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幼馴染み襲来編
閑話 お留守番
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今日はよろしくねと女王陛下が去っていった窓をイリューは閉めた。
それより少したって、廊下と繋がる扉が叩かれる。今日は早めに侍女を下がらせた。そして、部屋の守りとしている護衛は少しばかり口軽い。
事前に人が来るとは知らせていたから門前払いはしないだろうが、深夜の来客には興味津々だろう。
面倒と思うのはこの来客もそうだろう。
黙って扉を開けて、招き入れる。
夜も遅いというのに、乱れたところもない姿にイリューは小さく笑った。
「ユリア殿でもない?」
「すみません。僕で」
声を出すと彼は驚いたようだった。まじまじと見られて、確かに似てるなと呟いている。
「陛下のお母様がこちらの血統かもしれないと今調べています。
もしかしたら遠い親戚かもしれません」
「そうだったのか。
……女装はいいのか?」
少し戸惑ったような声にイリューは苦笑いした。この国では異装はしないもので、異様に見えるのだろう。
「構いません。陛下のお役に立てるのであれば」
それも数年で済むし、特別に役に立てるのはイリューの特権と思うことにした。そうでないとやってられない。
幸いというべきか、ソランにもライルにも見破られず、妹からもしばらくは気が付かれなかったほどだ。
戸惑う相手にイリューは座るように促した。最低限のもてなしをした形跡は残せと言われている。酒とツマミ、それからお茶と用意されている。
女王陛下の好みというより、魔女が好きそうだなという品揃えだ。手ずから相手が彼女だけだからだろうか。
イリューはお茶を用意し並べた。少しだけフルーツを摘みそれで終わりにする。余分に食べるとコルセットがきつい。
まだ戸惑いが隠せていない相手にイリューはどうしたものかなとちょっと悩む。
レオンハルト。
黄の騎士団長、だった人。現在、宰相閣下。元貴族、今平民。
かつて、王妃であった女王陛下を慕い、魔物に襲われたところを助けたが負傷した。そして、怪我から復帰したが騎士団には戻らなかった。
……ということになっている。
婚姻も無効となり、独身となった女王陛下の恋人、という肩書もついた。
親密と人からは見れるだろうが、イリューたちからすればぎこちなさだけが目立った。役に没頭もできず、素で相手もできず、危うさだけがある。
イリューには多少の事情は開示されていた。そうでなければ、応じないと思われたのかもしれない。
女王陛下の幼馴染がやってくる。それは皇帝で、場合により、彼女を連れ去るであろうと。それは嫌なので、協力してほしい、という話ではあった。
大っぴらに話さないのは、これ幸いと押し付ける者たちが現れる可能性があるからだろう。武力をちらつかせては仕方ない面もある。即位僅かの異国の女王陛下であるなら躊躇なく差し出す。
その予想はイリューからも妥当である気がした。
イリュー一人なら差し出すなんてというが、戦火が伴うとなるとそう言えなかった。その躊躇を見透かされたようで少し血心地は悪かったのを覚えている。
彼は、どういう決断をしたのだろうか。
そう問うことはしなかった。たぶん、ろくでもない。
代わりにお茶を飲んでいる相手に頭を下げることにした。
「今日はよろしくお願いします」
「頭を下げない。今は陛下だろ」
「二人だけなので、別に。それに陛下のふりをすると嫌でしょう? すんごい顔してましたよ」
それに返答はなかった。イリューはこれみよがしにため息を付いた。こういうのが得意なのはユリアのほうだ。
「ベッド、お使いになります?」
「仕事する」
「そうですか。じゃあ、僕が使いますね。ちゃんと干してフカフカにしておいたからって言ってたんで、使わないと」
女王陛下の寝台に入るなんてというところだろうが、イリューはもう同じテントで寝て、同じ宿屋で寝たこともある。今更、同じベッドを使っても気になるところはない。
そういう意味ではもう知り尽くしている。
例えば、悪夢にうなされるときもあるとか、寝言が可愛らしいとか、寝顔がとか。
本来は夫だけが知るべきことだろうが、もう知っちゃったのである。イリューは誰にもいう気はないが。大事な思い出として永劫大切に保持するつもりであるし、話したら減る。
「は?」
「ですから、お使いにならないならベッドで寝ます。一応、本調子ではないという話なので、気を使って譲ろうかなと思ったんですよ」
「ソファで寝たら?」
「嫌です」
にこりとイリューは笑った。60点と言われたが、そこそこの完成度と自認していた。あの人、こういう顔で笑うよなぁと練習したのだから。
よく見る笑顔。それはやはり弟分を見るような目線で優しい。
腹立たしいくらいに。
「……で?」
「でってなに」
「同衾します?」
「するかっ!」
それは残念とまでは煽らなかった。
「では、おやすみなさい」
さっさとイリューは部屋に下がろうとした。
「いや、話を聞きたいことがある。
北方にはついて行ったんだろう? 確認がいくつかと」
「おやすみなさい」
話をぶった切ってイリューは部屋に引っ込んだ。突っ込まれると困る話しかない。イリューしか知らない話もいくつかあるのだ。それは秘密にしてねと直々に頼まれている。
聖女がどこに去ったのか、女神はいかに殺されたのか。
そして、なぜ兄もいなくなってしまったか。
それらは墓場までもっていく話だ。たとえ相手が誰であれ話すべきではない。ユリアが記憶を曖昧にさせますかと話をしていたほどのことだ。本人の前でそういう話をするのはデリカシーのなさなのか、消す選択をあえてしないよというためなのかはわからないが。
釘刺しにしては物騒で、おそらくは反応によっては実際なにかされただろう。
イリューは、兄の名誉のために何も言わないと誓った。
兄の婚約者であったメリッサが真実を知ることはイリューは嫌だった。傷つく顔を見たくないということもあるし、今ある幸せに水を差すような気がしたからだ。
結婚し、今も女王陛下付きの侍女をやっている彼女はとても楽しそうだった。
兄といるときよりもずっと。
これで良かったんだ、という話にしてしまいたかった。兄の件では誰も彼も傷つかず、おしまいに。
それは優しさだけではないだろうが、恩に思って肩入れしてしまっても仕方がないだろう。
それより少したって、廊下と繋がる扉が叩かれる。今日は早めに侍女を下がらせた。そして、部屋の守りとしている護衛は少しばかり口軽い。
事前に人が来るとは知らせていたから門前払いはしないだろうが、深夜の来客には興味津々だろう。
面倒と思うのはこの来客もそうだろう。
黙って扉を開けて、招き入れる。
夜も遅いというのに、乱れたところもない姿にイリューは小さく笑った。
「ユリア殿でもない?」
「すみません。僕で」
声を出すと彼は驚いたようだった。まじまじと見られて、確かに似てるなと呟いている。
「陛下のお母様がこちらの血統かもしれないと今調べています。
もしかしたら遠い親戚かもしれません」
「そうだったのか。
……女装はいいのか?」
少し戸惑ったような声にイリューは苦笑いした。この国では異装はしないもので、異様に見えるのだろう。
「構いません。陛下のお役に立てるのであれば」
それも数年で済むし、特別に役に立てるのはイリューの特権と思うことにした。そうでないとやってられない。
幸いというべきか、ソランにもライルにも見破られず、妹からもしばらくは気が付かれなかったほどだ。
戸惑う相手にイリューは座るように促した。最低限のもてなしをした形跡は残せと言われている。酒とツマミ、それからお茶と用意されている。
女王陛下の好みというより、魔女が好きそうだなという品揃えだ。手ずから相手が彼女だけだからだろうか。
イリューはお茶を用意し並べた。少しだけフルーツを摘みそれで終わりにする。余分に食べるとコルセットがきつい。
まだ戸惑いが隠せていない相手にイリューはどうしたものかなとちょっと悩む。
レオンハルト。
黄の騎士団長、だった人。現在、宰相閣下。元貴族、今平民。
かつて、王妃であった女王陛下を慕い、魔物に襲われたところを助けたが負傷した。そして、怪我から復帰したが騎士団には戻らなかった。
……ということになっている。
婚姻も無効となり、独身となった女王陛下の恋人、という肩書もついた。
親密と人からは見れるだろうが、イリューたちからすればぎこちなさだけが目立った。役に没頭もできず、素で相手もできず、危うさだけがある。
イリューには多少の事情は開示されていた。そうでなければ、応じないと思われたのかもしれない。
女王陛下の幼馴染がやってくる。それは皇帝で、場合により、彼女を連れ去るであろうと。それは嫌なので、協力してほしい、という話ではあった。
大っぴらに話さないのは、これ幸いと押し付ける者たちが現れる可能性があるからだろう。武力をちらつかせては仕方ない面もある。即位僅かの異国の女王陛下であるなら躊躇なく差し出す。
その予想はイリューからも妥当である気がした。
イリュー一人なら差し出すなんてというが、戦火が伴うとなるとそう言えなかった。その躊躇を見透かされたようで少し血心地は悪かったのを覚えている。
彼は、どういう決断をしたのだろうか。
そう問うことはしなかった。たぶん、ろくでもない。
代わりにお茶を飲んでいる相手に頭を下げることにした。
「今日はよろしくお願いします」
「頭を下げない。今は陛下だろ」
「二人だけなので、別に。それに陛下のふりをすると嫌でしょう? すんごい顔してましたよ」
それに返答はなかった。イリューはこれみよがしにため息を付いた。こういうのが得意なのはユリアのほうだ。
「ベッド、お使いになります?」
「仕事する」
「そうですか。じゃあ、僕が使いますね。ちゃんと干してフカフカにしておいたからって言ってたんで、使わないと」
女王陛下の寝台に入るなんてというところだろうが、イリューはもう同じテントで寝て、同じ宿屋で寝たこともある。今更、同じベッドを使っても気になるところはない。
そういう意味ではもう知り尽くしている。
例えば、悪夢にうなされるときもあるとか、寝言が可愛らしいとか、寝顔がとか。
本来は夫だけが知るべきことだろうが、もう知っちゃったのである。イリューは誰にもいう気はないが。大事な思い出として永劫大切に保持するつもりであるし、話したら減る。
「は?」
「ですから、お使いにならないならベッドで寝ます。一応、本調子ではないという話なので、気を使って譲ろうかなと思ったんですよ」
「ソファで寝たら?」
「嫌です」
にこりとイリューは笑った。60点と言われたが、そこそこの完成度と自認していた。あの人、こういう顔で笑うよなぁと練習したのだから。
よく見る笑顔。それはやはり弟分を見るような目線で優しい。
腹立たしいくらいに。
「……で?」
「でってなに」
「同衾します?」
「するかっ!」
それは残念とまでは煽らなかった。
「では、おやすみなさい」
さっさとイリューは部屋に下がろうとした。
「いや、話を聞きたいことがある。
北方にはついて行ったんだろう? 確認がいくつかと」
「おやすみなさい」
話をぶった切ってイリューは部屋に引っ込んだ。突っ込まれると困る話しかない。イリューしか知らない話もいくつかあるのだ。それは秘密にしてねと直々に頼まれている。
聖女がどこに去ったのか、女神はいかに殺されたのか。
そして、なぜ兄もいなくなってしまったか。
それらは墓場までもっていく話だ。たとえ相手が誰であれ話すべきではない。ユリアが記憶を曖昧にさせますかと話をしていたほどのことだ。本人の前でそういう話をするのはデリカシーのなさなのか、消す選択をあえてしないよというためなのかはわからないが。
釘刺しにしては物騒で、おそらくは反応によっては実際なにかされただろう。
イリューは、兄の名誉のために何も言わないと誓った。
兄の婚約者であったメリッサが真実を知ることはイリューは嫌だった。傷つく顔を見たくないということもあるし、今ある幸せに水を差すような気がしたからだ。
結婚し、今も女王陛下付きの侍女をやっている彼女はとても楽しそうだった。
兄といるときよりもずっと。
これで良かったんだ、という話にしてしまいたかった。兄の件では誰も彼も傷つかず、おしまいに。
それは優しさだけではないだろうが、恩に思って肩入れしてしまっても仕方がないだろう。
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