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第三十六話 婚約指輪、完成
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「ギュスターヴ殿下、ヴァン様。完成した婚約指輪をお持ちしました」
ついに婚約指輪が完成した。
宝石商の二人が訪ねて来てくれたので、ギュスターヴの部屋で応対することになった。
宝石商らは恭しくテーブルの上に木箱を置き、そっと開けた。
「わぁ……!」
蒼い宝石を嵌め込まれた指輪と、太陽と風の模様が彫り込まれた金の指輪が天鵞絨の上に鎮座していた。ヴァンがデザインした通りの彫刻の中央に宝石が埋め込まれ、想像以上に美しい出来上がりになっている。
「サイズが合っているかどうか、右手の薬指に嵌めてみて下さいませ」
宝石商に促され、ヴァンは指輪に手を伸ばす。
婚約指輪は右手の薬指に嵌めるのが風習だ。結婚したら右手から左手の薬指に移し替え、結婚指輪と共に重ね着けするのだ。
「待ってくれ」
その手をギュスターヴが止める。
「私に付けさせてくれないか」
「えっ、あ、はい……!」
蒼い宝石が嵌まっている方の指輪を彼がそっと手に取り、ヴァンの手を掴んだ。温かい手の温度に、舞踏会でのことを思い出す。夢のような時間だった。思い起こして我知らず頬が熱くなってくる。
銀の指輪が右手の薬指にスッと嵌め込まれた。
「……」
指輪が嵌められた右手をしみじみと見下ろす。
分不相応に大きな蒼い宝石が指で光っているというのに、不思議としっくりきた。彼が想いを込めて贈ってくれた品だからだろうか。
「緩かったりきつかったりしませんか?」
「あ、大丈夫です……!」
宝石商の言葉に、現実に引き戻される。
指輪のサイズには問題がなかった。
「ヴァン、私の指には君が嵌めてくれないか」
「は、はい、もちろん!」
ヴァンは金の指輪を手に取り、彼の手に触れる。
自分から彼に触れた経験など数えるほどしかなくて、酷く意識してドギマギしてしまう。
滲んできた手汗が彼に不快感を与えはしまいかと、不安に襲われる。
どくどくと五月蠅い鼓動を感じながら、彼の指にゆっくりと指輪を嵌め込んだ。
途端に精霊たちが嬉しそうにキラキラと光を降らせた。季節外れの雪のように、二人の周りに光が降り注ぐ。
「ああ……素晴らしい指輪だ」
彼は何度も目を瞬かせながら、指輪を見つめている。感極まって、今にも涙を流しそうだ。
「それでは私たちはこれで」
邪魔してはいけない雰囲気を悟ったのか、宝石商の二人は静かに部屋から立ち去った。フィリップを含めた側仕えたちも、そっといなくなる。
部屋には完全に二人だけになった。
「ヴァン……」
「はい、殿下……」
気が付けば二人の距離は、ハグできそうなほど間近になっていた。
彼が静かに口を開く。
「ヴァンとこうして婚約できたこと。ヴァンが私と結婚しようとしてくれていること。すべてが奇跡のように感じる。改めて礼を言わせてくれないか。ヴァン、ありがとう」
「いえ……」
最初は婚約しようと思って、婚約したわけではない。ほとんど実家から放り出されるようにして、仕方なく婚約することになったのだ。だが今は、自らの意思で彼と結婚したいと思っている。
「こちらこそ。殿下、僕を助け出してくれてありがとうございます」
彼にしてもらったことを言い表すとすれば、助け出してもらったと言うべきだろう。
ヴァンを苛む実家から、いや加護の数だけですべてを決めつける価値観そのものから、彼は助け出してくれたのだ。
「殿下、舞踏会で貴方が言っていたことについて詳しく聞いてもいいですか?」
「ヴァンのことを愛していると高らかに宣言したことについてか? 何について聞きたいんだ?」
彼は小首を傾げる。何気ない仕草まで様になっている。
「殿下はあの場で『本当の私を見てくれた』と仰いましたが、僕にとっては逆です……殿下の方が加護の数に囚われず、本当の僕を見て下さったのです。加護の数よりもその人自身を見るべきだというお考えが、僕を救ってくれました」
彼のおかげで、ヴァンは自分のことを少し好きになってきていた。
加護の数のことを抜きにすれば、自分もそんなに捨てたものではない。
そんな自尊心のようなものが芽生え始めていた。
「殿下がなぜそんな考えを抱くようになったのか、お聞きしてもよろしいですか?」
侍医から聞いた彼の過去の一端から、想像することはできる。
けれども彼から直接聞きたかった。
「何故そんな考えに至ったか? 目の当たりにしたからだ、加護の数次第で手の平を返す者たちを」
やはり、彼の過去が影響していた。
彼は語り出した。
「もうヴァンは誰かから聞いたかもしれないが……幼い頃、私は加護無しだと思われていた。私自身もそう思っていた。その頃の私は、公の場に出席することもできなかった」
「……」
ヴァンは彼の過去に胸を痛める。
「それがある日突然十二の精霊に加護されていることが判明し、数日の内に父上と母上の子としてお披露目され、次期王位継承者として期待されることとなった。私自体は何も変わっていないのにだ。その時に思った、加護の数などで何かを判断するなど下らないと」
ある日取り巻く環境だけが激変し、それまで不当に虐げられていたことを知ってしまった。
どんなに傷ついたことだろう。彼の痛みを思い、無意識のうちに胸の前で握り合わせた。
「だから私はその時決めたんだ。こんな国は変えてやると」
だが、ギュスターヴはニヤリと力強い笑みを浮かべた。
きっと幼き日の彼も同じ表情をしたのだろう。彼は傷つくよりも、周囲を変えてやると決心したのだ。
なんて強い。なんて眩しいのだろう。自分とは大違いだ。
「ギュスターヴ殿下……素晴らしい志です」
身体が震えてくる。
彼は間違いなく歴史に名を残す偉大な人物となるだろう。
他の人たちのように、彼が太陽の精霊に加護されているからそう思うのではない。
彼自身がそういう資質を持っていると思うからだ。
「殿下のために、祈らせて下さいませんか?」
彼の為に何かしたかった。
彼の右手を握り、その手に額を当てるように頭を下げる。
「風の精霊様、素晴らしい志を持つ彼に御力を貸してあげて下さいませ。彼がしたいことを為せるように」
ヴァンは彼の助けになりそうなものなど、何も持っていない。
だから祈った。唯一守護されている風の精霊に。
それで何かが起こるとは思っていない、ただの気休めのつもりだった。
だが。
ついに婚約指輪が完成した。
宝石商の二人が訪ねて来てくれたので、ギュスターヴの部屋で応対することになった。
宝石商らは恭しくテーブルの上に木箱を置き、そっと開けた。
「わぁ……!」
蒼い宝石を嵌め込まれた指輪と、太陽と風の模様が彫り込まれた金の指輪が天鵞絨の上に鎮座していた。ヴァンがデザインした通りの彫刻の中央に宝石が埋め込まれ、想像以上に美しい出来上がりになっている。
「サイズが合っているかどうか、右手の薬指に嵌めてみて下さいませ」
宝石商に促され、ヴァンは指輪に手を伸ばす。
婚約指輪は右手の薬指に嵌めるのが風習だ。結婚したら右手から左手の薬指に移し替え、結婚指輪と共に重ね着けするのだ。
「待ってくれ」
その手をギュスターヴが止める。
「私に付けさせてくれないか」
「えっ、あ、はい……!」
蒼い宝石が嵌まっている方の指輪を彼がそっと手に取り、ヴァンの手を掴んだ。温かい手の温度に、舞踏会でのことを思い出す。夢のような時間だった。思い起こして我知らず頬が熱くなってくる。
銀の指輪が右手の薬指にスッと嵌め込まれた。
「……」
指輪が嵌められた右手をしみじみと見下ろす。
分不相応に大きな蒼い宝石が指で光っているというのに、不思議としっくりきた。彼が想いを込めて贈ってくれた品だからだろうか。
「緩かったりきつかったりしませんか?」
「あ、大丈夫です……!」
宝石商の言葉に、現実に引き戻される。
指輪のサイズには問題がなかった。
「ヴァン、私の指には君が嵌めてくれないか」
「は、はい、もちろん!」
ヴァンは金の指輪を手に取り、彼の手に触れる。
自分から彼に触れた経験など数えるほどしかなくて、酷く意識してドギマギしてしまう。
滲んできた手汗が彼に不快感を与えはしまいかと、不安に襲われる。
どくどくと五月蠅い鼓動を感じながら、彼の指にゆっくりと指輪を嵌め込んだ。
途端に精霊たちが嬉しそうにキラキラと光を降らせた。季節外れの雪のように、二人の周りに光が降り注ぐ。
「ああ……素晴らしい指輪だ」
彼は何度も目を瞬かせながら、指輪を見つめている。感極まって、今にも涙を流しそうだ。
「それでは私たちはこれで」
邪魔してはいけない雰囲気を悟ったのか、宝石商の二人は静かに部屋から立ち去った。フィリップを含めた側仕えたちも、そっといなくなる。
部屋には完全に二人だけになった。
「ヴァン……」
「はい、殿下……」
気が付けば二人の距離は、ハグできそうなほど間近になっていた。
彼が静かに口を開く。
「ヴァンとこうして婚約できたこと。ヴァンが私と結婚しようとしてくれていること。すべてが奇跡のように感じる。改めて礼を言わせてくれないか。ヴァン、ありがとう」
「いえ……」
最初は婚約しようと思って、婚約したわけではない。ほとんど実家から放り出されるようにして、仕方なく婚約することになったのだ。だが今は、自らの意思で彼と結婚したいと思っている。
「こちらこそ。殿下、僕を助け出してくれてありがとうございます」
彼にしてもらったことを言い表すとすれば、助け出してもらったと言うべきだろう。
ヴァンを苛む実家から、いや加護の数だけですべてを決めつける価値観そのものから、彼は助け出してくれたのだ。
「殿下、舞踏会で貴方が言っていたことについて詳しく聞いてもいいですか?」
「ヴァンのことを愛していると高らかに宣言したことについてか? 何について聞きたいんだ?」
彼は小首を傾げる。何気ない仕草まで様になっている。
「殿下はあの場で『本当の私を見てくれた』と仰いましたが、僕にとっては逆です……殿下の方が加護の数に囚われず、本当の僕を見て下さったのです。加護の数よりもその人自身を見るべきだというお考えが、僕を救ってくれました」
彼のおかげで、ヴァンは自分のことを少し好きになってきていた。
加護の数のことを抜きにすれば、自分もそんなに捨てたものではない。
そんな自尊心のようなものが芽生え始めていた。
「殿下がなぜそんな考えを抱くようになったのか、お聞きしてもよろしいですか?」
侍医から聞いた彼の過去の一端から、想像することはできる。
けれども彼から直接聞きたかった。
「何故そんな考えに至ったか? 目の当たりにしたからだ、加護の数次第で手の平を返す者たちを」
やはり、彼の過去が影響していた。
彼は語り出した。
「もうヴァンは誰かから聞いたかもしれないが……幼い頃、私は加護無しだと思われていた。私自身もそう思っていた。その頃の私は、公の場に出席することもできなかった」
「……」
ヴァンは彼の過去に胸を痛める。
「それがある日突然十二の精霊に加護されていることが判明し、数日の内に父上と母上の子としてお披露目され、次期王位継承者として期待されることとなった。私自体は何も変わっていないのにだ。その時に思った、加護の数などで何かを判断するなど下らないと」
ある日取り巻く環境だけが激変し、それまで不当に虐げられていたことを知ってしまった。
どんなに傷ついたことだろう。彼の痛みを思い、無意識のうちに胸の前で握り合わせた。
「だから私はその時決めたんだ。こんな国は変えてやると」
だが、ギュスターヴはニヤリと力強い笑みを浮かべた。
きっと幼き日の彼も同じ表情をしたのだろう。彼は傷つくよりも、周囲を変えてやると決心したのだ。
なんて強い。なんて眩しいのだろう。自分とは大違いだ。
「ギュスターヴ殿下……素晴らしい志です」
身体が震えてくる。
彼は間違いなく歴史に名を残す偉大な人物となるだろう。
他の人たちのように、彼が太陽の精霊に加護されているからそう思うのではない。
彼自身がそういう資質を持っていると思うからだ。
「殿下のために、祈らせて下さいませんか?」
彼の為に何かしたかった。
彼の右手を握り、その手に額を当てるように頭を下げる。
「風の精霊様、素晴らしい志を持つ彼に御力を貸してあげて下さいませ。彼がしたいことを為せるように」
ヴァンは彼の助けになりそうなものなど、何も持っていない。
だから祈った。唯一守護されている風の精霊に。
それで何かが起こるとは思っていない、ただの気休めのつもりだった。
だが。
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