悪の皇帝候補に転生したぼくは、ワルワルおにいちゃまとスイーツに囲まれたい!

野良猫のらん

文字の大きさ
14 / 57

第十四話 シルヴェストルから見た可愛い弟(前編)

 緩やかな曲線を描く赤い癖毛。赤い瞳が内側に収められたツリ目。十二歳とは思えぬ酷いクマの浮いた顔。
 どれをとっても、理想の「王子様」にはほど遠い。
 それがシルヴェストルが鏡を覗いたときに見える、自分の顔であった。
 鏡を見つめながらシルヴェストルは前髪を横に流し、撫でつけた。

 シルヴェストルは、生まれながらに王太子だったわけではない。
 三歳年上の異母兄がいた。その兄が王太子だった。
 兄の名をリオネルと言った。

 リオネルは金髪碧眼で、物語に出てくるような理想の「王子様」だった。
 性格がよくて人望があり、勉学においても優秀な成績を修めていた。
 そんな兄とシルヴェストルは、ことあるごとに比べられた。

「その程度の成績で、リオネルに勝つつもりはあるの! いつかは王太子の座を奪い取って、あなたが王にならなきゃいけないのよ!」

 母はシルヴェストルを叩いて、夜遅くまで勉強させた。目元のクマは、寝不足によるものだ。

 シルヴェストルの母親と、正妃であるリオネルの母親は派閥が違う。
 母は派閥の力を強めるために、シルヴェストルにリオネルを蹴落とさせたいのだ。
 
 だがどんなに努力を重ねても、リオネルのように優秀になれることはなかった。年齢差を差し引いても、二人はあまりにも差がありすぎた。
 「金髪碧眼の王子様」への劣等感が、シルヴェストルの中に積み重なっていった。
 ただ母に褒めてもらいたくて努力を重ね、そして望みが叶えられることは決してなかった。

 それがある日、リオネルは事故で死んだ。
 繰り上がりでシルヴェストルが王太子となった。

 邪魔者はいなくなった。これで自分は母に褒めてもらえる。そう思っていた。

「まだこの程度の魔術しか使えないの⁉ リオネルがあなたの年だったころには、もっと高度な魔術を使っていたわ!」

 リオネルが死んだ後もなお、リオネルと比べられるだけだった。
 何をしてもリオネルと比べられる。
 そのうちリオネルの享年を自分の年齢が超えても、「リオネルが生きていたらもっと優秀な成績を修めていたに違いない」と比べられるのだろう。
 リオネルが死んだことにより、リオネルを超えることは決してできなくなった。変わったのはそこだけだった。

 そんな日々を過ごしているうちに、正妃が第二子を産んだ。シルヴェストルにとっては、異母弟に当たる。
 リュカという金髪碧眼の赤子だそうだ。
 金髪碧眼と聞いただけで、その子は自分を追い越すのだろうと思った。いつか自分を王太子の座から追いやるのだろうと。

 不安を裏付けるかのように、宮廷占術士がある予言をもたらした。
 弟が将来シルヴェストルを弑逆しいぎゃくし、玉座を簒奪さんだつすると。
 
 やはりな、という気分だった。
 「金髪碧眼の王子様」は自分を超えていき、やがて何もかもを奪っていくのだろう。
 リュカがただの野心に満ち溢れた簒奪者になるならばまだしも、人望のない王になった自分を排除するために、人々に望まれてリュカが立ち上がるのだとしたら。自分の名は、悪の王として歴史に名を刻まれるのだろう。
 その可能性が恐ろしかった。
 
 自分は誰からも好かれていない。そんなことはわかっている。
 実際、護衛のアランだっていつも冷ややかな視線で自分を見つめている。そこに含まれている感情は、軽蔑だ。

 幸いにして、リュカは身体が弱いと伝え聞いた。上手くすれば、簒奪者になることなく夭逝ようせいしてくれるかもしれない。
 宮廷占術士の占いは、必ず当たるといった類のものではない。数ある可能性のうち一つを占うものだ。
 
 シルヴェストルはリュカという弟の存在を忘れて、生きていた。
 唐突にそれが変わったのは、ある日の城の廊下でのことだった。
 リュカの方から、シルヴェストルにぶつかってきたのだ。あろうことか、リュカは自分のことを覚えていなかった。
 
 「お前など覚えておくに値しない男だ」と言われた気がした。
 怒りと憎悪を覚えた。
 その場で手を上げないためには、相当な忍耐力を要した。
 立ち去る際に腹立ちまぎれに少しぶつかってやったことくらい、許されるだろう。

 ところが。
 ところがだ。
 
 あろうことか、リュカは後ろから抱き着いてきた。
 久方ぶりに感じた、他人の体温だった。
 
『ぼく、おにいちゃまとなかよくしたい!』

 なんて馬鹿みたいなセリフまで吐いて。
 まったく馬鹿なガキだ。

 こんな馬鹿なガキが、リオネルと似ているはずがない。
 小さなガキのことを警戒して、勝手に怒りや憎しみを感じていたことが、瞬時に馬鹿らしくなった。

 それから数日後のこと。
 リュカから突然、先触れが来た。シルヴェストルの部屋を訪れたいという内容だった。
 そんな願い、聞き入れてやる必要はない。
 
 だが……もう一度会ったら、あの弟はまた人懐っこく「おにいちゃま」と呼んでくれるのだろうか。
 小さな身体に抱き締められた感触を思い出す。

 もう一度くらい、会ってやってもいいだろう。いろいろと聞きたいこともあることだし。
 そう考えたシルヴェストルは、訪問の許可を出した。

 部屋に来たリュカはやっぱり馬鹿みたいに人懐っこくて、勝手に長椅子によじ登って座った。
 
 聞けば、リュカは生死の境を彷徨ったくらい弱っていたのだとか。
 この間突き飛ばしてしまったことを思い出し、ズキンと胸が痛むのを感じた。
 病弱なのは知っていたし、夭逝してくれればいいとすら思っていた。なのに、シルヴェストルは罪の意識を覚えてしまった。

 罪の意識を覚える自分に、リュカはこう言い放った。

『だってね、おにいちゃまは世界一かっこいいぼくのおにいちゃまなの! おにいちゃまがおにいちゃまで、うれしいの!』

 どうかしている、こんな格好の悪い男を世界一かっこいいだなんて。
 異母兄弟なんて本来ならば敵同士なのに、兄で嬉しいだなんて。

 この小さな生命体に、これ以上警戒心や怒りや憎悪を抱き続けることは不可能だった。

「オレがお前を庇護してやろう。オレはお前の兄なんだからな」

 シルヴェストルが宣言すると、リュカは素直に喜んだ。
 こんな自分が兄になって、リュカは本気で嬉しいのだ。胸の中に熱いものが込み上げてくるのを感じた。

 それからリュカは、とある料理を作りたいのだと言い出した。オリジナルレシピだから、誰も作ってくれないのだと。
 なんだそれは、こんな小さな愛らしい生物のワガママくらい叶えてやれなくてどうする。
 シルヴェストルは使命感を感じた。必ずリュカに、ワガママ放題できる日々を送らせてやると。

 自分が、そう扱われたかったから。
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結。一気読みできます!】悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。 本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる…… そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。 いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか? そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。 ……いや、違う! そうじゃない!! 悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!! 

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。