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聖女と隠者と聖獣
潜入、はじめます2
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それからしばらくしてユークリッドが現れた。
「……喧嘩でもしたのか?」
彼は少し不思議そうにナキとミリアを見比べている。
「喧嘩はしてないよ」
ナキは言葉を濁した。恥ずかしさと照れが限界を超えたと説明したくはない。ミリアは何か問題でも? と言いだしそうなツンとした表情だった。
ユークリッドはそれ以上は、何も言わなかったがやれやれと言いたげでイラっとする。
「遅い」
「こちらにも事情がある。
昨日、予定より早く人員がついて、その処理が手間取ってな。滞在先に案内する」
ナキの八つ当たりめいた苦情も軽く受け流して、ユークリッドは先立って歩き出した。
二人は後を追ったが、ナキ、白猫、ミリアという微妙な距離感をとったものだった。間に挟まれた白猫が何をやっておるのかとため息をつきそうな顔である。
ナキとしてはお前が原因と言いたい。
「既に知らせておいたので、疑われることはないと思うが振舞いには注意するように」
「わかってるよ」
ミリアの一時的な身分は以前、言っていたように皇女の従姉ということになっている。それは存在しない者ではなく、実在する人物だ。ルー皇女の母であるイーリスの兄の末娘で、諸事情で社交界には顔を出していなかった。興味がないのと経済的な理由で、長女ならともかく末子ならばよくある話ではある。
名は違うのだが、公式な場で個人名で呼ばれることはまれなため簡単にはばれないということだった。ミリアも確かにそうねと言っていたので、そういうものなのだろう。
ナキは個人情報が、雑過ぎると遠い目をする。顔は直接会うか、肖像画くらいしか確認できない。貴族年鑑には個人名も記載されているが、他国のそれも有力ではない貴族までのっているものはわざわざ取り寄せなければ手に入らないらしい。
現状、ユークリッドとルー皇女が認め、身分を保証する正式な手紙の一つもあれば問題ない。
セキュリティってとナキは再び遠い目をした。調べて別人とわかっていてもルー皇女に確認したり、追い出したりすることもないだろうとも聞けば帝国の後ろ盾の強さに呆れた。
今のところ、王国内の最強カードがルー皇女だ。帝国の皇女であることに加え、皇帝の愛娘で前代の聖女の娘、次の王の配偶者となれば表だって逆らうものはほとんどいないだろう。
この立場は、国外に出なければ意味がなかった。その意味ではこのお見合い話はとても彼女にとって都合がよかったらしい。
ナキはミリアの婚約者。しばらく帰ってこないルー皇女を心配して、王国に行くというミリアについてきたということになっている。
普通の近衛とかじゃダメ? と聞いたものの却下された。近衛はユークリッドとは没交渉のため無理。では、文官とか? と言えば、それでもいいけど婚約者ねと決められた。そうでもないと二人きりで話をするのは難しいと言われれば仕方ないかと思う。
恋人のふりの次は婚約者のふりである。次があるなら夫婦のふりだろうか。
場合によってはあるかなぁとナキは薄っすら思っている。ふりを本物にするには色々、ハードルが高い。いろいろ乗り越えていくような思い切りが足りない。
ナキも未だに腰が引けているところはあるので、覚悟も足りてない。
勝手に守ったり手伝ったり、助けたりすることと、一緒に歩んでいくことはやっぱり違う。ナキはミリアの様子を伺えば視線が合った。
「どうしたの?」
「エスコートしないと変じゃない?」
ナキにとってはそれは手を繋ぐより大義名分がある。ミリアはまだ恥ずかしそうに手を差し出した。
「仲の良い婚約者同士なので邪魔せぬようにもいっておいたので安心するといい」
「ありがとう」
それは聞いていないとナキが抗議する前にミリアが礼を言っていた。
「殿下の従姉なんて言ったら変な縁談申し込まれそうだもの」
「ナキも気をつけるといい」
「へ? 俺?」
「儂の血縁ということにしたのでな。儂とつながりを持とうとハニートラップが待ち受けているかもしれん」
「……なにそれ」
ナキはげんなりとした気分になる。魅了耐性はやっぱり必要だったらしい。
そんな話をしながら、町の中を進み大きな建物の前にたどり着く。堅牢な石造りの建物は町のほかの建物とは明らかに違った。
「宿に逗留しようとしたが、ぜひ領主館にと言われて断り切れなかった。明日には立つ」
ナキとしては領主館と言われたが砦という表現のほうがしっくりくる。ミリアは露骨なため息をついていた。
その意味を問おうと思えば、後でと先回りされた。
ユークリッドも少し不思議そうな顔をしていたがミリアは説明する気はないようだった。
そこからの追加の人員との顔合わせは特に問題なく終了した。ミリアが皇女の従姉であることも表面上は全く疑われなかった。ユークリッドの根回しや用意した書類の効果もあるが、白銀の髪が一番効果があったらしい。先代聖女のイーリスとの類似を指摘されて、ナキはひやりとする。同じ聖女なのだから、多少似ていてもおかしくはない。
言われたミリアは光栄ねと軽く受け流していた。
ナキもユークリッドの遠縁と言われて違和感がないようだった。似ている気は双方ないのだが、以前ミリアに指摘されたように雰囲気に類似があるのかもしれない。
相互の紹介のあとは旅装を解くように言われ、部屋へ案内される。
婚約者でも同室ということはなく、別の部屋を用意されていた。白猫のベッドはナキの部屋のほうにあったが、白猫の要望によりミリアの部屋へと移動している。物理的に弱いのは彼女のほうで、という理由だが寝る前のブラシ目的ではないかとナキは疑っていた。
ミリアは部屋でゆっくり過ごすこともなく、帝国から来た侍女たちに着替えに連れていかれた。皇女殿下の従姉として相応しい装いをと言われれば断りにくかった。
ナキはナキで作法の確認をされることになる。最低限は問題ないとユークリッドは保証していたようだが、そこは疑われていたようだ。侍従としてやってきた者の、将軍は雑ですからね、という評価がいろいろ物語っている。
ナキは初級の礼法スキルをとっていたので最低限出来る程度の評価をもらい開放されたころには日がくれそうだった。
ナキは途中で散歩してくると出かけて行った白猫を探しに出たが、人のいるところにはいなかった。
ミリアのところだろうかと彼女のところに行くが、いないという。ミリアはすでに着替えを終えていたが、今後の服装や宝飾品について侍女たちと打合せをしていた。
「ずいぶん前に飽きたのか出ていったけど」
「じゃあどこだろ?」
ナキは首をかしげる。いつもなら、可愛がられている頃合いだ。廃棄されてはいないと思うのだが。
「ユークリッド様のところじゃないかしら」
「じゃあ、行ってみるよ。
それにしても」
「なに?」
「いつもかわいいけど、今日はきれいだね」
ミリアは帝国風のドレスと相性がいい。以前の窮屈そうなローブとはやはり違う。
「……探しに行ったら」
ミリアの言葉はそっけないが、照れた顔を隠したいのか両手で顔を覆っていた。
「じゃあ、また後で」
怒られる前にナキは部屋を出た。
「クリス様、見なかった?」
ユークリッドがいると聞いた応接室を覗けば彼の膝の上で、我は飼い猫であると言いたげにくつろいでいた。
「なにしてんの?」
いつもなら我は可愛いので愛でるとよいと言いだす白猫が大人しくしていた。ナキからしたら異常事態である。
「迷子になったそうだ。この館は妙な構造をしているようだな」
「迷子ではないぞ。知らぬ間に上に上がりすぎて怖くなって鳴いてなどおらぬ」
白猫はそう言いながらも微妙にプルプルしていた。笑いをかみ殺したようなユークリッドの態度でナキは大体察した。
「クリス様は大人しくしてなよ。後ちょっとで夕食って聞いたけど、どうする?」
「我は部屋に戻るぞ。干し肉も今日はいらぬ」
ふいっと白猫は姿を消した。機嫌の悪そうな様子にナキは苦笑が浮かぶ。
ナキはほかの場所に移動する気にもなれず、そのまま留まることにした。応接室とされているだけあって重厚なソファとローテーブルがセットである。
すべて一人掛けのソファであるというのは少し珍しいような気がした。ローテーブルを囲むように六つあるソファの中でナキはユークリッドの斜め向かいに座った。
「この館の構造は変だよね。迷いやすいのもわかる」
ナキは白猫を探してあちこち歩いたが、あちこちに階段があって階層がわかりにくいという印象があった。それだけでなく、上の階と下の階で広さも微妙に違うように思えた。
「国境に何かあれば、ここが最前線になる。それを踏まえての構造であろう。
我々をここに逗留させては確かにミリア殿も呆れるであろうな」
「ああ、そういうこと。仮想敵国なのは変わらずだからか」
もし帝国と縁談がまとまったとしても、いつまでも友好的でいるとも限らない。こういったものは隠しておくべきだろう。それをこうも堂々と使われてはミリアもため息の一つもつきたくなるだろう。
「領主も不在ともなれば調べてくださいと言わんばかりだ。内部に裏切者がいてもおかしくはない」
「あるいは何も考えてなかったか」
「そちらのほうが重症だろう」
何とも言えない表情で二人は顔を見合わせた。
ミリアがいなくなって半年を超える。小さな綻びができ始めてもおかしくはない。ミリアの代わりを務めるものがいないとは思わないが、慣れていないなら小さなことは見逃すこともあるだろう。
「不穏だね」
「王都では過不足なかったのだがな」
そう言えば、砦からの不審な出入りもあったなとナキは思い出した。あの皇子様もしかして、戦端を開くつもりがあったのではないのだろうか。
不遇だったミリアのためと言いながら。
いや、さすがにそれはとナキはそれを口にすることはなかった。今となっては未遂で終わったことだ。
「気をつけるけどね。
そっちの不始末はそっちで片付けてよ」
「ルー様の前では大人しかろう。陛下にも知らせておくが、帝国も一枚岩ではない」
「大きい組織はどこだってそうだろうけどさ」
ユークリッドはそれ以上、なにかは言わなかった。
「……喧嘩でもしたのか?」
彼は少し不思議そうにナキとミリアを見比べている。
「喧嘩はしてないよ」
ナキは言葉を濁した。恥ずかしさと照れが限界を超えたと説明したくはない。ミリアは何か問題でも? と言いだしそうなツンとした表情だった。
ユークリッドはそれ以上は、何も言わなかったがやれやれと言いたげでイラっとする。
「遅い」
「こちらにも事情がある。
昨日、予定より早く人員がついて、その処理が手間取ってな。滞在先に案内する」
ナキの八つ当たりめいた苦情も軽く受け流して、ユークリッドは先立って歩き出した。
二人は後を追ったが、ナキ、白猫、ミリアという微妙な距離感をとったものだった。間に挟まれた白猫が何をやっておるのかとため息をつきそうな顔である。
ナキとしてはお前が原因と言いたい。
「既に知らせておいたので、疑われることはないと思うが振舞いには注意するように」
「わかってるよ」
ミリアの一時的な身分は以前、言っていたように皇女の従姉ということになっている。それは存在しない者ではなく、実在する人物だ。ルー皇女の母であるイーリスの兄の末娘で、諸事情で社交界には顔を出していなかった。興味がないのと経済的な理由で、長女ならともかく末子ならばよくある話ではある。
名は違うのだが、公式な場で個人名で呼ばれることはまれなため簡単にはばれないということだった。ミリアも確かにそうねと言っていたので、そういうものなのだろう。
ナキは個人情報が、雑過ぎると遠い目をする。顔は直接会うか、肖像画くらいしか確認できない。貴族年鑑には個人名も記載されているが、他国のそれも有力ではない貴族までのっているものはわざわざ取り寄せなければ手に入らないらしい。
現状、ユークリッドとルー皇女が認め、身分を保証する正式な手紙の一つもあれば問題ない。
セキュリティってとナキは再び遠い目をした。調べて別人とわかっていてもルー皇女に確認したり、追い出したりすることもないだろうとも聞けば帝国の後ろ盾の強さに呆れた。
今のところ、王国内の最強カードがルー皇女だ。帝国の皇女であることに加え、皇帝の愛娘で前代の聖女の娘、次の王の配偶者となれば表だって逆らうものはほとんどいないだろう。
この立場は、国外に出なければ意味がなかった。その意味ではこのお見合い話はとても彼女にとって都合がよかったらしい。
ナキはミリアの婚約者。しばらく帰ってこないルー皇女を心配して、王国に行くというミリアについてきたということになっている。
普通の近衛とかじゃダメ? と聞いたものの却下された。近衛はユークリッドとは没交渉のため無理。では、文官とか? と言えば、それでもいいけど婚約者ねと決められた。そうでもないと二人きりで話をするのは難しいと言われれば仕方ないかと思う。
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ナキも未だに腰が引けているところはあるので、覚悟も足りてない。
勝手に守ったり手伝ったり、助けたりすることと、一緒に歩んでいくことはやっぱり違う。ナキはミリアの様子を伺えば視線が合った。
「どうしたの?」
「エスコートしないと変じゃない?」
ナキにとってはそれは手を繋ぐより大義名分がある。ミリアはまだ恥ずかしそうに手を差し出した。
「仲の良い婚約者同士なので邪魔せぬようにもいっておいたので安心するといい」
「ありがとう」
それは聞いていないとナキが抗議する前にミリアが礼を言っていた。
「殿下の従姉なんて言ったら変な縁談申し込まれそうだもの」
「ナキも気をつけるといい」
「へ? 俺?」
「儂の血縁ということにしたのでな。儂とつながりを持とうとハニートラップが待ち受けているかもしれん」
「……なにそれ」
ナキはげんなりとした気分になる。魅了耐性はやっぱり必要だったらしい。
そんな話をしながら、町の中を進み大きな建物の前にたどり着く。堅牢な石造りの建物は町のほかの建物とは明らかに違った。
「宿に逗留しようとしたが、ぜひ領主館にと言われて断り切れなかった。明日には立つ」
ナキとしては領主館と言われたが砦という表現のほうがしっくりくる。ミリアは露骨なため息をついていた。
その意味を問おうと思えば、後でと先回りされた。
ユークリッドも少し不思議そうな顔をしていたがミリアは説明する気はないようだった。
そこからの追加の人員との顔合わせは特に問題なく終了した。ミリアが皇女の従姉であることも表面上は全く疑われなかった。ユークリッドの根回しや用意した書類の効果もあるが、白銀の髪が一番効果があったらしい。先代聖女のイーリスとの類似を指摘されて、ナキはひやりとする。同じ聖女なのだから、多少似ていてもおかしくはない。
言われたミリアは光栄ねと軽く受け流していた。
ナキもユークリッドの遠縁と言われて違和感がないようだった。似ている気は双方ないのだが、以前ミリアに指摘されたように雰囲気に類似があるのかもしれない。
相互の紹介のあとは旅装を解くように言われ、部屋へ案内される。
婚約者でも同室ということはなく、別の部屋を用意されていた。白猫のベッドはナキの部屋のほうにあったが、白猫の要望によりミリアの部屋へと移動している。物理的に弱いのは彼女のほうで、という理由だが寝る前のブラシ目的ではないかとナキは疑っていた。
ミリアは部屋でゆっくり過ごすこともなく、帝国から来た侍女たちに着替えに連れていかれた。皇女殿下の従姉として相応しい装いをと言われれば断りにくかった。
ナキはナキで作法の確認をされることになる。最低限は問題ないとユークリッドは保証していたようだが、そこは疑われていたようだ。侍従としてやってきた者の、将軍は雑ですからね、という評価がいろいろ物語っている。
ナキは初級の礼法スキルをとっていたので最低限出来る程度の評価をもらい開放されたころには日がくれそうだった。
ナキは途中で散歩してくると出かけて行った白猫を探しに出たが、人のいるところにはいなかった。
ミリアのところだろうかと彼女のところに行くが、いないという。ミリアはすでに着替えを終えていたが、今後の服装や宝飾品について侍女たちと打合せをしていた。
「ずいぶん前に飽きたのか出ていったけど」
「じゃあどこだろ?」
ナキは首をかしげる。いつもなら、可愛がられている頃合いだ。廃棄されてはいないと思うのだが。
「ユークリッド様のところじゃないかしら」
「じゃあ、行ってみるよ。
それにしても」
「なに?」
「いつもかわいいけど、今日はきれいだね」
ミリアは帝国風のドレスと相性がいい。以前の窮屈そうなローブとはやはり違う。
「……探しに行ったら」
ミリアの言葉はそっけないが、照れた顔を隠したいのか両手で顔を覆っていた。
「じゃあ、また後で」
怒られる前にナキは部屋を出た。
「クリス様、見なかった?」
ユークリッドがいると聞いた応接室を覗けば彼の膝の上で、我は飼い猫であると言いたげにくつろいでいた。
「なにしてんの?」
いつもなら我は可愛いので愛でるとよいと言いだす白猫が大人しくしていた。ナキからしたら異常事態である。
「迷子になったそうだ。この館は妙な構造をしているようだな」
「迷子ではないぞ。知らぬ間に上に上がりすぎて怖くなって鳴いてなどおらぬ」
白猫はそう言いながらも微妙にプルプルしていた。笑いをかみ殺したようなユークリッドの態度でナキは大体察した。
「クリス様は大人しくしてなよ。後ちょっとで夕食って聞いたけど、どうする?」
「我は部屋に戻るぞ。干し肉も今日はいらぬ」
ふいっと白猫は姿を消した。機嫌の悪そうな様子にナキは苦笑が浮かぶ。
ナキはほかの場所に移動する気にもなれず、そのまま留まることにした。応接室とされているだけあって重厚なソファとローテーブルがセットである。
すべて一人掛けのソファであるというのは少し珍しいような気がした。ローテーブルを囲むように六つあるソファの中でナキはユークリッドの斜め向かいに座った。
「この館の構造は変だよね。迷いやすいのもわかる」
ナキは白猫を探してあちこち歩いたが、あちこちに階段があって階層がわかりにくいという印象があった。それだけでなく、上の階と下の階で広さも微妙に違うように思えた。
「国境に何かあれば、ここが最前線になる。それを踏まえての構造であろう。
我々をここに逗留させては確かにミリア殿も呆れるであろうな」
「ああ、そういうこと。仮想敵国なのは変わらずだからか」
もし帝国と縁談がまとまったとしても、いつまでも友好的でいるとも限らない。こういったものは隠しておくべきだろう。それをこうも堂々と使われてはミリアもため息の一つもつきたくなるだろう。
「領主も不在ともなれば調べてくださいと言わんばかりだ。内部に裏切者がいてもおかしくはない」
「あるいは何も考えてなかったか」
「そちらのほうが重症だろう」
何とも言えない表情で二人は顔を見合わせた。
ミリアがいなくなって半年を超える。小さな綻びができ始めてもおかしくはない。ミリアの代わりを務めるものがいないとは思わないが、慣れていないなら小さなことは見逃すこともあるだろう。
「不穏だね」
「王都では過不足なかったのだがな」
そう言えば、砦からの不審な出入りもあったなとナキは思い出した。あの皇子様もしかして、戦端を開くつもりがあったのではないのだろうか。
不遇だったミリアのためと言いながら。
いや、さすがにそれはとナキはそれを口にすることはなかった。今となっては未遂で終わったことだ。
「気をつけるけどね。
そっちの不始末はそっちで片付けてよ」
「ルー様の前では大人しかろう。陛下にも知らせておくが、帝国も一枚岩ではない」
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