3 / 16
新しい猫ください
しおりを挟むあまりにも聞き分けの良い鈴音は他の獣人たちには不審に思えたようだった。
引っ越しして二日ほど経過したときに、黒豹の獣人が話しかけてきた。今後についてご要望はありませんか?ということだったので珈琲でもご一緒にと誘った。確か旦那様の側近だったなと鈴音は思い出す。何かにつけすぐに睨んできたから顔は覚えている。澄ました顔で総スルーしたが。
契約婚と知りながら、嫉妬するような人たちも蔑むものも勝手にかわいそうといいだすものもいるのだ。それは種族問わずである。
だから、鈴音は一々相手をしない。
面倒である。
お金があればいいじゃない、という話でもある。
なにを言おうが私がお金持ち。そういう気持ちで寛大に見逃してあげるのがお仕事。もっとも人生経験が少ないお嬢様であったら居直れなかっただろう。
珈琲は鈴音がいれた。信用云々の話ではなく、自衛としてこの部屋に来てからはすべて自分でやることにしている。
番が現れたら今の奥様は用済みと考えるものもいなくはない。犯罪であってもやるやつはやる。そして揉み消せないことに愕然としたりする。今も昔も獣人たちはこの世界の権力者ではある。ただし、今は、絶大な、とはつかない。
数を減らした一族がいつまでも優勢であると思うほうがどうかしているだろう。
「……奥様は落ち着いていますね」
「そうかしら。どうせこんな事になると思ってたから」
鈴音は微笑んで珈琲に口をつける。 困惑したような視線は予想がついていた。
彼らの主たる鈴音の夫。良家に生まれ育ち、期待を裏切らず有能に育った優しい男。というものをあっさり手放すことを理解できないらしい。この家の奥方ということにも価値を置いている。
価値観の違い。この一言で片付くが、そこには大きな溝がある。
獣人たちは群れのリーダーに信頼を置きすぎる。誤った道であっても正すことはまずない。だからこそ、鈴音の前世の夫は早死にしたのである。まあ、獣人にしては、ではあるが。
「これから大変ですよ。頑張ってください」
あくまで立ち去るものとして、鈴音は振舞う。
金は払えよとは思うが、この側近に言ったところで話にならない。そんなことを言えば、家の奥方として権力を振るいたいのかといいだすに決まっている。若いのに頭の固いと鈴音は思っているが、態度には出さない。
「情はないのですか?」
「あったら面倒なのでは? 契約婚ですよ? いつか、捨てられるための結婚に何を期待してるんですか?」
要は結婚ビジネスだ。
鈴音が家に売られるように嫁いだのはこの家で知らぬ者はいない。望みもしない結婚。最初から愛されるなど期待もしていない。それでも尽くしてきたのだ。
と勝手に変換されたようだ。
深刻そうな顔の側近を見て鈴音は推測した。
「……失言でした。申し訳ございません」
「猫が欲しいです。可愛い長毛種」
「手配いたします」
勘違いされていると察しながら鈴音はおねだりした。浮気性な猫型セイブツより、本物のほうがいい。
数日を経て、やってきた猫はお嬢様だった。
なぁに? にんげん? 興味ないわ。
そう聞こえるような無視っぷり。ソファに許可なく上がりくつろぐ姿はすでに我が物顔である。
「こ、こらっ!」
使用人宅からやってきた猫である。
すでにそこでもお嬢さまやっていたと鈴音は察した。
元々は使用人の祖母が飼っていたが、施設に入るということで引き取り、その一年後、結婚することになり引き取り手募集中だったらしい。都合よく鈴音が欲しいのが長毛種のかわいい子ということで選ばれたのが、彼女だった。
「す、すみません。他人の家ならちょっと遠慮すると思ったんです。申し訳ございません」
「いいわ。
名前は?」
「エカテリーナです」
「女帝」
昔々、数いる皇帝候補を蹴散らし、女帝となって君臨した人である。
「エカテリーナちゃん」
鈴音の呼びかけにちらっと視線を向けたが、それだけだった。いや、うにゃと鳴いた。
「はいっ!おやつですね!」
連れてきた使用人が、しゅぱっとおやつを取り出し、固まった。自宅ではなく、元になる予定ではあるが奥様宅であることを思い出したらしい。
「どうぞ。差し上げて? お腹が空いてるでしょうし」
「すみません」
恐縮しながらもおやつをあげているあたり根性が座っているのか、エカテリーナに調教されているのか。
「かわいいわぁ」
「食べてる間はですが……」
といいつつ、うちの子可愛いでしょ! が滲んでいる。
「この子を預かるわ。大切にするわね」
「よろしくおねがいします」
がしっとあつい握手を交わし、鈴音はエカテリーナちゃんの飼い主、あるいは下僕となったのである。
723
あなたにおすすめの小説
義弟の婚約者が私の婚約者の番でした
五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」
金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。
自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。
視界の先には
私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
番認定された王女は愛さない
青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。
人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。
けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。
竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。
番を否定する意図はありません。
小説家になろうにも投稿しています。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
君が僕の番なんだと言いながらサンバカーニバル。
あかね
恋愛
獣人その他がいる日本で、番に選ばれた私。テレビのインタビューに答えたら、運悪く発見され、特定されるって何のホラー? ヒエラルキーの下層の純人なので、断れない、攫われると思ったらなんか違った。なんで! 踊るの! サンバの陽気なリズムが早朝の住宅地に鳴り響く!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる