼ご飯は残してあった。冷めないようにとラップと魔法がかけてあり、まだほんのりと温かかった。あたしは料理の盛られた皿を持つと、そそくさと部屋へ戻ろうとする。しかし運の悪いことに、バッタリと兄と出くわしてしまった。
「アマテリ、起きたのか」
「……」
あたしは無言で横をすり抜けようとしたが、腕を掴まれて止められてしまった。
「話をしよう」
「……嫌だ」
「いいから」
「良くない」
つまらない問答の末、あたしは根負けして兄の部屋へと入っていった。
兄ルーの部屋はあまり物は置いておらず、小奇麗にしてあった。本棚の中には大量の魔法研究書が詰め込まれており、流石次期頭首だけのことはあると妙に感心してしまった。
「アマテリ、どうして家族を避けるんだ? 家出してカルロス軍に突っかかるなんてことをしたのも、どうしてだ?」
「…………」
あたしは押し黙った。黙りながらお昼ご飯の玉子トーストにかじりつく。そして兄を睨んで吐き捨てる。
「食事中に話す内容じゃない」
「だが君は食事以外の時間は寝てしまうだろ?」
「…………」
あたしはトマトサラダを口に放り込んだ。トマトはあまり好きじゃない。呑みこむのに少し時間がかかってしまった。
「別にいいでしょ。何をしたっていいでしょ」
辛うじてそれだけ言うと、またトマトと格闘を始める。咀嚼回数をいかにして減らすか、そう考えながら顔をしかめる。
「……わかっているだろ? カルロス軍は興味本位で相手にしていいモノではない。君は危うく命を落とすところだったんだ。冒険するにもほどがある」
「冒険でも遊びでもない!」
思わず言い返した。カナデたちとの旅を、そんな言葉で片付けられるのは嫌だった。あたしたちは本気だった。本気で、命を懸けるつもりで戦っていた。何も知らないくせに、決めつけるな!
「……ここを出て何がしたかったんだ? 俺にはわからないよ」
そう呟く兄の言葉に、頭の中で何かが弾けた。言葉にならない感情が、まるで口の中に広がるトマトの味が如く、頭の中を埋め尽くす。
「お兄様にはわかるわけないじゃん。あたしがどんな思いで、どれだけ我慢して過ごしていたかなんて! 最低な両親のもとに生まれて、頼んでもいないのに本家に引き取られて、勝手に紫傷をつけられて、朝から晩まで作法やらを勉強させられて……極めつけには魔法使いになるように強要される! こんな人生の、何処が良いって言うの? あたしは魔法なんてやりたくない! 両親に魔法の才能がなかったように、あたしにも無いのよ! 才能ってやつが!」
そこまで言って、溢れてくる涙をぬぐった。口の中に鉄の味が広がる。トマトの味と混ざって大変よろしくない。
「あたし知ってるのよ。お世話の人とか元老院の人とか、おじい様……前頭首様とかが、あたしのことを嫌ってるって! そばを通る度に笑われるし、老害どもは唾を吐き散らしながら言うのよ。お前なんかいなければよかったって。紫傷を持つ者にふさわしくないって! 死刑囚の娘だって! 悪いことをしたのはあたしじゃない! 馬鹿親父なのに!」
そこまでわめき散らすと、もう何も言えなくなってしまった。口を開いても、嗚咽が漏れるのみで言葉にならない。ああ、最悪なお昼ご飯だ。嫌な記憶と相まって、さらにトマトが嫌いになりそうだ。ちらりと兄を見てみると、唖然としてこちらを見ていた。まあ、困るよね、こんな話をされても。表面上は言葉を失ってしまうほど荒ぶっているが、心の奥底ではひどく冷静だった。
「あ……ええと……」
兄は言葉に詰まってしまったようで、あたふたしている。仕方がないか、この人は将来を期待され、ちやほやされて生きていた。あたしとは根本的に違うんだ。あたしはお皿をひっつかむと、無言で兄の部屋を後にした。
セオという名の魔法使いは、非常に面白い人物であった。彼女……ああ、違う! 彼もアマテリと同様に、家出少年らしかった。アマテリと違うところは、彼はいずれ家族のもとへ帰るつもりで、ちゃんと家族と仲直りするつもりらしい。
「今はその……顔を合わせるのが気まずくて帰れないけど、悪い人たちじゃないし、いつか分かり合えると思う」
「へーぇ、でもお前まだ十五だろ? よくこんな所まで家出してこれたな」
「だって魔法使いだし、これくらいはできるよ」
そう、この可憐な少年はたったの十五歳、ここもアマテリと同じだ。それにしても凄い行動力だ。僕が十五のときなんて、学校の壁に片っ端から絵具をぶちまけて遊んでいたというのに。
「それはそれでおかしいけどな」
「でも君よりはマシだと思うよ」
ラビスは口にこそ出さなかったが、少し寂しそうな顔をしていた。彼が十五の時と言えば、父親を殺害し盗賊へ転身した歳だ。あまり気分のいい話ではないだろう。
「おお、もうすぐじゃねーの?」
話をそらすように、わざと明るく声を出すラビスを見て、少々胸が痛くなる。アルマテリアの森を小一時間歩いてきたが、ようやく終わりが見えてきた。目線の先に、ひたすら大きい建物が映っている。あれが名門マテリア家の家だろう。こんな森の奥に引きこもって暮らすとは……いくら建物が豪華でも発狂しそうだよ!
「で、どうするよ。馬鹿正直に入り口から入ろうとすりゃ、俺らは絶対に捕まる」
「うん、そうだね。かといってセキュリティも強そうだし、忍び込むのも難しくない?」
僕とラビスがぶつぶつ言っていると、セオが魅力的な提案をしてくれた。
「俺が入り口から堂々と入るよ。もともとそのつもりだったし。門番とかが俺の対応をしている間に入ったらいい」
「けどいいのか? 俺らの侵入を手伝ったことがバレたら、マズいんじゃねーの?」
「いや、間違えて魔法で家を全焼させたときのことに比べれば、たいしたことないよ」
「君……なかなかたいそうな人物だね」
僕らは別れ、侵入の準備を始めた。
布団の中でぼんやりとしていると、窓をコツコツと叩く音がする。しかしここは屋敷の三階、人が立てるようなベランダもないし、窓を叩くなんてできないはずである。来たか? とうとう来たか? とうとうあたしの人生初の幽霊を目撃することとなるのか? それともカルロス軍があたしを殺しに来た? あたしはびくびくしながら、音が鳴り続ける窓へと近づく。カーテンに手をかけ、一気に手を引いた。そこには、良く見知った顔があった。
「えっと、あなたはアムニスね! 久しぶり!」
「久しぶり! アマテリ!」
アムニスは魔法でほわほわと浮かびながら、あたしのところまで会いに来てくれたようだった。
「ちょっと待ってね、今窓を開けるね」
あたしはアムニスを部屋に入れると、カーペットの上にどてっと座って話し込んだ。
アムニスは、あたしと同じく、分家の子である。と言っても、あたしは本家に引き取られてしまったから分家ではなくなったけど。アムニスの父親は確か養父の従兄弟であったから、あたしたちは親戚同士ということになる。幼いころはよく森で遊んでいたが、本家に引き取られてからはあまり遊ばなくなっていた。久しぶりの友だちとの再会に、あたしは少し嬉しくなった。
「アマテリはさ、今までどこに行っていたの? 色々と問題になってたよ?」
「あたしが問題に?」
「うん。脱走されたのが悔しかったみたい」
「なんじゃそりゃ」
あたしは自嘲気味にため息をついた。
「なーんだ。やっぱりあたしのことなんて、どうでもいいんじゃん。外面だけ大事にしといて、中身は最悪だもん」
自分で言っておきながら、なんだか悲しくなってきた。しかし、それと同時に心に炎が灯る。
「うん、あたし、もう一回脱走する。こんな所でグズグズしてられない。何回だって逃げ出してやる!」
「うん、それがいいよ! ぼくも応援する! ……なんならぼくも行こうかな!」
アムニスがそう言って笑った刹那、ノックもなしにドアが開いた。驚いたあたしは腰を抜かしながらドアを振り返る。そこには、怒った表情でこちらを見る養父……マテリア家の頭首たるアルマリア・マテリアの姿があった。マズい、怒られる! あたしは咄嗟に顔を手で隠した。しかし、予想に反して怒られなかった。養父は静かに言う。
「アマテリ、そいつから離れなさい。そいつはもはや人間ではない」
とんでもないことを言う養父に、あたしはぼそぼそ言い返す。
「何言ってるの? 人間じゃないって……強化人間でもあるまいし……」
「その通りだ、アマテリ」
なにをめちゃくちゃなことを言うんだこの養父は。そう思いながらアムニスを振り返る。すごくにこにこしている。ほら、こんなにいい笑顔の子がおっかない強化人間なわけないじゃない。あたしはむっとして言い返そうとしたが、そうする前に養父が魔法の炎を浴びせかけた。
カーペットが焦げる匂いがする。ガラスが割れる音がする。なにやら争うような音が聞こえていたが、煙が部屋中に充満し、目を開けていられなかった。アムニスは大丈夫だろうか。アムニスがいた方に手を伸ばすが、それは空を掴むばかりで手ごたえがない。それよりも、火の手が自分の方に迫ってくるかもしれない。ここで焼け死ぬかもしれない。死ぬことは覚悟していたけど、ここでは死にたくない! アルマテリア領で死ぬなんてごめんだ! しかし、いつになっても火はあたしを殺しにこないし、妙な静けさのみが残っている。あたしはようやく目を開けると、自分が養父の腕の中にいることに気づいた。
(なんだ、あの時から変わってないじゃん……)
ずっと前からこうだったけ。父親が死んで、一人で泣いてたら、いつもこうやって抱きしめてくれた。でも、養父が頭首の座を継いで忙しくなって、あたしも大きくなって泣かなくなって、それで、言葉を交わすことが少なくなった。ようやく思い知った。あたしはマテリア家が憎いわけでも、養父や兄や姉が嫌いなわけでも、父親が許せないわけでもない。確かにご老人方の暴言やお手伝いさんの冷たい視線は辛かったけど、それはそこまで問題じゃなかった。あたしはただ、寂しかっただけだ。それに劣等感やら中途半端な自尊心やらが合わさって、ワケがわからなくなって、それを周りにぶつけていただけだ。逃げ出したのも、きっとあたしを探しに来て、抱きしめて、「アマテリがいないとだめだよ」って言ってもらいたかっただけ。勝手に恨みの対象にして、勝手に悪者にして、勝手に期待して……あたしはなんて最低な奴なんだろ。もっと早く気づいていれば……もっと早く? それだったらラビスたちとは会えていないし……ラビス……トニファ……カナデ……強化人間……! あたしは顔を上げて叫んだ。
「アムニスはどこ!」
「おやおや、忍び込んだはいいけど……とんでもないことになっているね」
「おいトニファ、どうしてお前はそんなに楽観的なんだ?」
「オプティミズムは僕の根幹だからね」
僕とラビスは大木の陰に潜みながら、マテリア家の住宅街を見渡した。アルマテリア領は七割が森でできているが、残りの三割はマテリア家の住宅地である。あの馬鹿でかい家を中心に、そこそこでかい家がいくつか並んでいる。そんな家々に、木の根っこや蔦が絡んでいた。元々こんなものかと思っていたが、どうやら様子がおかしい。家の外に人が出ていて、家が潰されただの蔦で扉が開かないだのと騒いでいる。この自然の猛攻は、予想外のことのようだ。
「おい学者先生よお、お前頭いいんだろ? これはどういう現象なんだ?」
「あのねぇ、僕は機械工学科であって、生物も植物も詳しくないんだよ」
もっと良く見てみると、一番大きな屋敷は魔法の炎に守られているようで、植物だけをじりじりと焦がしていた。
「おいトニファ、あれ……!」
屋敷の一角を指さし、ラビスが叫ぶ。そちらを見やると、見覚えのある者が窓から身を乗り出していた。
「あれは……アマテリ!」
この目に映ったのは、窓から飛び降りようとしているアマテリ、そしてそれを必死で止めようとする男性。
「おいまさか、自殺しようとしてるんじゃないよな!」
「そんなまさか……お嬢ならあり得るね。急ごうか」
僕とラビスは、コソコソと隠れながら大きな屋敷に向かった。
窓の外にアムニスを見つけ、あたしは窓枠に手をかけた。
「待ちなさいアマテリ、何をするつもりだ?」
「当然でしょ! アムニスをなんとかするの!」
「やめろ!」
窓を割って飛び出したアムニスは、空中へと飛び上がった。右肩にはひし形のカルロス軍のマークが浮かび上がっていて、強力な魔法で植物を操り、家や人を攻撃していた。養父の言っていたことは正しかったらしい、アムニスは、強化人間だったんだ!
「だから離して! 強化人間とは、あたしが決着をつける! カナデがそうだったように!」
「子どもにそんなことをさせられるものか! これ以上、苦しませるわけにはいかない。お前は弟の大切な忘れ形見なんだ!」
「父親は関係ない! あたしがそうしたいのよ!」
久しぶりの親子喧嘩で、ついついヒートアップしてしまう。しかし外からは悲鳴や怒声が絶えず聞こえてくる。くだらない争いをしている場合ではない。とはいうものの、この養父はあたしの出撃を認めてくれなさそうだ。
(どうしたものか……)
そう悩んでいると、聞きなれた声が自分の名を呼ぶのに気づいた。
「おーいお嬢さーん! アマテリお嬢さーん!」
「おい嬢ちゃん、大丈夫か?」
家に巻き付いていた蔦を伝い、ラビスが窓からひょっこりと顔を出した。久しぶりの再会ではあったが、感動よりも驚きと困惑が上回る。
「ら、ら、ら、ラビスが何でここにいるの? どうやってセキュリティを突破したの?」
「ああ、まあ、色々あってな」
言葉を濁しながら、ラビスはちらりと養父を見た。養父は疑わし気な目をラビスに向け、ぼそりと言った。
「スキトーリ湖の盗賊か」
「今は盗賊は休業中だ」
バチバチと火花を散らし合っている二人を諫めるように、蔦をヨジヨジとよじ登ってきたトニファが言い放った。
「こんな所で油を売っている暇なんてないよ! 強化人間が攻めてきてるんだよ!」
「おう、そうだった。ここで強化人間に会えたのもラッキーかもな。カナデの手がかりがつかめるかもしれねー」
ラビスはそれだけ言うと、顔を引っ込めてアムニスの方へ向かって行った。トニファもそれを援護するために、おっかなびっくりノロノロと蔦の上を移動し始める。それを見ながら、あたしは養父に言った。
「ねえ、二人とも、あたしの仲間なんだ。ここまで来てくれるほど、あたしのことを大切にしてくれるの。あたしもみんなと一緒にいたい。一緒に戦いたい! もうあたし、子供じゃないんだよ!」
「…………」
養父はため息をついて窓の外を見た。空中に浮かび、蔦や根を使って攻撃を繰り返しているアムニス、それに対抗しようと魔法で抵抗するマテリア家の魔法使いたち。中には紫傷を持つ者もいる。もちろんラビスとトニファも攻撃に参加していて、見覚えのない蒼髪の少女までいる。そして兄も……。
「わかった。ただし、無茶はするな。……死ぬんじゃないぞ」
「大丈夫よ。あたしだって、わきまえてるわ」
細長い蔓草が鞭のようにしなり、俺の頬を掠めた。蔓草にはトゲがついていて、肉が少しえぐれる。痛みに耐えながらも、必死に呪文を唱えて、片端から焼き焦がしていく。
「おいセオ、生きてるか?」
ラビスの声が頭上から降ってくる。見上げると、太い蔓の上にラビスとトニファが立っていた。いや、トニファはしがみついていただけだが。
「二人とも! 魔法も使えないのに、こんなところにいちゃマズいだろ!」
「この世は魔法がすべてじゃねーよ! 少なくともお前よりは戦える!」
「こちとら強化人間を何回も退けてきたからね!」
そういう二人を追いかけてくるように、少女がかけてきた。
「あたしもいるわ! ところでこの美少女は誰? すっごくかわいいんだけど!」
「……」
俺はいちいち突っ込むのもめんどくさくなり、放っておくことにした。
「あの強化人間の攻撃パターンは、トゲのある蔓でボカスカ殴ってくるか、巨大な木の根っこで押しつぶしてくるか。いったいどんな魔法を使ったら自然をあそこまで器用に操れるのか、メカニズムはわからないが……あれだけの魔法を使っているんだ、使用者本人へのダメージも大きいはずだ。弱って攻撃が緩んだところを一気に叩く!」
俺の指示を聞き、ラビスとトニファは頷いた。しかし、少女は首を横に振る。
「駄目よ、絶対に駄目! 今止めるの! あの子が弱るまで待っていたら、あの子の身が持たなくなるわ!」
「じゃあもう、正面から焼き焦がしていくしかないな!」
俺はまずラビスを見た。
「お前はすばしっこそうだから、陽動。蔦とかを引きつけといて」
「おう」
次にトニファを見る。
「お前はラビスと他の魔法使いの援護。あと邪魔な蔦とかの掃除。それから君……」
最後に、少女に向き合った。
「最後に君。俺を美少女とかぬかしやがった君。あの強化人間の知り合いだろ」
「え? 美少女でしょ? 謙遜なんてしなくていいのに……。あの強化人間はアムニス、あたしの友だちだよ」
「俺は女の子じゃねぇ。……俺が君を、アムニス君のもとまで連れて行く。あとは君の好きな焼き加減で」
それだけ言うと、俺は左肩に指を這わせた。左腕がじわじわと翼に変化していく。
「え? 部分変身できるの? その年齢で?」
「変身というか何というか……こっちが本体というか何というか……とにかく、俺は飛べるからアムニス君のところまで連れてく! 君は魔法の準備! いいよね」
少女が納得して頷くのを確認すると、ラビスとトニファは駆けだした。しばらく待機していると、陽動が上手くいったのか、蔦や根っこが反対側に集中していった。
「行くぞ」
「うん」
俺は少女を抱えると、翼を広げて宙に上がった。そして勢いをつけて滑空し、アムニス君に急接近する。
「あっ!」
少女は小さく叫んだ。魔法をふるうアムニス君の顔や腕に、ひびが入っていたからだ。
「使用者の体が魔法に追いついていないんだ。彼の体は限界に近い。ここで決めるか?」
「ううん。もっと近づいて」
アムニス君の後ろに回り、さらに近づく。アムニス君は陽動の二人に夢中で気づいていないようであった。もっと、もっともっと近づく。
「おい、これ以上近づくと、君の魔法がこっちにも飛び火するぞ」
「いいの。魔法は使わない。そのまま体当たりして」
「はぁ?」
「多分あの子、自分の体力を削って魔法を使ってる。あたしは魔法の加減が苦手だし、下手したら死んじゃう。今のあの子は弱っているから、体当たりでいけるはず!」
「……わかった」
俺は一度、大木の裏に停まって呼吸を整えた。少女も深呼吸をしている。二人で息を落ち着かせると、顔を見合わせて頷き合った。そして、もう一度少女を抱えると、勢いをつけて木を蹴った。そして、勢いを殺さないように魔法で追い風を作る。アムニス君に狙いを定めると、そのまま滑空の体勢をとって突っ込んだ! アムニス君は俺たちの存在には気付いていたようであったが、ボロボロの体では対処ができなかった。空中でぶつかった俺たち三人は、そのまま地面へと激突した。
あたしは落ちた衝撃で、一瞬息が詰まってしまった。しかし、思ったより痛くはない。怪我もないようだ。体を起こすと、自分の下敷きになっている美少女……じゃなくて美少年を見つけた。
「ごめん! 重かった?」
「別に……」
あたしはいそいそと美少年から降りて、アムニスのもとへ駆け寄った。アムニスは仰向けになって倒れていて、焦点の定まらない目でぼんやりとあたしを見る。
「アムニス、どうして……」
「アマテリこそ、どうして……」
あたしはボロボロのアムニスを抱きしめた。話せば話すほど、アムニスの顔に入ったひびが広がっていく、それをどうしても止めたかった。しかし、あたしの思いとは裏腹に、アムニスの体は壊れていく。
「憎かったんだ。魔法ができない僕をないがしろにする奴らが。羨ましかったんだ、ちやほやされる魔法が得意な子たちが。寂しかったんだ、期待されなくて、放っておかれて、たった一人で遊ぶのが……」
だから、強化人間になった。そこまで話すと、アムニスの右腕がボロッと朽ちて、地面に転がった。
「アムニス、それ以上喋ったら、取り返しがつかなくなっちゃう」
「カルロス様は……」
あたしの制止を振り切るように、アムニスは話を続けた。
「カルロス様は、僕に復讐の機会を与えてくれた。僕は誰にも負けない魔法使いになったんだ。もう、自分の魔法のできなさに悩むことはなくなったんだ……自分の寿命を引き換えに差し出したけど、それでも良いって思ったんだ。みんな巻き込んで死んでしまえば、僕は寂しくない。そう思ってたんだ……でも……」
不意に、アムニスの残った左腕が、あたしの腕を掴んだ。
「死にたくないよ……もっと生きていたいよ……!」
アムニスが手に力を込めると、左手までもが砂のように崩れてしまった。あたしはゾッとしながら、ただアムニスを抱きしめるしかなかった。
「どうして、どうしてこうなってしまったの? 君も同じだったはずなのに、どうして僕だけ……!」
体の端から崩れていく、それを止めるのは、どんなに優秀な医者でもできないだろう。この可哀そうな少年はここで朽ちる。もう、手の施しようはないんだ。直観的にそう悟った。あたしは周囲に人が集まっていることに気づいた。ラビスにトニファ、地面から起き上がった美少年、戦いに参加していたマテリア家の魔法使いたち、兄、そして頭首である養父。あたしは全員に聞こえる声で言った。
「アムニス、よく聞いて。あなたの魔法は、マテリア家を変えたのよ。住宅地を破壊しつくした木の根っこも、住民を血まみれにした蔦も、無意味ではないわ。これ以上、あなたのような子どもを出さないためにも、マテリア家は生まれ変わる。もう二度と、あなたのような寂しい思いをする子なんて出さないわ。約束する。そうでしょ、お父様」
あたしはちらりと養父に目を向けた。養父はあたしたちのもとに来ると、膝をついてアムニスの額に触れた。
「頭首として約束する。古い時代は終わらせよう。魔法力の有無にかかわらず、マテリア家に生まれたすべての子供は俺が守る」
それを聞いたアムニスは、それでもなお不安そうな目をしていた。そして苦しそうに呻く。
「……約束、だからね……。絶対だよ……。……君は、憎くないの……?」
「あたし? ……悪いのは父親だけだからね。もう吹っ切れたわ……」
「なら良かった……」
アムニスの顔にひときわ大きなひびが入り、体が砂になって崩れた。さっきまであったアムニスの重さがなくなり、あたしは言いようのない虚無感に襲われた。死んでしまったんだ。どこか幼くて気が弱くて、それでも良く笑っていた少年は、妖精のもとへ逝ってしまった。あたしは泣きそうになるのをぐっとこらえて立ち上がった。そして父に向き直る。
「あたしは……あたし、カルロスを一発殴ってやらなきゃ気が済まない。アムニスをそそのかした奴なんて許せない。行ってくるわ」
「……そこまでは許可できない。と言いたいところだが、もうお前を止められそうもない。いいかい、アマテリよ。娘よ。必ず生きて帰ってきなさい」
「任せといて。アムニスの約束を守るためにも、絶対に死なないし、もう死にたいだなんて言わない。だからお父様は、マテリアの子供たちを見てあげて」
あたしは父の横をすり抜けて、仲間の前に立った。ラビスとトニファ。それからあたし。あたしたちは顔を見合わせると、カルロスのいる黒城へと向かった。
「じゃあな、セオ」
「うん。頑張れ」
手を振って見送る美少年セオの表情は、少し羨まし気でもあった。
部屋にある小さな窓から、アルマテリアの森を見下ろす。あの日の、あの森を抜け出たときを思い出す。自分という人間が嫌いで、自信が持てなくて、劣等感で苦しかった。こんなあたしを見捨てて死んだ両親も、あたしを本家に引きずり込んだ養父も、優秀な兄姉も、みんな嫌いだった。……違う。あたしの弱さや劣等感を他人のせいにしているだけ。つくづくどこまでも最低なあたしだ。あたしはベッドに腰かけながらため息をついた。品のいい服、奇麗に梳かれた髪、そして怪しく煌めく紫傷。あの時のあたしは、もうどこにもいないみたい。これじゃあただのお嬢様だ。なんだか空しくなって、涙が出てきた。
目覚めたら、あたしは布団の中にいた。懐かしい香りと慣れた使い心地、あたしが使っていたベッドであることはすぐにわかった。絶望が押し寄せる。あたしは結局、マテリアから逃げられなかったんだ。あの冒険を思い出す。服もボロボロでほつれていた。布団や毛布なんて贅沢なものはなくて、大きめのブランケットをカナデと二人で分け合っていた。食べるものも、盗んだものか釣った魚、決していい味付けではなかった。でも、気品を求めた服よりも自由に動けたし、身が沈むようなベッドよりも暖かかった。そしてなにより、ニセモノ家族と顔を突き合わせて無言で食べる食事よりも、遥かに美味しくて楽しかった。それがもう、終わってしまったなんて……。
扉を叩く音がする。あたしは間髪入れずにベッドにもぐりこみ、布団を頭からかぶった。扉を開く音とともに、あたしを呼ぶ声がする。兄だ。あの人の本当の子供。あたしにはないものを全て持っている人。
「アマテリ、昼食の時間だよ」
「…………」
「アマテリ……」
寝たふりをして兄をやり過ごそうとする。お昼なんて食べたくないし、もうあの人たちとは顔を合わせたくない。
「……残しておくから、あとでちゃんと食べるんだよ」
兄はそう言うと扉を閉めて出て行った。足音が完全に遠ざかるのを確認すると、あたしはようやく布団から顔を出す。
「……お腹すいた」
あたしは枕に顔を押し付けて、むせび泣いた。
アルマテリア領は、アルマテリアの森に囲まれている。ここは妖精伝説が根強く伝わる土地で、マテリア家はその子孫とも言われている。そんな森を目の前にして、俺とトニファはただ立ち尽くしていた。
「この深い森……深すぎる森の奥に、マテリア家が……」
トニファはそう呟くと、ちらりとこちらを見た。
「一日で抜けられるかな?」
「迷わなければ行けるだろ。嬢ちゃんだって一晩で抜けてきたみたいだし」
「うん、迷わなければね。……自信ないなぁ」
「おう、あと抜けられたとして、そこからどうやって嬢ちゃんを探すかって問題もあるよな。俺ら圧倒的に不審者だし、つまみ出されるかもしれないぜ?」
「忍び込むにしても、相手はケイプランドス一の名門魔法一族、見つからない自信ないなぁ」
ぼそぼそと話していると、後ろから控えめに呼びかける声がした。振り返ると、一人の少女がたたずんでいた。青灰色のクルクルの髪の奥には、奇麗に整った顔が見える。いわゆる美少女というやつか。俺は一瞬見とれそうになりながらも、警戒心を強めた。
「あの、マテリア家に用がある方ですか? 俺もそうなんですけど、もしよかったら一緒に行きませんか?」
そこでふと気づいた。あれ、こいつ、今自分のことを俺って言わなかったか? それに声も少女にしては低いような……。
「えーと、君、女の子……で、いいのかな?」
「失礼な! どう見たって男だ!」
訝し気なトニファの問いに、カッとなった少女……いや、少年が答える。こんなにも美少女じみた少年を見たのは、生まれて初めてだ。俺はなんだか感心してしまった。
「俺はセオ。魔法使いです。……女性じゃないです」
女性じゃないを強調しながらしてくれた自己紹介に対し、俺とトニファも名乗り返す。どうやらセオは、魔法に関してマテリア家本家に用があるようであった。
「俺の研究している魔法でどうも上手くいかない部分があって、それの解決の協力を求めるんだ」
そういうと美少女じみた少年セオはちらりと俺らの方を見る。
「僕たちは友達に会いに行くんだ」
「そして連れ出して逃げる」
「……」
俺たちの言葉を聞くと、セオは怪訝そうな表情で「誘拐犯?」と呟く。確かに、傍から見りゃ俺たちは不審者でお嬢誘拐を企てる悪そうなやつだ。俺は正直者すぎて喋るとボロを出しまくるので、学者先生にセオの誤解を解いてもらうことにした。トニファは口から適当な出まかせを言ってセオを納得させ、なんとか同行にこぎつけた。これで迷わずに済むぜ。俺は少しホッとした。
誰もいないキッチンに足を潜ませて近づく。兄の言っていた通り、あたしのお昼ご飯は残してあった。冷めないようにとラップと魔法がかけてあり、まだほんのりと温かかった。あたしは料理の盛られた皿を持つと、そそくさと部屋へ戻ろうとする。しかし運の悪いことに、バッタリと兄と出くわしてしまった。
「アマテリ、起きたのか」
「……」
あたしは無言で横をすり抜けようとしたが、腕を掴まれて止められてしまった。
「話をしよう」
「……嫌だ」
「いいから」
「良くない」
つまらない問答の末、あたしは根負けして兄の部屋へと入っていった。
兄ルーの部屋はあまり物は置いておらず、小奇麗にしてあった。本棚の中には大量の魔法研究書が詰め込まれており、流石次期頭首だけのことはあると妙に感心してしまった。
「アマテリ、どうして家族を避けるんだ? 家出してカルロス軍に突っかかるなんてことをしたのも、どうしてだ?」
「…………」
あたしは押し黙った。黙りながらお昼ご飯の玉子トーストにかじりつく。そして兄を睨んで吐き捨てる。
「食事中に話す内容じゃない」
「だが君は食事以外の時間は寝てしまうだろ?」
「…………」
あたしはトマトサラダを口に放り込んだ。トマトはあまり好きじゃない。呑みこむのに少し時間がかかってしまった。
「別にいいでしょ。何をしたっていいでしょ」
辛うじてそれだけ言うと、またトマトと格闘を始める。咀嚼回数をいかにして減らすか、そう考えながら顔をしかめる。
「……わかっているだろ? カルロス軍は興味本位で相手にしていいモノではない。君は危うく命を落とすところだったんだ。冒険するにもほどがある」
「冒険でも遊びでもない!」
思わず言い返した。カナデたちとの旅を、そんな言葉で片付けられるのは嫌だった。あたしたちは本気だった。本気で、命を懸けるつもりで戦っていた。何も知らないくせに、決めつけるな!
「……ここを出て何がしたかったんだ? 俺にはわからないよ」
そう呟く兄の言葉に、頭の中で何かが弾けた。言葉にならない感情が、まるで口の中に広がるトマトの味が如く、頭の中を埋め尽くす。
「お兄様にはわかるわけないじゃん。あたしがどんな思いで、どれだけ我慢して過ごしていたかなんて! 最低な両親のもとに生まれて、頼んでもいないのに本家に引き取られて、勝手に紫傷をつけられて、朝から晩まで作法やらを勉強させられて……極めつけには魔法使いになるように強要される! こんな人生の、何処が良いって言うの? あたしは魔法なんてやりたくない! 両親に魔法の才能がなかったように、あたしにも無いのよ! 才能ってやつが!」
そこまで言って、溢れてくる涙をぬぐった。口の中に鉄の味が広がる。トマトの味と混ざって大変よろしくない。
「あたし知ってるのよ。お世話の人とか元老院の人とか、おじい様……前頭首様とかが、あたしのことを嫌ってるって! そばを通る度に笑われるし、老害どもは唾を吐き散らしながら言うのよ。お前なんかいなければよかったって。紫傷を持つ者にふさわしくないって! 死刑囚の娘だって! 悪いことをしたのはあたしじゃない! 馬鹿親父なのに!」
そこまでわめき散らすと、もう何も言えなくなってしまった。口を開いても、嗚咽が漏れるのみで言葉にならない。ああ、最悪なお昼ご飯だ。嫌な記憶と相まって、さらにトマトが嫌いになりそうだ。ちらりと兄を見てみると、唖然としてこちらを見ていた。まあ、困るよね、こんな話をされても。表面上は言葉を失ってしまうほど荒ぶっているが、心の奥底ではひどく冷静だった。
「あ……ええと……」
兄は言葉に詰まってしまったようで、あたふたしている。仕方がないか、この人は将来を期待され、ちやほやされて生きていた。あたしとは根本的に違うんだ。あたしはお皿をひっつかむと、無言で兄の部屋を後にした。
セオという名の魔法使いは、非常に面白い人物であった。彼女……ああ、違う! 彼もアマテリと同様に、家出少年らしかった。アマテリと違うところは、彼はいずれ家族のもとへ帰るつもりで、ちゃんと家族と仲直りするつもりらしい。
「今はその……顔を合わせるのが気まずくて帰れないけど、悪い人たちじゃないし、いつか分かり合えると思う」
「へーぇ、でもお前まだ十五だろ? よくこんな所まで家出してこれたな」
「だって魔法使いだし、これくらいはできるよ」
そう、この可憐な少年はたったの十五歳、ここもアマテリと同じだ。それにしても凄い行動力だ。僕が十五のときなんて、学校の壁に片っ端から絵具をぶちまけて遊んでいたというのに。
「それはそれでおかしいけどな」
「でも君よりはマシだと思うよ」
ラビスは口にこそ出さなかったが、少し寂しそうな顔をしていた。彼が十五の時と言えば、父親を殺害し盗賊へ転身した歳だ。あまり気分のいい話ではないだろう。
「おお、もうすぐじゃねーの?」
話をそらすように、わざと明るく声を出すラビスを見て、少々胸が痛くなる。アルマテリアの森を小一時間歩いてきたが、ようやく終わりが見えてきた。目線の先に、ひたすら大きい建物が映っている。あれが名門マテリア家の家だろう。こんな森の奥に引きこもって暮らすとは……いくら建物が豪華でも発狂しそうだよ!
「で、どうするよ。馬鹿正直に入り口から入ろうとすりゃ、俺らは絶対に捕まる」
「うん、そうだね。かといってセキュリティも強そうだし、忍び込むのも難しくない?」
僕とラビスがぶつぶつ言っていると、セオが魅力的な提案をしてくれた。
「俺が入り口から堂々と入るよ。もともとそのつもりだったし。門番とかが俺の対応をしている間に入ったらいい」
「けどいいのか? 俺らの侵入を手伝ったことがバレたら、マズいんじゃねーの?」
「いや、間違えて魔法で家を全焼させたときのことに比べれば、たいしたことないよ」
「君……なかなかたいそうな人物だね」
僕らは別れ、侵入の準備を始めた。
布団の中でぼんやりとしていると、窓をコツコツと叩く音がする。しかしここは屋敷の三階、人が立てるようなベランダもないし、窓を叩くなんてできないはずである。来たか? とうとう来たか? とうとうあたしの人生初の幽霊を目撃することとなるのか? それともカルロス軍があたしを殺しに来た? あたしはびくびくしながら、音が鳴り続ける窓へと近づく。カーテンに手をかけ、一気に手を引いた。そこには、良く見知った顔があった。
「えっと、あなたはアムニスね! 久しぶり!」
「久しぶり! アマテリ!」
アムニスは魔法でほわほわと浮かびながら、あたしのところまで会いに来てくれたようだった。
「ちょっと待ってね、今窓を開けるね」
あたしはアムニスを部屋に入れると、カーペットの上にどてっと座って話し込んだ。
アムニスは、あたしと同じく、分家の子である。と言っても、あたしは本家に引き取られてしまったから分家ではなくなったけど。アムニスの父親は確か養父の従兄弟であったから、あたしたちは親戚同士ということになる。幼いころはよく森で遊んでいたが、本家に引き取られてからはあまり遊ばなくなっていた。久しぶりの友だちとの再会に、あたしは少し嬉しくなった。
「アマテリはさ、今までどこに行っていたの? 色々と問題になってたよ?」
「あたしが問題に?」
「うん。脱走されたのが悔しかったみたい」
「なんじゃそりゃ」
あたしは自嘲気味にため息をついた。
「なーんだ。やっぱりあたしのことなんて、どうでもいいんじゃん。外面だけ大事にしといて、中身は最悪だもん」
自分で言っておきながら、なんだか悲しくなってきた。しかし、それと同時に心に炎が灯る。
「うん、あたし、もう一回脱走する。こんな所でグズグズしてられない。何回だって逃げ出してやる!」
「うん、それがいいよ! ぼくも応援する! ……なんならぼくも行こうかな!」
アムニスがそう言って笑った刹那、ノックもなしにドアが開いた。驚いたあたしは腰を抜かしながらドアを振り返る。そこには、怒った表情でこちらを見る養父……マテリア家の頭首たるアルマリア・マテリアの姿があった。マズい、怒られる! あたしは咄嗟に顔を手で隠した。しかし、予想に反して怒られなかった。養父は静かに言う。
「アマテリ、そいつから離れなさい。そいつはもはや人間ではない」
とんでもないことを言う養父に、あたしはぼそぼそ言い返す。
「何言ってるの? 人間じゃないって……強化人間でもあるまいし……」
「その通りだ、アマテリ」
なにをめちゃくちゃなことを言うんだこの養父は。そう思いながらアムニスを振り返る。すごくにこにこしている。ほら、こんなにいい笑顔の子がおっかない強化人間なわけないじゃない。あたしはむっとして言い返そうとしたが、そうする前に養父が魔法の炎を浴びせかけた。
カーペットが焦げる匂いがする。ガラスが割れる音がする。なにやら争うような音が聞こえていたが、煙が部屋中に充満し、目を開けていられなかった。アムニスは大丈夫だろうか。アムニスがいた方に手を伸ばすが、それは空を掴むばかりで手ごたえがない。それよりも、火の手が自分の方に迫ってくるかもしれない。ここで焼け死ぬかもしれない。死ぬことは覚悟していたけど、ここでは死にたくない! アルマテリア領で死ぬなんてごめんだ! しかし、いつになっても火はあたしを殺しにこないし、妙な静けさのみが残っている。あたしはようやく目を開けると、自分が養父の腕の中にいることに気づいた。
(なんだ、あの時から変わってないじゃん……)
ずっと前からこうだったけ。父親が死んで、一人で泣いてたら、いつもこうやって抱きしめてくれた。でも、養父が頭首の座を継いで忙しくなって、あたしも大きくなって泣かなくなって、それで、言葉を交わすことが少なくなった。ようやく思い知った。あたしはマテリア家が憎いわけでも、養父や兄や姉が嫌いなわけでも、父親が許せないわけでもない。確かにご老人方の暴言やお手伝いさんの冷たい視線は辛かったけど、それはそこまで問題じゃなかった。あたしはただ、寂しかっただけだ。それに劣等感やら中途半端な自尊心やらが合わさって、ワケがわからなくなって、それを周りにぶつけていただけだ。逃げ出したのも、きっとあたしを探しに来て、抱きしめて、「アマテリがいないとだめだよ」って言ってもらいたかっただけ。勝手に恨みの対象にして、勝手に悪者にして、勝手に期待して……あたしはなんて最低な奴なんだろ。もっと早く気づいていれば……もっと早く? それだったらラビスたちとは会えていないし……ラビス……トニファ……カナデ……強化人間……! あたしは顔を上げて叫んだ。
「アムニスはどこ!」
「おやおや、忍び込んだはいいけど……とんでもないことになっているね」
「おいトニファ、どうしてお前はそんなに楽観的なんだ?」
「オプティミズムは僕の根幹だからね」
僕とラビスは大木の陰に潜みながら、マテリア家の住宅街を見渡した。アルマテリア領は七割が森でできているが、残りの三割はマテリア家の住宅地である。あの馬鹿でかい家を中心に、そこそこでかい家がいくつか並んでいる。そんな家々に、木の根っこや蔦が絡んでいた。元々こんなものかと思っていたが、どうやら様子がおかしい。家の外に人が出ていて、家が潰されただの蔦で扉が開かないだのと騒いでいる。この自然の猛攻は、予想外のことのようだ。
「おい学者先生よお、お前頭いいんだろ? これはどういう現象なんだ?」
「あのねぇ、僕は機械工学科であって、生物も植物も詳しくないんだよ」
もっと良く見てみると、一番大きな屋敷は魔法の炎に守られているようで、植物だけをじりじりと焦がしていた。
「おいトニファ、あれ……!」
屋敷の一角を指さし、ラビスが叫ぶ。そちらを見やると、見覚えのある者が窓から身を乗り出していた。
「あれは……アマテリ!」
この目に映ったのは、窓から飛び降りようとしているアマテリ、そしてそれを必死で止めようとする男性。
「おいまさか、自殺しようとしてるんじゃないよな!」
「そんなまさか……お嬢ならあり得るね。急ごうか」
僕とラビスは、コソコソと隠れながら大きな屋敷に向かった。
窓の外にアムニスを見つけ、あたしは窓枠に手をかけた。
「待ちなさいアマテリ、何をするつもりだ?」
「当然でしょ! アムニスをなんとかするの!」
「やめろ!」
窓を割って飛び出したアムニスは、空中へと飛び上がった。右肩にはひし形のカルロス軍のマークが浮かび上がっていて、強力な魔法で植物を操り、家や人を攻撃していた。養父の言っていたことは正しかったらしい、アムニスは、強化人間だったんだ!
「だから離して! 強化人間とは、あたしが決着をつける! カナデがそうだったように!」
「子どもにそんなことをさせられるものか! これ以上、苦しませるわけにはいかない。お前は弟の大切な忘れ形見なんだ!」
「父親は関係ない! あたしがそうしたいのよ!」
久しぶりの親子喧嘩で、ついついヒートアップしてしまう。しかし外からは悲鳴や怒声が絶えず聞こえてくる。くだらない争いをしている場合ではない。とはいうものの、この養父はあたしの出撃を認めてくれなさそうだ。
(どうしたものか……)
そう悩んでいると、聞きなれた声が自分の名を呼ぶのに気づいた。
「おーいお嬢さーん! アマテリお嬢さーん!」
「おい嬢ちゃん、大丈夫か?」
家に巻き付いていた蔦を伝い、ラビスが窓からひょっこりと顔を出した。久しぶりの再会ではあったが、感動よりも驚きと困惑が上回る。
「ら、ら、ら、ラビスが何でここにいるの? どうやってセキュリティを突破したの?」
「ああ、まあ、色々あってな」
言葉を濁しながら、ラビスはちらりと養父を見た。養父は疑わし気な目をラビスに向け、ぼそりと言った。
「スキトーリ湖の盗賊か」
「今は盗賊は休業中だ」
バチバチと火花を散らし合っている二人を諫めるように、蔦をヨジヨジとよじ登ってきたトニファが言い放った。
「こんな所で油を売っている暇なんてないよ! 強化人間が攻めてきてるんだよ!」
「おう、そうだった。ここで強化人間に会えたのもラッキーかもな。カナデの手がかりがつかめるかもしれねー」
ラビスはそれだけ言うと、顔を引っ込めてアムニスの方へ向かって行った。トニファもそれを援護するために、おっかなびっくりノロノロと蔦の上を移動し始める。それを見ながら、あたしは養父に言った。
「ねえ、二人とも、あたしの仲間なんだ。ここまで来てくれるほど、あたしのことを大切にしてくれるの。あたしもみんなと一緒にいたい。一緒に戦いたい! もうあたし、子供じゃないんだよ!」
「…………」
養父はため息をついて窓の外を見た。空中に浮かび、蔦や根を使って攻撃を繰り返しているアムニス、それに対抗しようと魔法で抵抗するマテリア家の魔法使いたち。中には紫傷を持つ者もいる。もちろんラビスとトニファも攻撃に参加していて、見覚えのない蒼髪の少女までいる。そして兄も……。
「わかった。ただし、無茶はするな。……死ぬんじゃないぞ」
「大丈夫よ。あたしだって、わきまえてるわ」
細長い蔓草が鞭のようにしなり、俺の頬を掠めた。蔓草にはトゲがついていて、肉が少しえぐれる。痛みに耐えながらも、必死に呪文を唱えて、片端から焼き焦がしていく。
「おいセオ、生きてるか?」
ラビスの声が頭上から降ってくる。見上げると、太い蔓の上にラビスとトニファが立っていた。いや、トニファはしがみついていただけだが。
「二人とも! 魔法も使えないのに、こんなところにいちゃマズいだろ!」
「この世は魔法がすべてじゃねーよ! 少なくともお前よりは戦える!」
「こちとら強化人間を何回も退けてきたからね!」
そういう二人を追いかけてくるように、少女がかけてきた。
「あたしもいるわ! ところでこの美少女は誰? すっごくかわいいんだけど!」
「……」
俺はいちいち突っ込むのもめんどくさくなり、放っておくことにした。
「あの強化人間の攻撃パターンは、トゲのある蔓でボカスカ殴ってくるか、巨大な木の根っこで押しつぶしてくるか。いったいどんな魔法を使ったら自然をあそこまで器用に操れるのか、メカニズムはわからないが……あれだけの魔法を使っているんだ、使用者本人へのダメージも大きいはずだ。弱って攻撃が緩んだところを一気に叩く!」
俺の指示を聞き、ラビスとトニファは頷いた。しかし、少女は首を横に振る。
「駄目よ、絶対に駄目! 今止めるの! あの子が弱るまで待っていたら、あの子の身が持たなくなるわ!」
「じゃあもう、正面から焼き焦がしていくしかないな!」
俺はまずラビスを見た。
「お前はすばしっこそうだから、陽動。蔦とかを引きつけといて」
「おう」
次にトニファを見る。
「お前はラビスと他の魔法使いの援護。あと邪魔な蔦とかの掃除。それから君……」
最後に、少女に向き合った。
「最後に君。俺を美少女とかぬかしやがった君。あの強化人間の知り合いだろ」
「え? 美少女でしょ? 謙遜なんてしなくていいのに……。あの強化人間はアムニス、あたしの友だちだよ」
「俺は女の子じゃねぇ。……俺が君を、アムニス君のもとまで連れて行く。あとは君の好きな焼き加減で」
それだけ言うと、俺は左肩に指を這わせた。左腕がじわじわと翼に変化していく。
「え? 部分変身できるの? その年齢で?」
「変身というか何というか……こっちが本体というか何というか……とにかく、俺は飛べるからアムニス君のところまで連れてく! 君は魔法の準備! いいよね」
少女が納得して頷くのを確認すると、ラビスとトニファは駆けだした。しばらく待機していると、陽動が上手くいったのか、蔦や根っこが反対側に集中していった。
「行くぞ」
「うん」
俺は少女を抱えると、翼を広げて宙に上がった。そして勢いをつけて滑空し、アムニス君に急接近する。
「あっ!」
少女は小さく叫んだ。魔法をふるうアムニス君の顔や腕に、ひびが入っていたからだ。
「使用者の体が魔法に追いついていないんだ。彼の体は限界に近い。ここで決めるか?」
「ううん。もっと近づいて」
アムニス君の後ろに回り、さらに近づく。アムニス君は陽動の二人に夢中で気づいていないようであった。もっと、もっともっと近づく。
「おい、これ以上近づくと、君の魔法がこっちにも飛び火するぞ」
「いいの。魔法は使わない。そのまま体当たりして」
「はぁ?」
「多分あの子、自分の体力を削って魔法を使ってる。あたしは魔法の加減が苦手だし、下手したら死んじゃう。今のあの子は弱っているから、体当たりでいけるはず!」
「……わかった」
俺は一度、大木の裏に停まって呼吸を整えた。少女も深呼吸をしている。二人で息を落ち着かせると、顔を見合わせて頷き合った。そして、もう一度少女を抱えると、勢いをつけて木を蹴った。そして、勢いを殺さないように魔法で追い風を作る。アムニス君に狙いを定めると、そのまま滑空の体勢をとって突っ込んだ! アムニス君は俺たちの存在には気付いていたようであったが、ボロボロの体では対処ができなかった。空中でぶつかった俺たち三人は、そのまま地面へと激突した。
あたしは落ちた衝撃で、一瞬息が詰まってしまった。しかし、思ったより痛くはない。怪我もないようだ。体を起こすと、自分の下敷きになっている美少女……じゃなくて美少年を見つけた。
「ごめん! 重かった?」
「別に……」
あたしはいそいそと美少年から降りて、アムニスのもとへ駆け寄った。アムニスは仰向けになって倒れていて、焦点の定まらない目でぼんやりとあたしを見る。
「アムニス、どうして……」
「アマテリこそ、どうして……」
あたしはボロボロのアムニスを抱きしめた。話せば話すほど、アムニスの顔に入ったひびが広がっていく、それをどうしても止めたかった。しかし、あたしの思いとは裏腹に、アムニスの体は壊れていく。
「憎かったんだ。魔法ができない僕をないがしろにする奴らが。羨ましかったんだ、ちやほやされる魔法が得意な子たちが。寂しかったんだ、期待されなくて、放っておかれて、たった一人で遊ぶのが……」
だから、強化人間になった。そこまで話すと、アムニスの右腕がボロッと朽ちて、地面に転がった。
「アムニス、それ以上喋ったら、取り返しがつかなくなっちゃう」
「カルロス様は……」
あたしの制止を振り切るように、アムニスは話を続けた。
「カルロス様は、僕に復讐の機会を与えてくれた。僕は誰にも負けない魔法使いになったんだ。もう、自分の魔法のできなさに悩むことはなくなったんだ……自分の寿命を引き換えに差し出したけど、それでも良いって思ったんだ。みんな巻き込んで死んでしまえば、僕は寂しくない。そう思ってたんだ……でも……」
不意に、アムニスの残った左腕が、あたしの腕を掴んだ。
「死にたくないよ……もっと生きていたいよ……!」
アムニスが手に力を込めると、左手までもが砂のように崩れてしまった。あたしはゾッとしながら、ただアムニスを抱きしめるしかなかった。
「どうして、どうしてこうなってしまったの? 君も同じだったはずなのに、どうして僕だけ……!」
体の端から崩れていく、それを止めるのは、どんなに優秀な医者でもできないだろう。この可哀そうな少年はここで朽ちる。もう、手の施しようはないんだ。直観的にそう悟った。あたしは周囲に人が集まっていることに気づいた。ラビスにトニファ、地面から起き上がった美少年、戦いに参加していたマテリア家の魔法使いたち、兄、そして頭首である養父。あたしは全員に聞こえる声で言った。
「アムニス、よく聞いて。あなたの魔法は、マテリア家を変えたのよ。住宅地を破壊しつくした木の根っこも、住民を血まみれにした蔦も、無意味ではないわ。これ以上、あなたのような子どもを出さないためにも、マテリア家は生まれ変わる。もう二度と、あなたのような寂しい思いをする子なんて出さないわ。約束する。そうでしょ、お父様」
あたしはちらりと養父に目を向けた。養父はあたしたちのもとに来ると、膝をついてアムニスの額に触れた。
「頭首として約束する。古い時代は終わらせよう。魔法力の有無にかかわらず、マテリア家に生まれたすべての子供は俺が守る」
それを聞いたアムニスは、それでもなお不安そうな目をしていた。そして苦しそうに呻く。
「……約束、だからね……。絶対だよ……。……君は、憎くないの……?」
「あたし? ……悪いのは父親だけだからね。もう吹っ切れたわ……」
「なら良かった……」
アムニスの顔にひときわ大きなひびが入り、体が砂になって崩れた。さっきまであったアムニスの重さがなくなり、あたしは言いようのない虚無感に襲われた。死んでしまったんだ。どこか幼くて気が弱くて、それでも良く笑っていた少年は、妖精のもとへ逝ってしまった。あたしは泣きそうになるのをぐっとこらえて立ち上がった。そして父に向き直る。
「あたしは……あたし、カルロスを一発殴ってやらなきゃ気が済まない。アムニスをそそのかした奴なんて許せない。行ってくるわ」
「……そこまでは許可できない。と言いたいところだが、もうお前を止められそうもない。いいかい、アマテリよ。娘よ。必ず生きて帰ってきなさい」
「任せといて。アムニスの約束を守るためにも、絶対に死なないし、もう死にたいだなんて言わない。だからお父様は、マテリアの子供たちを見てあげて」
あたしは父の横をすり抜けて、仲間の前に立った。ラビスとトニファ。それからあたし。あたしたちは顔を見合わせると、カルロスのいる黒城へと向かった。
「じゃあな、セオ」
「うん。頑張れ」
手を振って見送る美少年セオの表情は、少し羨まし気でもあった。
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