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第55話 みんなの決断
しおりを挟む「くそっ!くそっ!何もないのか!!魔女め、資料を運び出したか!!抜け目のない!!」
金属製の義手が力任せに叩きつけられ、衝撃と負荷に耐えかねた華奢なつくりの机の天板が、めきゃりと折れ砕かれます。
「ふうぅぅ・・・」
王子には焦りがあります。
起死回生で速やかに王と主要貴族という政敵の排除には成功しましたが、王国のおかれた苦境も積み重なった諸問題も片付いたわけではありません。
王子がクーデターによって稼ぎ出した時間はわずかです。
とにかくも王国にあるはずの「水の聖女にかかわるなにか」を見つけだして王国をたてなおすために劇的な成果をあげなければ、今度は武力で排除されるのは自分であることを王子はその狂乱した頭脳で直感的に悟っているのでした。
追い詰められた王子は、他の誰もが決して取ろうとはしなかった決断をします。
「・・・やむを得ん。王墓を暴くか」
「は?」
「王墓だ。歴代の王の墓をひっくり返せば黄金と宝石の装飾品の一山やふた山はでてこよう。王国の危急の際だ。先代達にも協力をいただこうか」
王城は王の墓の上に建てられています。正確には、もとは別の王国の城の地上部分を取り壊し、基部を再利用する形で城を築いているのです。
もっとも王国の歴史学者が言うには、そうした横着ものは我が王国が初めてではないらしく、何代もの王国や帝国が神話の時代から同様に増築と上乗せを続けていたらしく、今では城の地下は迷路のようになり、調査も困難な状態であるとか。
「し、しかし王妃様や他の王族の方々は・・・」
兵士は命令の実行に戸惑います。
王家の墓ということは、過去の王族達の墓であり、つまりは王族及び王家に関わりのある有力貴族たちの魂と財産が納められた墓所でもあるのです。
たかが現世の王家の1人が命令しただけで暴いて良いものではありません。
それだけの伝統と威光が積み重なってきた形ある権威なのです。
権威が失われることは、権力を支える無形の力が失われることを意味します。
ですが、自らを支える伝統を足元から掘り崩すことに、この王子は何の躊躇もありません。
「それがどうした!軍を発して王墓を暴け!そうして根こそぎに財を搬出するのだ。軍を動かすには金が要るのだ!」
無事な左の手で金髪をかきむしり、叫ぶように命令する王子の眼の光を前にして、兵士たちは怯えながらも命令を伝達するしかなかったのです。
王国が決定的に王家の威光を失ったのは、あるいはこの時だったのかもしれません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて。地場産業の羊毛産業支援から、にわかに塊芋の食品加工業へと方針転換を余儀なくされたわが社の事業。神様が2人と聖女様がついているのに、これで良いのでしょうか・・・?
大きな疑問を抱きつつも経営会議は続きます。
「塊芋のペレットを作るのは良いのですけど、どうやって消費地まで運ぶのですか?」
聖女様が右手を上げて疑義を唱えます。
「消費地?」
「つまり、人が多くいる街です。神殿で作っても食べるのはわたしとリリアぐらいです。羊飼いの方と金属回収の方々も食べるかもしれませんが、銀貨を持ってはいませんね」
「それは困ります!」
「理解シタ」
お金を稼ぐにはお金を持っている人に売らないといけません。
「ええと、王都に売るのはちょっと難しいですよね」
「無理でしょうね」
「ですよねー」
あたしの知る限り、この世で最もお金を持っているのは王国の王家です。
ですが、あたし達は先日、王家の艦隊を散々に撃ち破って艦を兵隊さんごと撃沈してしまいました。
土地神様と羊飼いのおじさんの親戚の人達が、今も沈没船から金属を細々と引き上げていますが、失われた鉄と兵隊の莫大なことと言ったら!
王家はしばらく貧乏な時期が続く気がします。
「このあたりのお野菜もお芋もお魚も、すごく美味しいから王都の人達に食べさせてあげたいんですけどね・・・」
王都で暮らしていたころは、本当にご飯が美味しくなかったのです。
今思えば、空気も水もすごく汚かったですし。
「王都の人達は元気かなー」
神殿から見上げる空はどこまでも高く、蒼く。青々とした牧草が広がる土地は地平線の向こうまで続き、海原のように風が吹くたびに波うつのでした。
◇ ◇ ◇ ◇
王国陸軍は占領地で困難な撤退戦を続けていました。
王国海軍が消滅した今、王国に残された唯一のまともな戦力です。
軍隊というのは、武器と兵站、士官と兵隊から出来ています。
十分な資金があれば武器と兵隊を短期間で揃えることはできますが、ノウハウの塊である兵站組織と士官を整備し、補充することは容易ではないのです。
なかでも、士官教育を受けた上で本当に有能な方面軍が務まる将軍というのは、国家にとっては宝石よりも遥かに貴重な人材です。
「将軍、少しお休みになられては」
「いや・・・うむ。そうか。そうだな」
眉間に深い皺を寄せて地図を睨んでいた将軍は、一息いれるために従卒に茶を淹れるよう命じて一息つくことにしました。
若い顔ぶれの多い士官たちからも、ホッとした空気が流れます。
兵士達は、自分達の窮地を救ってくれるのは、目の前の将軍だけであることを本能的に知っていますから、将軍の警備を自発的にかって出ています。
今では、そうした兵隊たちが十重二十重に将軍が指揮所として滞在する館を囲んでおり、貴族士官たちは近づけなくなっています。
帰りたいなら勝手に帰らせろ、と将軍が布告したことも一因でしょう。
貴族士官といちいち面談して「軍務上のやむを得ぬ事情により王国へ向かう」任務をでっち上げる暇も余裕もない、ということです。
将軍には「占領地を縮小しつつ撤退ラインを確保」し「敵軍の攻勢を適度に叩きながら全面攻勢を呼び込まないようにする」という極めて繊細で困難な戦略を実行するために、絶え間なく前線へ命令し、情報を受け取り、決断するという膨大で多くの命への責任を伴う仕事が山積しているのですから。
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