推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について

あかね

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たぶん業務報告っぽいなにか

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「あのぅ。ディレイ?」

「なんだ?」

 どことなく機嫌は良くないですね……。やや距離は離れているのですよ。視線なんて全く合いません。重かったでしょうか。

「なんでもないです……」

 ちらっと視線を向けられては、逸らされるのにちょっと心がそげてきました。お邪魔でしたか、そうですか。

 東屋には魔導師が四人もいました。過剰戦力です。なお、王城には魔導師四人以上の集まり禁止なる規定があるそうで。今、五人目入りましたけど、見習いなのできっと大丈夫。

 あたしが突然現れて騒然とはしましたが、今はやや落ち着いて自己紹介をしていただきました。大変友好的な感じなのは、下心満載だからと思うのは穿ちすぎでしょうか。

 ライさんは、魔素に代わる燃料、あるいはエネルギーを求めて研究されているそうです。でも、一番才があるのは天気予報。
 ゼータさんは、魔動車開発の責任者だそうです。一般普及するには魔素が足りなくなる目算らしく、この関係でライさんとは付き合いがあるのだとか。
 グレイさんは魔導師でも魔導具関連を扱う方が多いそうです。どちらかというと開発より既にあるモノを売り込む方だそう。

 基本的に定住して魔導師としてというよりは世を忍ぶ仮の姿で生活しているようです。隠しているまではいかないので、ばれているところにはばれているようですけど。

 現在、東屋の床に敷布をおいてその上に料理や飲み物が置いてあります。ただし、ほとんど消費済みというところを見ると長い間ここにいたのだというのがわかります。テーブルなどは避けられていました。
 その隙間になんかの機器が置いてあって、賑やかです。測定結果らしい数値が書かれた紙もあわせて置かれていました。

 ふと気になってエリックを見れば、いつものマントはつけてますけどフードまでは被っていません。

「あの道具とかうるさくはないんですか?」

「そこまでは気にならない。系統が違うから認識しづらいんだろう」

「……あれ? アーテルちゃんは聞こえる系? そっか」

 ライさんはぱちりぱちりと電源を落としていきます。お仕事自体は終わっているそうなので、問題はないようです。

「じゃあ、私から聞こうか」

 にんまりとライさんは笑ってました……。20分後、ぐったりしたあたしとつやつやしたライさんがいました。
 うん。エネルギー問題って大変なんですね。
 魔素ってエコじゃないと思ってましたけど、動力としては力不足なんです。さらに充電とか、バッテリーの問題が片付かないと大きな機械は動かせないっぽいです。瞬発力には優れているけど、継続利用には向いてないんでしょうね。

 既に石炭や木炭などを利用した蒸気機関は実用化されていますが、臭いとかである一定以上の階級では不評だそうです。
 お金出す階級なので、そこの問題が頭が痛いとか。魔導具って基本的に匂いとかありませんからね。さらにほとんど無音です。これに慣れていたら機械の駆動音なんて騒音ですし、燃える臭いなんて嫌でしょうね。

 なお、暖房や明かりなどの魔導具が買えない階級では特に問題がないそうですよ。従って、工場などは田舎などに作られる傾向があるのだとか。ちなみにですが、コンロについては魔導協会が格安で提供しているそうです。
 火事対策として公共事業のつもりでやっているそうな。確かにあれは熱源のみなので、簡単に燃えたりしないでしょう。スプレー缶の類もないので、長時間の加熱で爆発するものもなさそうですし。長時間使用していると警報もついているとか。

 一応、重油などのガソリン系については乏しい知識でお伝えしました。太陽光とか風車とかも。そのあたりは以前来ている来訪者が挑戦しては心折れていった文献があるとか……。
 技術が追いついていない、といわれると何とも言えません。さすがに、原子力を伝えた無謀な人はいなかったようで安心ですけど。

 あまり役に立てなかった気がするのですが、ライさんは上機嫌にジュースを飲んでいました。

 次にゼータさんが、待ってましたとばかりに図面を出してきました。
 あー。マニアだ。と遠い目をしてしまいましたね。ライさんはどちらかというとお仕事感がありました。知識欲もあるけど、実用化を目指して地道に努力する感じといいますか。

 こっちは違います。男の子におもちゃの車や電車を与えた時とよく似ているあれです。
 なんでしょう……。二十代も後半の男性にキラキラした目で見られるのは……。少し離れて様子を見ていたようだったのにエリックが近寄って来ましたからね。
 近寄って来るだけではなく、もぞもぞと毛布に手をいれられたのでびっくりしましたけど。
 ただ、手を握られただけですが、なんですか、嫉妬ですか。俺のっていうアピールですか?

 ゼータさんの視線が痛いです。俺独身なんだけどな。恋人もいないわけよ。微妙に片思い中なわけよ? などと独り言みたいに言われましたけどっ! く、苦情はエリックに言ってください。え。拒否しないあたしも同罪って拒否出来るわけないじゃないですか。やだなぁ……。
 あああ、手をにぎにぎしないでくださいっ! というかなんか触り方がっ!

 意識の一部が逃亡しながらもなんとか自動車の話はしたんですけどね。一番大事な、猫ばんばんを教えておきました。これ、忘れると大惨事。ゼータさんはなにか納得してないような顔してますけどね。
 後日、魔動車の本物を見せてもらう約束をして勘弁してもらいました。いや、その、理性がピンチです。

 グレイさんとはそれなりに有意義な時間だった気がします。
 女性ですし。少々離れていただきました。だいぶこう、人前でもイチャイチャしていいじゃないかという方向に傾きつつあったので。それは避けたいですよ。初対面の人の前でそれはちょっと……。

 この世界にも将棋やチェスに類似したもの、双六系はそれなりにあるそうです。トレーディングカードではありませんが、各地の名産品を集めるカードもあるらしいですよ。
 その土地なりの絵師が書いているので流通量も違い高騰するものもあるとか。
 本類は何人か前の来訪者が、本がない生活死ぬと言い出して流通に尽力したということです。ありがたやありがたや。拝みたくなります。
 ただし、漫画類については未だ四コマ状態。スクリーントーンというものの開発か、パソコンを開発してタブレットで書くか、ということをお待ちしましょう。
 あるいは次の来訪者に期待です。

 グレイさんの取引先で絶賛作家を募集中らしいので、原案でもいいからと仕事を紹介されました。

 で。
 さくっと去って行かれたわけですよ。生ぬるい視線がと思ったのは被害妄想じゃないと思いますっ!

 雨が降っているのでどうするのかと思えば雨避けくらい魔法で何とかするんだそうです。色々と小技が効くんですけどね。これも短時間の利用だからできることで、数時間というのは効率が悪いので傘をさすそうですけど。
 ……というのは雨が降っているからと引き留め損ねたときに得た豆知識です。

 ど、どどうしようと思いながら、お片付け中です。片付けするのに邪魔と毛布は脱いでますが、やはりちょっと肌寒いですね。
 本当は明日片付けるからそのままでいいと言われましたけど、気になります。いいわけですけどね。
 でも、すぐ終わっちゃうんです。終わっちゃったんです……。片隅に食器を積んで、魔導具類も端にまとめてあります。敷布だけはそのままです。ぽつんと残された毛布だけが居心地悪そうですね。これもたたまないと。

 今あたしはどうすればいいのかわかりません。
 途方に暮れてます。なんとなく、エリックの機嫌が悪そうなんですよ。視線が合うとふいっと逸らされますし、距離とられますし。

 なんだか、落ち込んできました。

「あの、お邪魔でした、よね?」

「別に、そういうわけじゃっ」

 ものすごく慌てたように、言われてもこう、すぐに顔を背けられてまして。

「……アリカは気にしてないのかもしれないが、その格好、無防備過ぎる」

「へ?」

「向こうでは、それほどでもないかもしれないが」

 ……。大変気まずそうに言われました。な、なるほど。正直全く露出のないに等しいワンピース状のパジャマなのでその観点が抜けてました。ボディラインもわかるような服装ではないと思っていたんですが……。そもそもパジャマで出てくるなという話ですね。

 その前提から行けばゼータさんは大変紳士でした。全く性的な視線を感じませんでした。ふぅん、これが? みたいな品定め系の視線だったような気はします。
 ライさんやグレイさんがちょっと困ったようだったのは、指摘し難いと思ったからでしょうね……。

 転移後、すぐに毛布でくるまれたのも今更納得です。寒いからだけじゃなかった。それならもう一回くるまればエリックはお話ししてくれますかね?
 たたもうと思っていた手元の毛布をもぞもぞと被ってみました。

「これで、ってなんで笑うんですか」

「本当に、かわいいな」

 ……なんか、バカで、と最初につきそうなかわいいですね……。恥ずかしくなってきます。

「だってなんか避けられてるみたいで嫌なんです。話したいこともあるんですよ」

「なに?」

「少し長くなるので座ってもいいですか?」

 敷布の端に膝を抱えて座ったら、呆れたような表情でもう少し内側に入るように言われました。離れて座られそうになったので、ちょっとだけ服を引っ張りました。
 エリックのもの言いたげな表情は、なにかあたしを責めているようにも見えるのですけど。なんでしょうね?

 背中に少しの衝撃を感じました。隣でなく、背中ですか。
 ……もしかして、少しどころでなく、意識してます? あ、そういえば、最初って上に乗っかってたような。
 思い返せば、いつになく熱っぽい視線を感じたような気がしてきました。

 あ、この状況なんか、まずいかも、と今更ながら気がつきます。背中越しに動揺は伝わってないといいのですが。

「その、この世界に送り込んできた存在と接触しまして。実家関連の方で、知らない間にあたしが面倒に巻き込まれていたようで送ったようです。
 本来はすぐに連絡するつもりだったようですが、場所が悪かったらしく全く入り込めなかったと」

 実際、今のうちに話しておきたいことはあったんです。
 ツイ様となんとかそれらしい理由をひねり出した結果です。実際はもっと小さい理由が色々あって、最後の一押しが、あたしの一万円賽銭の暴挙のようですね……。
 もー、送っちまえと投げた瞬間とも言います。タイムラグがないようで、異世界的にはそれなりにあったということみたいですし。

 賽銭を投げ入れるあたりで、ユウリにお告げをして死亡フラグを回避。しかし、別のフラグが立つとかなんとか異界の神より連絡があって、え、どうしてとかなんとかやっている間にこれ、外からの介入じゃ無理という結論が出て。
 そこにあたしが投入されたってわけですよ……。自分でやれ。もうお手上げだと。

 あたし自身も店長に狙われてたようですし。身内的にもツイ様的にもあたし的にもお断りだったのもあったそうです……。
 あれ以上いたら、あたしの人生に魑魅魍魎やら妖怪や化け物系がプレゼントされた可能性が高いらしいですね。
 それと比べたら、好きな人と一緒の方が何倍もマシです。
 むしろ、ご褒美ですっ! 

 背中に少しばかり体重を預けてみます。
 ちょっとびくっとされたのが、心外です。重いですか。なにか体を預けようとするとこんな反応なんですよね。嫌なんでしょうか。

「……あの家にあるのは人ならざるものを退ける結界らしい。魔導師が登録し在中することで結界が成立する、ということをゲイルが言っていたな。文献は失われたか意図的に隠されたのだろうと。
 町中でも接触できたのでは?」

「なんか、勘の鋭い魔導師たくさんいて、察知されて怖いんだそうですよ……。神殺しするんですか? こっちの魔導師って」

「神未満なら討伐することはある。まあ、おかしくはないが、納得はしたのか?」

「え? いや、その、実家とも連絡取れましたし、モノの受け渡しも仲介してくれるとかで困ってはいません」

「そうか」

 それきり黙られました。
 雷の音はもうなく、雨の音も小さくて沈黙ばかりが重い気がします。
 もっとなにか聞かれると思って、色々つじつま合わせをしてきたのですが、必要なかったでしょうか。
 ええ、推しの幸せとかその類は絶対、言いたくありません。そのあたりを誤魔化して行きたい所存です。今なら嫌われるとかなさそうですけど、それでも安心出来ません。
 逆に気にされるのもそれはそれでいたたまれない気分です。

 毛布越しでは全く感じない温度がやはり寂しいような気がしました。

「帰りたいんじゃないのか?」

 長い沈黙の末の小さい問いは、意外でした。今まで一度も聞かれた事はないこと。おそらく、ゲイルさんの同種なんだろうなぁと思って、気にしてはいなかったんです。
 ゲイルさんには首をかしげられましたからね。え? なぜに帰るの? ぐらいの勢いでした。リリーさんは逆に同情的な雰囲気でしたけどね。
 そのあたりの感覚は親しい家族や故郷への愛着などによるものだと思いますから。そういう質問がやってくるのは、なにか心境の変化でもあったんでしょうか。

「いいえ。家族と連絡はつきます。それに、うちも特殊な家系らしくて戻ったら戻ったで大変になるのがわかってます。
 友人たちとも国外に移住したって話になってまして連絡するのも困ってないんですよ」

「本当に?」

「死ぬまでと言うか、死んでも会えないというのはそれなりに思う所はありますけど。
 帰れないんだから、仕方ないですよね。それに、素敵な旦那様もいますから」

 ……ついでのにように言ってますが主原因はこの旦那様です。
 もし穏便に戻れるとしても即死亡とか本気で鬱になります。萌えて死ぬのはいいですが、鬱だ死のうとかは嫌です。
 重みが完全に違ってますね。
 薄情な娘で済まぬと両親には詫びております。あたしの他にも息子が2人もいるから、あと孫もいるからきっと大丈夫っ! と思ってますけどね。

「もし、戻りたいなら」

「嫌ですよ。いらないって言うなら、見えないところに行きますけど」

 即、お断りします。嫌なフラグの予感しかありません。ええ、虐殺レベルの魔素を要求される魔法なんて知らないんですって。あんなの使われた日には絶望します。
 あと旦那様の件はスルーですか。

「そうは言ってない。側にいて欲しいと俺は、思っている」

「じゃあ、なにも問題ないじゃないですか。あ、あのですね。うちの両親が、一度挨拶したいとか言って手紙送っても良いかと」

「……わかった」

「日本語翻訳しなきゃいけないでしょうか」

「読めるからいい」

 ……は? よ、よめる?
 ぎぎっと音が立ちそうな動きって実際できるんですね。くるぅりと背後を振り返ってみました。後頭部しか見えません。も、もう少し情報がですね。

「難しいのはわからないが、過去の文献を読むときに憶えた」

「……。そ、そうですか」

 じゃ、じゃあ、いつかのユウリとの書いたのも読めたと?
 あ、なんか、まずいことも書いていたような……?

「書くのはできないから、返事はどうすればいい?」

 あたしの動揺を全く気にも留めてませんね。み、見てなかったんですよね。きっとそうですよ。隠してるの見るとかないですよねっ!?
 聞くに聞けず。
 身悶えたい。

 頭抱えてぐあーっとか唸りたい。あれって確か、推しのとか書いてた気がします。思い出せば思い出すほどに焦りが出てきました。
 そこをぐぐぐっと飲み込んで、平静を装います。やればできる。できるったら出来るっ! 不審に思われて思い出される方がまずいですっ!

「そこは確認してみますが、代筆します?」

「断る」

「へ?」

「見られたくないことくらいある」

 ……耳が赤いのは確認しました。
 恥ずかしいこと書かれちゃうんでしょうか。もし、逆だとしたら? 書きますね。絶対見せたくないですけど、引かれるレベルで好きなところとか書きそうです。
 うーん、でもエリックはそういうタイプじゃない気がするんですけど。

「では、後日」

 先に両親に連絡しておかないといけませんね。あ、これって両親に結婚相手を紹介するとかいうイベントでは!?
 なにか妙に気恥ずかしいですよ。でも、反対されたらどうしましょう? ない、と思いますけど。

 なんだか、妙に不安になってきたんですよね……。
 背後で顔をあわせないのをいいことに、ちょっと仕掛けてしまったんです。

「大好き」
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