婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん

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第二十三話 特等席

「と、特等席って、ここのこと……!?」
 
 剣闘大会当日、ギュスターヴが用意してくれた『特等席』に通されたヴァンは悲鳴に近い声を上げた。
 
 そこは観戦席最上段の、王家の紋章が堂々と描かれた天幕の中だった。ギュスターヴとヴァン、二人の専用席が設けられている。ちなみに隣には国王夫妻の天幕が張られている。剣闘大会を観戦に来た全貴族の注目を受けること、間違いなしだ。
 
「どうだい、ヴァン。ここなら闘技場のすべてが見渡せるだろう?」
「う、うん……」
 
 観客からチラリチラリと向けられる視線に居心地の悪さを感じながら、ヴァンは席に浅く腰かけた。
 
「ヴァンが私と二人なら楽しいと言ってくれたからね。二人だけの空間を用意したんだ」
 
 ギュスターヴは甘く囁くが、陣幕の隅にフィリップとギュスターヴの側仕えが控えている。湖でのデートの時とは違って、二人きりの特別感はあまり感じられなかった。何より大勢の視線が突き刺さる。
 
 風の精霊に願えば、こちらに視線を寄越す観客たちが何を話しているのか声を届けてもらうこともできるだろう。もちろんそんな気にはなれない。
 だって、自分の悪口を言っているかもしれないのだから。なんだあのみすぼらしいのは。殿下のお隣にいるのは相応しくない。そんな言葉が聞こえてしまったらと想像するだけで、顔が青褪めていくのがわかった。
 
「ヴァン、まさか緊張しているのかい?」
 
 ヴァンが強張っていることに気付いたのか、彼は顔色を変える。
 
「あの、ごめんなさい……まさかこんなに目立つ席だとは思わなくて」
 
 生まれた時から大勢の視線に晒されることに慣れている彼には、この緊張と苦痛は理解できないだろう。ヴァンは俯いた。
 
「ヴァン」
 
 その時、彼の手がそっとヴァンの手を握った。彼の手の温かみが直に伝わってくる。
 
「すまない、気がつかなかった……ヴァンがどう感じるか。私は浮かれていたみたいだ」
「え?」
 
 彼が謝罪の言葉を口にした。
 王太子である彼が自分なんかに謝罪したのだ。意外過ぎて目を瞬かせる。
 
「実を言うと、私も幼い頃は他者の視線が怖かった」
 
 潜めた声で語り出す。
 
「殿下が?」
「そうなんだ。でも堂々と振る舞っていれば、好奇の視線はいつしか羨望の眼差しへと変わっていくことに気がついた」
 
 彼にも他人から見られるのが怖かった時期があるなんて、にわかには信じがたかった。でも、彼の言葉には実感が籠っているように聞こえた。おそらくは真実なのだ。
 
「だからヴァン、彼らの目を見返してやればいい。私もこんなに愛らしく美しい男が伴侶になるのだと、観客たちに見せつけてやるつもりだ」
「殿下……」
 
 相変わらず彼の審美眼は狂っている。ヴァンが伴侶になるからといって、羨む者などいないだろう。
 それでも不思議と心は落ち着いて、彼に手を握られたままヴァンは席に留まった。
 
 幼かった頃の彼はどんな人間だったのだろう。
 思いを馳せているうちに、剣闘大会が幕を開けた。
 
 大会に参加する騎士たちが、闘技場にずらりと整列する。騎士たちは腰に装備した剣を引き抜くと、天へと掲げながら祈りを捧げ始める。
 騎士たちの剣が赤や青色の光を帯びていく。精霊の御力を剣に籠めているのだ。
 
「精霊神とその従者たる大精霊よ、我らの雄姿をご照覧あれ!」
 
 騎士たちが唱和する。
 次の瞬間、剣に籠められた精霊の御力が一斉に空へと発射された。色とりどりの光が真っ直ぐに上空に打ち上がり、花火のように空を彩った。火や水や、風などの精霊の御力が頭上で煌めく。
 
「わあ……!」
 
 ヴァンは感嘆の声を上げた。
 一斉に精霊の御力が空に発射されると、こんなに綺麗だとは知らなかった。
 
 精霊の御力を物体に籠める付与魔術は、何に力を籠めるかでその性質を変える。今、空に打ち上がった光は本来ならば攻撃用の魔術だ。剣に精霊の御力を籠めれば攻撃的な力を付与できるのだ。
 
 騎士たちは退場し、第一試合に出場する騎士二名の名が、音の精霊の御力が籠められた拡声器によって高々と読み上げられた。
 二名の騎士は闘技場に上がると対峙し、そして第一試合が始まった。
 
「ヴァン」
 
 剣戟の鋭い金属音が響く中、ギュスターヴがそっと声をかけてくる。
 
「まだ緊張してる?」
 
 握られた手が温かい。
 心臓がとくとくと鼓動している。
 
「いいえ、気になりません……殿下と二人ですから」
 
 後ろのフィリップたちに聞こえないぐらいの小声で、そっと答える。
 ヴァンは、おずおずとギュスターヴに微笑みかけたのだった。
 観客席の貴族たちのことなど、もう意識の外だ。
 
「そうか。それなら良かった」
 
 ほのかに彼の手の力が強まる。それが彼の安堵を表していた。
 
 未だに彼がヴァンを選んだ理由は分からない。だがそれも、気にならなくなってきていた。
 いつか聞かせてもらえればそれでいい。そんな風に考えられるようになってきていた。
 それはきっと、彼のことが――――
 
 この日、ヴァンは心臓の鼓動の理由をはっきりと自覚した。
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