この度めでたく番が現れまして離婚しました。

あかね

文字の大きさ
5 / 16

楽しい(離婚)商談 2

しおりを挟む
 黒豹の側近を追い返したその翌日、弁護士が鈴音宅を訪ねた。
 硬そうな黒銀の髪を撫でつけた目つきの鋭い男だった。裏家業? と鈴音は疑うが問うわけにもいかない。奥方経験を生かしてやや気弱そうな微笑みを浮かべた。いかにも頼りなさげでなければ同情は買えないだろう。

「契約通り、ご実家に慰謝料に詫びの金額を加えて支払いを行います。
 また、奥様への慰謝料としてこの家を提供いたしますのでいかようにもご処分ください。
 よろしければご署名ください」

 鈴音がいれた珈琲に手も付けず、その男はそういって書類を出してきた。
 早くしろよという圧を感じる。

「足りませんわ」

「ご実家に戻られ、再婚されるのでしょうから困りはしないでしょう。
 契約婚されて離婚された方は遠方に再度嫁ぐものですから」

 それは普通に政略結婚した場合だろう。
 契約婚の場合にはちょっと違う。

「私、家には戻りませんの。
 ある日いきなり結婚しろと家を追い出されたのに、離婚したから帰りますとは思えないでしょう?」

「それはそちらのご家族の話で我々は関係ありません。
 契約以上のことは致しかねます」

「離婚後の生活への援助。これが足りませんわ。
 10年ほど生活費が欲しいですわね。ああ、今までの生活費と同じ程度でよろしくてよ。私個人が使った金額などたかが知れてますわ」

「良家の奥方の生活費、ですか」

「質素に暮らしておりましたの。
 日常の服は家柄に合わせた程度、宝飾品もドレスも買いません。もちろん着物も。靴はちょっと贅沢して、ブランドものをいただきましたけどそれも年に数点。あとは趣味にかけたお金くらいですわ。食費は普通の一般女性が食べる程度で換算していただいて結構です。あれも私が望んでいたというより旦那様の好みでしたから」

 怪訝そうに見られて鈴音は微笑んだ。

「大した事ございませんでしょう?」

「自力で稼げそうですが」

「あ?」

 鈴音はうっかり出てはいけない声が出た。

「相手の都合で、生活全部捨てるのに、この程度も支払う気のない甲斐性なしですのね。まあ、仕方ありません。
 私、配信者のお友達がいますの。とてもかわいい方で。今度、ゲストで出てくれないかとお話をいただいております。稼げるらしいですわ。
 そう言う稼ぎ方をしてもよろしいか旦那様に確認してくださる?
 今後、契約婚をお考えの方によく考えていただきたいんです」

 ケチるなら、世の中に動画配信してやるぞと鈴音は告げる。幸い、本当に懇意にしている配信者はいる。投げ銭しまくりの相手が。ちょっとくらいは助けてくれるだろう。外身作るのとか色々。

「名誉棄損で訴えることもできます」

「あら、名誉が傷つけられるとお考えですの? おかしいですわね。
 自分の都合で離婚するのに生活費払わない、慰謝料個人的に払うこともない、家一つだけで放り出すっていうのは、名家のありようでしょう?」

「今までの贈り物も手元に残されるでしょう?」

「……殿方って、どうして、そんなにあれこれあると信じてるんでしょう。
 旦那様、宝飾品にもブランドものにも興味ないので、私に送るという発想がございませんの。誕生日プレゼントは花。それから高級ディナーで終わり。という男ですのよ。側近も気が利かないものだから奥様に贈り物を何て言いもしないんですの。それどころか感謝しろ、仮の妻なんだからとこう来るわけですわ。
 馬鹿にしたものね」

 欲しくはないが、あからさまに無視されるのも腹が立つ。そういうものである。

「何か買っているはずだろうと」

「購入履歴を確認されては? 私がつけていたのは先祖から伝わるものや安物ですよ」

「安物といっても僕はよくわからないんですがどの程度ですか」

 鈴音の告げた値段に、安物であることは納得したらしい。
 一度持ち帰りますと弁護士は帰っていった。去りがけに一枚の名刺を置いて。

「そう言えばお渡し忘れていましたが、名刺です」

 その名刺には、響・ブロッサム・琥珀とあった。

「次に会ったときにはブロッサムさんとお呼びしようかしら」

 ものすっごい嫌そうな顔をしそうである。鈴音はにんまりと笑った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

番など、今さら不要である

池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。 任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。 その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。 「そういえば、私の番に会ったぞ」 ※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。 ※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

番など、御免こうむる

池家乃あひる
ファンタジー
「運命の番」の第一研究者であるセリカは、やんごとなき事情により獣人が暮らすルガリア国に派遣されている。 だが、来日した日から第二王子が助手を「運命の番」だと言い張り、どれだけ否定しようとも聞き入れない有様。 むしろ運命の番を引き裂く大罪人だとセリカを処刑すると言い張る始末。 無事に役目を果たし、帰国しようとするセリカたちだったが、当然のように第二王子が妨害してきて……? ※リハビリがてら、書きたいところだけ書いた話です ※設定はふんわりとしています ※ジャンルが分からなかったため、ひとまずキャラ文芸で設定しております ※小説家になろうにも投稿しております

処理中です...