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ベホイミ
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最初に勤めた仕事はちょうど一年で辞めた。
高校を卒業してすぐに調理の仕事に就いた俺は、一年で社会の、現実の辛さにボコボコに打ちのめされたのだ。
まあ、給料の少なさや、拘束時間が長いことは覚悟をしていたのだが、考えていたのと、実際に働くのとではまるで違う。
その中でも何よりも辛かったのは、仕事が終わると毎日決まって、最遊記に出てくる猪八戒と沙悟浄そっくりな上司に賄いを作らなければならないことだった。
猪八戒らの目的は、少ない給料を賄いで少しでも浮かせて、キャバクラに行くことだった。
百歩譲って生活費がキツくてなら分かるが、そんな色欲にまみれた薄汚い理由で金にもならない残業をするのはたまったもんじゃない。
当時キャバクラなど行ったことない俺は、キャバクラにはこの豚と河童の妖怪をも受け入れてくれる、三蔵法師みたいなできた人間がいるのだと本気で思っていた。
きっとこいつらは、キャバクラに行けるならおが屑とキューリを賄いに与えても喜んで食べたであろう。
なんにせよ、当時一二時間以上働いている中での貴重な自分の時間を、こいつらの賄いと、愛想笑いで頬の筋肉が痛くなる、しょうもない話に費やす、おそらく人生で最も無駄な時間に削られていくのが苦痛で仕方がなく、「とっとと帰ってキャバクラでも天竺にでも行ってくれよ。」と悲願する毎日だったのだ。
次第に長い拘束時間や人間関係の息苦しさもあり、職場に行くのが苦痛になっていき、日々消耗していった。
ちなみに、友人に当時の俺の状況を聞いてみたところ、怯えきった声で「風呂場に妖精がいる」と深夜二時に友人に電話をかける程のいかれっぷりだったそうだ。
そんなギリギリの中で俺は、記念すべき最初の回復呪文を覚えたのだ。
その名も「脳内CDプレーヤー」
脳内で好きな音楽を流して、長く辛い仕事の時間を紛らわすと言う、おそらく使ったことがある人も多いであろう初級呪文だ。
当時よく行っていたラーメン屋で、毎回流れていた名前も知らない洋楽(後になって調べたら、フーファイターズのBest of youと言う曲)が妙に耳に残り、気に入ってたので、よく脳内でヘビロテしていた。
実際の曲は四分ちょっとなのだが、脳内ではできるだけゆっくりと、五分以上を目標に流し、「よし。六曲流したし三十分くらいは経っただろう。」などと思いながら時計を見て、実際は四十五分も経っている事実に一人歓喜の声を上げていたのだ。
ちなみに、あれから10年以上経った今でもこの回復呪文をよく使うのだが、現在は専ら運動会で流れる曲だ。
しかも曲だけでなく実際に運動会も行う。
脳内大運動なのだ。
選手宣誓から始まり、入念に準備体操を行って、球投げ、徒競走、フォークダンスに騎馬戦、ラストにリレーを行い、全ての競技が終わる頃には仕事も終わっているのだ。
フォークダンスで、好きだったあの子と甘酸っぱい青春を体験し、騎馬戦で胸が熱くなる死闘を繰り広げ、最後のリレーでヒーローになる。
そして、気づけば仕事が終わっている。
なんて素晴らしい。
ちなみに現実の昼飯が唐揚げだった日なんて、もうテンション爆上げだ。
「運動会で食べる唐揚げが、唐揚げ史上一番美味い。子供が出来たら、運動会で絶対一緒に唐揚げを食べよう。」とつい心に決めるぐらいに、心が晴れやかになる。
しかし、たまに意識が運動会に行き過ぎて、上司に怒られる時は一気に現実に引き戻される。
「やれやれ。今日は雨天中止か。」などと、自分の心境と運動会をとで、上手いこと言ってる風に掛けてしまう程にやられてしまう。
さて、こうして記念すべき最初の回復呪文を覚えた俺は、しばらくは日々少しずつ回復して行き、なんとかやってはいけたのだが、それ以上の圧倒的なダメージに回復が追いつかなくなり、わずか一年で退職をしたのだ。
退職時に料理長にこう言われた。
「俺の若い頃は休みも出勤して技術を学んだし、給料なんてほとんどなかった。お前は給料も貰えているのに、休みの日は一度も出勤しなかったなあ。正直、辞めてくれて嬉しいよ。」
そう言う料理長の顔は、別に怒っているわけでもなく、ただニタニタと笑っていた。
「うるせえばかやろう。お前の時代と一緒にするんじゃねえ。俺だって、俺だってな、精一杯やってきたんだ。やってきたんだ。」
なんて、言えるわけもなく、「すみません。すみません。」と、ただ俺は謝り続けた。
その時の料理長の言葉は、今でもたまに夢に出てくるほどに悔しく、悲しく、惨めで恥ずかしい。
そこからはどうやって帰ったのか、何を考え、どんな顔をしていたかなど全く覚えていない。
ただ一つだけ覚えているのは、職場を出た外の気温は、四月にしては無駄に暑く、暴力的なほどに眩しい太陽が妙に腹立たしくて、思いっきり太陽に舌打ちをかました事だけだ。
高校を卒業してすぐに調理の仕事に就いた俺は、一年で社会の、現実の辛さにボコボコに打ちのめされたのだ。
まあ、給料の少なさや、拘束時間が長いことは覚悟をしていたのだが、考えていたのと、実際に働くのとではまるで違う。
その中でも何よりも辛かったのは、仕事が終わると毎日決まって、最遊記に出てくる猪八戒と沙悟浄そっくりな上司に賄いを作らなければならないことだった。
猪八戒らの目的は、少ない給料を賄いで少しでも浮かせて、キャバクラに行くことだった。
百歩譲って生活費がキツくてなら分かるが、そんな色欲にまみれた薄汚い理由で金にもならない残業をするのはたまったもんじゃない。
当時キャバクラなど行ったことない俺は、キャバクラにはこの豚と河童の妖怪をも受け入れてくれる、三蔵法師みたいなできた人間がいるのだと本気で思っていた。
きっとこいつらは、キャバクラに行けるならおが屑とキューリを賄いに与えても喜んで食べたであろう。
なんにせよ、当時一二時間以上働いている中での貴重な自分の時間を、こいつらの賄いと、愛想笑いで頬の筋肉が痛くなる、しょうもない話に費やす、おそらく人生で最も無駄な時間に削られていくのが苦痛で仕方がなく、「とっとと帰ってキャバクラでも天竺にでも行ってくれよ。」と悲願する毎日だったのだ。
次第に長い拘束時間や人間関係の息苦しさもあり、職場に行くのが苦痛になっていき、日々消耗していった。
ちなみに、友人に当時の俺の状況を聞いてみたところ、怯えきった声で「風呂場に妖精がいる」と深夜二時に友人に電話をかける程のいかれっぷりだったそうだ。
そんなギリギリの中で俺は、記念すべき最初の回復呪文を覚えたのだ。
その名も「脳内CDプレーヤー」
脳内で好きな音楽を流して、長く辛い仕事の時間を紛らわすと言う、おそらく使ったことがある人も多いであろう初級呪文だ。
当時よく行っていたラーメン屋で、毎回流れていた名前も知らない洋楽(後になって調べたら、フーファイターズのBest of youと言う曲)が妙に耳に残り、気に入ってたので、よく脳内でヘビロテしていた。
実際の曲は四分ちょっとなのだが、脳内ではできるだけゆっくりと、五分以上を目標に流し、「よし。六曲流したし三十分くらいは経っただろう。」などと思いながら時計を見て、実際は四十五分も経っている事実に一人歓喜の声を上げていたのだ。
ちなみに、あれから10年以上経った今でもこの回復呪文をよく使うのだが、現在は専ら運動会で流れる曲だ。
しかも曲だけでなく実際に運動会も行う。
脳内大運動なのだ。
選手宣誓から始まり、入念に準備体操を行って、球投げ、徒競走、フォークダンスに騎馬戦、ラストにリレーを行い、全ての競技が終わる頃には仕事も終わっているのだ。
フォークダンスで、好きだったあの子と甘酸っぱい青春を体験し、騎馬戦で胸が熱くなる死闘を繰り広げ、最後のリレーでヒーローになる。
そして、気づけば仕事が終わっている。
なんて素晴らしい。
ちなみに現実の昼飯が唐揚げだった日なんて、もうテンション爆上げだ。
「運動会で食べる唐揚げが、唐揚げ史上一番美味い。子供が出来たら、運動会で絶対一緒に唐揚げを食べよう。」とつい心に決めるぐらいに、心が晴れやかになる。
しかし、たまに意識が運動会に行き過ぎて、上司に怒られる時は一気に現実に引き戻される。
「やれやれ。今日は雨天中止か。」などと、自分の心境と運動会をとで、上手いこと言ってる風に掛けてしまう程にやられてしまう。
さて、こうして記念すべき最初の回復呪文を覚えた俺は、しばらくは日々少しずつ回復して行き、なんとかやってはいけたのだが、それ以上の圧倒的なダメージに回復が追いつかなくなり、わずか一年で退職をしたのだ。
退職時に料理長にこう言われた。
「俺の若い頃は休みも出勤して技術を学んだし、給料なんてほとんどなかった。お前は給料も貰えているのに、休みの日は一度も出勤しなかったなあ。正直、辞めてくれて嬉しいよ。」
そう言う料理長の顔は、別に怒っているわけでもなく、ただニタニタと笑っていた。
「うるせえばかやろう。お前の時代と一緒にするんじゃねえ。俺だって、俺だってな、精一杯やってきたんだ。やってきたんだ。」
なんて、言えるわけもなく、「すみません。すみません。」と、ただ俺は謝り続けた。
その時の料理長の言葉は、今でもたまに夢に出てくるほどに悔しく、悲しく、惨めで恥ずかしい。
そこからはどうやって帰ったのか、何を考え、どんな顔をしていたかなど全く覚えていない。
ただ一つだけ覚えているのは、職場を出た外の気温は、四月にしては無駄に暑く、暴力的なほどに眩しい太陽が妙に腹立たしくて、思いっきり太陽に舌打ちをかました事だけだ。
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