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第41話 食べるもの。豊かになるもの
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王国本土では食糧難が始まっていました。
もとより干ばつで農村からの難民は発生していましたが、食糧不足と価格高騰の波が都市部にまで及んできたのです。
以前の王国であれば、食料が不足すれば軍事力という腕力で他国から食料を搾取同然の低価格で奪ってくることもできたでしょう。
それが例え王国から見て遠方の国家であったとしても、王国海軍という最強の矛と盾が長距離の交易路を安価で確実に守ってくれていたからです。
ですが、今や王国を巡る国際情勢はすっかり様変わりしました。
王国海軍は壊滅し、脅して言うことを聞かせることはできなくなりました。
ですから、交易は互いの利益になるよう適切な価格で行わなければなりません。
王国から見れば軍事力のプレミアムで割り引きされていた分を価格に転嫁しなければならなくなった、という言い方もできます。
遠隔地の植民地で奴隷の単一作物農場を買い叩くような真似も難しくなりました。
僻地の交易路には海賊が出没するようになったため、輸送リスクが価格に上乗せされるようになったからです。
王国は暴力によって得てきた直接間接の利益を吐き出しながらゆっくりと貧しくなり、その他の国々はゆっくりと豊かになってきています。
◇ ◇ ◇ ◇
王国の南に位置する、元は寂れた港であった漁港には多くの交易船が押し寄せ、ちょっとした交易都市の様相を呈しています。
「あんたんとこの羊毛、ほんと評判いいね!いったいどんな餌を食べさせてるんだい?どんどん持ってきてよ!言い値でいくらでも引き取るからさ!」
羊飼いのおじさんは、喧噪に包まれた市場に来ると、自分が狼の群に放り込まれた羊のような気分になるので落ち着きません。
遠方から船でやって来た肌の色や人種も様々な商人達が片言や蝋板の数字でやり取りし、高価な宝飾品やスパイスなどの契約を矢継ぎ早に決めていく様子が怖ろしくてならないのです。
「まあ・・・次は倍ほども持って来るさ。できれば、もっと良い値をつけて欲しいんだね。なにしろ娘を嫁に出したばかりですっからかんなのさ」
ですが、羊飼いのおじさんも取引は頑張らないといけません。
見かけに寄らず大家族のおじさんは、少なくともあと2人分、娘達のために嫁入りの持参金を稼ぐ必要があるのです。
「それはお目出度い!もちろん色をつけさせてもらうさ!」
調子の良い交易商の言葉におじさんは重々しくうなずきます。
口約束かもしれませんが、一応は契約の成立です。
「それにしても、最近は本当に人通りが多い」
羊飼いのおじさんが出入りしている港は、ここのところ妙に景気が良いのです。
もしも羊飼いのおじさんに、市場全体を見渡して丹念に調査をするだけの知識と余裕があったなら、市場の値札を追いかけることで、魚の漁獲量が上がっていること、漁船や漁網の需要が増えていること、麻の価格が低下し麻袋や縄が増えていること、羊毛や食料の輸出が増えていることなど、様々な需給の変動が起きていることに気がついたかもしれません。
ですが羊飼いのおじさんは、のんびりと羊の世話をしているのが性にあっています。
交易市場の忙しない取引につき合うのは御免なのです。
「やれやれ。これで家のやつにどやされんで済むわい」
羊飼いのおじさんは、思ったよりも高く売れた羊毛の代金に頬をゆるめつつ足早に家路を急ぐのでした。
◇ ◇ ◇ ◇
「聖女様ー!この子の卵が孵ってますよ!」
「あらあら」
まだ神殿の周囲が砂漠だった頃、寂れた漁港から廃墟の修道院まで荷物を運んでくれた蟲車の砂漠蟲2匹は、今では蟲車を牽く仕事もなく、神殿の乾いた一室を占領して食っちゃ寝の生活を送っておりました。
普通は用がなくなった家畜は処分、つまりはお肉になるのですが、長いこと一緒にいて情が湧いたので「お肉処分」は延期し、時たま卵の供出を課すことで手打ちとしていたのです。
どこから持ってきたのか、砂漠蟲が多くの植物の茎や繊維を集めて作った円形の巣の真ん中で2匹の砂漠蟲に護られるような形で3匹の小さな砂漠蟲の幼蟲が隠れていたのです。
「ちょっと卵の回収忘れがあったみたいですね」
「近頃は食材も食卓も贅沢になりましたから・・・」
土地神様のおかげで、あたしの舌もすっかり贅沢になりました。
おかげで砂漠蟲の卵のゆで卵は、あまり贅沢品に思えなくなったのは事実です。
聖女様と修道院に来たばかりの頃は、砂漠トカゲ肉の串焼きと、砂漠の熱い砂で蒸した砂漠蟲のゆで卵は、しばしば贅沢品として食卓に並んだものでしたが・・・
「ぎみゅみゅうーーー」
「リリア、蟲達が怯えていますよ」
「おっと」
いけないいけない。ついつい「子砂漠蟲の丸焼き美味しいかな」などと調理手順を考えていたのが視線にあらわれていたようです。
「それで・・・どうしましょう?」
「外に出してあげて川原の草を食べてもらったらどうでしょう?羊達はあまり好まないようですから。外には建物もいくらでもありますから」
あたしは「肉か卵か」という意味で聞いたのですが、聖女様は砂漠蟲を神殿で飼うことを決められたようです。
「おまえ達、命拾いをしましたね」
「ぎみゅうううう」
なぜか怯える砂漠蟲達を見やりつつ、黒い石の都市に砂漠蟲が大いに栄える将来の様子を想像し「これは魔女の住処だわ」などと思ってしまったのです。
もとより干ばつで農村からの難民は発生していましたが、食糧不足と価格高騰の波が都市部にまで及んできたのです。
以前の王国であれば、食料が不足すれば軍事力という腕力で他国から食料を搾取同然の低価格で奪ってくることもできたでしょう。
それが例え王国から見て遠方の国家であったとしても、王国海軍という最強の矛と盾が長距離の交易路を安価で確実に守ってくれていたからです。
ですが、今や王国を巡る国際情勢はすっかり様変わりしました。
王国海軍は壊滅し、脅して言うことを聞かせることはできなくなりました。
ですから、交易は互いの利益になるよう適切な価格で行わなければなりません。
王国から見れば軍事力のプレミアムで割り引きされていた分を価格に転嫁しなければならなくなった、という言い方もできます。
遠隔地の植民地で奴隷の単一作物農場を買い叩くような真似も難しくなりました。
僻地の交易路には海賊が出没するようになったため、輸送リスクが価格に上乗せされるようになったからです。
王国は暴力によって得てきた直接間接の利益を吐き出しながらゆっくりと貧しくなり、その他の国々はゆっくりと豊かになってきています。
◇ ◇ ◇ ◇
王国の南に位置する、元は寂れた港であった漁港には多くの交易船が押し寄せ、ちょっとした交易都市の様相を呈しています。
「あんたんとこの羊毛、ほんと評判いいね!いったいどんな餌を食べさせてるんだい?どんどん持ってきてよ!言い値でいくらでも引き取るからさ!」
羊飼いのおじさんは、喧噪に包まれた市場に来ると、自分が狼の群に放り込まれた羊のような気分になるので落ち着きません。
遠方から船でやって来た肌の色や人種も様々な商人達が片言や蝋板の数字でやり取りし、高価な宝飾品やスパイスなどの契約を矢継ぎ早に決めていく様子が怖ろしくてならないのです。
「まあ・・・次は倍ほども持って来るさ。できれば、もっと良い値をつけて欲しいんだね。なにしろ娘を嫁に出したばかりですっからかんなのさ」
ですが、羊飼いのおじさんも取引は頑張らないといけません。
見かけに寄らず大家族のおじさんは、少なくともあと2人分、娘達のために嫁入りの持参金を稼ぐ必要があるのです。
「それはお目出度い!もちろん色をつけさせてもらうさ!」
調子の良い交易商の言葉におじさんは重々しくうなずきます。
口約束かもしれませんが、一応は契約の成立です。
「それにしても、最近は本当に人通りが多い」
羊飼いのおじさんが出入りしている港は、ここのところ妙に景気が良いのです。
もしも羊飼いのおじさんに、市場全体を見渡して丹念に調査をするだけの知識と余裕があったなら、市場の値札を追いかけることで、魚の漁獲量が上がっていること、漁船や漁網の需要が増えていること、麻の価格が低下し麻袋や縄が増えていること、羊毛や食料の輸出が増えていることなど、様々な需給の変動が起きていることに気がついたかもしれません。
ですが羊飼いのおじさんは、のんびりと羊の世話をしているのが性にあっています。
交易市場の忙しない取引につき合うのは御免なのです。
「やれやれ。これで家のやつにどやされんで済むわい」
羊飼いのおじさんは、思ったよりも高く売れた羊毛の代金に頬をゆるめつつ足早に家路を急ぐのでした。
◇ ◇ ◇ ◇
「聖女様ー!この子の卵が孵ってますよ!」
「あらあら」
まだ神殿の周囲が砂漠だった頃、寂れた漁港から廃墟の修道院まで荷物を運んでくれた蟲車の砂漠蟲2匹は、今では蟲車を牽く仕事もなく、神殿の乾いた一室を占領して食っちゃ寝の生活を送っておりました。
普通は用がなくなった家畜は処分、つまりはお肉になるのですが、長いこと一緒にいて情が湧いたので「お肉処分」は延期し、時たま卵の供出を課すことで手打ちとしていたのです。
どこから持ってきたのか、砂漠蟲が多くの植物の茎や繊維を集めて作った円形の巣の真ん中で2匹の砂漠蟲に護られるような形で3匹の小さな砂漠蟲の幼蟲が隠れていたのです。
「ちょっと卵の回収忘れがあったみたいですね」
「近頃は食材も食卓も贅沢になりましたから・・・」
土地神様のおかげで、あたしの舌もすっかり贅沢になりました。
おかげで砂漠蟲の卵のゆで卵は、あまり贅沢品に思えなくなったのは事実です。
聖女様と修道院に来たばかりの頃は、砂漠トカゲ肉の串焼きと、砂漠の熱い砂で蒸した砂漠蟲のゆで卵は、しばしば贅沢品として食卓に並んだものでしたが・・・
「ぎみゅみゅうーーー」
「リリア、蟲達が怯えていますよ」
「おっと」
いけないいけない。ついつい「子砂漠蟲の丸焼き美味しいかな」などと調理手順を考えていたのが視線にあらわれていたようです。
「それで・・・どうしましょう?」
「外に出してあげて川原の草を食べてもらったらどうでしょう?羊達はあまり好まないようですから。外には建物もいくらでもありますから」
あたしは「肉か卵か」という意味で聞いたのですが、聖女様は砂漠蟲を神殿で飼うことを決められたようです。
「おまえ達、命拾いをしましたね」
「ぎみゅうううう」
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