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第三話 家でのヴァンの居場所
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翌朝、ヴァンは暗い気持ちで目覚めた。
「お坊ちゃま、ゆっくりしている時間はありませんよ。お引っ越しまで、一週間しかないのですから」
目覚めるなりミストラル家のメイドに急かされる。その一言に、昨晩の出来事が夢ではなかったことを悟ったのだった。
昨晩、パーティから帰ったその足でギュスターヴはヴァンと一緒にミストラル家へと向かった。彼は伴侶としてヴァンの身を今すぐもらいうけたい旨をミストラル家当主、つまりヴァンの父に伝えた。
ミストラル家の者が大混乱に包まれたことは言うまでもない。
ヴァンの父は咄嗟に「ヴァンは王族の伴侶になるための教育を受けていないので、どんな粗相をするか分かりません」と主張して断ろうとしたが、ギュスターヴの意志は固かった。
彼の意志が翻る様子がないと見るや否や、父は「せめて時間を下さいませ」と乞うた。
「いいだろう。一週間後、馬車で迎えに来る」
それがギュスターヴの答えだった。
こうしてヴァンは、一週間の短期間で婿入りの準備を整えることになってしまった。
もはやヴァンが婚約者から婚約破棄されたことなど、ミストラル家にとってはどうでもいいことだった。王太子との結婚の方が一大事だった。
ミストラル家はなぜ王太子が急にこんなことを言い出したのか、大急ぎで王太子について調査を始めた。とは言ってもとっくのとうに知っていたような、通り一辺倒のことしか判明しなかった。
ギュスターヴ・エスプリヒ。年は二十歳。
まず、彼は十二種類の精霊の加護を得ている。これはここ数十年では、最も多い加護の数だ。
ただ数が多いだけではない。特筆すべきは、太陽の精霊からの加護を得ている点だ。太陽の精霊の加護を得たことがあるのは今まで初代国王だけで、太陽の精霊からの加護は半ば伝説上の概念と化していた。だからギュスターヴは、初代国王のように偉大な王になるのではないかと期待されている。
ギュスターヴは、性格も完璧だ。
誰にでも優しく、慈愛の心を持ち合わせている。そればかりかリーダーシップがあり、人を導く才があるとも言われている。品行方正、清廉潔白、善なる人。
調べれば調べるほど、なぜ突然ヴァンを娶るなどと言い出したのか疑問に思うしかない人物像だった。
「僕とは大違いだ……あらゆる点で」
ヴァンは嘆息した。
侯爵位の次男という地位だけ見れば、王太子の伴侶に選ばれる可能性は決してないとは言い切れない。だが、ヴァンはミストラル家の出来損ないだ。おまけに見た目が美しいわけでもないし、性格は暗くて愛嬌がない。年齢も、ヴァンの方が二つも上だ。どう考えても、選ばれるに足る理由はないように思えた。
ギュスターヴとの婚姻のことを考えると、気が重くなるばかりであった。
憂鬱な時間が過ぎる中、ヴァンは父親の部屋に呼ばれた。
出発前に話をしたいのだそうだ。ヴァンよりも、嫡男である兄ばかり贔屓する父親だった。だがそれでも離れるとなれば、話したいことの一つや二つあるのだろう。
こうして父に呼び出されたことが、ヴァンは嬉しかった。
「来たか、そこに掛けろ」
部屋に入ってきたヴァンを見て、書き物をしていた父は顎をしゃくって椅子を示す。ヴァンはそこに腰掛けた。
父からは風と氷と空気の精霊の気配を感じる。父はいつも、冷たくて乾いた峻烈な北風を思い起こさせた。
「ヴァン。いきなりこういう事態になって、お前には言っておくことがある」
「はい」
ヴァンは自然と姿勢を正す。
「お前がどうなってもいいが、ミストラル家の名を汚すような真似だけはしてくれるなよ」
「は……?」
激励の言葉をかけてくれると思っていたのに、何と言われたのか理解できなくて固まった。
「出来損ないのお前に王の伴侶など無理だ、どうせ妾止まりだろう。すぐにでも城に居を移させようとしているのが、その証だ。そこで何が起ころうが知ったことではないが、ミストラル家に迷惑をかけるような失態だけはしてくれるなよと言っているのだ」
「あ……」
父は別れの挨拶をしたかったのではない。釘を刺したかっただけだったのだ。
「はい、心得ております……」
項垂れたヴァンに、父はそれきり一瞥もくれなかった。
後で知ったことだが、ミレイユとの婚約破棄の話は内々に進んでいたらしい。
ヴァンの頭を飛び越して父に婚約破棄をしたいという話が持ちかけられ、父は勝手にそれを了承していた。何も知らなかったのはヴァンだけだったのだ。
ヴァンはこの家で、ずっと蔑ろにされ続けていた。
「お坊ちゃま、ゆっくりしている時間はありませんよ。お引っ越しまで、一週間しかないのですから」
目覚めるなりミストラル家のメイドに急かされる。その一言に、昨晩の出来事が夢ではなかったことを悟ったのだった。
昨晩、パーティから帰ったその足でギュスターヴはヴァンと一緒にミストラル家へと向かった。彼は伴侶としてヴァンの身を今すぐもらいうけたい旨をミストラル家当主、つまりヴァンの父に伝えた。
ミストラル家の者が大混乱に包まれたことは言うまでもない。
ヴァンの父は咄嗟に「ヴァンは王族の伴侶になるための教育を受けていないので、どんな粗相をするか分かりません」と主張して断ろうとしたが、ギュスターヴの意志は固かった。
彼の意志が翻る様子がないと見るや否や、父は「せめて時間を下さいませ」と乞うた。
「いいだろう。一週間後、馬車で迎えに来る」
それがギュスターヴの答えだった。
こうしてヴァンは、一週間の短期間で婿入りの準備を整えることになってしまった。
もはやヴァンが婚約者から婚約破棄されたことなど、ミストラル家にとってはどうでもいいことだった。王太子との結婚の方が一大事だった。
ミストラル家はなぜ王太子が急にこんなことを言い出したのか、大急ぎで王太子について調査を始めた。とは言ってもとっくのとうに知っていたような、通り一辺倒のことしか判明しなかった。
ギュスターヴ・エスプリヒ。年は二十歳。
まず、彼は十二種類の精霊の加護を得ている。これはここ数十年では、最も多い加護の数だ。
ただ数が多いだけではない。特筆すべきは、太陽の精霊からの加護を得ている点だ。太陽の精霊の加護を得たことがあるのは今まで初代国王だけで、太陽の精霊からの加護は半ば伝説上の概念と化していた。だからギュスターヴは、初代国王のように偉大な王になるのではないかと期待されている。
ギュスターヴは、性格も完璧だ。
誰にでも優しく、慈愛の心を持ち合わせている。そればかりかリーダーシップがあり、人を導く才があるとも言われている。品行方正、清廉潔白、善なる人。
調べれば調べるほど、なぜ突然ヴァンを娶るなどと言い出したのか疑問に思うしかない人物像だった。
「僕とは大違いだ……あらゆる点で」
ヴァンは嘆息した。
侯爵位の次男という地位だけ見れば、王太子の伴侶に選ばれる可能性は決してないとは言い切れない。だが、ヴァンはミストラル家の出来損ないだ。おまけに見た目が美しいわけでもないし、性格は暗くて愛嬌がない。年齢も、ヴァンの方が二つも上だ。どう考えても、選ばれるに足る理由はないように思えた。
ギュスターヴとの婚姻のことを考えると、気が重くなるばかりであった。
憂鬱な時間が過ぎる中、ヴァンは父親の部屋に呼ばれた。
出発前に話をしたいのだそうだ。ヴァンよりも、嫡男である兄ばかり贔屓する父親だった。だがそれでも離れるとなれば、話したいことの一つや二つあるのだろう。
こうして父に呼び出されたことが、ヴァンは嬉しかった。
「来たか、そこに掛けろ」
部屋に入ってきたヴァンを見て、書き物をしていた父は顎をしゃくって椅子を示す。ヴァンはそこに腰掛けた。
父からは風と氷と空気の精霊の気配を感じる。父はいつも、冷たくて乾いた峻烈な北風を思い起こさせた。
「ヴァン。いきなりこういう事態になって、お前には言っておくことがある」
「はい」
ヴァンは自然と姿勢を正す。
「お前がどうなってもいいが、ミストラル家の名を汚すような真似だけはしてくれるなよ」
「は……?」
激励の言葉をかけてくれると思っていたのに、何と言われたのか理解できなくて固まった。
「出来損ないのお前に王の伴侶など無理だ、どうせ妾止まりだろう。すぐにでも城に居を移させようとしているのが、その証だ。そこで何が起ころうが知ったことではないが、ミストラル家に迷惑をかけるような失態だけはしてくれるなよと言っているのだ」
「あ……」
父は別れの挨拶をしたかったのではない。釘を刺したかっただけだったのだ。
「はい、心得ております……」
項垂れたヴァンに、父はそれきり一瞥もくれなかった。
後で知ったことだが、ミレイユとの婚約破棄の話は内々に進んでいたらしい。
ヴァンの頭を飛び越して父に婚約破棄をしたいという話が持ちかけられ、父は勝手にそれを了承していた。何も知らなかったのはヴァンだけだったのだ。
ヴァンはこの家で、ずっと蔑ろにされ続けていた。
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