疎まれ第二王子、辺境伯と契約婚したら可愛い継子ができました

野良猫のらん

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番外編 転生したら悪役王太子コンスタンだった件

第七話 馬鹿な考え

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「コンスタン?」

 父が戸惑った顔を浮かべる。

 怒りを感じる自分に、不思議さも感じた。
 今まで両親の言動に、こんな激しい怒りを感じることはなかった。
 
 だが今は、獣人への差別も、王太子の地位を盾に脅すような物言いも、なにもかも違和感があった。

 コンスタンは、思わず席から立ち上がった。

「あんたらは、エヴラールの外見と種族しか見ていないじゃないか! 中身を何も見ちゃいない! 普段どんな口を利いて、どんな過去を送ってきて、どんな楽器を弾けるのか、何も知らないくせに!」

 父と母は口をパクパクとさせながら、互いに顔を見合わせている。
 僕がこんな風に反抗したことなんて、なかったからな。

「そもそも『獣人どもが自分の国だと思うようになる』って、なんだよ! 実際にこの国に住んでる獣人にとっては、この国が自分の国なんじゃないのか!」

「コンスタンさま……」

 隣からエヴラールの呟きが聞こえた。
 彼はどう感じているのだろうか。知るのが怖い気がして、そちらを見ることができなかった。

 僕自身だって、獣人を差別していたのに。獣人に会ったら食べられるかも、なんて馬鹿なことを言っていた。獣臭いなんて言っていた。
 愚かだった。今ならば、それがわかる。
 
「エヴラールを伴侶にしたら王太子をやめさせるっていうんなら、そうしたらいい! こっちから願い下げだ!」

 啖呵を切ると、僕はずんずんと歩いて茶会室を出ていった。

「コンスタンさま!」

 廊下をずんずん歩く僕を、エヴラールが後ろから追ってきた。
 僕は立ち止まったが、振り向くことができなかった。怖かったからだ、彼の顔を見るのが。

「なぜ、私を庇うような発言をなさったのです。私とコンスタンさまは、いわば……契約上の関係のようなものでしょう?」

 たしかに、これは取引から生まれた関係だ。
 けれども僕にとっては、とっくにそれだけではなくなっている。

「そ、そんなの……言わなきゃわかんないわけ?」

 つっけんどんに言い放った。
 
 エヴラールから見れば、愚かな恋心かもしれないな。だって彼が興味があるのは、僕の地位だけなんだから。

「それより、ごめん。僕が王太子じゃなくなったら、エヴラールにとっては、何の意味もないよな」

 僕はその場で項垂れた。

 エヴラールからの返答はない。
 呆れたのだろうか。無言で立ち去ってしまったのかもしれない。
 振り返って、彼の姿がないのを確認するのが怖い。

 そう思ったときだった。

 後ろから抱き締められた。二本の腕で強く、強く抱き締められた。

「コンスタンさまにしては、賢いではないですか。貴方が王太子でなくなれば、私にとっては何の意味もない……はず、なんです」

 耳元から聞こえたのは、絞り出すような声音だった。

「そのはず、なんですが……」
「じゃあ、この手は一体、何……?」

 僕を抱き締める手に、そっと触れてみた。
 彼の手は、少し震えていた。

「……自分でも、わかりません。わからないんです、こんな気持ちになったのが、初めてで」
 
 感じる鼓動は、僕のものだろうか。彼のものだろうか。

「こんなに……馬鹿な考えで頭の中がいっぱいになるのは、初めてなんです」
 
「馬鹿な考えって何か、聞いても?」

 鼓動がだんだんと速まっていく。

 少しの沈黙のあと、彼は口を開いた。

「コンスタンさまがたとえ王太子でなくなっても、添い遂げたいと思ってしまっています。少し前までは『絶対に手に入れたい』と思っていたのが……今では、『私には貴方しかいない』とまで思っているのです。馬鹿な、考えですよね。私はいつの間にか、貴方よりも愚かな人間になってしまっていたようです」

 彼の口にした言葉はまさしく、疑いようもなく、愛の言葉だった。
 胸の内側に嬉しさが広がって、空まで浮き上がれそうな心地になる。

「あの、ひとつ、言ってもいいか?」

「はい」

「『貴方よりも愚かな人間になってしまっていたようです』というのはつまり、日頃から僕のことを愚かな人間だと思っていたってことだよな?」

「あっ」

 しまった、口が滑った。とでも言わんばかりの呟きが聞こえた。

「おい、エヴラール、この!」

 僕は思わず振り返った。
 間抜けヅラの彼が、そこに突っ立っていた。

 アーモンド形の黒い瞳も、腹の立つほど整った顔立ちも、顔面を覆う白い毛並みも、全て間抜けに見える表情を浮かべていて、なのにそんな顔を見て、ああやっぱり好きだ、と痛感してしまうのだった。
 
 僕は手を伸ばして彼の両頬を掴み、ぐにぐにと伸ばしてやった。

「ふぉんふふぁんふぁま」

 頬から濡れた感触がしたのには、触れないでやった。

「ははははは、面白い顔しやがって! いい気味だ!」

「ふぁんべんひへくだはいまへ」

 ひとしきり顔で遊んでから、手を離してやった。
 
 まったく。嬉しい告白だったのに、締まらない男だ。けれども、こういう空気の方が僕たちらしいとも感じる。

「……まあ、その。とりあえず辺境伯領まで送ってやるよ。僕がいないと、転移魔法陣を使えないだろ」

「おや。てっきりこのあと、駆け落ちの相談でもするのかと。もうお別れですか?」

 エヴラールがにこにこと、冗談かわかりづらいことを口にする。

「駆け落ちって、お前……まあ、そうしなきゃ結ばれないんだったら、考えるけれども」

「えっ」

 彼が虚を突かれたように、息を呑んだ。

「な、何を意外そうな顔してるんだよ! 僕はこれでも、結構、本気でお前のこと好きなんだけど!?」

「いえ……すみません。あまりにも、嬉しかったものですから。はっきりとコンスタンさまの好意が聞けて」

 乙女のように微笑む彼を見て、そういえば好意を口にしたのは初めてだなと気がついたのだった。

「コンスタンさまが本気なのであれば、一つご提案があるのですが」

 エヴラールがすっと真剣な顔になり、耳元に口を寄せてきた。

 彼は囁いた。

「どうせ王太子でなくなるならば、王になりませんか?」
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