婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん

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第三十五話 加護無し

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 朝、起きるとヴァンは高熱に苛まれていた。
 
 王配教育が始まってからちょうど一ヶ月くらいのことだった。
 フィリップの言い付けを破って夜更かしなどしてはいなかったが、季節の変わり目だからだろうか。夏風邪でも引いたのかもしれない。
 
 ヴァンは自らの額に手を当てながら冷静に思考した。
 
 この熱のことは隠し通そう、と。
 熱を出したことを伝えたら、丸一日寝かせられるに決まっている。一日の時間がどれほど貴重なことか。
 
「ヴァン様、お熱がありますね? それを隠そうとなさいましたね?」
 
 浅い目論見は、起こしに来たフィリップにすぐに看破されてしまった。
 彼はにっこりと凄味の感じられる笑みを浮かべている。怒らせてしまった。
 
「素直におっしゃって下さったら、寝ていてもらうだけで済まそうと思ったのですが……」
 
 彼はこれ見よがしに重い溜息を吐く。
 
「ぼ、僕は一体何をされるんですか……!?」
「お医者様をお呼びします。しっかりと体調を診てもらいましょうね」
 
 こうして一日が潰れることとなった。


「単なる風邪でございますね」
 
 王城勤めの侍医である老爺は言い放った。
 
「単なる風邪でよかったですね、ヴァン様。安心いたしました。それでは氷のうを作ってもらうよう、氷の精霊の加護を宿す者に頼んで参りますね」
 
 フィリップはヴァンを侍医に任せて部屋を後にした。
 二人きりになると、白い髭の生えたお爺さんはにこりと微笑んだ。
 
「それにしてもヴァン様は高熱を隠そうとなされたとか?」
「は、はい、申し訳ないです……」
 
 自分の浅知恵が情けなさすぎて、毛布を頭まで被りたくなる。
 
「ほっほ、幼き頃のギュスターヴ殿下と真逆でございますな」
「真逆ということは……殿下は仮病を?」
 
 意外な話にヴァンは目を丸くさせた。
 
「ええ、仮病を使っては勉学をサボって遊んでいらしたのでございますよ」
 
 幼い頃の殿下を思い浮かべているのか、侍医は目を糸のように細めて笑っている。
 きっと愛らしくて、やんちゃな子供だったのだろう。今のギュスターヴから考えると意外な気がして、ヴァンは驚いた。
 
「殿下は次期王位継承者ですから、きっとお勉強が厳しかったのでしょうね」
 
 幼い子供には一日中勉強など苦だろうと、想像しながら答える。
 
「いえいえ、むしろ人の気を引くためだったのでございますよ。何しろあの頃の殿下は後継者としては不安が……あ」
 
 彼は失言をしたとばかりに、口を手で塞ぐ。
 
「後継者として不安が? どういうことですか、教えて下さい!」
 
 剣闘大会の日、ギュスターヴは幼い時は他人の視線が怖かったと語った。堂々とした彼も、子供の時には人見知りだったのかなと思っていた。
 だが、何か事情があったのかもしれない。その可能性が、この老医師の言葉によって浮かび上がってきた。ヴァンはその内容が知りたかった。
 
「え、ええーと……まあ、フィアンセ様になら話しても大丈夫……ですかのう?」
 
 侍医は目を泳がせる。
 
「大丈夫です、問題ないです!」
 
 ヴァンは力任せに肯定した。
 
「そうですな、フィアンセ様相手にならば話してもいい。つまりワシの失言は失言ではなかった、ということでございますな!」
 
 彼も失敗を矮小化するために、問題はないのだと自分自身に言い聞かせている。
 
「それではお話しましょう」
 
 えほんと咳払いをして、語り出した。
 
「殿下が六歳までのことです。殿下は加護無しだと思われていたのでございます」
「加護、無し……?」
「ええ。精霊の加護の有る無しは、普通生まれた瞬間から変わらないもの。なのに殿下がお生まれになった当初は、精霊の気配が感じられなかったのです」
 
 信じられなかった。
 今ではあんなにたくさんの精霊からの加護を受けているのに。
 
「ですから当初、殿下は後継者としては不安視……どころか絶望視されていました」
 
 当たり前だ。かろうじて風の精霊には加護されているヴァンですら、生き辛いのだ。何の精霊にも加護されていないと思われていたのであれば、どんな扱いを受けていたのだろう。
 
「国王夫妻もせっかくの長子に愛情を注ぎたかったでしょうが、表向きには子はいないことにされていました。王族から加護無しが出たなど、王家の威信に関わりますから」
「ギュスターヴ殿下……」
 
 幼き頃の彼の孤独を思い、ヴァンは無意識に毛布をぎゅっと握った。
 
「何かの病気ではないかと、ワシは何度も殿下の診察を頼まれました。しかし加護がなくなる病など、聞いたことがありませぬ。ワシはその度に首を横に振るしかありませんでした」
 
 老医師は重々しく語る。
 
「それがある日突然、まるで光のない世界に日が昇るかのように、殿下の周囲が精霊の気配に満ち溢れていたのでございます」
 
 その日のことを思い返すかのように、彼は目を細めた。
 
「太陽の精霊を含めた十二の精霊に加護されていることが発覚した殿下は、慌てて王の正式な嫡子としてお披露目されました」
 
 そういえば子供の頃、太陽の精霊に加護された王太子がいるという話が急に出てきた気がする。子供だったヴァンはそんなこともあるのかなとよく理解していなかった。
 
「なぜ殿下の幼い頃は精霊の気配が感じ取れなかったのか、未だに原因は判明しておりませぬ」
 
 途中から加護を授かったわけではなく、あくまでも最初から加護を授かっていたが、他者にはそれが気取れなかっただけという解釈になっているようだ。
 
「しかしワシは最近思うのです。もしや殿下があまりにも素晴らしい素質の持ち主だから、太陽の精霊が殿下を独り占めしようとしたのでは、と」
「独り占めですか?」
「神話にあるでしょう、精霊神が白眉の君を独り占めしようとしたと。それと同じように、太陽の精霊が殿下を独り占めしようと他の精霊たちと長い間揉めていたのではないか、と。そう思うわけでございます」
 
 彼が語り終わったところで、ちょうどドアがコンコンと叩かれる。
 フィリップが戻ってきたのだ。
 体調不良も忘れるくらいに聞き入ってしまっていた。
 
「ありがとうございました」
 
 ヴァンはベッドの上で老医師に向かって頭を下げた。彼のおかげで、ギュスターヴの過去について知ることが出来た。
 ギュスターヴがヴァンの加護の数を気にしないのは、幼い時の体験が理由なのだろうか。
 何一つ不自由なく生きてきたかのように明るい人なのに、そんな過去があっただなんて。過去の境遇を思うと、我が事のように胸が痛むのを感じた。
 
 いつか殿下に直接聞いてみよう、ヴァンは心に決めた。
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