婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん

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第四話 そよ風みたいに優しい

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「ヴァンせんせーだ!」
「せんせー、ご本読んで!」
 
 王都の一画に存在する小さな孤児院。そこにヴァンが訪れると、幼い子供たちがわらわらと寄ってきた。
 
 ヴァンはたびたびこの孤児院を訪れては、慈善活動の一環として子供たちに算術や読み書きを教えていた。もともと家にいたくなくて休日はこの孤児院を訪れていただけだったのだが、今では子供たちに勉強を教えることがヴァンの生きがいとなっていた。
 子供たちが抱えている本も、ヴァンが自由にできる範囲のお金で寄付したものだ。
 
「アニエス、こんにちは。ケヴィンも風邪は治ったのかい? 元気そうで良かった」
 
 ヴァンは腰をかがめて視線を合わせ、彼らに笑いかける。
 
「だけどごめんね。本を読んであげる時間はないんだ。今日は大事な話があるんだ」
 
 声音から何か感じ取ったのか、ヴァンが訪れてくれた喜びに沸いていた子供たちが真剣な眼差しになる。今日はこのために家から抜け出して孤児院を訪れたのだ。
 
「あのね……先生、急だけど結婚することになって、相手の方の家に引っ越すことになったんだ。そしたら色々と忙しくなると思うから、多分もうここには来れないと思う。ごめん」
 
 ヴァンが読み書きを教えることで文字を読めるようになり、孤児たちの将来就ける職業の幅は広がった。けれども彼らの中でも幼い子たちはまだまだ読み書きができない子も多いし、将来に役立てるならば教えてあげられる算術はまだまだたくさんある。
 それをこんなに中途半端な形で放り出すことになって、ヴァンは悔いていた。
 
「せんせー……」
 
 子供たちも一斉に黙り込んでしまった。いつも騒がしい孤児院が静まり返る。
 
「先生、おめでとう!」
 
 不意に声を上げたのは、現在の孤児院でもっとも年長の少女アニエスだった。
 アニエスは青空のような色の蒼い瞳をした可愛い女の子だ。とても聡い子で、ヴァンがいない日も教えた文字を練習して書いているという。
 
「先生が来なくなるのは寂しいけど、結婚するんだよね? みんな、結婚って嬉しいことなんだよ! 拍手しよう!」
 
 彼女が周囲を見回して促す。子供たちはおずおずと拍手をし始めた。これはめでたいことなのだと理解すると、彼らの表情は次第に笑顔になっていった。
 
「せんせー、おめでとう!」
「けっこんおめでとう!」
「おめでとー!」
 
 子供らが泣き出してしまうのではないかと思っていたのにこうして祝われ、ヴァンはじわりと瞳が潤むのを感じた。
 
「みんな……ありがとう」
 
 眼鏡を外し、眦から零れた涙を指で拭う。
 
「ちっちゃい子たちには、アタシが文字を教えるから大丈夫! だから先生、安心して!」
 
 心残りを見抜いたかのように、アニエスが請け負う。
 
 彼女は元々どちらかというと内気な女の子だったのだが、年長としての責任感ゆえかすっかりたくましくなっていた。
 もう自分がいなくても彼らは立派に成長していけるだろう。そのことを悟り、胸の内の心残りが溶けて消えていくのを感じた。
 
 その後すぐに帰るつもりだったのだが、どうしても最後に一回だけとせがまれて、ヴァンは彼らに本を読み聞かせることになった。
 
 ヴァンが開いたのは民衆用に平易な言葉で書かれた聖典だ。それをさらに子供向けに噛み砕いて、話し始めた。精霊に愛された初代国王の伝説は、特に子供たちのお気に入りの話だ。みんな目を輝かせて話に聞き入っていた。
 やがてヴァンの穏やかな語り口に眠気を誘われたのか、幼い子供たちのうちの何人かは、すやすやと寝息を立て始めた。
 
「……こうして、国王となった白眉の君は、愛する人といつまでも幸せに暮らしましたとさ」
 
 昼食後の時間だったことも相まってか、語り終わった時には幼児たちはすっかりお昼寝ムードだった。アニエスのように少し大きい子供たちが、寝入ってしまった幼児たちをベッドに運んでいく。
 
「僕の読み方、退屈なのかな……」
 
 幼い子たちがすっかり寝てしまったのを見て、ヴァンが自信なさげに零す。
 
「違うよ。先生の声って安心できるから、ついつい寝ちゃうんだよ」
 
 いつの間にかアニエスが傍にいて、呟きを聞いていたらしい。蒼い瞳がヴァンをまっすぐに見上げる。
 
「ほら、先生の声ってなんだかそよ風みたいに優しいから」
「え……?」
 
 彼女の言葉にヴァンはぱちぱちと目を瞬かせる。
 驚いたからではない、既視感を覚えたからだ。こうして蒼い瞳に見上げられながら、似たようなことを昔だれかに言われたような……。
 
 思い出そうとした瞬間に、既視感はふっと掻き消えてしまう。まるで意識するほど存在が希薄になる精霊のように、記憶の合間からすり抜けていった────何かとても大切なことだったような気がするのだが。
 
 気のせいかな、とヴァンは首を傾げたのだった。
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