カーマン・ライン

マン太

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第1章 出会い

7

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「こんなに人がいるのだな?」

 薄く色のついたサングラスをかけたアレクは、驚いたように辺りを見回していた。
 工場長が持ってきた──多分、奥さんが用意した──白の綿のシャツに着替えたアレクは、一見すると物見遊山に来た裕福な観光客にも見える。
 なんの変哲もない安価なシャツなのにそう見えるのは、本人から滲み出る品の良さの所為かも知れない。
 確かに目の前にはごった返すような人波が広がり、狭い路地に所せましと屋台や市場がたち、人いきれでむせ返るよう。
 屋台に灯された光が辺りを昼間のように照らし出していて、サングラスも邪魔にはならない。

「俺についてきて下さい。万が一はぐれたら、工場に先に戻って──」

 いい終わらないうちに、突然、手をぎゅっと握られた。見ればアレクの白く繊細な、でも年長者のそれがソルの小さな手を包み込んでいる。

「…ラハティ大尉?」

 驚いてその顔を見上げれば。

「こうしていれば、迷子にならないだろう?」

 いたずらっぽく笑っていた。そんな悪びれない態度にどうしていいか分からず、結局そのままにしてしまう。
 この歳で、人と手を繋いで歩くなどあり得ない。けれどアレクにされるならよしとしてしまう自分がいた。

「ああ、ソル。あれは? 上手いのか?」

 先に見えた屋台には、焼けた肉のいい匂いが漂って来ていた。

「あれは焼いた羊の肉を、タレに付けて串に刺して焼いた料理で──」

「いい匂いだ」

「食べてみますか?」

「ああ。それにその向かいにある食べ物も気になるな? 麺か?」

「あれは、米の麺を鳥の出汁で作ったスープに入れたもので、魚醤が入ってます。匂いが気にならなければ美味しいと思いますよ」

「ああ。それと──」

「はい?」

 アレクは思案げに視線を揺らしたあと。

「その敬語を止めようか。呼ぶのもアレクでいい」

「え…? でも──」

「私には弟がいたんだ。幼い頃、両親の離婚によって生き別れたが…。生きていれば君と同じ位の年頃だ。だから君が弟の様に思えてな。せめて私といる間は弟と思わせてくれないか?」

「弟…」

 その言葉に思わずアレクを見返すが。

「嫌か?」

 だから抱きしめて寝たり、キスをしたり。手も繋いだりするのか。

「いえ…。その、大丈夫、です…」

 心の奥で少し気落ちした自分がいた。それがなぜなのか、今のソルには分からない。
 答えたその頬を、アレクが指先で軽くついてきた。

「そら。敬語」

 そう言って柔らかい笑みをこぼす。
 アレクの自然な笑みに、つい気を取られる自分がいた。ソルは躊躇ったのち。

「アレク──。…で、いい?」

 ちらりと上目づかいになってアレクを見上げれば。

「ああ、それでいい」

 アレクは微笑むとご褒美とばかりに、ソルの額にさり気なくキスを落した。

 それから、混雑する屋台を端から見て回り、あちらこちらでつまみ食いし、見たことのない野菜や日用品、その他雑多なものが並ぶ店先を冷やかし。
 十分腹も好奇心も満たすことができた。
 因みに全てソルに先んじてアレクが会計を済ませてしまい、一度として財布の口を開く事はなかった。

「楽しいな…」

 喧騒から少し外れた場所にある、屋台の薄汚れた小さなテーブルに肘をついてアレクはそう口にした。
 屋台の光を受けて、サングラスを外した青い瞳が煌めいて見える。

「そう? こういう場所はダメかと思ってたけど…。良かった」

 ソルは口直しにと買ったミルクティーを口に含みながら答える。アレクはアイスティーを手にしていた。

「こういった屋台で食べる事は今までなかったからな。思った以上に楽しめた。それと君がいるからな?」

「俺?」

「ああ。そうだ。君と過ごすのは楽しい」

 口元に素の笑みが浮かぶ。その笑みにドキリとする。今日は何度、この笑みに心を揺さぶられただろう。

 アレクにしたら、普段と変わらない態度なのだろうけれど。

 その後、必要な食料を買い足した。
 根菜類や粉類、野菜も手に入れる。キノコ類も手に入った。あとは肉と魚。
 それぞれ買い付け、帰りには両手いっぱいになっていた。
 その半分をアレクも持つ。半分、といっても、重いもののほとんどはアレクが持っていたのだが。
 見た目以上に体力も筋力もある。だいたい、夜寝た時に回された腕も消して細いものではなかった。戦闘の操縦士として必要な鍛え方をしている。

 みな、軍人はそうなのだろうか?

 鍛え抜かれた軍人。
 けれど、アレクは物腰が優雅で隙がなく。イメージしていたものとは少し違っていた。

「どうした? ソル。何か問題でも?」

「え? あ、いや…。アレクは…その。なんか違うなって」

「何がだ?」

「俺の想像していた軍人とはイメージが…。もっと、がさつで荒っぽいイメージがあって。後はずっと冷たい…」

 時折見かける兵士らは正にそうだった。
 するとアレクはクスリと笑んで。

「どうだろうな? 君に私がどう映っているのか分からないが。それは私の一面にすぎない。君の思うような粗野な面もあるさ」

「そうなんですか?」

 するとアレクはちらとこちらを見下ろし。

「言葉。次、敬語を使ったら、君ごと腕に抱え上げるがいいか?」

「はっ?! や、止めてくださいっ! そんな──」

 言われた端から敬語になってしまい、あっと、口元を思わず抑えた。

「ふふ。君は…」

「頼むから、抱き上げるのは勘弁で…」

「今はやめておくさ」

「?」

 意味を掴みかね首を傾げるソルに、アレクは面白そうな顔をしながら、再び歩き出した。

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