婚約破棄された令嬢とパーティー追放された槍使いが国境の隠者と呼ばれるまでの話

あかね

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聖女と隠者と聖獣

辺境からはじまる 2

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 家に入り、ミリアはマントを外す。温かく軽いものは西方の方特製と下賜された。聖獣の背に乗って風邪をひかれては困ると言われたが、冗談なのか本気なのかわからない。
 ナキはすでにキッチンに向かっている。ユークリッドにお茶のお替りを聞いて、その返答に顔をしかめたのはなぜだろうか。
 楽しそう、というのも違うあの感じはなんだろう。

 まだ入口に立っているミリアに気がついたのか、ユークリッドは視線を向けてきた。

「邪魔しているよ。ミリア殿。聖女様というほうがいいかい?」

「いらっしゃいませ。今はミリアでお願いしますね。聖女してる時はそれなりに。ご存じだとは思いますけど」

 ミリアはユークリッドに断って部屋に一度戻ろうかとも思ったが、そのまま椅子に座ることにした。
 ユークリッドは何か気がついたように片眉をあげた。

「王国風ですな」

「え? ああ、教会が用意したとかでぜひと押し付けられました」

 もらうだけではなく、試着という名目で着替えさせられた。久しぶりに袖を通した貴族用の服は窮屈に思える。
 ミリアはこの服が似合わない。色味や仕立ての問題ではなく、体型の問題だ。押さえつけている胸元にため息が出る。大きすぎるというのは、どうにもならない。ほっそりと華奢なご令嬢が美女というものだ。
 帝国ではまた違うのだが、少なくともこの国の貴族間ではそうなっている。

「ルー様が窮屈でありえないと拒否していましてな。私は太くてもおいしいものを食べるのとわがままを通しているよ」

「近いのに本当に違いますね」

「二代前の皇帝が、コルセットで絞めた痕が残る肌って萎えるとか言いだして一掃されましたな」

 その言葉にミリアは苦笑した。さすが後宮の主、皇帝である。好みに合致するかが寵愛の鍵ともなれば常識や美意識より望みに応えるほうを選ぶ。

「先代は、だからと言って肥満は許さんと武芸一般を推奨して、後宮が軍隊のように……」

「……今代が、とても、普通に思えますね……」

 それでも聖女を口説いて連れ帰っているので、普通とは言いがいたい。
 その顛末を軽く聞いたが、先代聖女は好き嫌いというより環境を取ったという話しだ。のんびりと暮らせると思っていたのに、こき使われるから教会から出ていきたかったと。あと一番お金持ちだから、好きに暮らせると思って! なんて話はミリアは一生黙っていようと思う。
 聖女のイメージに関わる。

 ユークリッドは肩をすくめた。どうかなと言いたげだが、コメント差し控えるという態度だ。

「王宮からいらしたのでしょう? どうですか?」

「王太子は、焦っている。聖女としてなら王都に近寄るのは避けたほうがいいだろう。王妃にしてやるから妻になれと迫られる可能性はある」

「それが王太子の成婚と一緒に聖女としてのお披露目をしてくれるらしいのです。
 王家からの要請で断ることが出来ないと泣きつかれて検討するとは言ったのですけど。王太子からの要請だったのかもしれませんね」

 ミリアは苦笑する。おそらく聖女という肩書は帝国の姫よりも上とみなされるだろう。新しき聖女のミリアを妻にすれば自分が王になれると王太子は考えるはずだ。
 浅はかというより、自分に都合の良い想像が多い。最悪を想定して動くようにと育てられたミリアとはそりが合わないわけだ。

「断っておきます。聖女の権利として、望まぬことは断ってよいことになっています。それを覆すのは西方のお方のみという約束事でしたから」

「王太子の件はナキには言わないほうがよいだろうか」

「ええ。心配させたくありません」

「心配というより……。まあ、儂も荒事は控えたいので言わぬが」

 ユークリッドが苦笑しながら告げたことに違和感を覚える。

「んー? なんの話?」

 問いただす前にナキは飲み物を乗せたトレイを片手に戻ってきた。そして、ミリアに視線を向けて何か変だなと言いたげに眉を寄せている。

「きれいだけど、違和感があるような?」

 ナキは首をかしげながらも手に持っていたトレイをテーブルの上に置いた。
 足元の白猫はにゃあ? と同じように首をかしげているが、こちらは何も考えていなそうだ。

「これは王国風に仕立ててあるから、帝国風とは違うわ」

「そっか」

 ミリアの説明にはナキは言葉では納得したようではあるが、まだ変だなと首をひねっている。

「着ていて嫌じゃなければいいけど。
 その服どうしたわけ?」

 そう言いながら、ナキはミリアの前に甘いミルクティーを置く。ユークリッドとナキは同じ飲み物のようで、緑色をしていた。
 ミリアはどう話したものかと少し迷う。

「新しい聖女のお披露目をしたい、と言われたの。その時の衣装と同じものだと着せられて、着るのに慣れてほしい、って」

「断れば良かったのに」

「断るつもりよ。正式に、王宮に入り込めるならそれもいいかなと思って検討するって言っておいたのだけど、別のやり方で入れるならそっちのほうがいいわ」

 聖女のミリアは西方のお方の依頼で一月ほど遠方に出ていることにしよう。ミリアはそう決めた。聖女が王太子に会わなければ、余計な出来事は起きない。
 懸念は教会だが、それは西方のお方から釘を刺してもらうくらいしか出来ることはなかった。

 ミリアが想定する最悪は、公開での聖女への求婚である。大勢の前での求婚は嫌であるし、元は自分を捨てた男だ。より一層不快である。
 普通の神経なら二度目の婚約破棄などしないが、あのシリル王子ならやりそうで嫌になってくる。エリゼにはこれが最良と丸め込むつもりだろう。それこそが、最悪の手であるとは知らずに。

 思わずため息をつくミリアにナキは心配そうな視線を向けていた。

「疲れたならもう休んだほうがいい」

「大丈夫。それより、ルー皇女はどうされています?」

「元気に婚約者候補を振り回しているぞ。最近、乗馬を始めたが、見るからに危なっかしいので誰が止めるかと押し付け合いをしている。
 ミリア殿がやってくれば少しは大人しくすると思うが、わざわざこの時期に王宮に来る理由をお伺いしてもよいかな?」

「婚礼のために色々な人が出入りするので、少しくらい見慣れないものがいてもそれほどおかしくないでしょう。
 この機会に、なぜ、私は全て失わねばならなかったのかを知りたいのです」

 知ってどうするかはミリアは決めかねている。どの程度で済ますかという点で。誰がどのような理由でと知って、ようやく決められる気がしていた。
 そんなミリアをユークリッドは探るように見ていた。

「納得できるものでなかった場合には?」

「個人間の話し合いで処理します。出来る限り、国には影響が出ない範囲で考えていますが相手次第です」

「ふむ。姫様はやる気を出して、お手伝いを申し出るでしょうが適度に相手をしてやってもらえますかな?」

 困ったものですと言いたげにユークリッドはため息をついていた。
 想定していない方面からの話にミリアは目を瞬ませた。

「ミリアルド嬢の以前の評判の悪さにルー様はとてもお怒りでな。ここぞとばかりに褒めちぎっているので、少々居心地も悪いかもしれぬが諦めて聞き流しておいてほしい」

「え、えっと」

 ミリアは返事に窮した。知らない間に、ものすごいことを言われているかもしれない。どこかで美化されるようなことがあっただろうか。振り返ってみるが心当たりがない。
 いや、キラキラとした目で見られたことはあった、気がする。

「帝国から追加人員がやってくる予定だ。国境の町にはあと10日程度でつく予定になっている。
 儂はそれの迎えという名目で出てきたのでな、そちらに一時的に混ざるといいだろう。王宮に入れるかどうかは王都についてからになるが良いか?」

 ユークリッドは何事もなかったように日程の話をされてミリアはどうしようかと思った。助けを求めるようにナキを見れば、なんだか楽しげだった。
 なにが、楽しかったのかわからないが、ナキは時々そんな表情でミリアを見ている。無自覚らしく、指摘するととても慌てていた。

「色ボケしておるな」

「な、なんだよっ! ちゃんと聞いてるって。
 国境のあたりで待ってればいいわけ? 一番目の町のほうがいい?」

「用があって遅れて合流したというほうがよかろう。クリス殿に協力していただければ、そのあたりは円滑に進むと思うが」

「にゃ? まあ、多少は付き合ってもよいが、なんの話じゃ?」

 白猫は全く聞いていなかったようだ。毛づくろいに夢中だったようだ。あるいは、西方のお方と話していた可能性もある。外からそれを知るのは難しい。

「伝令役してほしいって話」

「うむ。そのくらいは良いが、ほらその感謝の証というのがのぅ」

 ちらっちらっと白猫はミリアを見ていた。撫でたり遊んだりするのはナキのほうが良いらしいが、ブラシをかけるのはミリアのほうが良いとのことだ。

「ブラシで毛並みを整えますね」

「うむ!」

 ご機嫌の白猫に聖獣様の威厳とは?とミリアは思うが、もはや今更のような気がしてきた。なんだかすごい子猫様、ということのほうが心穏やかになりそうだ。

「じゃ、そういうことで。とりあえずは、夕食にしよう。ミリアは着替えてくる?」

「脱ぎにくいから、後でにするわ」

「……脱ぎにくいの?」

「ええ。コルセットが……」

 言いかけてようやくミリアは気がついた。コルセットの構造上、背中の紐でサイズ調整されている。紐を絞めれば絞めるほどに細くなる。基本的には一人で着ないものだ。
 脱ぐときはどうにか頑張れば一人でも可能だが、最初に紐の結び目をほどいてもらわねばならない。途中で緩んだりしないよう強固に結ばれるのが常で、背中に手を回しながら外すのは困難だった。

「クリス様、紐の結び目をほどけたりします?」

「む? 我は紐で遊ぶほうが得意じゃぞ」

「……ええと」

 ミリアは困って、ユークリッドとナキを見た。

「儂は妻がいる。怒られるどころでは済まぬ」

「へ? 俺? 俺なの?」

「悪いのだけど、お願いできないかしら」

 ナキはあーうーと言いながら視線をさまよわせていた。女の世話というのは彼でも困ることらしい。貴族の服というのは他者の手伝いを前提として作られているからこんなことが起こる。
 次からは断るか、脱いでから帰ってこよう。ミリアはそう決めた。

「ほれ、役得じゃぞ。まあ、我も同席するから何もさせぬが」

「う、うるさいっ! あとでね。あとで。ごはんの準備してくるっ」

 役得? とミリアが首を傾げ、ユークリッドが笑い出す前にナキは逃げ出していた。
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