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2章 夢を見ましょうか
22話 山姥と少年
しおりを挟む「そのお話はお断りします」
アルバイトが終わり、先輩に電話をして事情を話すや否やの返答だった。
ただ僕も簡単に引き下がれないので、家へ潜入して貰えないかと執拗に食い下がってみる。
「すでにお風呂上がりですし、今から明日の予習をしてから寝るところです。わたし達は高校生ですよ。こんな時間から外出とか補導されたらどうするのですか?」
いやいや800歳以上のひとが高校生ぶったって……。
と、言いそうになったけど頑張って口を抑えた。
そしてお願いを繰り返すのだけど……。
「すみませんが、今日は諦めてください」
僕の勝手だと言うのはわかっている。
先輩だって都合があるし、断られても仕方がない。
しかし……。
その時、スマホを妖狐が取り上げた。
「咲、手伝ってくれたら発情鬼がUFOキャッチャーでピヨ谷さんキーホルダーを獲ってくれるって言っているよ」
「えっ!本当ですか?」
「あぁ、本当さ」
何かわからないが、勝手に妖狐は先輩と交渉している。
僕がUFOキャッチャーで何か獲らないといけないようだ。
勘弁してほしい、僕はUFOキャッチャーが苦手で一度も景品を獲ったことがないんだ。
妖狐は達成感に満ちた顔を見せて、スマホを僕に返してきた。
「0時頃にマンションまで来るってさ。キーホルダー1個で動くなんて安い女だねぇ」
「来てくれるんですね、先輩は!ところでピヨ谷さんキーホルダーってなんですか?」
「君知らないのかい?咲が推しのキャラクター!このあいだ駅前のゲームセンターで眺めているの見たのさ。釣れるかと思ってちょっと言って見たのさ」
意地が悪い顔で笑っている。
ちなみに今回の件を妖狐が手伝うのに必要なお礼はチキン2pcで良いらしい。
本当に安い女だねぇ。
と、言いそうになったけど頑張って口を抑えた。
ここはしっかりとお礼を言っておこう。
「氷花さん、いろいろとありがとう」
そして約束の0時、マンション前で待つ僕たちの前に、山伏の格好した先輩が自転車に乗って現れた。
――――――
「先輩、すみません。こんな時間にお呼びして」
「いえ、構いません。それより約束は守ってもらいますからね」
ピヨ谷さんキーホルダー。
見たこともなければ、想像も付かないキャラクターを獲って渡さないといけない。
あれだけ拒否していた先輩がすぐに動くってことは、余程ほしい物なのだろう。
「ふむ、奇怪な乗り物を操りおるの童よ」
「わぁ!鳳凰くん」
学校とアルバイト先では絶対に姿を出さないように約束をしていることもあり、今までまったく会話に寄ってこなかった鳳凰が右手に現れた。
先輩が鳳凰を可愛がるから、鳳凰も気分よく出てくるんだろうな。
妖狐がいる時はまったく出てこない。
「煉のわがままを聞いてくれたようで感謝する、コイツの主人として礼を言っておこう」
「いいのですよ。お礼はしっかり頂きますから」
なぜか会話が弾んでいる。
「おい!何故尾行までやったわたしにはお礼がなくて、ここに来ただけの咲にはお礼の言葉があるんだい?いい加減にしなよ、この火だるま雀」
「ひっ火だるま雀だとぉー!たかだか400歳程度の狐が、余に向かって無礼であろう!」
「どっちが無礼なんだい、よく考えな、この火炙りチキン」
本当にこの2人は仲が悪くて困る。
妖狐も言い過ぎだけれど、鳳凰も大人になってほしい。
「あの、それで本題なんですけれども」
「はい、その家まで案内してください」
妖狐の後に付いて、3人で坂口君が入って行った住宅までやってきた。
築何年くらいの家だろうか?
随分と古い家だ。
右目が疼く。
そして目の前の家から嫌な感じが立ち込めている。
「この家ですか?確かに普通ではありませんね」
「退治とかではなくて潜入調査だからね。殺れそうなら殺ってきてもいいけど、洗脳されている場合下手に退治すると坂口って子に精神障害が残るかもしれないからねぇ」
「大丈夫です。わたしは戦ったりしませんから」
先輩は潜入調査をするだけだと、念押しに言ってくる。
「一晩潜伏して様子を見ます。明日、万が一わたしが通学していなければ何かあったと判断して助けにきてください」
「わかりました」
「それでは、行って参ります」
先輩は足元の自分の影と建物の影を密着させると、そのまま影の中に吸い込まれるように落ちていった。
妖狐曰く、先輩はこのまま影伝いに家の中まで入っていくことができるらしい。
先輩の強さは、百目の件で重々知っている。
でも何か、嫌な予感がした。
この予感が取り越し苦労なら良いのだけれど。
――――――
なんの苦労もなく、先輩は潜入に成功した。
任務は阪口くんの様子確認と、この家に巣喰う化け物の正体を突き止めること。
坂口くんが化け物に誘惑と洗脳をされている可能性があるため、状況が分かり次第すぐに手を打たなければいけない。
「……一見は普通の家なのですが、なんでしょうね。この圧迫感」
先輩は影の中に身を潜め、1階の確認に動いた。
1階にはリビングに和室、風呂にトイレがあり、別段変わった作りでもない。
そして人や化け物の気配は感じない。
2階からは坂口くんの気配を感じる。
そしてこの家の地下から、ものすごく嫌な気配を感じる。
どこかに地下への入り口があるのだろうか?
この家に入ってからわかったのだけど、死臭や腐敗臭が激しく、人が暮らせる環境では無いようだ。
そして地下からは、この世にもういない子供達の断末魔が聞こえ、おびただしい恐怖の感情が溢れているのが感じられた。
「ここで何があったのでしょう?とりあえず、2階から調べますか」
先輩はいろいろな物の影を伝い2階に向かった。
2階には2つの部屋があり、片方は使われている気配はない。
その部屋は、小さな子供向けに装飾されている。
そしてもう片方の部屋に坂口くんがいる。
先輩は影に潜みながら部屋に入り、坂口くんを監視し始めた。
すでに深夜2時を回っており、坂口くんはすでに寝ているようだ。
この時点で特に変わった動きはなかった。
しかし3時を過ぎたあたりで、坂口くんが動きを見せた。
寝言が多く、快楽に落ちた表情を見せて悶え始めた。
間違いない、淫魔が彼の夢に巣喰っている。
「夢の中となると、迷い家に戻って枕返しに相談しないとダメですね」
「さて、次は地下に向かいますか。こちらの方が重要かもしれません」
先輩は入り口がわからないため、強制的に床を擦り抜けて地下へと落ちていった。
そこで目にしたもの。
拷問?いや殺戮だろうか……人を解体するためであろう道具が一式揃っている部屋がある。
完全に密閉されており、叫んでも外には聞こえない地下部屋。
血のついた小さな子供の衣服が散見される。
また壁や床に血しぶきの跡が見える。
間違いない、この部屋で子供が何人か殺されている。
先輩は詳細を確認するために影から出る必要があった。
先輩は影から出て部屋を隈無く調べた。
強い妖気を感じる、淫魔のものではない。そもそも淫魔はこれほどの妖気は持ち合わせていない。
「わたしとしたことが軽率でした」
先輩はすでに背後を獲られていた。
「童か、我が家に何ようだ……?」
下手に動けば背後から攻撃を受けると判断した先輩は、即座に影留めの術で化け物の動きを封じた。
そこから先輩は振り向き、化け物の姿を確認した。
「そう、山姥《やまんば》でしたか……それとも食人鬼と呼ぶべきでしょうか?」
「かはは、どっちでもええわなぁ」
醜い顔をしわくちゃにして、山姥は笑った。
先輩は今回の依頼に関して、サキュバスと山姥の確認ができたことから引き際と判断した。
「わたしは住み着く家を探している中で、偶然この家へ迷い込んだに過ぎません。すでに先客が居られるようですし、帰らせていただきますね」
先輩はそう言うと、影の中に身を下ろした。
そのまま2階へ向かい、坂口くんを外へ連れ出そうと考えた。
どういった理由で山姥のいる家に坂口くんが住んでいるのかわからないが、このまま置いて行くことはできない。
連れ出したあと、迷い家に向い、枕返しに力を借りてサキュバスを駆除する。
その後、山姥の討伐に動けば良いと判断。
速やかに坂口くんを影の中に引きずり込み、屋外への脱出を試みた。
「山姥と侮りすぎましたか。結界を張ることができるのですね」
なんと、先輩と坂口くんは家全体に結界を張られ、脱出不可にされた。
そして坂口君が目覚める。
「あれ、君は……?」
「怖がらないでくださいね、アナタの味方ですから」
「どこかであったことある……気がする」
「……」
外に出られない間、ずっと影に潜むことはできるが坂口くんは人間だ。
影に潜むことによって人間が妖気にさらされ続けると、人体に悪い影響が出るだろう。
かといって、山姥の家に坂口くんを戻すわけにはいかない。
「隠れても無駄じゃて!匂いでわかるでなぁー!」
影の中にいる以上、山姥から手出しはできないが問題は坂口くんだ。
「アナタは山姥と同じ家に暮らして、なぜ無事なのですか?」
「山姥?あぁ、お母さんは山姥って名前なのか」
「お母さん?」
山姥が2階へ駆け上がってくる。
先輩はこれ以上坂口くんを影に入れておくことは危険と判断し、部屋に戻して様子を見ることにした。
山姥をお母さんと呼ぶ坂口くんに、危険が及ばないと判断したからだ。
「宏樹!座敷童子の娘っ子はどこいった?」
「座敷童子?あのひと座敷童子だったんだ」
「アイツがお前の生気を吸っとるから、こんなにやつれてしもうたんだなぁー!今すぐ引き摺り出して殺してやるぁ」
「違うよ、お母さん。あのひとは関係ないよ……」
先輩は影の中から話に耳を傾けたが、2人の関係性がわからないままだった。
この場で山姥を消滅させようとも考えたが、その短絡的な行動は危険と判断。
先輩は一晩潜伏し、この家と山姥、坂口くんのことをさらに調べることを選んだ。
「童や、ここからは出られないで。覚悟決めて殺されに出て来いやぁ」
潜入前に先輩が僕に言った言葉。
ー明日、万が一わたしが通学していなければ何かあったと判断して助けにきてくださいー
子供を拐っては殺して食べると言われている山姥の存在。
地下部屋から溢れ出ている、山姥に殺されたであろう子供達の断末魔と恐怖心。
そして山姥をお母さんと呼ぶ坂口くん。
それに取り憑くサキュバス。
「明日には援軍が来るでしょうし、それまで1つでも多くの謎解きをしておきますか」
先輩は一晩の宿を、山姥の住むこの家で過ごすことになった。
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